ここ数日のあいだ、非常に疲れている。というのも、1ヶ月前に急遽とある展示の話が降ってきて、その準備で忙しない日々だったからだ。
ぐだぐだ言っても仕方ないので割愛するが、準備以外にもすり減るような出来事がいろいろあって、とにかく疲弊していた。
展示はつい5日前に無事に始まったのだが、今朝は街中で、ふた粒涙が出た。しょうもないことで溢れかけた涙は、1、2滴くらいしか流してやるもんか、と思ってそれ以上はぐっと堪えた。つらいことをいつまでも反芻するよりも、私自身や私の作品に向き合ってくれる人の存在をいつでも思い返せるようにしたい。
さて、こういうときは、移動です。疲れているときこそ、あてのない大移動。
家でぼーっとしたり、夕方まで寝て回復したりすることももちろんあるけれど、今回はそれではダメな気がしていた。
24時ちょうどに、都内某所にて友人3人をピックアップする。花ちゃん、風人くん、ミリちゃん。
目指すは徳島!
新作のための写真が撮りたかったので、いつも通り巻き込ませてもらった。それ以外には4人とも、大きな目的はない。
花ちゃんと風人くんとは、これまでも一緒にいろいろなところへ遠出をしてきた。
ミリちゃんとどこか遠くへ行くのは今回がはじめて。数日前に、「車でどっか行くって聞いたんだけど、私も行ってもいい?」と聞かれ、食い気味で「もちろん!」と答えた。行き先も知らないまま移動に参加してくれる軽やかさ、すてき。
高速道路に乗り、時速120kmで暗闇を切り裂きながら、ぐんぐん進む。進めば進むほど、何かが満たされていって、みるみるうちに回復するのがわかる。
最近は、夜の浜辺と、深夜の長距離移動中でしか深呼吸ができない。
薄明の波打ち際で海にくるぶしまで足を浸して水平線に目を凝らすときと、街灯の少ない高速でヘッドライトを上向きにして道の続きを辿るときは、なんだか似ている。
そうやって私は目を細めて、まだ誰も気づいていないものを探している。予期せぬ景色を期待している。
会話の熱量をガソリンにして進んでいる車なのかと思うほど、明け方まで車中は賑やかで、4人とも喋りすぎてすでに声が枯れかけていた。
そのうち、ひとり、またひとりと静かになって、明石海峡を渡り、淡路島に差し掛かるころにはみな眠りについていた。
空が白んで、朝が来る。ついに徳島県に入り下道に降りると、やがて全員が目を覚ました。
街中を走っていると、ふと、風人くんがミリちゃんに、「愛媛に似てない?」と聞く。
風人くんとミリちゃんは愛媛県出身なのだ。
「え?ああ、そうかも?」とミリちゃん。
「なんかほら、この街並み。開けたこの感じ。ほら、ほら。」と風人くんが続けると、「あ、ほんとだ、たしかに!」と納得したようなミリちゃん。四国特有の雰囲気があるらしい。
私と花ちゃんはポカンとしてこのやりとりを聞いていた。
狭い車内で私のすぐそばにいる風人くんとミリちゃんと、絶対に共有することのできない懐かしさ。こんなに近くにいるのにふしぎだなあと思う。そして、私が出会う前の2人のことをぼんやりと想像する。年齢が近い風人くんとミリちゃんは、幼いころに愛媛の街ですれ違っていたかもしれない。
大人になってから知り合った友だちのルーツを、ふとしたときに知ることができるのは面白い。
ひとりひとりのちいさな物語が好きだ。今回に限らず、友人のゆかりの街や場所に一緒に行くことがあると、「ここは放課後寄り道した公園。」だとか、「昔ここで髪切ってた。」とか、「小学生のころ、この生垣のツツジの蜜吸ってた。」とか、みんなぽつりぽつりと記憶を引っ張り出して、話をしてくれる。
そうすると、私には縁もゆかりもない場所がなんだか光って見えるようになる。
家や街並みはもちろん、お店や街路樹も、そのへんに転がっているちいさな石ころさえも、誰かにとっては思い出の詰まったものなのだと気づく。
これを書いていて、私にも思い出の木があることを思い出した。幼いころ暮らしていた家の裏に、大きなケヤキの木が立っていた。
映画「となりのトトロ」でトトロが降り立つ木にそっくりだったので、私はその木を「トトロの木」と呼んでいて、夜になるとトトロが現れると信じていた。
幼稚園の行き帰り、木の前を通るときは決まって、母が漕ぐ自転車のチャイルドシートから、「トトロ〜!」と叫んで挨拶をしていた。
その木がある日突然切られてしまった。そのことに気づいた母が、「大変! トトロの木なくなっちゃった!」と言うので、家を飛び出して見に行った。そこには、まだ深い森の香りのする木屑があたり一面に散らばっていた。木が腐っていたからなのか、土地の開発のためなのかわからないけれど、毎日見上げていた立派な木は、私よりもはるかに背の低い切り株になってしまった。
私は大泣きした。トトロの木がなくなって悲しかったのはもちろん、木屑や切り株の痕を見て、まるで自分がチェーンソーで傷つけられたかのような痛みを感じたことを、今でも覚えている。
そして、降り立つ木を失くしたトトロのこれからのことを心配した。
私は木屑の中から比較的大きな木片を拾って帰った。それは20年以上経った今でも私の部屋にある。引越しのたびに、勉強机の上、出窓、宝箱の中と、定位置を転々としながらも、ずっと私のそばにいる。
ざらついた木のたしかな手触りと、微かにのこる木の香りで、私はいつでもトトロの木を見上げることができる。
はい。脱線しすぎました。
終始笑っていた旅の1日目。すべての瞬間が輝いていたけれど、風人くんとミリちゃんのこのやりとりがとくに印象的だった。
この日記を書き終わる今、私はもう疲れてはいない。友人のおかげで、無理やりにでも強引にでもなく、いつも通りに回復ができた。
私には移動が必要。そして、その移動にふらりとついて来てくれる素敵な友人の存在が大切なのだ。
明日も楽しみだな。
出会ったナイスな場所をいくつか紹介してこの日記は終わります。

