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声を聞き、声にする。差別に抵抗するために。CINEMA DoDuk「虐殺のあとも」座談会

関東大震災の朝鮮人虐殺から103年。眞鍋せいら×飯山由貴×パクユジン×FUNI×CINEMA DoDuk・相原柊太

1923年9月1日、関東大震災発生後、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」といったデマが流され、日本の軍隊や警察、民間人の自警団により、多くの朝鮮人が虐殺されました。それから103年が経った現在、東京都の小池百合子知事は今年も朝鮮人犠牲者追悼式典に追悼文を送らない意向を示し、2017年から10年連続の見送りとなりました。

その間、在日コリアンを標的にしたヘイトクライムはなくならず、選挙では、在日外国人ヘイトを煽る政党が目立ち、さらに世界を見渡すと2023年以降、パレスチナ・ガザ地区でのイスラエルによる虐殺が続いています。

そんななかCINEMA DoDuk(シネマ ドドゥク)という有志団体は、今年9月1日、関東大震災時の虐殺により亡くなった人々を追悼し、差別という暴力と、その地続きにある虐殺に反対するため、「虐殺のあともあの時虐殺を見た人間であるということ」と名付けた演劇と映像の企画をおこないます。

この記事では、その企画で上演・上映される作品の作者である眞鍋せいらさん、飯山由貴さん、パクユジンさん、出演者であるFUNIさん、そして主催団体・CINEMA DoDukの相原柊太さんによる座談会の様子をお届け。差別や虐殺をなかったことにしない、させない、させられないために、今回上演・上映する作品について、声を聞き、声にすることについて、社会運動と表現について、聞きました。

「虐殺によって殺されてしまった人々を追悼し、これ以上誰も殺さない、殺されないためのプロテスト」(CINEMA DoDuk 相原)

─まず、今回CINEMA DoDukさんがどのような経緯で「虐殺のあともあの時虐殺を見た人間であるということ」という企画をおこなうことになったのか教えてください。

相原:もともとCINEMA DoDukという団体は、2024年に友人たちと立ち上げました。第一回の企画は『パーティー前夜』とタイトルをつけた上映会で、韓国のチョン・ヨンテク監督による『パーティー51』とブラジルのエリザ・カパイ監督による『これは君の闘争だ』という2本のドキュメンタリー映画を上映しました。

当時、上映後トークのゲストに高島鈴さんを迎えたつながりで眞鍋せいらさんと知り合い、せいらさんが作・演出した演劇作品『眠られぬ九月の夜よ』のことを聞いて、観てみたいと思っていました。それで「一緒に上演しませんか?」と声をかけたら、ぜひ、と言ってくださって。企画を考えるなかで、飯山さんによる映像《In-Mates》も一緒に上映できたらいいんじゃないかという話に。さらに、せいらさんが「パクユジンさんによるドキュメンタリー『FUNI』も一緒に上映しませんか?」と提案してくれて、3作品の上演・上映が決まりました。そうして、虐殺によって殺されてしまった人々を追悼し、これ以上誰も殺さない、殺されないためのプロテストとして、9月1日に場を開くことにしました。

声を聞き、声にする。差別に抵抗するために。CINEMA DoDuk「虐殺のあとも」座談会

「虐殺のあともあの時虐殺を見た人間であるということ」ポスタービジュアル

─眞鍋さん、飯山さん、パクさんは、どのようにこの企画への参加を決めたのでしょうか。

眞鍋:関東大震災での日本人による加害を描いた『眠られぬ九月の夜よ』は、何度でも上演していきたいという気持ちがあるので、今回の企画にもぜひ参加させていただきたいと思いました。2024年の初演時から現在までの間も、関東大震災で虐殺された朝鮮人を追悼する式典に東京都知事が追悼文を送らないことをはじめとして、在日コリアンの方々に対して差別的な状況が変わっていないからです。

飯山:私はせいらさんからこういう企画があると連絡をいただいて、そのときにはもう企画の趣旨文があったんですけど、それを読んで参加しようと思いました。《In-Mates》は、小池百合子都知事が朝鮮人虐殺の犠牲者追悼式典に追悼文を送らないことが理由で2022年に東京都人権部からの検閲で都の施設での上映を禁止されたことがあって。それ以来、9月になるとこの時期になにかしなきゃと思って作品を上映したり都庁の横にある新宿中央公園の広場で集会やマーチをしたりしているんですけど、自分たちが主催するもの以外に、こうして一緒にやろうと言っていただいたのはとても心強いことで、ぜひ! と思いました。

