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同じ日の日記

妊娠中の女性の様々な孤独/舟喜さとみ

妊娠を望んだこと、そしてこの生きづらい世界に人間を迎えるという決意

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年1月は、1月27日(月)の日記を集めました。公募で送ってくださった舟喜さとみさんの日記です。

今日は出産予定の病院での初めての診察の日。わたしはセミオープンシステムという制度を利用し、妊婦検診は長年通っているクリニックで受け、出産は24時間無痛分娩に対応している総合病院ですることをパートナー(以下、Iさん)と決めていた。そして「分娩予約」というものをとるためには、まずは一度診察をしてもらわねばならない。

小児医療に特化したこの病院は、院内を歩き回る子どもたちとその家族の姿で溢れている。大きな窓からは自然光が差し込み、カラフルに彩られた壁中のイラストがまぶしい。先日、出血があって救急外来を受診した日から二度目の来院だったので、今日は少しでもこの場所の空気に馴染むことができたらいいなとぼんやり思いながら歩いていく。

最初に産科で診察をしていただき、助産師さんとの面談、血液検査、分娩予約、そしてまだ生まれていない赤さんの診察券を作成という流れで大きな病院を歩き回る。どの場所へ行っても医師、看護師、事務の方が優しく対応してくださるので、慣れない場所に緊張はしながらもこの病院で出産できることが私にとっての安心に繋がるだろうという予感に満ちる。(妊娠後の私は、日々変化する体調のままならなさに辛くなることが多く、そんななかで産院や分娩方法について、自分が納得できる選択ができたこと、そしてその選択の結果出会えた安心はとてもうれしい)

しかし、出産に伴って行う検査や手続きは非常に多い。これは病院という場所でのことに限らず、会社での産休・育休の手続きや自治体への書類提出など全てを含めてのことだけれど、これに加えて妊婦本人はつわりをはじめとするマイナートラブルにも悩まされる。体調管理(実際は管理なんてできない)と並行しながら膨大な事務手続きをスケジュール立ててこなしていくというのは結構なお疲れモードになってしまう。

この日もたくさんの書類の説明を受け、私もIさんも少しぐったりしていた。こういう状態のとき、気を許した相手へのちょっとした甘えから喧嘩というのは怒りやすい。妊婦検診に使用することができる助成券をめぐり、Iさんとの言い合いが始まってしまった。帰宅するために車に乗っても出発できないほど話がおさまらなくなってしまい、このままだと冷静になることができないと判断し、「今日は歩いて帰る」と車を降りた。頭に血がのぼってしまい、もう絶対に車には戻りたくない思いでぐんぐん歩く。この病院の周辺は自宅から徒歩圏内であることもあり、何度か散歩をしたことがあった。だからこの道を行けば帰ることができるのだ、と少し遠いことは頭の片隅で把握していながらも、怒りに任せて歩き続けてしまった。

そうして歩いていると、ふと生理が始まったときのような、下着に液体が落ちていくような感覚が「ぐわん」ときた。ぽた、ぽた、と何かがつたう。あれ? と立ち止まると、その感覚が確かなものであることを主張するように、ズボンの隙間から液体が足をつたってくるのを感じた。はっ、と恐る恐るめくると真っ赤な血。一瞬で悪い想像が頭のなかをかけめぐる。それから早く病院に戻らなければ、病院が近くてよかった、と来た道を振り返ったけれど思ったよりも遠くまで歩いてきてしまったらしい。この状態で病院まで歩いて戻るのは無理だ。まずはIさんに連絡をし、それから病院に連絡をした。Iさんはここまで車で来るのに15分ほどかかるということで、タクシーで向かうことにする。車の通りが多い道だからすぐにつかまると思ったけれど、迎車や乗車中のタクシーが多くてなかなか乗ることができない。その間にも、血はどんどんと垂れていく。汚れていく下着やズボンが心配になりながら、ナプキンを買いに走ることもトイレでトイレットペーパーを挟むこともできない。

「こんなに歩いてしまったから出血したのだろうか。赤さんは大丈夫だろうか。」

どうにもならない状況で赤さんに対して申し訳ない思いでいっぱいになり、そして一向にタクシーがつかまらないことに絶望する。立っていることもできず、しゃがみながらタクシーを待っていた。道には多くの人が行き交っているけれど、誰も私と目を合わせることはなく、この場所で赤さんを守ることができるのは自分ひとりぽっちなのだという状況に怖い思いでいっぱいになった。

ようやく20分が経った頃につかまえることができたタクシーに乗り、病院へと向かう。一週間前にも来たばかりの救急外来の待合室の長椅子で、えいっと仰向けになり、先生を待つ。先に看護師さんがきて血圧を測ってくださり、それからIさんが到着。先ほどの喧嘩でのわだかまりを残しつつ、一緒に先生の到着を待った。

