抑圧された感情を解きほぐす「ハンプリ」や恋バナと制作過程
2026/5/30
Decolonize Futuresは、「複数形の未来を脱植民地化する」をキーワードに、東アジアにおける植民地主義を見つめるZINEプロジェクトです。これまで、フェミニズムや気候変動、アイヌをテーマにしてきましたが、今夏にはVol. 4「〈在日〉コリアンの生における教育と主体性」が刊行されます。
Decolonize Futuresをつくる酒井功雄さんとsaki・soheeさんへのインタビューの後編では、Vol. 4のテーマである在日コリアンや、創作を通して人や歴史と向き合うことについて考えます。
在日コリアンでありながらも朝鮮学校には通わなかったsaki・soheeさんが、お母さんとの対話や研究者へのインタビューを通して知った朝鮮学校の姿。そして、記憶や経験を言い表すための言葉を探すことで自身を癒し解放してきたsaki・soheeさんに対して、知的好奇心から植民地主義に辿り着いた酒井功雄さん。かつて植民地だった土地や人々を文化的に消費していたかもしれないという内省を語ってくれました。
「私たちの距離が、私たちを謙虚にさせる」と話す二人に、異なる場所からともにZINEをつくり続ける理由や、半分は恋バナをしているという制作過程について聞きました。
―Vol. 4は在日コリアンの教育がテーマですが、なぜ教育に着目したのでしょうか?
sohee:在日コリアンコミュニティにおいて、朝鮮学校はとても重要な位置を占めています。1910年の韓国併合(日本が韓国を植民地化し、日本の領土としたこと)以降、社会的・経済的な理由で日本に移り住む人が増え、その後も朝鮮人の労働搾取や、朝鮮半島の分断など、さまざまな移住のタイミングが起こりました。これまでの号ではさまざまなトピックから植民地主義を見つめてきましたが、在日コリアンとして、朝鮮籍や韓国籍を持ち、参政権や投票権がないままに日本社会で育ち生きることについては、絶対話さなければいけないと思っていました。
その重要な例として、朝鮮学校を次の号では取り上げていますが、学校という機関とそこに属す個々人はもちろん、朝鮮学校で使っている 教科書をめぐる問題までも、誹謗中傷の対象になり、本当にバックラッシュが多いんです。国に帰れとか、プロパガンダ集団だとか、そういったコメントがXなどのソーシャルメディアには溢れています。そのような観点からも、在日コリアンと教育をテーマにインタビューを重ねました。
―soheeさん自身は、朝鮮学校とどのようなつながりがあったのでしょうか?
sohee:私は朝鮮学校には通わず日本の学校に進学しましたが、私の母方の大人たちは、みんな朝鮮学校に通っていました。でも、そうした親戚が通った朝鮮学校の多くは、今はもう廃校になってしまっています。地方の在日コミュニティだから人もお金も少なくて、継続ができなくなってしまったんですよね。
朝鮮学校がなくなってしまっても、在日コリアンの尊厳や安全を守るために、同じ地域に自然と集い、生活を営んでいて、コミュニティ内ではみんなが顔見知りであることが多いです。それは、例えば日本の企業で国籍だけを問題に正規雇用されなかったことや、街で後ろ指を指されたり、攻撃を受けたりする対象になりかねなかったからです。そうした危険が、いつでも自分たちの身に起こりうるのです。支え合って、守り合いながら生きていくことが、欠かせなかったのです。
なのに、いつも私たちの側が「なんでコミュニティが閉じてるの?」「日本社会とどうやってつながるの?」って問われるんですよね。だからこそ、制度や教育、メディアなどの場で、多角的で安全な、在日コリアンのための言語空間が必要だと思います。
もし自分も朝鮮学校に通っていたら、どんなことに立ち会っていたのか。国語の授業で読む文章とか、音楽の授業の歌とか。それらが自分の民族的ルーツに近いものであったら、在日コリアンとしての自分をどうやって表現できていただろう、と思うことがあります。朝鮮学校は本当に一人ひとりのさまざまなストーリーがある場所だと思います。
―朝鮮学校がなくなっていくことは、単に学校が減るということよりも、もっと大きな喪失を意味しているのでしょうか?
sohee:ある地域の言語や文化を塗り替えていくということは、分かりやすい植民地主義的な行為ですが、そのような大きな占領行為と同時に、個人が積み重ねてきた歴史と記憶も抹消されてきました。(日本に)認識されず、消えそうな歴史の継承の場として続けられてきたのが朝鮮学校です。ヘイトが集まりやすい場所でもあるので、朝鮮学校の生徒が登下校の際にターゲットになることもあります。そのリスクを考えた上で、子どもを朝鮮学校に通わせない在日3世もいます。
―在日コリアンや朝鮮半島の研究をされている方々に話を聞いてみていかがでしたか?