パク:私もせいらさんからご連絡をいただいて、そのとき自分の活動にちょっと悩んでいた時期だったので、作品のフィードバックをもらおうと『FUNI』を送ったら、この企画のお話をいただいて。飯山さんの《In-Mates》と、その上映禁止にも触れながら主演のFUNIさんの活動を追った『FUNI』が一緒に上映されるいい機会でもあったので、参加させていただくことにしました。

声を聞き、声にする。差別に抵抗するために。CINEMA DoDuk「虐殺のあとも」座談会

左上から時計回りに、FUNIさん、飯山由貴さん、相原柊太さん(CINEMA DoDuk)、眞鍋せいらさん
※加えて、パクユジンさんにも座談会にご参加いただきました

「曽祖母が品川で関東大震災を経験したときの話を、家族から聞いていました」(眞鍋)

─それぞれの作品についても伺っていきたいと思います。まず、『眠られぬ九月の夜よ』は眞鍋さんがご家族から聞いた話をもとにされているそうですね。

眞鍋:私は品川の実家で母方の祖母と暮らしていて、私にとっての曽祖母が、同じ品川で関東大震災を経験したときの話を家族から聞いていました。その後、2024年にシバイバという、3人の大学教授と1人の小説家とともに社会問題を学んで演劇をつくるプロジェクトに参加したとき、関東大震災と曽祖母の話を書こうと思ってできたのが『眠られぬ九月の夜よ』です。

─ひいおばあさんの経験に当時の記録やフィクションを混ぜ込んだのは、どのような意図からだったんでしょうか。

眞鍋:曽祖母の経験は細かくはわからなくて、私が子どもの頃に亡くなっているので、もう聞けないんですよね。なので補う必要があったんですけれども、やっぱり品川の大井町という場所で、実際にあった証言を参照して書く必要があると思いまして、高麗博物館に伺ったり、大井町のあたりを歩いたりして、自分なりにリサーチをしました。

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眞鍋せいらさん

─今回の企画をおこなうにあたって、DoDukのみなさんも眞鍋さんと一緒に高麗博物館に行ったり街を歩いたりしたと伺いました。

相原:そうですね。DoDukの第一回目はパーティーみたいな企画だったんですけど、今回はステートメントでも「死者の声を聞く」と言っていて、虐殺された人々の声を聞くために「学ぶ」というのは大前提だと思っています。自分の認識や思い込みだけで放った言葉が死者の声を掻き消してしまうこともある。どこまでも虐殺された人々、また今現在虐殺されるかもしれない状況にある人々の側に立つためにも、メンバーみんなで学び続けながら準備をしています。

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CINEMA DoDukの相原柊太さん

─《In-Mates》は、飯山さんが精神医学史について知るために鈴木晃仁先生の研究室に行った際、都内の精神科病院、王子脳病院の医療記録を目にしたのが制作のきっかけになったそうですが、朝鮮人男性二人の診療記録を作品にしようと考えた理由や、記録をもとに彼らの歌や衝突や葛藤をよみがえらせようと考えた背景を伺いたいです。

飯山:精神障害や精神医療に関しては、自分の家族であったり、自分が一部当事者であるということで関心を持ってたんですけど、また別に、日本が帝国主義と植民地主義の時代に他の地域やそこで暮らす人たちにしたことや、その歴史をきっかけとしてこの地で暮らしている人たちの経験をあまりにも学ぶ機会がないと気がついたことがあって。自分のなかで記憶喪失になってしまっているような感覚がありました。それで少しずつ勉強しはじめていったんですね。

そんななか、王子脳病院に1930年から1940年にかけて入院して病院で亡くなった二名の朝鮮人男性の記録を鈴木晃仁さんの研究を通して知りました。二人はまったく違う個人であるのに、括弧付きの同じ「朝鮮人」として医療者や日本社会から見られ、扱われていました。看護日誌に記録された二人の言葉と出来事を読むと、植民地支配の暴力は一人ひとりの内面にこのように影響するのだと突きつけられるような感覚がありました。

