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i meet you

「困ったねえ」と言い合える社会に。臨床心理士・伊藤絵美さんに聞くケアの重要性

誰もがストレスを抱える社会で、手を取り合いながら生きるには

社会のことから、ごく個人的なことまで。me and youがこの場所を耕すために考えを深めたい「6つの灯火」をめぐる対話シリーズ、「i meet you」。『セルフケアの道具箱―ストレスと上手につきあう100のワーク―』を執筆され、認知行動療法やスキーマ療法など、心理学の理論や手法をもとにストレスマネジメント支援を行なっている、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長の伊藤絵美さんにお話をうかがいました。このテキストは、me and youの本『わたしとあなた 小さな光のための対話集』にも収録されています。

どんな人でも、心の調子が優れなくなることがあります。それは風邪で体調を崩してしまうように、いたって当然のことであるはず。うつ病などの気分障害の患者は年々増えているといわれており、さらにパンデミックの影響で、感染や死への恐怖に加え、ソーシャルディスタンスによる孤独や社会的・経済的不安を経験した人も多く、メンタルヘルスの問題は以前に比べより身近なものとして捉えられ始めています。しかし、メンタルヘルスについて語ることは、しばしばタブー視されてしまうのが現状ではないでしょうか。

心の調子を崩してしまったとき、どのように自分自身をケアすれば良いか。また、誰もが何らかのストレスを抱えているなかで、手を取り合って生きていくためにはどうすれば良いのか。今回は、『セルフケアの道具箱―ストレスと上手につきあう100のワーク―』(晶文社)を執筆され、認知行動療法やスキーマ療法など、心理学の理論や手法をもとにストレスマネジメント支援を行なっている、洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長の伊藤絵美さんにお話を伺いました。

伊藤さんはセルフケアとは、「自分で自分を上手に助ける」ことだと表現しています。調子が悪い人だけのものではなく、セルフケアは誰にとっても必要なもの。体調管理を行うのと同様に、自身のストレスをマネジメントしていくことで、個人間や組織内のコミュニケーションを円滑にし、関係性を良い方向へ向かわせ、ときに他者が抱える負荷を軽くする手助けにも繋がると言います。伊藤さんが認知行動療法やスキーマ療法を研究されることになった経緯から、ストレスへの具体的な対処方法や、心の不調を抱えている人とのコミュニケーションの仕方について、さらに、コミュニティ、組織、社会におけるケアの重要性について、お話を伺いました。

「スキーマ療法の素晴らしさに驚いてしまった」

―どのような経緯で臨床心理士になられたのですか?

伊藤:実はわたし、ずっと音大に行きたかったんです。ですが、親に食べていけないからと反対されて、一度受験のチャンスをもらいましたがだめで(笑)。それで慶應義塾大学の文学部に入り、一般教養でたまたま心理学の授業をとったら意外におもしろくて。わたしたちが見ている世界は経験のなかで獲得されていくものであり、ある意味心理的なものなのだということを学んで、目から鱗でした。

心理学を学び始めた頃は臨床(患者に接して診察・治療を行うこと)に関わるつもりはまったくなくて、「人はこの世界をどう情報処理して受け止めているのか」とか、今でいう脳科学で扱われる内容に興味がありました。でも当時はそういう学問はなかったので、基礎心理学のゼミに入って、そこで認知心理学(※1)の勉強を始めたんです。

「困ったねえ」と言い合える社会に。臨床心理士・伊藤絵美さんに聞くケアの重要性

伊藤絵美さん

―ゼミではどんなことを学ばれていたんでしょうか?

伊藤:人が自分を取り巻く環境をどう理解しているか、理解の違いはなぜ起きるのかについて研究していました。学士の卒論執筆時はインドに行って、インドと日本の子どもたちの絵の比較をしましたね。大学を卒業する頃、学んだことを今後の仕事にどう活かすか考えているときに、指導教官に「臨床心理士」という資格ができたことを教わりました。当時は、心理学を生かす仕事といえば他に精神科医になるしかなくて、そちらの道も考えていました。ですが、医者になるには大変なお金と時間がかかるのでやめて。指導教官に「せっかく認知心理学を勉強したのであれば、アメリカで注目され始めているし、認知行動療法を学んでいったらどうか」と助言をもらい、臨床心理学や認知行動療法の勉強をしながら、修士、博士課程に進みました。

—臨床心理学のなかでも認知行動療法(※2)やスキーマ療法(※3)を専門とするようになったのはなぜですか?