Isao:今号では、朝鮮学校の教育史を研究されているオ・ヨンホさんと中島智子さん、現代韓国文学と文化、脱植民地思想、そして環太平洋研究を専門にされているジョン・ウン・アナベル・ウィーさんのインタビューが収録されています。恥ずかしながら、僕自身在日コリアンを取り巻く植民地主義や朝鮮学校については本当に無知だったんです。
例えば、朝鮮学校は「各種学校」といって自動車学校や語学学校と同じ立ち位置なんです。それによって高校無償化などの制度からも外されてしまっています。学校保健安全法も適応されないため保健室がなかったり、ボランティアで補っていたりする。インタビューを通して、自分がこれまで持っていた朝鮮学校や在日コリアンコミュニティに対する認識が、いかに現実と異なっていたのか気づかされました。植民地主義についてのプロジェクトをやっている身なのに……やはり、今も制度のなかに植民地主義が残っているのだということを強く感じました。
sohee:私は、自分という個人が属する集団がどのような立ち位置に置かれているのか、自分の“居心地の悪さ”からしか捉えたことがなかったんですが、国籍やアイデンティティがいかに社会の制度や構造の元でパフォーマティブ(言語によって現実が構築され続けること)なものとして編み直されるのかを、理解していきました。在日コリアンと言っても、日本の学校に通う人、朝鮮学校に通う人、韓国パスポートを持っている人、北朝鮮パスポートを持っている人、祭祀(チェサ、日本でいう法事)をやる人、食卓に韓国料理が並ぶ人、私の父方の親戚のように一切韓国のトピックに触れない人など、暮らしの舞台は本当にさまざまです。今回のインタビューは、今こうして植民地主義について伝えている自分とは異なる歴史を生きてきた、沈黙させられた在日コリアンや、日本社会への同化を求められる場所や環境に居た、居ざるを得なかった在日コリアンの生を見つめる土台になりました。
―ZINEはお二人だけで作られているんですよね。それぞれ学校や仕事があるなかで自主プロジェクトとして続けていくのはとても大変だと想像しますが、お二人を動かしつづける原動力には何があるのでしょうか?
sohee:植民地主義だけでなく、帝国主義や西洋中心主義や英語主義などが起因して起こる個人的な苦しみが行動のトリガーになっています。「私はこれをするんだ!」っていうメラメラするものがあるからこそZINEを作っているということは、確信を持って言えます。
最近、朝鮮半島をバックグラウンドに持った二人のオンニ(お姉さん)たちと話す機会があって、「私にはこういう怒りがあって、こういう傷つきをしたあとに、こういう感情になってん!」みたいなことを伝えたら、「ソヒ、それは『ハンプリ』だよ」って教えてくれたんです。「ハン」は「恨む」の「恨」。歴史的な抑圧された感情、無念さ、悲しみ。でもそのなかに希望もあるような、韓国独自の情念的な言葉です。日常生活や、政治体制に対しても「今『恨』の気持ちを持っている」と言うことがあります。それに対して「プリ」はハングルで「解く、ほぐす」という意味の「プルダ」から来ています。つまり、「恨」の気持ちを解きほぐしていく、概念的な行為なんですよね。
誰かに語ることも「ハンプリ」になるし、誰かから語られることもそう。記憶して話していくことが回復になっていく。解放ともまたちょっと違うんですよね。「泣いたらちょっと晴れました」みたいなことも一つとしてある。韓国のシャーマニズムや芸術でも使われている概念なんだそうです。
私にとっては「ハンプリ」が必要だし、そういう感覚になれる自分の経験を、まだ諦めていないと思います。私はそれが存在するって分かっているから、それをあなたにも届けるねって思って、この本を出しています。
―Isaoさんはいかがですか?