とても大事な記録なので、少しでも広く知られてほしいと思い、作品をつくることにしました。ただ、私はこの二人とはあまりにも立場や経験が違うので、私の身体や声では表現できないと悩んでいたところ、たまたま知人に「FUNIさんって人がいるよ」と教えてもらって。それでFUNIさんのご活動を知って、この方だったら二人の言葉を表現していただけるんじゃないかなと考え、ご依頼しました。

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《In-Mates》より、王子脳病院に入院していた患者Aさん、Bさんの診療記録
写真:金川晋吾

─FUNIさんはラッパーとして活動してこられたなかで、《In-Mates》では二人の他者の言葉や思いを引き受けて表現することについて、どう向き合いましたか。

FUNI:飯山さんから連絡をもらったとき、ちょうど自分はスランプで。ラップって怒りをエネルギーにした若者の叫びみたいなところがあるんですけど、怒りもなく、若者でもないし、もうラップをせずこの社会で滞りなく生きていくことを目指したほうがいいんじゃないか、みたいに思って、作品がつくれなくなっていました。そんなときにオファーがあって、自分の怒りをエネルギーにして表現するんじゃなくて、100年前の不条理を引き受けられたら、ラップを続けられるかもっていう喜びがあったんですよね。それで、彼らの診療記録を読んで、受肉するようにっていうか、なんて言ったらいいんですかね、完璧にはできないんですけども、なるべく彼らに近づけたら、と思いました。

そもそも自分は日本生まれ日本育ちのエスニックマイノリティで、例えば、焼肉屋でバイトして、もちろんよくないんですけど自転車で二人乗りして帰ってたら警察に止められて、身分証明書出せと言われたときに外国人登録証を持っていなかったことがありました。警察になんで日本にいるのかと聞かれ、「強制連行や植民地支配、戦争のせいで日本にいる。国家権力として税金をもらって働いている警察なのに、歴史的背景を知らないのか」と言ったら、警察がキレて「だったら日本から出ろ、帰れよ」って言ってくるとか、20年前は平気でそういうことがありました。僕は小中高大全部日本の学校なので、友達には「いや同じ人間じゃん」みたいに言われて、半分は嬉しいけど、分かってねえなっていう気持ちになってしまったりとか。そういう経験がやっぱり身体のなかにあるんですよね。

それと、僕は4歳から5歳までの1年間、親元を離れて韓国の幼稚園に通って、日本では「朝鮮人の魂を忘れんな」みたいな育てられ方してんのに、母親の故郷では「日本の子」と呼ばれてたこともあり、国家みたいなものも信じていなくて。なので、1930年から1940年当時、精神病院に入院していた二人の朝鮮人男性の診療記録を読んで、彼らの言動から二人が経験したことを全く想像できないわけじゃないんですよね。僕自身の怒りではないし、誠実に引き受けようとは思いつつ、自分の経験と重ね合わせて、リアルにしていきました。

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FUNIさん

─《In-Mates》はFUNIさんのパフォーマンスの映像と、飯山さんとFUNIさんが専門家の方に話を聞きに行く映像で構成されていますが、パフォーマンスだけでなく、専門家の方のお話を加えた理由を伺いたいです。

飯山:FUNIさんのパフォーマンスは創作ではあるんですけど、かなり抑制されたフィクションというか、診療録に実際に書かれている二人の生年月日や言葉、出来事から作られた作品なので、そのことをできるだけ伝えられたらと思いました。かつてこの二人は確かに生きていたのだと知ってほしいという思いがあったので、ああいった構成になっています。

声を聞き、声にする。差別に抵抗するために。CINEMA DoDuk「虐殺のあとも」座談会

飯山由貴さん

「公権力は虐殺の歴史と記憶をなかったことにしようとしていますけど、そのことに抵抗していく人たちの流れも、この数年でつくれている感触はある」(飯山)

─東京都人権部から《In-Mates》の上映を禁止されたことに対して、飯山さんとFUNIさんは抗議活動をされてきましたが、その活動から歴史修正や検閲、「上からのレイシズム」をどう見ていらっしゃいますか。

飯山:(2021年に国際交流基金からの上映中止決定を報告したときに)FUNIさんが「これは差別ですよ」と言ったことが忘れられなくて。 その一言がなかったら、もしかしたら私はあれを差別や検閲と思わずに、禁止する側のもっともらしい理由を聞いて「(作中の)この表現がよくなかったのかな……」などと受け止めていたかもしれません。