伊藤:数ある心理療法のなかでも、科学的な根拠に基づいた治療モデルや技術を使っている点が、認知行動療法の大きな特徴です。治療の効果に根拠を見出し、データ化していくという手法が腑に落ちました。

スキーマ療法は、「自動思考(瞬間瞬間に頭をよぎる思考)」よりも深いレベルに存在している、「スキーマ」に気づきを向ける療法です。スキーマは子ども時代や思春期の環境、対人関係などが起源と言われている、継続する認知のことです。専門的に研究するようになったのは、出版社からスキーマ療法の創始者と言われているジェフリー・ヤング先生の著書の翻訳の依頼があったのがきっかけです。彼の著書を読んでみたら、スキーマ療法の素晴らしさに驚いてしまって! スキーマ療法は認知行動療法の理論と方法が進化・発展したもので、もともと境界性パーソナリティ障害(※4)の方向けにつくられた治療法ですが、その特徴としてはすごく個別性が高いことが挙げられます。画一化されたパッケージによる治療ではなく、相手に合わせて柔軟にプログラムを組み替えて使える点がいいなと思いました。

「困ったねえ」と言い合える社会に。臨床心理士・伊藤絵美さんに聞くケアの重要性

自動思考とスキーマに関する図(『自分でできるスキーマ療法ワークブック』p.215より)。

「一番の問題は、自分が感じているストレスを見ないようにしたり、なかったことにすること。そこにすごく無理が生じてしまうんです」

—伊藤さんの著書『セルフケアの道具箱』でも、スキーマ療法で「正体不明だった自分自身の生きづらさを、深くかつ具体的に理解することができるようになりました」と書かれていましたね。本の最後で「この本を執筆していたのは人生最大のピンチの時期で、わたし自身を応援するために書きました」と告白されていたのが印象的でした。どんな心境だったか、あらためて伺えますか?

伊藤:初めは編集者の方と「一般の人向けのストレスへの対処やセルフケアの本を書きましょう」という話をしていました。ですが、本を書き始めた頃から、親の介護や家族の問題の対応に追われる日々が続いて、とても疲弊してしまっていたんです。それで途中からは「自分を助けるために、自分が学んできたことを再構成しよう」というモチベーションで書きました。弱ってるときって、あまり難しい本を読んだりできませんよね。ですから、当時の自分のエネルギーレベルで書けて、読めるものにしようと考えました。文字を読まなくても見てわかる本にしたくて、イラストもふんだんにいれて。「エネルギーが枯渇している人でもなんとか受け止められる本にしたいなあ」という思いでつくりました。

「困ったねえ」と言い合える社会に。臨床心理士・伊藤絵美さんに聞くケアの重要性

『セルフケアの道具箱―ストレスと上手につきあう100 のワーク―』(著:伊藤絵美、イラスト:細川貂々/晶文社)

—本のなかでは、ストレスを抱えてしまったときに具体的な対処をしていくためのワークがいくつも紹介されています。「ストレス」とはいったい何なのでしょうか?

伊藤:人々に降りかかってくる刺激や出来事、変化といったストレスのもととなるものが「ストレッサー」、降りかかってきたときに人々の心や身体に生じるさまざまな反応を「ストレス反応」と言います。ストレス反応は心と身体に出てくるので、そこに気づきを向けて、「みんな我慢してるんだから」と押さえつけようとせずに、「ああ、自分はつらいんだな」と認めましょう。一番の問題は、自分が感じているストレスを見ないようにしたり、なかったことにしたりすること。そこにすごく無理が生じてしまうんです。

me and you 竹中:伊藤さんが所長を務めていらっしゃる洗足ストレスコーピング・サポートオフィスのウェブサイトの「ストレスマネジメントとは」の箇所に、ストレス状況というのは「何らかの対処が必要な状況や変化」であると書かれていました(※5)。ストレスに対してぼんやりとしていて対処できないというイメージを持つときも多いのですが、そうしたときはどうしたらいいのでしょうか?

伊藤:問題が大きくて対処できないと感じた場合は、問題を対処できるレベルに小さくわけて考えるのがいいですね。例えば「新型コロナウイルス」という大きな問題があったとき、対処の手段は「手を洗う」「マスクをする」「人混みを避ける」といったレベルに小さくするのがいいと思います。

me and you竹中:対処できないと思ったときに、カラオケにでも行って飲み明かそう……といったこともしてしまいがちなのですが、やはり向き合って対処していくことが大事なのでしょうか?

