作家に触れ合える企画を同時多発的に行って、街へと染み出していく
2026/6/26
1989年から渋谷で文化の発信を続けているBunkamura。現在、一部施設を除き 休館中ですが、渋谷のさまざまな場所を拠点に展覧会や映画上映などの活動を続けています。そんなBunkamuraとme and youが企画制作し、東急株式会社が主催するイベント『わたしのまなざし、あなたのまなざし SHIBUYA ART WEEKEND』が7月4日(土)、11日(土)、12日(日)の3日間開催されることになりました。
この夏、Bunkamuraザ・ミュージアムが渋谷のヒカリエホールで開催する写真展『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』を起点に、渋谷の街でいくつもの連携企画が行われます。その中の一つである『わたしのまなざし、あなたのまなざし』では、受け取るだけでなく、自分も何か発信したい、つくってみたい、という思いが湧くような企画が多数用意されています。
この記事では、『まなざしの奇跡』展や、Bunkamura Gallery 8/による『STILL/LIFE 静寂の余韻に』の見どころ、新しく渋谷三丁目に生まれた「MINA」での写真家・長島有里枝さんの個展、そしてBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下での貴重な映像作品の上映について紹介。変貌し続ける渋谷という街で、文化を通じてそれぞれの問いと向き合う4人に話を伺いました。
✦休館中だからこそ生まれた、連携の機会女性という括りではなく、その人自身の考えが伝わるバリエーションの豊かさ
✧写真を「鑑賞するもの」だけではなく、「ともに暮らすもの」として楽しむ魅力が伝わったら
✦食も楽しめるニュースポットでおこなわれる、長島有里枝さんの個展
✧映画において重要な「female gaze(女性のまなざし)」
✦作品を観て、そこから一歩踏み出して発信したくなる気持ちが湧いてほしい
✧変貌し続ける渋谷という街で、ずっと文化を発信し続ける意味とは?
鼎談参加者のプロフィール
・塩田陽子
Bunkamuraザ・ミュージアムで制作を担当。週末はひたすら寝ているかひたすら洗濯。
・渡貫彩
Bunkamura Gallery 8/でマネージャーを担当。週末は本と畑と香りの間を行ったり来たりしてます。
・荻野章太
東急株式会社文化・エンターテインメント事業部でMINAを担当。週末は料理しています。
・浅倉奏
Bunkamuraル・シネマで番組編成を担当。週末は散歩をしています。
―Bunkamuraは現在休館中ですが、今は施設ごとに渋谷の街のさまざまな場所を拠点に活動をしているそうですね。皆さんが現在行っていることについて、まずは自己紹介がてら伺えたらと思います。
塩田:Bunkamuraザ・ミュージアムの塩田です。『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』の制作を担当しています。2023年4月に休館してからは、渋谷ヒカリエ9階のヒカリエホールを中心にさまざまな場所で展覧会を開催しています。
渡貫:私はギャラリーを担当していて、渋谷ヒカリエ8階の「クリエイティブスペース8/」で営業を続けています。イベントスペースの「8/COURT」があるので、イベントと連動した展示を開催したり、8階のフロア全体で月1でミーティングしたり、他の会社さんと一緒にイベントを行ったりもしていて、こうした機会は初めてなのでインスピレーションをもらっています。渋谷で生まれている新しい文化を、以前よりもずっと身近に感じながら活動できているのも大きな魅力です。日々変化する街の空気に触れながら、展示や企画に取り組んでいます。
浅倉:ル・シネマで番組編成を担当しています。現在は渋谷駅前東口のビックカメラさんの上で営業をしているのですが、もともといた場所とエリアが違うので、ムードも異なる感じがありますね。これまではBunkamuraで美術展やコンサート、演劇を観たり、東急百貨店本店で買い物を楽しんだお客さんが来てくださることが多かったのですが、今はその流れがない分寂しくはありながらも、若い人をはじめとした幅広いお客さまがいろんな映画を楽しみに来てくださっています。自分たちも街のエネルギーをもらって、知らない間に編成にも影響しているような気がしています。
荻野:私は東急株式会社の文化・エンターテインメント事業部というところにいて、今年の4月、渋谷三丁目エリアに「Museum of Imaginary Narrative Arts[MINA/ミーナ]」という少し長い名前のミュージアムプロジェクトの拠点をつくりました。「架空のミュージアム」をコンセプトに据えていて、ミュージアム&カフェとして展覧会の展示室のベンチで食事が楽しめると同時に、渋谷三丁目エリアに根差すことを目指すまちづくりの拠点でもあります。約6年間腰を据えて、街に溶け込みながらやっていこうとしています。
―この夏ヒカリエホールで開催される『まなざしの奇跡』展に伴い、Bunkamura Gallery 8/やMINAでは展示企画、ル・シネマ 渋谷宮下では上映企画、またBunkamuraとme and you企画によるイベント『わたしのまなざし、あなたのまなざし』も開催されます。こうした連動企画はこれまであまり行ってこなかったそうですが、行った経緯について伺いたいです。
塩田:それぞれの施設で企画の決定時期が違うので、「こういうのをうちでやるんだけど、どう?」と言ったところで、既に他の施設では決まっていたり、まだ決められなかったりして難しかったんですよね。休館になってそれぞれ外に出たことで、また違うスケジュールで動くようになったからこそ実現できたことの一つなのかなと思います。昔はBunkamura全体の連携企画はあったんですけどね。
ー昔はどのような企画を行っていたんですか?