先生が来て、まずは内診台の椅子に座る。私の意思に関係なく、電動で股が開きカーテンの向こう側でエコーが始まる。赤さんは無事なのか、緊張しながら待っていると「とっても元気に心臓も動いています」と伝えられ、ほっと安堵する。この一時間ほど、体中が不安でいっぱいだった。妊娠してから、つわりで苦しんだり、度重なる出血で不安になったり、その度にとても心細い思いになっているけれど、病院に来ると赤さんはいつも元気でいてくれる。そのことがどれだけ奇跡的なことで、ありがたいことか。先生から、おそらく(少し前からある)血腫からの出血ではないかと告げられ、切迫流産の診断を受ける。入院して安静にするか、自宅で安静にするか好きな方を選んでくださいと言われた。私自身は、まだ不安でいっぱいなのでできれば入院したかった。今の私には24時間お腹のなかで赤さんを守り育てるという責任がストレスになりかけている。しかし、Iさんと先生から自宅でもいいのでは、という空気を感じ、自分でもどうしても入院したいとは言い切れず、結局自宅に帰ることにした。

お会計をし、Iさんに家まで送ってもらう。(Iさんとは、まだ一緒に住んでいない。)

家に到着し、一日のことを思い出しながらベッドに仰向けになると涙が溢れた。そのまま声に出して泣き続ける。Iさんとのすれ違いによるやりきれなさについて、そして日々目まぐるしく変わる体の変化に、心が追いつかないことについて。11月末頃に妊娠がわかったときも、大きな喜びのあとに訪れたのはこうした不安と孤独だった。
私は女性の体で生きてきて、妊娠をした後のこともなんとなく想像することができているつもりだった。それでも、実際に妊娠をしてこれからの経過について調べていくと、これまでの生活で知ることのなかった妊娠中の女性の様々な孤独に触れた。妊娠初期の流産はとても多いということ。安定期に入ってから妊娠を公表する人が多いけれど、それまでに起こるつわりをはじめとした体調不良はとても辛いこと。それでも流産などのリスクがあるので、妊娠を隠しながら仕事や生活を頑張っている女性が多くいるということ。体は大きく変化しているのに、これまでと同じ生活を続けることに無言の圧力をかけているような社会の存在もある。

そうしたこと以外でも、妊娠中にどんなことに困り、不安になり、苦労するかというのも体質や生活環境によってそれぞれに異なる。そのため、同じ境遇の人と話を共有したりする場に出会うのはなかなか難しいということも初めて知った。妊婦はそうした孤独のなかで様々な体調不良を抱えながら、個人の事情をやりくりし、そして24時間お腹の中にいる赤さんを守り育てなければならないのだ。そして辛い体調というのは、自分が本来どんなことが好きで、どんなことができて、どんな人間だったかということも忘れさせてしまう。

赤さんのことを思いながら、これから仕事を休まなければならないことに恐れを感じながら。わんわんと泣いて、そして気がつけば寝ていたらしい。窓の外が暗くなった頃に目が覚め、私がこうして大騒ぎをしている間にも懸命に大きくなろうとしている生命の存在にハッとする。

妊婦であることの孤独はきっとこの先も続いていくけれど、そして出産した後に待ち受けている生活も計り知れないけれど。私自身が妊娠を望んだこと、そしてこの生きづらい世界に人間を迎えるという決意は、こうした苦しみよりもずっと責任の重いことだと思う。それでも、この妊娠生活を少しでも楽しく喜びのあふれたものに、そして妊婦が社会生活を送りやすい世の中になってほしい。そのために今できることを、お腹のなかにいる赤さんを思いながら考えたい。でもまずはこの出血が止まりますように、今日はねむらなければ……zzz

舟喜さとみ

1990年うまれ、東京在住。本屋B&Bでケア、フェミニズム、KBOOK棚担当、イベントやフェアの企画・運営などをしています。韓国ドラマファンクラブ『私たちの賢い本屋生活』、三日子と舟『10月のおやすみ日記』など。

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『じてんしゃにのっているじかんがわたしのにっきだった』

2026年9月6日 初版第1刷発行

デザイン 矢口莉子 @yaguchirico
アートワーク GO MAYUMI @go_mayumi_
写真 Kenichi Aikawa @aikawa_kenichi
製本 矢口莉子 舟喜さとみ
価格:1,100円(税込)/p72

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子どもとの日々ー父が語る言葉、聞く言葉

日時:9月1日(火)〜9月30日(水)※会期終了
場所:本屋B&B

育児や家事、そして仕事。その背景にはさまざまな状況があるなかで、父が育児や家事について語りにくさを抱えていることがあるのではないか。
喜びの瞬間や、葛藤の時間。子どもとの日々を過ごしている父の言葉を、もっと聞いてみたい。そんな思いから、このフェアを企画しました。

22人の父たちに、子どもとの日々のなかで支えになった本や、共に過ごした本を選んでいただきました。
みなさんに寄せていただいたコメントとあわせて、父が語る言葉に耳を澄ませてみませんか。

<選書参加者>
阿部和重/伊藤淳/伊藤康/内沼晋太郎/岡田悠/清田隆之/今野良介/斎藤陽道/佐藤ねじ/JOE/白石正明/菅野貴文/鈴木純/角田貴広/滝口悠生/武田俊/田野英知/中川紀彦/生江秀/松村孝宏/宮崎智之/Yamada Keisuke

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