伊藤:ストレスがあることを自覚しているなら、直接問題と向き合っても、向き合わなくても、どっちでもいいんです。抱えているストレスを自覚しながら、気を晴らすためにカラオケに行くのも、ストレスコーピング(※6)の一つです。ただ、ストレスをなかったことにしてしまうと、同じカラオケでも意味合いが違ってくる。自分のつらさをなかったことにせずに、認めてしまうのがポイントです。

「困ったねえ」と言い合える社会に。臨床心理士・伊藤絵美さんに聞くケアの重要性

洗足ストレスコーピング・サポートオフィスのウェブサイトの「ストレスマネジメントとは」のページ内の図

me and you野村:環境によっては「みんなも大変なんだから、我慢して」と言われて、つい自分がストレスを抱えている感情を押さえつけてしまうこともあるかと思います。

伊藤:我慢して感情を押し込めるのが良くないということはいろんな研究からも明らかなので、そういったことがエビデンスとして会社の管理職などにも伝わっていくといいですよね。ストレス体験を書き出したり、口に出したりすることを「外在化」というのですが、「このことがつらい」と外に出すこと自体に良い効果があるんです。そして、できればあまりしんどくなりすぎる前に「いざとなったらこの人に頼る」という人を確保しておいたほうがいいかなと思います。サポートネットワークを書き出すことも、外在化の一つですね。

ストレスを個人の能力や性質だけのせいにしない。心の調子が良くなさそうな人への接し方、メンタルの専門家の選び方

—常にストレスにさらされているわたしたちが、互いに手を取り助け合っていけるように、持っておくと良い心構えや、日ごろからできるコミュニケーションの方法とはどのようなものでしょうか。

伊藤:ストレスというものは生きている限り大なり小なり日々振りかかってきます。そういう意味では、ストレスを抱えている状態がデフォルトだと考えるといいと思います。ストレッサーに対するストレス反応があること自体が生きている証です。ストレス反応は誰にでもあるんだという前提で、「わたしは今、こういうストレスがあるけど、あなたはどう?」という声の掛け合いでつながっていけたらいいのではないかと思います。

—誰にもあるものだという前提があると、そういったコミュニケーションが広がっていきそうですね。例えば、身近な人の心の調子が良くなさそうだとわかったとき、どんな接し方をすればいいのでしょうか。

伊藤:こうすればいい、という王道があるわけではないのですが、注意して様子を見る、というのは一つですね。「いつでも話を聞く準備はできていますよ」という姿勢を示しておく。相手が話をしてくれたときはしっかり話を聞いて、「でもね」と口を挟まずに、相手が自分にどうしてほしいのかを聞くことが大事です。

本人が不調を認めない場合は、それも尊重されるべきだと思います。そういう方はうっすら自分の不調に気づいているけれど、人に言われたくなかったり、自分で認めたくない何らかの事情を抱えていたりすることが多いので、「困ったら言ってね」という余地をつくっておくのがいいと思います。その人のことはその人にしかわからないので、「こうなんじゃないか」と決めつけるのではなく、そっと手を差し出すくらいのスタンスがいいですね。

「困ったねえ」と言い合える社会に。臨床心理士・伊藤絵美さんに聞くケアの重要性

左上から時計回りに、竹中万季(me and you)、野村由芽(me and you)、木村びおらさん、伊藤絵美さん

—先程サポートネットワークの話もありましたが、身近な相談相手を頼るときもあれば、クリニックなどの専門機関やカウンセラーなどの専門家を頼りたいときもあると思います。そうしたときに、どういった基準で選べばいいんでしょうか?

伊藤:メンタルの専門家は、知識や技術も大切ですが、相性の良し悪しもあります。なので、最初の一人が合わなくても、めげないで二人、三人と探し続けてほしいです。「この人とだったら自分のことを安心して話せる」という人が見つかりさえすれば楽になっていくので、そこまでがんばってみてください。社会的な地位や権威は関係なく、フィーリングが大事。素直な感情を安心して話せるかどうかを大切にしてくださいね。また、メンタルクリニックに通院していることやカウンセリングを受けていることを、隠さずにまわりに伝える人が以前より増えているように感じます。もし知人で通っている人がいたら、その人に専門家を紹介してもらうのもいいかもしれません。

me and you 野村:「誰もが大なり小なりストレスを抱えている」ということが、「みんなもストレスを抱えているのだから、コントロールできないあなたが弱い」という考え方や話法につながらない社会であることが大切だと思います。メンタルの不調は誰にでも起きうることだと思うので、個人の能力や性質だけのせいにしない社会になってほしいですね。

伊藤:そうですね。テニスプレイヤーの大坂なおみさんも自身のうつをカミングアウトされていましたが、それに対して一部でバッシングが起きているのを見てすごく心が痛みました。それは例えば、「うつなのにSNSができるんだ」「スポーツ選手として無責任だ」といったネット上での発言です。勇気を出して自分のことを話してくれたときに、まわりが守っていかないといけないなと思いますね。

加害者がいなければ被害者も出るはずがない。再犯予防のための認知行動療法プログラムの重要性

—洗足ストレスコーピング・サポートオフィスでは、「個人のストレスコーピングを支援するだけでなく、企業や地域など、コミュニティ全体の対処力向上を支援すること」を目標にされています。こうした理念を掲げている背景について、教えていただけますか?

