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i meet you

世界や他者の「わからなさ」に言葉で向き合う穂村弘さん。夜中に水槽を運ぶ人へのシンパシー

抽象的、断片的、暗示的、象徴的な言葉が世界を組み替える可能性

社会のことから、ごく個人的なことまで。me and youがこの場所を耕すために考えを深めたい「6つの灯火」をめぐる対話シリーズ、「i meet you」。歌人、エッセイスト、批評家、絵本の翻訳などさまざまな領域で活動する穂村弘さんにお話をうかがいました。このテキストは、me and youが制作中のブック(クラウドファンディングの支援者の方々へのリターンの他、書店でも販売予定)にも掲載予定です。

「わかりあえた」と思える瞬間は、心地よさや救いをもたらすこともある一方で、強力な共感の磁場は時に同調圧力として働くこともあり、また、何かについてわかりきったと感じてしまうことは、他者や物事の複雑さを単純化することにもなりえます。

歌人の穂村弘さんは、世界に対して「馴染めなさ」や「わからなさ」を抱え続けるなかで、恐れ、震えるような「驚異(ワンダー)」の感覚と相性のよい短歌の形式で作品をつくり続けてきました。けれども、「わからない」よりも「わかる」ことが、「遅さ」よりも「速さ」のほうが求められているような今の時代において、穂村さんが生きるよりどころとしてきた「驚異」の言葉は、「共感(シンパシー)」に対して逆風だと言います。

過去と現在、時代の変化を真摯に見つめながらも、自身のなかに芽生える葛藤や戸惑い、恐怖の感覚を見過ごさず、ほかでもない「言葉」で世界との関わり方を探り続けている穂村さん。直接的で力強いメッセージやスローガンだけでなく、抽象的で、断片的で、暗示的、象徴的……そうした一見頼りない、曖昧な言葉たちが、現実を組み替える可能性について、お話しいただきました。

多くの人のなかに「自分が言わなければ誰も気付かないようなことを言いたい欲望」がある

─まずは穂村さんに、短歌を書く行為がどのように個人の心の機微を掬いあげてきたのか、お聞きできたらと思っていて。今SNSでも「#tanka」のハッシュタグがあるなど、少なくない人が日常のなかで短歌をつくっていますが、短歌は『万葉集』の頃から生活者の記録としての側面があったとおっしゃられているインタビューを拝見しました。なぜ短歌はこれほどまでに長い歴史のなかで、生活者の記録に適していたのでしょうか。

穂村:『万葉集』には身分のある人の短歌から、まったく無名の庶民の人の短歌まで入っているけれど、公私で分けると「私」に属するプライベートな歌がいっぱい残っていて。なぜそうなのかについては僕もわからない部分が多いのだけど、一つには「短さ」があると思うんです。例えば多くの人がTwitterに「そんなことは聞いてない」ということを進んで書くじゃないですか。自分が言わなければ誰も気付かないようなことを言いたい欲望ってあるわけですよね。

─Twitterも今では誰かに見せるものという側面が強くなっているけれど、もともとは140文字という短い文字数制限のなかで、本当に日常の何気ないことをつぶやくツールでした。

穂村:「めちゃくちゃ体調が悪くて、でもなんかやらなくちゃいけないことがあって辛い」みたいなことって、誰からも聞かれてなくても、やっぱり言いたいときがありますよねえ。

─言いたいですね……(笑)。

穂村:自分以外の人は、コンディションに関係なく結果だけを見て判断を下すんだけど、本人としては「辛いけど頑張った」という部分を見てほしい。でもそれって、本人が言わなければ残らないことなんですよね。短歌はそういう個人の「思いの器」として機能してきた面があるのかなと思います。

和歌の時代は社会そのものが今の我々とは全然違っているというのもあるけれど、恋が盛り上がっているときだけじゃなくて、別れたあとの未練みたいなものまで定型詩でずっとやり取りするなんて異様に高度な振る舞いで、近代以降の特に日本人男性のイメージとはだいぶ違っている。そういう私的感情の記録は、公式の文書には載っていないからすごく貴重な感じがします。

世界や他者の「わからなさ」に言葉で向き合う穂村弘さん。夜中に水槽を運ぶ人へのシンパシー

穂村弘さんとZoomでお話ししました

「恋歌の双方向性や、コミュニケーションとしての表現みたいな部分は、ちょっとSNS的だなと思います」

穂村:よく俳句と比較されるけれど、短歌は五七五でものや景色を提示して、七七で感情を添えるようなところがあって。その七七があるぶん、エモーショナルなジャンルなんです。一方で俳句は、感情を乗せるには少し短い。橋本多佳子(俳人、1899〜1963)の<雪はげし抱かれて息のつまりしこと>という句なんかは少数派ですね。恋歌の双方向性や、コミュニケーションとしての表現みたいな部分は、ちょっとSNS的だなと思います。あとは公式の文書や他ジャンルの文芸作品に比べて、和歌の時代から女性の作家が非常に多い。

me and you野村:以前『「早稲田文学」増刊女性号』(2017年)が発刊された際の川上未映子さんとのトークイベントを拝見したときに、性役割において家の仕事をしなければならない状況によって長編の小説を書くことが難しかった女性たちが短歌の形式を選んだというお話を穂村さんがされていて。表現をしたいけれど、さまざまな理由からまとまった時間をとることが難しい状況にある人にとって、短歌は重要な表現の形式であるのかもしれないと思ったのですが、短い形式だったからこそ残ってきた声としてどのようなものがあるのか、お伺いしたいと思いました。

穂村:短歌の中で有名なジャンルが2つあって、1つは療養短歌といって、主に結核やハンセン病の患者の人たちが残した優れた作品群があるんです。もう1つは、獄窓の歌。これは刑務所に入っている人たちの短歌です。今も、刑務所には短歌のプロの人が教えに行っているはずなんです。

