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「この日常は当たり前に成立するものではない」。写真家 小説家・清水裕貴のアトリエへ

写真には現実の模写になりえない不思議さがあり、写真の中にしかない謎の時空が発生する

写真表現の可能性を切り開いてきた30名の日本の女性写真家による、およそ200点の作品が集まる展覧会『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』。1950年代以降の日本の女性写真家の功績にフォーカスした書籍『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』の刊行後、世界を巡回してきた同展の連動企画として、7月4日からBunkamura Gallery 8/で『STILL/LIFE 静寂の余韻に』展が開催されます。

「生きること(LIFE)」と「静けさ(STILL)」のあわいにあるものをとらえる女性写真家を紹介する同展から、清水裕貴さん、鈴木のぞみさん、頭山ゆう紀さんの3名にインタビュー。暮らしの中で飾ることを想定した作品が選ばれていることを踏まえ、作家のアトリエに訪問し、各々の写真表現におけるまなざしや、今回展示される作品についてのお話に加えて、暮らしの中にどのように作品を取り入れているかを見せていただきました。

この記事では、清水裕貴さんのアトリエをご紹介。ネガフィルムを海水や黴で腐食させた作品を特徴とする清水さんの自宅兼アトリエは、自身のギャラリーとしても活用していた場所。淡い青色が基調の空間に写真が大きく飾られ、「見る」ことへと静かに誘われる空間でした。

ギャラリーとしても活用していた自宅兼アトリエ

ーいまアトリエにされているこの場所で、以前はギャラリー(tidepool429)をされていたそうですね。

清水:ここは亡くなったおじの持っていたマンションだったんです。1人暮らしをするにはやや広いし、引っ越してきた頃はわりと暇だったので、せっかくだからギャラリーをやろうかなと。いまは暇がなくてやれていないのですが、展示空間にしていたときに『岸』という写真集の展示をやって、そのままの状態になっています。

清水裕貴さん

―ロール紙を直接画鋲で壁に貼っているんですね。

清水:額は圧迫感があるから、自分はペラ紙の方が好きです。保存はきかなくなるけれど、あとで作品を売ることを考えなければ、別に多少傷ついてもいいと思うんです。紙に皺が入って日常が不愉快になるかというと、そんなこともないですし。

ロール紙に印刷された清水さんの作品。比較的大きなサイズだが、紙が薄く空間に馴染みやすい

ー他の方の作品もいくつか飾られていますが、普段からよく作品を購入しますか?

清水:学生の頃から勉強がてら写真集をよく買っていました。写真集は高いものだと何万円もするので、高価すぎない小さな絵はあまり抵抗なく、雑貨のような感覚で家に置きたいものを買っています。

ただ、かっちりした現代アートギャラリーで取り扱っているような作品となると、ちょっと荷が重いですね。美術館に個人蔵の作品が飾られていることがありますが、そういう場に出す可能性なども考えると、写真は印刷メディアだからまだいいけど、絵画や彫刻はきれいな状態で預かっておくことが自分は難しいと感じるので。

「この日常は当たり前に成立するものではない」。写真家 小説家・清水裕貴のアトリエへ

パレスチナ支援のため行われた「パレスチナ あたたかい家」で購入した、モノクロ画家であるあけたらしろめさんの作品(左)。清水さんが展示した国立のギャラリーで売っていた版画(右)

「この日常は当たり前に成立するものではない」。写真家 小説家・清水裕貴のアトリエへ

モビールは山本恵さんという関西の作家の作品。サンドローズ(砂漠のバラ)が素材として使われており、清水さんの「whitesands」という作品の舞台が砂漠のため、ぴったりだと思って展示で買ったそう

子供の頃から、綺麗なものを凝視したいという思いがあった

ー清水さんはいつ頃から写真を始めましたか?

清水:高校生ぐらいから一眼レフで写真を撮るのが好きだったんです。撮るものはいまとあまり変わっていなくて、特定の人や行事を撮ることにはそれほど関心がなく、瞬間や時間、光の状態や空間の雰囲気を収めようと、やや抽象的な風景スナップを撮っていました。

ー大学時代は映像学科に所属されていたんですよね。

清水:武蔵美に入ったときは映画を撮りたかったんです。いわゆるエンタメ的な物語がしっかりした映画ではなく、実験映画や写真の延長線上にある映像のインスタレーションを志向していて、スタン・ブラッケージやクリス・マルケルをイメージフォーラムに観に行ったり、ICCによく足を運んでいた記憶があります。ただ、グループワークをやってみて集団での制作が向いていないと思ったので、3年から写真のゼミに入りました。

「この日常は当たり前に成立するものではない」。写真家 小説家・清水裕貴のアトリエへ

床に広げて作品を眺める。「こういうふうに広げると見やすい」と清水さん

「この日常は当たり前に成立するものではない」。写真家 小説家・清水裕貴のアトリエへ

ー1人で映像作品を撮っていこうとは思わなかったですか?

清水:写真の方がより表現しやすいし、ちょうどいいなと思ったんです。自分は文章も書いているように、あまり表現形態にこだわっていなくて。写真は写真集としてパラパラ見たり、展示でじっくり見ることもできる。所有もしやすくて、観る時間をわりと自由に使えるから、親切じゃないですか。あと、映像は止まっていないから、凝視することができないですよね。子どもの頃から絵画もずっと好きで、綺麗なものを凝視したいという思いを持っていたので、写真なら細部を凝視することができると思ったんです。

タイルを自分で貼るなど、青を基調とした空間は清水さんの作品世界とも通じる雰囲気。こちらも自分で塗った白い漆喰の壁にスポットライトを当てることで、明るすぎない光の加減に

「この日常は当たり前に成立するものではない」という不気味さを考えていたい

ー清水さんは小説も書かれていますが、言葉と写真、どのように比重を置いて制作されていますか?