渡貫:「Bunkamura ドゥ マゴパリ祭」がありましたよね。
塩田:36年前には「UK’90」もありました。
浅倉:あとはだいぶ前だけど、ミュージアムで『ルノワール+ルノワール展』を開催しているときに、ル・シネマでジャン・ルノワール監督の特集上映というのも企画としてはあった。でも、ここまで集まって大規模にやったことはしばらくないんですよね。
荻野:しかも、Bunkamuraの中でやるわけではなくて、街の中に散らばって物理的に離れているにもかかわらず、協働して一つのテーマで行うのは初めてかもしれないですね。
塩田:実現できてうれしいです。Bunkamuraが再開するときの布石となったらいいですね。
浅倉:写真は絵画や映画にも通じる部分の多い視覚芸術であり、そして今回の出展作家の作品を見てもわかりますが、きわめて表現の幅が広い芸術です。それでいて、誰もが日常的に触れる身近なものでもある。それだけ写真が「深さ」のあるものだからこそ、施設を横断して一緒に考えることができたというのもありますよね。ル・シネマとしては、日本人の女性作家の方々に注目するということの意味に対して同調したというのも強くありました。
渡貫:ギャラリーでは近年、写真の展示を開催する機会がなかったので、今回の企画はとても意義深いものになりました。以前から取り組みたいと考えていたテーマでもあったので、新たな可能性を広げる良いきっかけになったと感じています。
塩田:あと、今回取り上げている30人の作家のうち、27名は今も活動されている作家です。今までBunkmura ザ・ミュージアムの展覧会では物故作家を取り上げることが多かったので、今まさに活動されている作家の方を取り上げるということも一つの連携のきっかけになったと思います。
―今回は1950年代から現代まで30名の女性写真家の作品が集まってますし、「まなざしの奇跡」という言葉からも連携のアイディアが広がりそうです。まずは核となった『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』について、展示の見どころについてお伺いできますか?