FUNI:でも僕も、力強く「差別ですよ!」と言ったわけじゃなくて「ああ、それいつもの差別っすねー」みたいな感じだったので、まさかその言葉にコンパッションされて、飯山さんが運動を始めちゃうとは思わなかったです。そういう差別は、自分にとってはエブリデイすぎて。

飯山:関東大震災から100年経った2023年に、朝鮮人虐殺の歴史をつなごうと社会運動している方たちの会に何度か参加することがあって。そのときに自分の親よりもかなり上、おじいちゃんおばあちゃんくらいの世代の方たちががんばっているのを見て、ありがたい反面、これはやばいな、この方たちだけで担っていくのだとこれは続いていかないな、と危機感を感じました。

それから、自分たちにもできることとして9月の一週目の金曜夜に都庁前で集まってマーチをやって今年で4回目になります。Protest Raveも同じ日に場をつくっていますね。集まる人たちの世代が変わったなあと気がついたのは2回目で、それだけで続けていく意味があるのかなと。去年からはクソデカフラッグ部さんも部活動しに来ています。今年は今年で、早稲田奉仕園で皆さんと一緒に表現と抗議と追悼の場ができることが嬉しいし心強いです。

公権力は虐殺の歴史と記憶をなかったことにしようとしていますけど、そのことに抵抗していく人たちの流れも、この数年でつくれている感触はあるので、続けていけたらなと思いますね。自分に知識がないことだったり、日本社会でいまでも流通しているバイアスがかかった情報が原因で、後ろめたさや参加をためらう気持ちがある方もいるんじゃないかな、と思うんですけど「これは大事なことじゃないかな」と思う気持ちを大切にしてほしいです。一緒に学んでいきましょう。

飯山さんとFUNIさんによる「東京都の歴史否定とレイシズムに反対する有志の会」のInstagramアカウント。今年は9月4日にマーチをおこなう。

FUNI:自分は在日コリアンということでヘイトスピーチやヘイトクライムの被害者側の当事者で、やっぱり嫌なことなので、なるべく避けてきたんですよ。地元・川崎のヘイトスピーチも、避けて帰っていましたし。なんでかというと、自分の怒りを無理やり発露させられちゃうから。でも飯山さんと一緒に活動するうちに、次の世代につなげるために、やっぱり向き合わなきゃいけないんだと思うようになっていきました。飯山さんも言ってた通り、若い世代に広がっていってるのもすごく感じます。

関東大震災のときのことは、もともとコリアンディープコミュニティのなかで何回も聞いてきて、訓示みたいに繰り返されるので嫌気がさしてまたその話かよ、もうやめてよ」っていう気持ちで。忘れてはいけないとわかっているのに何度もその現実を突きつけられて、自分が日本で生まれた韓国人っていうだけで、呪いみたいなものをかけられている気がしました。

自分も5歳の子どもにその話をするとやめてよって言われるんですけど、今回のようにみなさんが絡んでくれるのは、ディープコミュニティで話したり自分が娘に話したり、同じ属性の人々のなかで話すのとは違うかたちなので、こうしてみんなが交差していくさまに、すごく感動してます。

飯山:私は、せいらさんの上演作品は本当にすごいと思っています。加害側の記憶や記録ってほとんど残されていないので、考えて、表していくことがすごく難しいなと思うんですけど、実践されているので。

私は世田谷区に住んでまして、この運動に関わることで3、4年前からこの時期になると関東大震災の朝鮮人虐殺があったことを想像しながら暮らすようになったんですけど、やっと去年、少し想像ができるようになりました。それまでは「アーティスト」なのに荒川の河川敷に立っても何も感じられなかったんですね。とても悲しくて恥ずかしいことですが。想像するための手がかりを私は何も持っていなかった。暴力をした側が、その暴力を忘れている社会で生きるのって、どれだけ怖いことなんだろうと、やっと去年、気がつきました。

運動に関わるまでは、犠牲者の人が帰属していたコミュニティの人たちが悼むことがまず重要であって、加害側はそこに立ち入らないことが尊重することなんだろうって思ってた時期が長かったんです。でもそれは言い訳でもあるんですよね。尊重してるから関わらない、っていうのは、忘れる、なかったことにしてるのとある意味では同じでもある。そういう意味で、日本人の立場でもやり続けなきゃいけないことはあると思います。