Isao:僕はsoheeとは違って、大学での学びを通じて脱植民地化にたどり着いたんですよね。そこから、当事者性を持っていない人にはありがちだと思うんですけど、「なんでも脱植民地化できるじゃん!」と言いたくなってしまっていた時期もあります。しかし、アイヌ研究をしている石原真衣さんに話を聞くなかで、「良識派の知識人が、脱植民地化や、特に先住民族の人たちを思想的に消費している」という表現をされていて、ぎくっとしたんです。環境思想にも興味があったので、アイヌの人々の自然観を知って「こっちの方がいいじゃん!」と発信したこともありましたが、アイヌの人々が経験した植民地支配やレイシズムについては学ぼうとしていなかった。文化的に消費するばかりで、苦しい現実や痛む体を見ていない。アイヌ文化に友好的なように見えるけど、石原さんの言葉を借りれば、「対価を払っていない」んですよね。そのようなことに気づいてから、自分の言葉に対して慎重になったし、今も「自分になにが言えるんだろう」と悩みながら言葉を紡いでいます。
―「対価」という言葉は興味深いですね。国ではなく個人という単位で考えたときに、今の自分が経験していない歴史をどのように捉えることができるのか、多くの人が考えていると思います。
Isao:オーストラリアの歴史学者であるテッサ・モーリス=スズキが『批判的想像力のために』という著書で、「連累(Implication)」という概念を挙げています。過去の虐殺や暴力に直接参加をしていなかったとしても、その歴史や社会によって今の私たちが作られています。だからこそ、過去から現在まで続く不正義を是正するための責任がある。僕自身がマジョリティ的な側面が多いからこそ、この考え方は自分の関わり方を言語化する上でとても役に立ちました。
sohee:歴史や過去の出来事を辿ることは、点と点がつながるような、分かってきたかも、と思うような解放感もあると思います。今日の出来事が起こるまでの構造、なぜそれが毒々しいのか、どうやったら打破できるのか、先人の言葉に何度も助けられました。
Isao:テッサ・モーリス=スズキの『批判的想像力のために』は2002年に書かれた本ですが、排外主義の広がりや右派ポピュリストの台頭など、今と同じような現象が2002年にも起こっていて、歴史が繰り返されていることが分かります。ハンナ・アーレントは、ドイツ人がナチスに熱狂した理由として、社会秩序が崩壊したなかでナチスが一番納得できる理由をくれたことを挙げています。熱狂的にナチスを盲信した人々は、たとえナチスが自分たちに不利益をもたらしても、ユダヤ人だけが悪いという、それ以上考えなくてよい説明を与えてくれた。これは現在の状況ともすごく似ているように思います。歴史の過ちを繰り返さないためにも、そのような風潮のパターンを意識的に言語化して、共通の理解として広め、防いでいく必要があるのだと思います。
―お二人は日々どのように対話を重ねているのでしょうか。
sohee:最初は脱植民地主義という重みを持つキーワードをもとに集いましたが、インタビューをした研究者の方々が、プロジェクトだけでなく、私たち二人にすごく興味を持ってくれたんです。コロニアルな歴史に関わるかどうか関係なく、「二人はこんな人なんだね〜」って真っ直ぐに向き合ってくれて。そのときは「学問に触れながらも、こうして“話す”ことができるんや!」って思いました。そこからどんどん、二人で生活の話もできるようになっていった。
Isao:自分自身、ZINEを通してコロニアルな価値観やトキシック・マスキュリニティを解毒していっている感覚があります。それを踏まえて自分の人間関係も編みなおされている。その喜びや難しさも共有しています。深い話をするのも好きだけど、やっぱりライフがちゃんとあるので。一人の人間として、パーティーで踊るのも好きだし、vibingする(いい雰囲気に浸る)のも好き。普段のミーティングも、半分タスクの話をして、あとは恋バナみたいな(笑)。「え〜なんか聞いて〜!」って言って、ミーム送り合って。
sohee:「あのデート、嫌やった〜〜!!」っていう話から、「なんでこんなとこで不安になんの?」「本当はこんなふうに愛情を示したいのに、なにかが私を止めてる!」とか。
Isao:失敗してしまった話とか、あとはGoogleドキュメントで告白した話(笑)。
sohee:あんたのナードさがめっちゃでてる〜〜!(笑)
―お二人はそれぞれ台湾とアメリカに住んでいると思いますが、その影響などはあるのでしょうか?