塩田:もともとは竹内万里子さんとレスリー・A・マーティンさん、ポーリーヌ・ヴェルマールさんが、日本の女性写真家に関する書籍をつくりたいと話されていて、写真集『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』を編纂すると同時に、フランスの『アルル国際写真祭 2024』で展覧会を行ったのが発端です。その後、世界巡回としてアムステルダム、フランクフルトで14万人を動員し、日本でも開催することになりました。開催するにあたり、取り上げる人数を4名増やし30名にして、「記録と記憶」の章を追加して4章構成にしています。同時期にロンドンのThe Photographers Gallery、終了後にニューヨークの国際写真センターに巡回予定です。
―世界を巡回したうえで、ついに日本での展示となるんですね。
塩田:日本の渋谷という場所でやる意義として、いろんな方々にさまざまな写真を楽しんでもらいたいっていうのがあって。日本でやることを伝えると、「じゃあ頑張ります!」と新しく再構成する作家や、ガラリと内容を変えた作家の方もたくさんいらっしゃいました。
―写真の展示に加え、インスタレーション、コラージュ、映像など、多様なアプローチによる作品約200点が集まったとのこと。
塩田:ヒカリエホールは非常に天井が高く、ホールAからBまですべての展示面積を合わせると約1600平米と広い場所です。アルルはぎゅっとした展示だったんですけど、空間をどうやって活かしていこうかとなりました。そこで日本展キュレーターの竹内さんが泣く泣く、どの作家を追加で入れて、入れないか決めていって。本当に泣いたとおっしゃっていて……それほど大変な作業だったそうです。それで、アルルでは参加していなかった今井壽惠さんと岩根愛さんと藤岡亜弥さんと米田知子さんに参加していただきました。
『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』のフライヤー。2026年7月4日(土)から8月26日(水)、渋谷ヒカリエ9Fのヒカリエホールで開催される
―「『写真』をめぐる冒険—想像力を解き放て!」「『記録と記憶』をめぐる冒険—目に見えないものに向かって」「『女性』をめぐる冒険—ジェンダー、身体、セクシュアリティ」「『日常』をめぐる冒険—見過ごされた風景の中で」という4つのテーマ設計もすごく気になります。
塩田:そうですね。一応四章仕立てにしながらも、「作家のなかで重なる部分もあるので、理解するための一つの足場として捉えてください」と竹内さんはおっしゃってました。次の章を見に行ってから、戻って見ていただいてもいいかもしれません。
―あらためて、今の時代に女性の写真家を取り上げる意味をどのように捉えていらっしゃいますか?
塩田:竹内さんは「写真史のなかで、今まで女性写真家が十分に語られてこなかったのはなぜか?」とよくおっしゃっていて。例えば、男性の作家しか載っていない全集が出ることについて、なぜか疑問に思っていなかったけれど、言われるとたしかにおかしいなって思いますよね。そうしたことを見つめ直す時期に来ていると。私自身も、例えば90年代の「ガーリーフォト」は知っていたけれど、こんなにもいろんなバリエーションでさまざまな人たちが活動してきたのだとあらためて再認識しました。だからこそ、女性という括りではなく、その人がその人自身の考えを持っていることが見えてくるというか。それほどまでにバリエーションに富んでいるので、新しい視点を得ることができる作品ばかりだと思います。
―もともと、アルルでの展示のタイトルは『I’m so happy you are here』でしたが、今回日本で展示されるときのタイトルを『まなざしの奇跡日本女性写真家の冒険』にしたことへの思いがあれば伺いたいです。
塩田:欧米展の「I’m so happy you are here」は、川内倫子さんの言葉から取られています。日本で展示をつくるうえで、竹内さんをはじめとして企画協力のコンタクトさんや、Bunkamuraの学芸員や制作担当なども交えて日本語のタイトルを考えていって。それで、いろんな眼差しが交差する奇跡的な作品だということでタイトルが決まりました。「冒険」は、はじめ「挑戦」とちょっと悩んだんです。でも、何かと戦っているというよりか、それぞれが自分の人生を冒険していて、表現したいことをやっているわけだから、この言葉が一番フィットするんじゃないかと。点と点がクロスして出会ったことを表現するタイトルになりました。
―芸術に限らず、男性が取り上げられやすい状況がこれまで長く続いてきたという意味でも、本当は「女性写真家」と言わなくてもいい状況が当たり前になる一歩前のステップとして、とても意義深い展示だと感じました。ギャラリーではまさに今現在のまなざしに触れられる企画かと思うのですが、どういった思いで企画されたのかとか、ぜひ伺いたいです。
渡貫:ギャラリーの展示も、竹内万里子さんがキュレーションしてくださっています。『まなざしの奇跡』展で伝えたい思いを踏まえ、作品を販売するギャラリーの立場としてできることについてまずは考え始めました。竹内さんや企画協力していただいてるコンタクトの佐藤(正子)さんと「作品をどんなふうに飾っているか」という話をしていたんですよね。そのなかで、「美術館で一番好きな作品と家に飾りたい作品って、意外と一致しないよね」という話になって。
圧倒されるような名作に感動することはあっても、それを日々の暮らしのなかで一緒に過ごしたいかというと、少し違う感覚があります。暮らしのなかに迎えるなら、柔らかさがあったり、奥行きがあったり、窓からふと覗く風景のように感じられる作品を選びたくなる。 今回は、そんなふうに写真作品を家で楽しむ体験の入り口をつくりたいという思いから始まりました。
『STILL/LIFE 静寂の余韻に』のフライヤー。2026年7月4日(土)から7月20日(月・祝)、渋谷ヒカリエ8FのBunkamura Gallery 8/で開催される
―生きることと、静けさが出会う地点として『STILL/LIFE 静寂の余韻に』と名付けられていますね。清水裕貴さん、スクリプカリウ落合安奈さん、鈴木のぞみさん、頭山ゆう紀さん、中井菜央さん、細倉真弓さん、𠮷田多麻希さんという7名の作家はどのように選んでいきましたか?