眞鍋:そうですね。私も最初は、本当に書いていいのかなっていう思いがありました。私は日本人なので、加害側から書くっていうこと自体が加害になるんじゃないかとか、それを誰かに演じてもらって見てもらう、作品として発表することが加害になるんじゃないか、などと考えたんですけど。でも日本に暮らし、日本国籍を持っている日本人として、特権性や加害性にどう向き合っていけるんだろうかと考えたときに、まだその答えは出てないんですけど、曾祖母が虐殺を見聞きしたっていうことだけは、まず話せるなと思って。それをどう書こうかと考えたときに、私は詩人で言葉を使って表現をしているし、ヘイトスピーチがひどかった2013年頃に反ヘイトスピーチの運動に興味を持っていたので、言葉の怖さを描きたい、というところに行きつきました。

─本当に飯山さんと眞鍋さんのおっしゃる通りで、なかったことにさせられないためにも、日本人の立場でも、できることをしたいと思います。

パクさんは、もともと韓国の大学で研究をされてらっしゃったんですよね。そこからドキュメンタリーの映像を撮ることにきっかけを伺いたいです。

パク:もともと、私は韓国の大学で韓国エンタメの研究をして論文を書いていて、テキストから得られる情報もいっぱいあるんですけど、映像で見るとまた違う効果があるので、論文を映像化してドキュメンタリー作品を作りたいと思うようになっていきました。

その後、韓国エンタメと在日コリアンの関係について研究したくて来日しました。今、日本でK-POPや韓国ドラマは人気ですが、在日コリアンが差別を受けてきた歴史があるなかで、当事者はこの状況をどう見ていて、どんなアイデンティティの変化を経験しているのか、というのが研究テーマでした。

留学先の東京大学で、在日コリアンの歴史を学ぶクラスでレクチャーをしていたのがFUNIさんで、講義が終わって声をかけ、在日コリアンとして、ラッパーとして、いろいろな話を聞きました。そのなかで、在日コリアンの方々にインタビューしてドキュメンタリー映像を撮ろうと思っていることを話したら、FUNIさんも映像作品を準備していらっしゃるということで、じゃあ一緒にやってみましょう、という話になりました。

それからFUNIさんがやっているラップワークショップ、飯山さんとの社会運動の場に足を運んで、本当に意味のある活動をしているから記録を残そうということで、『FUNI』として1本の映像にまとめることにしました。

声を聞き、声にする。差別に抵抗するために。CINEMA DoDuk「虐殺のあとも」座談会

パクユジンさん

「生きづらさとは自分のストーリーを語れないこと」(FUNI)

─今回上映・上演される作品を拝見して、声を聞く、声にするという共通点を感じました。あらためてみなさんは、声を聞く、声にする、ということをどのように捉えていますか。

眞鍋:私は詩人なので、声を聞く、声にすることを、言葉にすることに置き換えることが多くて。私はうつ病なんですけど、苦しみを詩にすることで生きてきたので、言葉によって生かされてきた一方で、言葉によって人の命が奪われてきた歴史にも向き合わなければいけないと思っています。それはヘイトスピーチもそうだし、関東大震災のときに朝鮮の人々に「15円50銭」(※1)と言わせて虐殺をしたことも。

飯山:私はもともと絵を描くのが好きで美大に入って、ビジュアルアート、視覚芸術の分野で制作してきました。作品の主題の変化とともに、だんだんと純粋な視覚の要素だけでは成立させることが難しくなって、音声が付随する映像メディアがしっくりくるようになりました。そのうえで、言葉を発している人が誰なのかを見えるようにすること、あるいはその人が現れたい姿で現れるようにすることが私の仕事かなだと思っています。

相原:会場の早稲田奉仕園スコットホールは、飯山さんがここがいいんじゃないかと言ってくださって、朝鮮人虐殺が起きてしまった翌年に追悼集会が開かれたけれど、警察によって弾圧された、という歴史がある場所です。今回はスコットホールで、かつてできなかった追悼をおこなうという意義もあると思っています。当時、集会のビラの「虐殺」の文字には貼り紙がされたそうですが、そうして伏せられた言葉を取り戻したいとも思っています。