伊藤:博士課程の頃から精神科の医療の現場で患者さんと話したり、デイケアで一緒に活動したりしていて、その後2年ほどは民間企業でメンタルヘルスの仕事をしていました。いずれも心理士というより、日常の行動をともにするソーシャルワーカーのような動きをしていたのですが、それがすごくおもしろくて。それらを通じて、場やコミュニティのもつ力の大きさを感じたんです。個別対応だけでなく、自分たちがいる場所をいかに良くしていくか、という部分に対してもなにかしらしていきたいと考えて、こうした理念を立てました。

—さまざまな企業やコミュニティをご覧になってきたなかで、組織におけるストレスのあり方についてどう捉えていらっしゃいますか?

伊藤:企業では、部署によって違いがありますね。コミュニケーションがうまくいっていて風通しが良いところと、上から圧がかかってどんより重い雰囲気のところと。会社だと管理職の方のスタンスが部署の雰囲気に大きく影響しています。困ったときに上司に相談できるか、問題があったときにそれを開示して相談できるかはとても大きいですね。

—それがうまくいってないと、個人に負荷がかかってきてしまいますよね。

伊藤:ものすごく大きな負荷がかかります。人と問題を分かち合えずに抱え込むとストレスレベルが大きくなってきます。一人でどうにかしなきゃいけないって、一番ストレスですよね。誰かと「困ったねえ」って言い合えると全然違います。

—伊藤さんの著書では、個人に対して行ったカウンセリングの結果、職場におけるコミュニケーションや人間関係まで改善していった事例が紹介されていて印象的でした。現在は、個別カウンセリング以外のご活動もされているのでしょうか?

伊藤:この10年ほどで、医療系だけでなく、刑務所や保護観察所、家庭裁判所といった司法に関わる場所へ出向く仕事が増えています。そこでは犯罪を犯してしまった人の再犯を予防するために、国の予算で認知行動療法のプログラムが行われていて、わたしは特に性犯罪加害者にずっと関わってきました。カウンセリングの現場では、犯罪被害に遭った人に出会うことが多いです。自分の相談室に人が来るのを待ってカウンセリングをするだけでなく、司法の場へ積極的に出かけていって、スーパーバイズをしたり、プログラムをやったりと、できる範囲のお手伝いをすることが、わたしにとってすごく大事だと感じるようになりました。

—被害者と加害者という、真逆に見えるそれぞれの立場の方々と向き合ってこられるなかで、どういった気づきがありましたか?

伊藤:加害者と実際に会って人と人として向き合ってみると、拍子抜けするくらい「普通」の人たちなんです。「加害者の中にある被害者性」と言われたりしますが、話をしていくと犯罪に至るまでに加害者本人の歴史が背景にある場合もあります。すなわち加害者自身が、これまでの人生でものすごく苦労してきたり、被害者としての体験があったりしたという歴史です。加害者がいなければ被害者も出るはずがないので、そういう意味で、再犯予防のプログラムはすごく大事ですね。性犯罪による傷つき方は本当に深刻だということをずっと目の当たりにしてきているので、それを防ぐためにとても意義のあることだと思っています。

時代に適応できる人がいればこぼれ落ちてしまう人も必ずいる。その時代にたまたまそうなってしまったのだから、救っていかないといけない

—ここまで個人間の関わりや組織におけるストレス対応について伺ってきましたが、社会から受けるストレスについて、伊藤さんはどうお考えですか? 時代によって変化などもあるのでしょうか。

伊藤:どの時代にもそれぞれの生きづらさってあると思うんです。わたしたちはその時代のもつ雰囲気や社会情勢から大きく影響を受けていて、今ならコロナ禍という世界規模のストレッサーがきていますよね。また、例えばバブル期には「ネクラ(根暗)」という言葉があって、オタク気質の人はあまりいいアイデンティティを持てないこともあったかと思うのですが、今の社会であればまた違うと思うんです。

誰もが生まれつき持っている気質や持ち味に加え、たまたま生まれた家庭や行き着いたコミュニティ、育った環境や時代性などがすべて相互作用しながらストレスに影響しています。その時代に適応できる人がいればこぼれ落ちてしまう人も必ずいて、適応できなかった人を責めるのではなく、その時代にたまたまそうなってしまったのだから「救っていかないと」とわたしは思っています。