渡貫:今回の作家選定では、写真というメディアの可能性を広げながらも、暮らしのなかで自然と寄り添ってくれるような作品を生み出していることを大切にしました。
どの作家の方も『まなざしの奇跡』展にぜひ参加していただきたい方々なのですが、今回は若手や新進気鋭の作家を中心にご紹介しています。皆さんそれぞれ独自の視点やコンセプトを持ちながら、多様なアプローチで写真表現に取り組まれている方々です。そして、その作品には写真というメディアならではの魅力や豊かさが感じられる側面があります。
『STILL/LIFE 静寂の余韻に』というテーマに合わせて作品を選んでいただいていて、なかには今展に間に合うよう最新作を仕上げてくださった方や、普段は大型インスタレーションを中心に活動されている方が、展示形式をあらためて考えてくださったケースもあります。また、平面作品だけでなく、映像作品や立体作品もご覧いただけます。それぞれのアプローチを通して、写真表現の広がりを楽しんでいただけたらと思っています。
―家に飾りたいと感じる作品は、写しだされたものや作品の佇まいから選ぶ方が多いのでしょうか。
渡貫:シンプルに雰囲気が気持ちいいというのもありますし、「なんでこのシーンを切り取ったのか」というまなざし自体に共感を得て飾ってくれるのもいいなと思っていて。なぜ好きなのかは説明できない部分もあると思うんです。だからこそ今回は、自分にとって自然に心に残る一枚を見つけていただけたらと思っています。ダゲレオタイプ(※)の作品もご用意し、表現の幅も楽しんでいただけるようにしています。「どれだったら自分の家に飾りたいだろう?」という気持ちで見ていただくと、写真自体の見え方が少し変わると思うんです。
※世界初の実用的な写真技法。銀板に直接像を定着させるため複製ができず、一枚ごとに異なる表情を持つ唯一無二の写真 。
―見た目だけでなく、作家さんのつくり方に惹かれることもあるかもしれないですよね。渡貫さんもご自宅に写真を飾っていますか?
渡貫:写真作品のほか、写真コラージュの作品も飾っていて、お気に入りの写真集は表紙が見えるように飾っています。自分の部屋って、自分だけで演出できる空間ですよね。自分が演出家になれる。この経験は一回味わっていただければ癖になると思うんです。アートは決して特別なものではなくて、日々の時間にそっと寄り添ってくれる存在だと思っています。自分が本当に好きだと思える作品が身近にあると、日常の見え方が少し変わったり、気持ちがふっと上向いたりすることがありますよね。今回の展示を通して、写真を「鑑賞するもの」だけではなく、「ともに暮らすもの」として楽しむ魅力が伝わったらうれしいです。
―MINAは新しい場所だと思うので少し聞いてみたいのですが、「Museum of Imaginary Narrative Arts」、なぜ「イマジナリーナラティブ」なのでしょうか?