パク:『FUNI』でも映っているように、私はFUNIさんのラップワークショップを取材させていただいたんですけど、参加者の方々が語り始めると、はたから見るだけではわからない悩みを抱えていることがわかって、やっぱり声に出したり、なにか書いてみたりする経験は本当に大事だと実感しました。

─差別や、暴力、虐殺を見過ごさないため、なかったことにさせないために、直接的な活動、社会運動を通してできることもあれば、今回のように作品を通して、伝えたり考えたりすることもできると思います。みなさんは、社会運動と表現や創作についてどう捉えていますか。

飯山:作品という表現の形式でしか描けないものや届く距離や時間があると思っているので、私はそこに望みをかけて制作を続けている気がします。ただ、ここ3年くらい、運動は表現だし、表現はある種の運動だし、なにが違うんだろうと考えることが多くありました。作品は作者が責任を負わなきゃいけないわけですが、そのプロセスで他の人がどんな関与をしても結局のところ出来上がったら作者名に集約されてしまいます。一方で、社会運動の場も主催者が責任を負わなきゃいけない部分はあるんですけど、れでも、そこでつくられた場や時間はそこに集まった人たち全員がいたからその場はあったよね(もしかしたら、そこには来られなかった人たちも含めて)、となるのがいいなと私は思っていて。それぞれの射程がある気がします。

相原:わかります。今まで自分が上映会を企画してきたなかでも、言ってしまえば危険な側面があって、観客を没入・陶酔させて思考停止させることもできると感じてきたんですけど、今回は、極力、気持ちよくさせるんじゃなくて、思考してもらえるような、運動的になるような企画にしなきゃいけないと思って、そのために今回の3つの作品が必要不可欠だったと考えています。今回は、ステートメントもアジテート(扇動するもの)っていうより思考を促すようなものを意識しているので、来てくれる人、来れない人含め、考えてもらえたら、と思っています。

FUNI:僕は、生きづらさとは自分のストーリーを語れないことだと思っていて、自分のストーリーを語れないどころかストーリーごと奪われてしまうのが虐殺だと思っています。逆に、自分のストーリーを語れることは生きやすさに直結していると思っていて、だからラップワークショップのように恐れなく表現できる場、言葉が出なくても、精神が立ち上がる場をつくっていきたいと思っています。DoDukさんが今回、みんなで一緒にやってみようよ、と企画してくれたのもすごいことだと思っていて。参加したみんなが自分のストーリーも語ってもいいかも、とかって感じたら最高だなと思います。

声を聞き、声にする。差別に抵抗するために。CINEMA DoDuk「虐殺のあとも」座談会

『FUNI』より、集会でスピーチとラップをしているFUNIさん

─『FUNI』のなかでのFUNIさんの、「ラップワークショップを通して自分のストーリーだって取るに足らないものではないと知り、ふたたび語り始めたら、社会変革に直結する」という言葉が印象に残っています。

パク:私は今回の企画を通じて、やっぱり何らかの形で表現することが大事だと知ってもらえたら、と思っています。『FUNI』のなかでFUNIさんがスピーチしている映像で、ラップワークショップに参加した韓国にルーツがある若い人が「自分のなかの韓国人を殺してほしい」と言ったという話をしていて、衝撃的でしたし、その人はつらい思いをしてきたんだろうと思いますが、その人がそう語ってくれたことでわかることがあるので、表現することは大事だと感じます。

飯山:《In-Mates》のFUNIさんのパフォーマンスのなかでも「俺は朝鮮人だから殺してくれ」っていう言葉があるんですけど、あれは実際に、患者Aさんの診療録に書かれていた言葉なんです。Aさんが王子脳病院に入院していた頃から100年近く経っても、在日コリアン、在日韓国・朝鮮人の人たちに共通する痛みがあるということの重さに、2つの作品を合わせて見ることで気が付く人がいるといいなと思います。

眞鍋:私は社会運動と表現と、どっちもやればいいと思っているし、もともとそんなに遠いものとも考えていないんです。フェミニズムやクィア・スタディーズに影響を受けてきたので、「個人的なことは政治的なこと」という言葉を大事にしてきました。ひたすらに生きて、自分を語ったり、表現したりすることが、もう政治的だし、社会運動になっていると思います。人に見せた時点で、もしかしたら見せなくても自分のなかで変化があったら、それは社会運動なのかもしれないという気持ちでいます。でも、全部がんばろうとするとやっぱり大変なので、いろいろなかたちで、一人ひとりでやったり、みんなで一緒にやったり、疲れたら休んだりするのが大事だと思います。

