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同じ日の日記

移動と回復/濵本奏

まだ誰も気づいていないものを探している。予期せぬ景色を期待している

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2026年4月は、4月30日(木)の日記を集めました。人間・非人間・場所の空白に残る「記憶」を記録している写真家の濵本奏さんの日記です。

ここ数日のあいだ、非常に疲れている。というのも、1ヶ月前に急遽とある展示の話が降ってきて、その準備で忙しない日々だったからだ。
ぐだぐだ言っても仕方ないので割愛するが、準備以外にもすり減るような出来事がいろいろあって、とにかく疲弊していた。
展示はつい5日前に無事に始まったのだが、今朝は街中で、ふた粒涙が出た。しょうもないことで溢れかけた涙は、1、2滴くらいしか流してやるもんか、と思ってそれ以上はぐっと堪えた。つらいことをいつまでも反芻するよりも、私自身や私の作品に向き合ってくれる人の存在をいつでも思い返せるようにしたい。

さて、こういうときは、移動です。疲れているときこそ、あてのない大移動。
家でぼーっとしたり、夕方まで寝て回復したりすることももちろんあるけれど、今回はそれではダメな気がしていた。

24時ちょうどに、都内某所にて友人3人をピックアップする。花ちゃん、風人くん、ミリちゃん。
目指すは徳島!
新作のための写真が撮りたかったので、いつも通り巻き込ませてもらった。それ以外には4人とも、大きな目的はない。
花ちゃんと風人くんとは、これまでも一緒にいろいろなところへ遠出をしてきた。
ミリちゃんとどこか遠くへ行くのは今回がはじめて。数日前に、「車でどっか行くって聞いたんだけど、私も行ってもいい?」と聞かれ、食い気味で「もちろん!」と答えた。行き先も知らないまま移動に参加してくれる軽やかさ、すてき。

高速道路に乗り、時速120kmで暗闇を切り裂きながら、ぐんぐん進む。進めば進むほど、何かが満たされていって、みるみるうちに回復するのがわかる。
最近は、夜の浜辺と、深夜の長距離移動中でしか深呼吸ができない。
薄明の波打ち際で海にくるぶしまで足を浸して水平線に目を凝らすときと、街灯の少ない高速でヘッドライトを上向きにして道の続きを辿るときは、なんだか似ている。
そうやって私は目を細めて、まだ誰も気づいていないものを探している。予期せぬ景色を期待している。

会話の熱量をガソリンにして進んでいる車なのかと思うほど、明け方まで車中は賑やかで、4人とも喋りすぎてすでに声が枯れかけていた。
そのうち、ひとり、またひとりと静かになって、明石海峡を渡り、淡路島に差し掛かるころにはみな眠りについていた。

空が白んで、朝が来る。ついに徳島県に入り下道に降りると、やがて全員が目を覚ました。
街中を走っていると、ふと、風人くんがミリちゃんに、「愛媛に似てない?」と聞く。
風人くんとミリちゃんは愛媛県出身なのだ。
「え?ああ、そうかも?」とミリちゃん。
「なんかほら、この街並み。開けたこの感じ。ほら、ほら。」と風人くんが続けると、「あ、ほんとだ、たしかに!」と納得したようなミリちゃん。四国特有の雰囲気があるらしい。
私と花ちゃんはポカンとしてこのやりとりを聞いていた。
狭い車内で私のすぐそばにいる風人くんとミリちゃんと、絶対に共有することのできない懐かしさ。こんなに近くにいるのにふしぎだなあと思う。そして、私が出会う前の2人のことをぼんやりと想像する。年齢が近い風人くんとミリちゃんは、幼いころに愛媛の街ですれ違っていたかもしれない。

大人になってから知り合った友だちのルーツを、ふとしたときに知ることができるのは面白い。
ひとりひとりのちいさな物語が好きだ。今回に限らず、友人のゆかりの街や場所に一緒に行くことがあると、「ここは放課後寄り道した公園。」だとか、「昔ここで髪切ってた。」とか、「小学生のころ、この生垣のツツジの蜜吸ってた。」とか、みんなぽつりぽつりと記憶を引っ張り出して、話をしてくれる。
そうすると、私には縁もゆかりもない場所がなんだか光って見えるようになる。
家や街並みはもちろん、お店や街路樹も、そのへんに転がっているちいさな石ころさえも、誰かにとっては思い出の詰まったものなのだと気づく。