荻野:そうですね……このネーミングは言葉遊びから生まれました。「渋谷三丁目七街区」という場所にあるので、これまで「サンのナナ」って呼んでたんです。文字面を見ていたら「MINA/ミーナ」という言葉が出てきて、Mはミュージアム、Aはアートだろう、となって。いろんな人たちがアクセスできる場所、またいろんな人たちの語りによって形作られる場所になればいいという思いから、イマジナリーやナラティブという言葉があてられました。
Museum of Imaginary Narrative Arts[MINA]のロゴ
外観写真:Museum of Imaginary Narrative Arts[MINA](Webサイト)@Koichi Tanoue
―現代美術ユニットのL PACK.をディレクターに迎えていて、飲食ができる場所でもあるそうですね。対話のイベントなども行っています。
荻野:アートは、多くの街の人たちにとって自分の生活に必要なものだと思いづらいんですよね。アートの施設だといった途端に、街にいる人の大半が「自分には関係がない」と離れていってしまう。そこで、美味しい食事を楽しめて、ゆっくり過ごせる場所に、景色の一部としてアートがあれば、多くの人たちにとって関係がある場所になるかなと思って。Google Mapでカフェ探していた海外のお客さんが、何も知らないで来て、コンセプトや空間を面白がったりしてくれています。
―MINAでは、『まなざしの奇跡』展にも参加されている長島有里枝さんの個展『before the dog, behind the cat』が行われるそうですね。
荻野:長島有里枝さんはL PACK.とのつながりもあって、『まなざしの奇跡』展への参加を知る前からご一緒したいなと思っていました。日本の写真史において長らく女性は男性写真家の被写体として存在してきましたが、長島さんはその「見る/見られる」の関係を女性側から反転させ、女性の身体と家族を「見る対象」から「語る主体」へと転換させた写真家です。歴史的なとんでもない事件を起こした方なんですよね。しかもドラマチックなモチーフではなく、極めて日常的な「自身の身体」と「家族」を被写体にして転換させています。MINAは日常と非日常の境界線を揺れ動かすプロジェクトでもありますし、渋谷に所縁があり、Bunkamuraの展覧会の参加アーティストでもあるので、このタイミングでご一緒するアーティストとして長島さん以上の方はいないだろうと思っていました。
MINAでは、長島さんが1994年に渋谷のセンター街でポケットティッシュを配るアルバイトをしていたときに撮影した未発表のストリートスナップと、2025年に制作したコラージュ作品を展示します。そして、木の合板に写真をプリントした作品があって、それをテーブルに加工して、作品の上でご飯が食べられるようにしようと思っています。
一同:すごい!
荻野:MINAには作品鑑賞が目的ではなく、食事を楽しみに来られる方も多くいて、中にはフードをSNS用に撮影される方々もいる訳ですが、テーブル自体が作品になっていると、たとえ長島さんのことを知らない方だったとしても、意図せずに作品がその写真に写り込み、SNS上にアーカイブされるのもいいなと思っていて。写真作品が偶然誰かの日常と交差してしまう状況が面白いですよね。
また、MINA恒例の展示コラボメニューもご用意します。展示限定スープ&サラダセットは、冷製ヴィシソワーズに光の三原色(RGB)をモチーフした3色のソースをかけていただくMINAオリジナルメニューで、ほかにも長島さんの大好物のスイカを使ったジュース、展示予定のコラージュ作品をモチーフにした展示限定フレーバーのアイスも登場します。作品をゆっくり鑑賞しながら、身体を冷やしてリラックスしにいらしてください。
―ル・シネマ渋谷宮下では、普段は展覧会でしか観ることができないような写真家や作家による映像作品を上映するそうですね。
浅倉:『まなざしの奇跡』展に出展している作家を中心に、Bunkamura Gallery 8/に出展している作家や、あるいはどちらにも出展していない作家の映像作品も上映予定です。展覧会における映像作品の上映コーナーでは、作家が展覧会の会場に合わせてつくったエクスクルーシブな空間で映像作品を観られることが多いと思います。その展示空間の文脈や前後の作品の流れもあるので、そこで観られるのが一番いいと思いつつ、時間に追われている、会場が混んでいるとか、ヘッドフォンが全部貸し出されているとかで、どうしても観られないときもあるじゃないですか。個人的にも写真が好きで、そういった映像作品の展示コーナーがあるような美術展によく行くので、じっくり座って観る贅沢をしてみたいという思いが日頃からありました。
―一歩外に出ればすぐに雑踏という場所ですし、展覧会でしか観ることができない作品を映画館で観ることができる経験自体、なかなかなさそうです。
浅倉:また、「まなざし」というワードは映画においては非常にクリティカルで、映画に関わるなかで常に意識しているところにこのお話が来て。例えば「male gaze(男性のまなざし)」という概念があって、ローラ・マルヴィという批評家が「男性の支配的視線によって、女性が観られるものとして客体化されたのが映画の歴史になってしまっている」という論立てを70年代に行いました。
それに対し、「female gaze(女性のまなざし)」という女性の主体性や経験を中心に据えて作品をつくり、観ていこうとする言葉がある。その先にベル・フックスという人が、「oppositional gaze(対抗的まなざし)」という言葉で、これまでの議論から黒人女性の存在が抜け落ちてないかと投げかけつつ、周縁化された観客たちが抵抗するための主体的ジェスチャーとしての「観客のまなざし」を論じました。作品単体ではなく観客の存在を巻き込んだ、とても興味深くて重要な議論と応答の歴史があります。
『まなざしの奇跡』展は30名の作家が集まっていて、それぞれのまなざし、gazeがあることに大きな価値があると思います。現実は我々が想像するよりはるかに多様で、無限の視点がありますよね。それに対して主たる映画の商業的活動はその現実を十分に反映しきれていないのではないかというのが、male gaze、female gaze、oppositional gazeといった概念やこれまでの議論が教えてくれた重要な指摘だと思うんです。映画館のスクリーンは現実を反映する窓にもなりえると思うので、そういつもうまくいくわけではないですが、作品を上映するにあたってはいろんな視点を取り上げたいと常に考えています。
―ル・シネマでの上映は8月7日からとのことですが、どのような内容になりそうですか?
