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同じ日の日記

ハッピー還暦/関かおる

母と友人の還暦パーティー。赤のドレスコードでひたすら踊る

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年3月は3月1日(土)の日記を集めました。2024年に『みずもかえでも』で作家としてデビューした関かおるさんの日記です。

母が二月に還暦をむかえた。

今年三十歳になる兄は、自分の年齢がちょうど母の半分だということに気づいて「計算しやすいじゃん!」とおどろいていた。私も母の年齢をぼんやりとしか把握していなかったので、「(自分の年齢+3)×2=母の年齢」という数式を脳内にメモった。

3月1日は、母と、同じく二月に還暦を迎えた友人女性ふたりの、還暦パーティーだった。

ドレスコードは赤。かざりつけも、照明も赤。地下の会場はファンキーなおいわいムードで溢れかえっていた。兄は赤いマフラーをしていたが、会場が暑かったので早々にマフラーの着用をやめ、ドレスコードを無視した黒ずくめになっていた。もちろん誰も気にしない。

やがて主役の三人が壇上にあがり、乾杯の音頭のまえに、質問コーナーがはじまった。最初の質問は、「過去の自分に言いたいことは?」。

母以外のふたりは、「細かいことを気にするな」、「石橋を叩いてわたるな」とかっこいい(のか危険なのかわからないけどとてもポジティブな)エールを飛ばしていた。そんななかマイクがまわってきて、母は人差し指を立てて言った。
「あの男と結婚するな!」

会場は爆笑に包まれた。母は私が十二歳のときに離婚している。いやいや、あの男と結婚してなかったら私も兄も生まれてないぞ!

つづいての質問は、「ディナーをしてみたい偉人は?」。

「クレオパトラ」「レオナルド・ダ・ヴィンチ」という回答が出るなか、私はすでに母の答えを知っていた。先月母にゴリ推しされて『フォー・ウェディング』という映画を一緒に見たばかりで、母はその主役俳優のチャーミングっぷりに「やばいわ」を連発していた。見終わってから母がもう一度ラストシーンを再生していたのを娘は知っている。

案の定、母は「ヒュー・グラント」と答えた。私はひとりドヤ顔をかました。

それから乾杯をして、パーティーがはじまった。マジックショー(からっぽの額縁に絵が浮かび上がったりしてすごかった)、ポールダンス(女性と男性がひとりずつパフォーマンスをしていた、ふたりとも15cmはあるヒールを履いていた、うつくしかった)ときて、最後は流れる音楽にまかせてひたすら踊った。

母のリクエストしたK-POPがかかると、母の友人たち(おもにARMY)が「俺たちの番だぜ」と言わんばかりにフロアに出ていく。やがてXGの「SOMETHING AIN’T RIGHT」がかかったので私も意気揚々と踊りでた。

パーティーも終盤にさしかかり、その頃にはだいぶ人が少なくなっていた。踊って目がまわったので、母とベンチで座っていると、ゲストたちがおめでとうとさようならを言いに来ては去っていった。

十年前、同じ三人で、五十歳のパーティーも行われていた。そのとき私は日本におらず行けなかったが、十年前のパーティーに来たひとたちも母も「人生あっという間すぎる」と口を揃えて言っていた。

十年後、母は七十歳、私は三十七歳になる。そのときフロアではなんの曲がかかるだろう。もうK-POPの熱は過ぎ去っているだろうか。なんにせよ母はバリバリ踊るだろうから、転ばないように影から見張らねばならない。真っ赤なブラウスの母が会場のまんなかで笑っている。

関かおる

1998年東京都生まれ。2024年『みずもかえでも』で、第15回小説野性時代新人賞を受賞し、同作でデビュー。

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