Isao:すごくディープでパーソナルな話をしているけど、Zoomが終わるとそれぞれの生活に戻るんです。ある意味適度な距離感があるし、日常生活では異なる文脈にいる。でもだからこそ、丁寧に説明をするし、理解できたときに喜びを感じるのかもしれません。
7月にやった東京と大阪のイベントがとても大事だったので、なにがあって、自分はどう感じたのか、思い出せる限りのことをGoogleドキュメントに書き出したんです。せっかく書いたのでsoheeに見せたら、「やばい、めっちゃ泣いた」って言われて。それでsoheeも同じように書いてくれたので見せてもらったら、気づいたら僕も号泣していたんですよ。「Isaoが腹が減ってソワソワしてる」とか「緊張して顔がこわばってる」とか、自分でも気づいていないような機微に気づいてくれていたんです。それがとてもwitness(立ち会う、共にいる)されている感覚があって。オンラインで話しながら通じ合えているとは思っていたけど、不安や葛藤まで気づいたうえで一緒にいてくれてるんだということが分かって。
sohee:Decolonize Futuresにおいて、脱植民地化が本題であるためにも、お互いの性格や習慣、ムーディーなところを知りたいって思う。そして、私たちの距離が私たちを謙虚にする。私たちの語りを、セルフィッシュで傲慢なところに還元しないように気をつけているし、お互いについて話すときもその気持ちを持っています。
―近すぎない距離で共にいる関係性は、生活を続けていく上でとても大切なように思います。「愛や生活のたよりなさ」について、考えることはありますか?
Isao:最近ちょうどアメリカで家探しをしていたんですが、2週間くらい家がない状態だったんです。ずっと実家か寮に暮らしていたので、家をどうやって借りたらいいのかが全然分からなくて。やっぱり生活するためには、それなりの知識と準備、ロジスティックスなど、必要なことがたくさんあるんですよね。愛も生活も、どのように営めばいいのかって誰も教えてくれないと思います。だからこそ、成功と失敗を繰り返して学んでいくしかないし、自分一人ではできないからこそ、余計にたよりない。どんな状態になれば愛と生活の達人になったと言えるのか分からないし、そう言っている人の方が疑わしい。ただ、最近は自分のなかの複雑な感情や不安、喜びを全部言葉にして伝えていいんだと思うようになりました。どうやって向き合えばいいのか一緒に考えてほしいって言っていいんだなって。自分一人では限界があるので。
sohee:「愛と生活の達人」ってめっちゃおもろいなあ。私たちは、そういう人がいるって思ってしまいがちだけど、実際はもっと脆くて複雑で。ついつい今日だけのことを考えて、傷ついたって思いがちだけど、「こういう日があれば、こういう日もある」みたいな、長く持続性のある生活を考えたいって思います。そうすることを可能にするために必要なのが、お金なのか、仕事なのか、住まいなのか、環境なのか、それは社会に問いますけど。そういう持続性をもって、「もっとあなたのことを愛したい」って思います。それができれば、もっと自由自在でいられる。
でも最近、自分が思うよりも他者に伝わっていないって思うことがすごく多いんです。それが余計に自分を謙虚にさせる。愛や生活がたよりなくても、なんとかしてあなたに連絡したいし、あなたにこのことを伝えたい、どうやって伝えるか悩みたい。それを、自分の深いところで信じられるようにしたいです。
saki・sohee
済州島の血が流れる在日コリアン四世。日本からアオテアロア・ニュージーランド、台湾と、拠点を変えながら、学び働き暮らしてきた。現在は東京在住。ディアスポラの生、多言語の交差点に焦点をあて、編集や通訳を行う。
酒井功雄
2001年、東京都出身。環境アクティビスト。日本・東アジアで脱植民地主義を考えるZINE「Decolonize Futures—複数形の未来を脱植民地化する」エディター。2019年2月に学生たちの気候ストライキ、”Fridays For Future Tokyo”に参加、2021年にはグラスゴーで開催されたCOP26に出席。米国インディアナ州のEarlham Collegeで平和学を専攻し、2024年に卒業。ケンタッキー大学院地理学修士課程在籍。
プロフィール
Decolonize Futures —複数形の未来を脱植民地化する
「Decolonize Futures —複数形の未来を脱植民地化する」は、日本/東アジアにおける植民地主義の根深さ・脱植民地化の必要性についての議論を行い、複数形の未来の可能性を作るためのZINEプロジェクト。文化や政治、歴史、学術など様々な角度で、歴史的な暴力および今の社会に続く植民地主義を批判し、脱植民地化についての言論空間を開いていくことを目的とします。
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