清水:小説を書き出してからは言葉だけの作品も多いですが、写真の作品に関しては、大体、写真を撮ってから言葉がまとまっていきます。撮影場所に行く前にある程度どういう場所かは知っている状態で行くけれど、その場で新たな出会いがあったりもするので、そこからどんなストーリーが生まれるかは、撮らないとわからないですね。写真には現実の模写になりえない不思議さがあって、写真の中にしかない謎の時空が発生してしまう。その魔法からフィクションが生まれやすいと思っています。

ー日常的に撮る写真は多くの場合、自分が見たものや行った場所が事実として存在したことを記録するつもりで撮っていると思うのですが、いまのお話はそれとは違う感覚ですよね。

清水:そうですね。「いま取材でここに来ています」というインスタ用の写真と、作品のためにカメラを向けた写真は、同じ海を撮っても全然違うなと思います。作品として写真を撮るときは、「良さげだな」と思う場所から明確になにかを掬い取ろうとしていますね。

ー「良さげ」の正体を分かりたいという思いも、写真を撮る理由としてありますか?

清水:謎がずっとある状態だから、続けられるというのはあります。受け売りの知識ですけど、映像や写真ってわりと新しいメディアじゃないですか。現代はYouTubeやインスタなど、非常に多い複数のイメージの中で漂って生きる状態が普通になっていると思いますが、そうやっていろんなレベルで撮影され、2次元に圧縮された情報をずっと見ている状況って不思議ですよね。

ーメディアを通して世界を見ている時間の方が長いような気すらします。

清水:その状態にいい悪いはないですけど、そうやってこの世の中にものすごく普及している写真というものを通して、「この日常は当たり前に成立するものではない」という不気味さを考えていたいです。写真は理想的な美を求めるのに向いているメディアではなく、どちらかというと、人々の社会の中でのリアリティのあり方を特殊な方法で写し出すものだと思いますし、そういうところにずっと興味がありますね。

とどまっている非人間的な存在である作品に癒される

ー今回展示される作品について教えてください。

清水:今回は「微睡み硝子」のシリーズと、写真集『岸』からセレクトしています。夏に訪れた人が購入して自宅に持ち帰るかもしれないことを想像して、あまり暑苦しくない「涼しい非日常」を感じるような作品を選びました。美術館で作品を観るときは刺激や、知的ななにかを得られるような作品を求めたりもしますけど、家に飾る作品はまた違うと思うので、暮らしに共存しやすいものを自分なりに考えた感じです。

清水裕貴 微睡み硝子「海水浴場」クロモジェニックプリント©Yuki Shimizu, courtesy of PGI

ー「映像よりも写真の方が見やすい」というお話からも思ったのですが、作者としての意思というより鑑賞者の視点に立たれていることが興味深いです。

清水:自分のトラウマや愛をどうしても世に問いたいとか、いまどうしてもこれを見せないと死んでしまうみたいな欲望は、自分には基本的にないんです。作品のテーマも、自分にはなんとなく水辺が合うから水辺という縛りで撮影しに行くと、向こうからやってくることが多い。最近は美術館から、その美術館がある土地を題材に作品をつくってほしいという依頼もあるのですが、放浪する理由を他人から与えてもらった方がちょうどいいです。

―自分に合う無理のないやり方を選択されているんですね。

清水:欲望は長続きしないというのは、若い頃から直感的に思っていて。恋愛でも創作でも20年ずっと同じ熱量でいることってないと思うんです。年齢によっても変わっていく。作品に水や黴をよく使う理由として、状態がどんどん変わっていくことが目に見えやすいというそのあり方が、自分にフィットしているということもありますね。欲望は過ぎ去るからこそ、一瞬の欲望の波に乗って撮った写真や出てきた言葉は、後から振り返っても予期せぬものに見えて面白いなと思うんです。過ぎ去っていくことが当たり前だからこそ、とどまっている非人間的な存在である作品に癒されます。

清水裕貴

1984年 千葉県生まれ
2007年 武蔵野美術大学映像学科卒業
2011年 第5回写真「1_WALL」グランプリ受賞
2016年 第18 回三木淳賞受賞
土地の歴史や伝承のリサーチをベースにして、写真と言葉を組み合わせて風景を表現
している。2017 年頃から小説の執筆を開始。

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『STILL/LIFE 静寂の余韻に』

日時:2026年7月4日(土)〜7月20日(月・祝)11:00〜20:00 ※会期中無休
会場:Bunkamura Gallery 8/(渋谷ヒカリエ8F)
入場料:無料
出展作家:清水裕貴/スクリプカリウ落合安奈/鈴木のぞみ/頭山ゆう紀/中井菜央/細倉真弓/𠮷田多麻希
企画協力:竹内万里子
制作協力:コンタクト
主催:Bunkamura

Web

『わたしのまなざし、あなたのまなざし SHIBUYA ART WEEKEND』

会期:7月4日(土)、7月11日(土)、7月12日(日)
時間:11:30オープン
場所:渋谷ヒカリエ 8/COURT
主催:東急株式会社
企画・制作:Bunkamura/me and you

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