これを書いていて、私にも思い出の木があることを思い出した。幼いころ暮らしていた家の裏に、大きなケヤキの木が立っていた。
映画「となりのトトロ」でトトロが降り立つ木にそっくりだったので、私はその木を「トトロの木」と呼んでいて、夜になるとトトロが現れると信じていた。
幼稚園の行き帰り、木の前を通るときは決まって、母が漕ぐ自転車のチャイルドシートから、「トトロ〜!」と叫んで挨拶をしていた。
その木がある日突然切られてしまった。そのことに気づいた母が、「大変! トトロの木なくなっちゃった!」と言うので、家を飛び出して見に行った。そこには、まだ深い森の香りのする木屑があたり一面に散らばっていた。木が腐っていたからなのか、土地の開発のためなのかわからないけれど、毎日見上げていた立派な木は、私よりもはるかに背の低い切り株になってしまった。
私は大泣きした。トトロの木がなくなって悲しかったのはもちろん、木屑や切り株の痕を見て、まるで自分がチェーンソーで傷つけられたかのような痛みを感じたことを、今でも覚えている。
そして、降り立つ木を失くしたトトロのこれからのことを心配した。
私は木屑の中から比較的大きな木片を拾って帰った。それは20年以上経った今でも私の部屋にある。引越しのたびに、勉強机の上、出窓、宝箱の中と、定位置を転々としながらも、ずっと私のそばにいる。
ざらついた木のたしかな手触りと、微かにのこる木の香りで、私はいつでもトトロの木を見上げることができる。

はい。脱線しすぎました。
終始笑っていた旅の1日目。すべての瞬間が輝いていたけれど、風人くんとミリちゃんのこのやりとりがとくに印象的だった。
この日記を書き終わる今、私はもう疲れてはいない。友人のおかげで、無理やりにでも強引にでもなく、いつも通りに回復ができた。
私には移動が必要。そして、その移動にふらりとついて来てくれる素敵な友人の存在が大切なのだ。
明日も楽しみだな。

出会ったナイスな場所をいくつか紹介してこの日記は終わります。

ラーメン東大 大道本店

沁み渡る系徳島ラーメン。卓上にはカゴに入ったフリー生卵がある。すき焼き風にしたり、ライスを卵かけご飯にしたり……。

道の駅 日和佐

道の駅、だいすき。まず、「道の駅」という名前が好き。旅先ではいつも、道の駅をはしごしていたらあっという間に一日が終わる。
「大野海苔」という味付けのりが絶品。県民のソウルフードらしい。すだち系のジュースを片っ端から買って飲んでみた。全部好きだった。新物のわかめも買えた。うれしい。

日和佐うみがめ博物館カレッタ

ウミガメの博物館。建物の前の大浜海岸は、ウミガメの産卵場所として国定天然記念物に指定されている。ここへ産卵しにくるカメは近年激減しているらしい。原因は漁業による混獲や、光害(街灯や車のライトに惑わされた小ガメが海とは違う方向へ迷走してしまうらしい……。)など。海は陸よりも開けているので、夜でも星や空の光を反射して明るく見える。本来、子ガメはその「海側が明るい」という目印を本能的に使って海へ向かうそう。美波町は海岸の保護や街灯のウミガメ対応型への交換などの対策を進めているという。ウミガメだけでなく、いろいろな種類のカメがいた。ミリちゃんがゼロ距離でカメを見つめていておもしろかった。

薬王寺温泉 湯元 醫王の湯

移動とお風呂はセット。お風呂上がり、4人で缶ビールを片手に近くの漁港を散歩した。夜風がとても気持ち良かった。

淡路島サービスエリアにて、昨年西日本のサービスエリアで見かけて以来ずっと気になっていたゆるキャラの名前が判明。わたるさん。身長200cm、体重120kgとのこと。頭に自動車を載せている割には小柄だった……。

濵本奏

2000年生まれ。壊れたカメラでの撮影やフィールドレコーディングなど複数の手法を横断し、即興的な写真展示や個人出版を通じて、人間・非人間・場所の空白に残る「記憶」を記録している。2025年に個人レーベル「真珠出版」を立ち上げ、同年に写真集『ー・・』を刊行。

Photo by Hinano Kimoto

Website
Instagram

この冬、福島県郡山市のtotonoel gallery cafeにて展示を行う予定です。(2026年11月29日〜12月23日)詳細は私のホームページまたはInstagramをご確認ください。

真珠出版のECサイトにて、写真集『ー・・』を販売中です。

濵本奏 写真集 『ー・・』│真珠出版

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