—誰もが多様なかたちのストレスを抱えているなかで、わたしたち一人ひとりが互いを尊重し合って生きていくためには、どんなことが大切になってくるのでしょう。

伊藤:真の意味で自分を尊重できる人って、他人も尊重できる人なんだと思います。自分を大事にするとはつまり、自分のなかの「傷つきやすさ」や「弱さ」を大事にすることだと思うんです。自分のそうした部分をケアしていくとき、他人のなかにも「傷つきやすさ」や「弱さ」があって、そこにもケアが必要だということに気づきます。そう考えていくと、自分を大事にすることと他人を大事にすることはつながっていきますよね。

—自分のことで精一杯なときもあるなと思いまして。ちなみに、それはいつも両立しているべきなのでしょうか? 自分のことで精一杯なときもあるなと思いまして。

伊藤:そういうときは自分のケアに集中して、余力が出たら人の世話をしたらいいですね。

—持ち回りというか、順番にそれぞれが手を差し出し合っていくようなイメージですかね。

伊藤:そうです。ストレスの話で言えば、自分自身が他人のストレッサーになり得るということはいつも気をつけておかないといけないと思いますね。セルフケアはもちろん大事だけど、一方で自分が誰かにストレスを与える存在になっている可能性はいつも考えておかないと……とはいえ、人にまったくストレスを与えないというのも無理な話なので、程度の問題だとも思いますが。

—そうした視点を持っているだけでも立ち居振る舞いが変わってきそうですね。最後に、今、心にまつわることで困っている、もしくは身近に困っている人がいるという方に向けて、メッセージをお願いします。

伊藤:「自分がいま本当になにを必要としているのか」を頭で考えるんじゃなくて、心に聞いてみてください。休みたいのか、誰かに話を聞いてもらいたいのか、それこそカラオケに行きたいのか……なんだっていいんです。自分がほんとに欲しているのはなにか自分に問いかけて、その声に沿ってみてください。

※1:認知心理学:「認知心理学とは人間の心、特に知覚、記憶、思考、言語、学習、意思決定、行動選択などの認知の働きを解明することを目的とする心理学の一分野である」(日本認知心理学会 ウェブサイトより)
※2:認知行動療法:「認知(頭のなかに浮かぶ考えやイメージ)、行動、気分・感情、身体は、つねに相互作用しあっています。(中略)そのなかでも、特に『認知』と『行動』に焦点をあてながら進めていく心理療法」を認知療法・認知行動療法という(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス ウェブサイトより)
※3:スキーマ療法 :スキーマ療法とは認知行動療法の理論と方法が進化・発展したもので、「スキーマ」とは「自動思考(瞬間瞬間に頭をよぎる、イメージを含む思考)」のさらに深部にある、継続する認知のこと。例えば「深い思い」「マイルール」「自分のイメージ」「世界や他者に対するイメージ」「信念」など。
※4:境界性パーソナリティ障害:パーソナリティ障害は認知や感情、行動や対人関係のパターンが一般的な人とは著しく異なり、そこからさまざまな苦しみや社会活動の問題が生じている状態のこと。そのなかでも境界性パーソナリティ障害は、感情や対人関係が不安定であり、衝動をコントロールすることに困難を抱えている。(ドクターズ・ファイル ウェブサイトより)
※5:ストレスマネジメント:「『何らかの対処が必要な状況や変化』のことを『ストレス状況』と言います。簡単に対処できることはそれで済みますが、対処が難しい状況において、私たちの心や身体はさまざまな反応を起こします。それが『ストレス反応』です」(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス ウェブサイトより)
※6:コーピング:「コーピングとは 、『対処法』『適切に対処する』という意味です。ストレスをなくすのではなく、ストレス状況、ストレス反応、人間関係に上手に対処することができれば、自分のストレスマネジメント力を強めることができます」(洗足ストレスコーピング・サポートオフィス ウェブサイトより)

伊藤絵美

公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士。洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。千葉大学子どものこころの発達教育研究センター特任教授。慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。大学院在籍時より精神科クリニックにてカウンセラーとして勤務。その後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事し、二〇〇四年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設。

Website

『セルフケアの道具箱』
著:伊藤絵美
イラスト:細川貂々
発行:晶文社
価格:1,760円(税込)
発売日:2020年7月3日(金)

セルフケアの道具箱

『わたしとあなた 小さな光のための対話集』

編集:me and you(野村由芽・竹中万季)
発行:me and you
価格:3,850円(税込)
発売日:2022年8月20日

『わたしとあなた 小さな光のための対話集』│me and you little magazine

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