FUNI:さっき、せいらさんが日本人として、加害者側の人間としてすごく悩んだとおっしゃってたりとか、なにができるのか、どう表現したらいいのかっていう議論があったりとかすると思うんですけど、僕は、どちらに寄り添いたいか考えて、殺された人たちや差別されてきた人たちに寄り添いたいと考える気持ちがあるだけで、十分すごいことだと思っています。

作品はつくれないし、とか、SNSでも言えないし、とかいろいろあると思うんですけど、表立って見えなくても、「この人に寄り添いたい」という気持ちが、変えていくものじゃないですか。公民権運動だって、黒人だけで変えたわけじゃなくて、多くの白人も参加していましたし、出自や属性は誰にも変えられないので、それらに関わらず、できることがあると思います。じゃあ誰に寄り添いたいのかっていうことを、自分で確かめることから始めるのは、とっても大切なことだと思います。

※1:当時、日本人か朝鮮人かを見分けるため「15円50銭」という言葉が使われた。正しく発音できないとみなされた朝鮮人や中国人、方言を話す日本人や聴覚障害者の日本人も虐殺された。

眞鍋せいら

詩人、作家。1996年東京生まれ。東京大学大学院学際情報学府修了(修士)。2024年、短編劇「眠られぬ九月の夜よ」の脚本を執筆、演出を担当。2025年、共編著『今日もクィアでクエスチョニング』を発行。2026年、第一歌集『人魚と林檎』(港の人)を上梓。7月よりReadin’ Writin’ BOOK STOREにて、「ひっかきまわし短歌講座 人魚と詠う抵抗」を担当。フェミニズム、クィア・スタディーズ、ポストコロニアリズムに主な関心を持つ。

飯山由貴

美術家。神奈川県小田原市出身。東京を拠点に活動。
映像作品の制作とともに、記録物やテキストなどから構成されたインスタレーションを制作。
人々との会話や出会い、自身の生活から、日本の精神医療制度、ジェンダーに基づく暴力、レイシズムに焦点を当てる。
近年は多様な背景を持つ市民や支援者、アーティスト、専門家と協力し制作を行う。
2026年9月19日〜11月29日まで開催される、熊本市現代美術館「プラカードのために」展に参加。

パクユジン

「日本における韓流の位相と在日コリアンのアイデンティティ交渉」をテーマに研究を行い、修士号を取得。研究を通じて得た知見や問題意識を、文章だけでなくより多くの人々に届けるための表現手段として映像を選び、ドキュメンタリー作品の制作に取り組んでいる。

FUNI

ラッパー・詩人。川崎南部の在日韓国、朝鮮人住集地域で育つ。
2002年ラップユニット「KP(Korean Power,Korean Pride)」を結成。
2015年より世界のスラムを放浪しながら楽曲制作。
小中高大だけでなく少年院、外国に繋がりのある方たち、精神に障害を抱える方たちから言葉を引き出しラッパーにするラップワークショップを実施している。エンターテイメントだけでなくラップでの社会運動も精力的に続けている。

CINEMA DoDuk(シネマ ドドゥク)

2024年発足の上映団体。同年7月に開催した第一回企画特集「パーティー前夜」では、『パーティー51』(韓国/2013)と『これは君の闘争だ』(ブラジル/2019)を2本立て上映し、アナーカ・フェミニストの高島鈴さんをゲストに迎えてトークを行った。演劇上演は2026年9月開催の第二回企画が初となる。メンバーは流動的で、今回の企画の主なメンバーは、相原柊太、石川泰地、末川遥菜、早坂苑子。

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CINEMA DoDuk 第二回企画
「虐殺のあともあの時虐殺を見た人間であるということ」

演劇『眠られぬ九月の夜よ』
映像作品《In-Mates》
短編ドキュメンタリー『FUNI』

日時:2026年9月1日(火)
18時30分開演〜20時30分終了予定

場所:早稲田奉仕園スコットホール
チケット料金:<当日>一般:3,500円、ユース割引・ハンディキャップ割引:3,000円
※前売り券の販売は終了しました。

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