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生物群のふたつのスープ

鶏一羽を一人で食べるスープ/輸血とビーツポタージュ

たよりない日々のなかでは、自炊が難しいこともある。それでも自分でつくった料理が、思いがけず心やからだを包み込むこともある。医師として働き、暮らしや旅先でさまざまな食べ物を食べる生物群さんによる、しみじみと生きる力が満ちてくるような、ふたつのスープのコラムです。

鶏一羽を一人で食べるスープ

たびたび私は自炊に挫折する。さまざまな原因によって自分がもはや何かの限界に達しているとき。細かい作業はできそうにないとき。刃物を長時間使っていると手に力が入らず取り落として、足の甲に刺さるところを思い浮かべるとき。もう二度と、細かいお惣菜をたくさん作ることなんかできない。

朦朧とした頭でスーパーで一羽の中抜き丸鶏を買い、重たい荷物として持ち帰る。たまたまスーパーの精肉売り場で丸鶏を売っているとき、それがクリスマス前でもない限りは一羽か二羽しか並んでない。ほとんど一羽のそれを、選ばずにそのまま連れて帰ることになる。

重たい鋳物の琺瑯鍋を用意し、丸鶏にじゃりじゃりと塩をまぶして琺瑯鍋の中におさめる。もも肉とかささみとかのいつもの小分けされた姿ではなく、羽毛むしりをして内臓を抜いたあと、まだ解体はされていない、死体でも肉でもある見た目。ここからどこかで「美味しい」に変わっていく変化がある。まだ冷たくてぐにゃぐにゃの丸鶏をなんとか鍋の中に押し込む。足が少し鍋からはみ出ている。

そこにひたひたに水を入れる。最低限、これだけでいいと私は思う。それ以外に、生姜をぶつ切りにして入れる。にんにくを、薄皮を剥くのが面倒ならそのまま皮ごと入れる。葱の青いところを入れるのもいいでしょう。これも皮ごと玉葱をそのまま入れてしまうときもある。そして飲みかけの日本酒を、ドボドボと目分量で注ぐ。このどれかだけでもいいのではないかな。それぞれ、違う味になるでしょう。蓋をする。弱火で火にかける。

アクは取らなくていい。もはや何も考えられないので、アクをすくったときにやけどしそうだ。そのまま少し人間は休憩し、キッチンにまかせて1時間ほど待つ。
このような丸鶏の水炊きは、養鶏のある文化圏であればどの国にもあるに違いない。

きっと昔は、祝祭のときの料理だったのではないか。みんなで肉を分け合って食べ、共同体で仲を深めるのだ。それを、私は、一人で、楽をするための料理として……。うっすらとした罪悪感が待つ時間に滲む。
1時間後、できあがった茹で丸鶏はしっとりとしてピンクがかったクリーム色をして淡く光っているようだ。茹で汁にはところどころ黄金色の鶏油が浮いていて、いい出汁が出たスープになっている。「骨も含めてまるごと茹でる」ことには何か魔法があるのかと思うほど、それぞれ解体したものを食べるよりも美味しく感じるのだ。

どこからでもよいが、たいていしっとりした胸肉から切り出して食べていく。塩をかけてごくごくシンプルに食べ、汁をすする。これを、何食かにわけて毎回食べていく。何度も火を入れて、自然と残る骨のついた部位はほろほろの食感に変化していく。ときに別の小鍋によりわけて、鶏粥にしたり、カレーにしたりする。だんだん食べている間に元気になってきて、おかずも作れるようになってきて、ささみと青菜を和えたりして一品作ったりできるようになる。一羽の鶏から一人で食べる肉をすべてもらっていると、苦しく、また同時にありがたくなってくる。最後まで鶏は骨によって鶏の形をしていて、生きていたときの形を示しながら私に食べられている。

輸血とビーツポタージュ

古来より血液は不思議な力を持つと信じられてきた。血液という人間の身体の一部が液体として他の人間の薬となる治療法が輸血療法だ。輸血は幅広い疾患に適応があり、傷病の治療に使われ、救命に使われて、戦争では多くの兵士を失血死から救う。私が普段診療している死を前にした癌を持つ人々にも、ときに症状の緩和と安寧を与えることがある。

一方で血液は危険で汚いものでもある。医療現場では、患者の血液は排泄物よりもよほど危険で不浄なものとして扱われている。素手で触ることは罷りならない。

ビーツは食べる輸血と言われているらしい。「食べる」と「輸血」のつなぎが何か微細な違和感を招いている。輸血とは、血液製剤を静脈から注射で投与すること。またはその血液製剤そのものを指すこともあるか。それを食べるとは、どういう意味なのか。ビーツを食べることが、輸血を必要とするような病態によい作用をもたらす、という間接的な表現なのか。この、考えすぎで苛立つのも貧血の症状か。私は貧血ではない。何かの症状を和らげるために食事を気にすることを、本当はしたくない。

ビーツを蒸して粗熱をとっておく。ビーツと蒸し汁をブレンダーにかけてそのままピュレにし、好きなテクスチャになるまでゆるくする。一晩冷蔵庫で冷やし、水切りをしたヨーグルトとオリーブオイル、粗塩をトップにおいて盛り付け、混ぜて食べる。氷を一個落として食べるのもおいしい。

ビーツと似た味の食べものは日常生活には少ないため、食べるまで正確に記憶してなくて忘れていて、食べたら「あーこの味だったよな」と思い出すが、最近、似ている味の食べものを見つけた。ほうれん草って根元だけ3秒くらいビーツの味がします。

土くさいのに甘くて、生で食べられるほどみずみずしい。目を瞑ってビーツのポタージュを食べると、その目の覚めるようなマゼンタの色を忘れるくらい「美味しい泥」という味がする。

生物群

東京都在住。病院に勤務する医師。旅先を求めていつもどこかへ出かけている。Podcast《川沿い》パーソナリティー。

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『me and you little magazine vol.1  特集:愛も生活も、たよりないから』

2026年5月31日 第一刷発行
編集:野村由芽・竹中万季(me and you)
編集協力:日比楽那(me and you)
価格:2,500円(税別)
装丁:脇田あすか、關根彩
印刷・製本:ブックグラフィカ
発行:株式会社ミーアンドユー

♥︎本記事は『me and you little magazine vol.1  特集:愛も生活も、たよりないから』に収録されています。

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