浅倉:いろいろと上映の候補作品を見せていただいているのですが、とても面白い、これまでにない感覚が味わえる貴重な上映になるのは間違いない気がします。「じっくり座って観る贅沢をしてみたい」というのも今回の上映のきっかけではあるのですが、もう一つ、「ふだん展示空間にある映像作品を暗闇のなかで観たら、何かが変わるのではないか?」というのもあって。それは単純に「知っている作品でも見え方が変わるかも」というのも一つですが、何より「観ている自分が変わる、自分を見つける」ような鑑賞体験になるのではないか? という予感があります。
映画館のようにじっと目を凝らすための暗闇がある場所では、観客が自分のまなざしに自覚的になる瞬間があります。一方的に作品を観ているのではなく、「自分が作品を通して自分を見つめ返している」ような感覚です。その感覚が頭にあって、上映のタイトルを「明かりが消えたら目をひらいて」としたのですが、今回ご参加いただく作家の皆さんの作品は、特にそんな感覚、瞬間がたくさん生まれるだろうという驚きに満ちた作品ばかりなので、ぜひミュージアムやギャラリー、MINAでの展示とともにお楽しみいただきたいです。
―各施設での展開に加え、私たちme and youとともに『わたしとのまなざし、あなたのまなざし』というイベントをつくっています。全員で企画から打ち合わせをしながら、一緒にチームとしてつくる経験だったと思うのですが、こうした企画を行おうと思った背景についても伺いたいです。
塩田:フジロックなどのフェスがある時期で、ミュージアムとしてもライブ感のある展覧会になったので、生の作家に触れ合える企画を同時多発的に行って、街へと染み出していきたいと思っていました。展覧会という場所からはみ出して、いろんな場所に足を運んでさまざまな作品を観てもらいたいし、観た人にも受け取るだけでなく発信してもらいたい気持ちがあって。そうすることで、悩みから抜け出したり、一歩踏み出したい衝動が湧いたりしたらいいなと思っています。皆さんと連携する以外にも、日本写真芸術専門学校の学生さんとのワークショップなども計画しています。
浅倉:街の中で点と点を繋ぐ何かハブのようなものが一つ欲しいという話をしていました。あとはインターネットも一つの場所として重要ではないかと思い、イベントをつくるだけでなくウェブメディアを持っているme and youさんにお願いしたと記憶しています。そして、テーマにもぴったりだという。
イベントのタイムテーブル。それぞれのコンテンツは『まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険』連動イベント『わたしのまなざし、あなたのまなざし SHIBUYA ART WEEK END』が開催に掲載しています
荻野:90年代に比べると、買い物したり遊んだりするための商業施設だけでなく、オフィスが入る高層ビルが増加し、自然と渋谷に関わる法人が増えてきています。コマーシャルの要素が増える一方で、「渋谷で何かをつくりたい」と思えるような、能動的に発信できる場は相対的に減ってきているように思えます。今はスクランブル交差点やSHIBUYA SKYから写真を撮って、ドンキホーテで買い物をして帰るような方がすごく多いんですよね。イメージを消費して帰るだけでなく、そこでつくるとか、何かを育む、企んでいく人たちの人口を増やす必要があるんじゃないかという課題があって。
今回は、それぞれの企画で多様なバリエーションで作品を受け止められる機会をつくっています。そこに、作品を鑑賞したうえで、どう内省して、それをどう糧にして生きていくかという「問いかけ」が発信側にもあると、受け取り手が鑑賞する態度も変わる。そうした問いやそれに対する答えによって、渋谷という街がずっと形作られてきたんじゃないかと思っています。
―さきほど90年代の話がありましたが、Bunkamuraさんは1989年から渋谷を拠点に文化の発信をずっと続けています。一方で、再開発によって雑多さや寛容さが失われたのではないかという声もあり、そうした状況なども踏まえて、渋谷という街で文化を発信し続けることにどういった意味があると思いますか?
渡貫:多種多様な方が集まっても、それを抱えられる懐の深さが渋谷らしさだと思っていて。Bunkamuraの横にあった東急百貨店本店も取り壊されましたが、ビルは有限なので、風景としては変化していきます。でもこれまでを振り返ってみても、街をつくっているのは人で、いろんな方から生まれるエネルギー自体が渋谷らしさなのではないかと思うんです。
コロナ禍でロックダウンしていたときに、会社に行くのにスクランブル交差点を渡ったら、誰一人いなくて、車も通っていなくて。渋谷なんですけど、渋谷じゃなかったんですよね。そのときに、街の個性は建物や景観だけではなく、人によって育まれているものなんだと実感したんです。私たちはセルリアンタワー能楽堂を通じて伝統芸能にも携わっていますが、文化は守るだけでなく、時代とともに少しずつ姿を変えながら受け継がれていくものでもあります。多様な価値観や表現を受け入れる土壌がある渋谷だからこそ、ここでアートや文化を発信することには意味があると思ってますし、文化は、その時代の空気を映す鏡のようなものだと感じています。
浅倉:私は中高が渋谷で、そのときからずっと渋谷に通っているのですが、カッコつきの多様性じゃなくて、現実に存在する多様性を包み込む土壌がある街だというのがすごく好きなところなんです。あとは、予感のある街ですよね。「何かが起こるかもしれない」という感覚があったりだとか。例えば「ル・シネマで映画を観て感動し、仕事を辞めて映画の道に進みました」と言ってくれた人もいて。そうした自分や誰かの人生に作用する予感みたいなものが生まれ得る街だと信じているし、我々は文化の活動を通じて、何か少しでもその予感に寄与できたらと思って投げ続けている感じがしています。
荻野:私は文化・エンターテインメント事業部っていうところに今いて、「文化」と「エンターテインメント」の違いについてたまに考えるんです。エンターテインメントはより欲望を喚起していくもので、文化はより人々の心に変容をもたらすものだと思っていて。その中で「そもそもこれってなんだっけ?」という問いを植え付けるのが文化の一つの作用だと思っています。いつも当たり前のように過ごしている日常も、別の視点から見ると、まるで別の世界のように見えることも問いかけの作用の一つです。渋谷で新しい何かが生まれ続けるためには、固定概念で固まってしまった土壌をふかふかにして種が根づきやすくできる文化が必要不可欠だと思っています。
塩田:例えば上野に行けば大きな美術館や博物館がありますし、ちょっと遠いところにある美術館に行くのもいいと思うんです。でも、渋谷という雑多な街で、Bunkamuraという施設に行けば複合的にいろんな体験ができるというのはすごく良いことだなと思っていて。例えば18歳の頃は興味がなかったけど、 25歳になってから偶然その良さを発見するというのも、アクセスがいいからこそ生まれることだと感じます。それが変貌し続ける渋谷という街でずっと文化を発信し続ける意味だと思っています。
―渋谷という街自体、多様な価値観やバックグラウンドを持つ人々のさまざまな視線が交差していて、そこで「まなざし」にまつわる企画を行う面白さをあらためて感じました。街を開発するディベロッパーの観点からのお話も少し伺いたいです。経年による建物の変化はありながら、開発にはさまざまな葛藤も伴うものだと思いますが、その中で文化を絶やさないことについてどのように考えて取り組んでいるのでしょうか。
荻野:東急は、開発、交通、生活サービスなど複数の事業を行っています。複数の事業を行うメリットは連動して新しい価値が生まれることで、横串を刺すものとしてソフトであるコンテンツの力が重要なのではないかということから、文化・エンターテインメント事業部が生まれました。一つの専門性に特化した事業をつくった方が企業としては強いと言われていて、複数事業を行うことは一般的には「コングロマリット・ディスカウント」と言われるのですが、それをどう「プレミアム」に変えていくか、連動で他社に生み出せない付加価値をどうつくれるかが求められています。
もう一つ、東急グループには「美しい時代へ」というスローガンがあるんですよね。ただ儲かればいいわけではなく、美しい時代とは何かという非常に大きな問いを、先代から従業員一人ひとりに投げかけられている。「エンターテインメント事業部」ではなく「文化・エンターテインメント 事業部」になった理由も、Bunkamuraを運営し続けているのも、このスローガンの存在が大きいのだと思います。
―「美しい時代へ」と問われたときに、その美しさをどのように捉えるかはそれぞれですよね。決まりきった答えがないからこその難しさもあると想像しますが、どう進めているのでしょうか?
荻野:まず、ディベロッパーには「狩猟型」と「農耕型」があると言われます。狩猟型はビルを建てて分譲で売り切る形。当社のような農耕型は、線路を敷いて駅を起点に街をつくっていく。線路はひっぺ返せないので、建てた後もずっと居続けるのが前提になっています。交通事業者でありながら地権者として、行政や地元商店街、自治会の方々と一蓮托生になって、地域に根を張るまちづくりを100年以上取り組んできた企業です。だからこそ、そこで暮らしている本当に多様な人たちと向き合っていく覚悟が必要で、それは経済合理性だけではやっていけないんですよね。公共性と向き合うためには非効率な物事との向き合いがたくさん必要になります。だからこそ「美しい時代へ」という問いを投げかけるスローガンは当社にすごくフィットしていると感じています。
文化という名の「問い」が集まることで、新しい文化、それこそ冒険が生まれ続ける土壌が耕され、そこからいろんなものが生まれ、人々が集まり、結果として街の価値が高まるという循環が起きるのだと思います。
―つくる人が集まる場所ということを考えたときに、疎外されずにここにいられると思える街はどういう場所なのかという問いも残りますよね。人やまなざしが集まる場所だからこそ、それぞれにぶつかることもあるのではないかと思います。
荻野:価値観が異なる人たちがそれぞれ表現できて、意見が異なるままで「居られる」街は魅力的です。もっと、渋谷について自分事として語ってくれる人が増えればいいなと思います。渋谷を語る人が、かつてはもっとたくさんいたような気がするんです。もっと一個人のものとして感じられていた気がして。個人的には、渋谷に関わる企業の数が以前に比べて増えたことで、渋谷を自分ごとにする個人の総量が相対的に減ってしまったのではないかという課題意識があります。「わたし」を主語に活動する人たちがもっと渋谷に関わり、多様な「私はこう思う」という発信が出てくるような街であり続けられたらと思っています。微力ながらも、この企画がそのきっかけの一つになればと願っています。
『わたしのまなざし、あなたのまなざし SHIBUYA ART WEEKEND』
会期:7月4日(土)、7月11日(土)、7月12日(日)
時間:11:30オープン
場所:渋谷ヒカリエ 8/COURT
主催:東急株式会社
企画・制作:Bunkamura/me and you
イベント情報
me and you little magazineは、今後も継続してコンテンツをお届けしていくために、読者のみなさまからサポートをいただきながら運営していきます。いただいたお金は、新しい記事をつくるために大切に使ってまいります。雑誌を購入するような感覚で、サポートしていただけたらうれしいです。詳しくはこちら
*「任意の金額」でサポートしていただける方は、遷移先で金額を指定していただくことができます。
newsletter
me and youの竹中万季と野村由芽が、日々の対話や記録と記憶、課題に思っていること、新しい場所の構想などをみなさまと共有していくお便り「me and youからのmessage in a bottle」を隔週金曜日に配信しています。
me and you shop
me and youが発行している小さな本や、トートバッグやステッカーなどの小物を販売しています。
売上の一部は、パレスチナと能登半島地震の被災地に寄付します。
※寄付先は予告なく変更になる可能性がございますので、ご了承ください。