─そうなのですね。

穂村:死刑囚のなかには捕まったあと、刑務所で短歌を学んで、歌人として有名になる人もいて。命の凝視の仕方が、その状況にない人とは違うからかもしれません。例えば蟻を見たときに「潰しちゃえ」とか「外に出してあげよう」と思うのではなく、「この蟻は自分より長く生きるかもしれない」という尺度が入ってきたりする。

あとは、皇族が短歌をつくるでしょう。もちろん伝統行事としてやっているんだろうけど、例えば天皇や皇后がそれぞれ毎年一冊の小説を発表するというのは、やっぱり無理がありますよね(笑)。病の人には病の人の短歌があり、死刑囚には死刑囚の短歌があり、天皇には天皇の短歌があり、家の仕事で時間がとれなかった女性たちには、彼女たちの短歌がある。短さゆえに、それぞれの人の「思いの器」としての役割を果たしてきたと言えるかもしれません。

世界や他者の「わからなさ」に言葉で向き合う穂村弘さん。夜中に水槽を運ぶ人へのシンパシー

左上から時計まわりにme and you竹中万季、me and you野村由芽、穂村弘さん、松井友里さん

me and you竹中:SNSだと誰からも聞かれていないけど言いたいことを書いたときに、それがすぐに「いいね」の数で測られて、気にしていないつもりなのに傷ついたりすることもあるけれど、短歌だったら書き留めておいて、死んだあとに見られても良いわけですし、時差がつくれる感じがして。多くの人は、SNSが生まれる前までは、公の場で即座に自分の感情や考えを表に出す機会を持つことってなかったと思うのですが、その「速さ」について、穂村さんはどのように考えていますか。

穂村:どんどん速くなっていますよね。個人的には、Twitterも、LINEもできないんです。僕が高校生の頃は「自分たちはまだ本番じゃない」という大きな合意があったと感じていました。でもSNSが当たり前にある今は、高校生の頃からすでに本番ですよね。

僕は大人になってもずっと「まだ本番じゃない」みたいな気持ちで生きることができたから、「本番」にさらされることの怖さを感じるんです。アカウントを持っていると、なぜか沈黙が許されないような圧を感じるし、既読して反応しないことが許されないのも辛いような気もする。僕はSNSをやらなくても許される世代かもしれないけれど、今はきっとやらないという選択はそう簡単なことでもないですよね。自分が高校生だったら苦しいんじゃないかなと思います。

─いつの時代にも、多くの人がやっていることに乗っかることのできない葛藤や苦しさというのはある気がして、穂村さんもエッセイなどのなかでたびたびそうした事柄について書かれていますよね。

穂村:若いときはより苦しかった気がしますし、今も焦りはありますね。まわりとのずれはずっと感じてきました。しかも、ある種の「こうでなくてはならない」みたいなものを内面化させられることってあるから、車の運転がものすごく下手なのに、乗らなきゃいけないような気がして自分も乗っていて、いつも人を轢くような不安があったり、会社の総務部にいたのに株式の意味がわからなかったり。学生だった80年代の頃から嫌だと思うことはたくさんあったけど、そのときは正直言える空気じゃないとも感じていて。だから、僕は自分の正当性をとても主張できないんです。それは、「こうした方が良かった」ということと、まったく違ったことをやり続けてきているし、嫌だとも言うことができなかったから。

─「嫌だ」と言える空気じゃないと思っていたけれど、言えなかったということをある種の責任として感じる感覚はわかります。

穂村:80年代は、世の中の空気感としては景気もよくてすごく盛り上がっていたんだけど、個人的な実感としては厳しかったと思っています。それぞれの個性というのが許されなくて、何が素敵で何がダサいかが決まっていて、一つひとつに優劣のジャッジが必ずあって。僕は大学のキャンパスが四谷にあったんだけど、友達が「正門の前に車を停められない」と言っていたのを覚えています。それは友達の車が大宮ナンバーだからだったから。僕も大学に入って最初の飲み会で、埼玉の草加にある実家から通っていると言ったら、隣にいた女の子が泣いてしまって。

─泣いた……?

穂村:「そんなダサいところに住んでてかわいそう」って本気で同情してくれたんです。それは、彼女一人だけの考えでなく、そういう空気感があった。それはなぜだったのかと今考えると、当時はまだ、日本も地球も崩壊しないと誰もが思っていたからだと思うんです。全体のパイがめちゃくちゃ大きいと信じられたから、他人に対しても非情なジャッジができたというか。みんなで良くなろうという意識のベクトルがちがっていた。でも、今はもう、全員がギリギリの状態で方舟に乗っているような感覚がある。無限に広い場所で喧嘩したってその人と会わなければいいだけだけど、方舟のなかではそういうわけにはいかなくて、「共感」や「いいね」や「バズる」ことがすごく大事になっているのも、おそらくゾーンの狭さと危機感があるのではないかなと思っています。

「馴染めない」ということに関連して話すと、僕は「ライフハック」みたいなものに対して、本当かな? とずっと思っていて。そもそも、「コツがある」ということに対しての疑念があるんです。一昔前に、ここに書かれていることをやると人生がうまくいくといった内容の「99の法則」みたいなタイトルの本が書店に並んで。でもあるときから、「7つのルール」みたいにだいぶ数が減ったんです。そして近年は「たった1つのコツ」みたいになってきた。

─99から1に……。そうなってくると、「法則やコツとは一体……?」という気持ちになりますね。

穂村:もう、99潰す余力がないということですよね。7つも厳しくて、1つしか頑張れなくなってきている。それさえ知ればなんとかなると思いたい。でもこれは、そういう本をつくる側だけの問題じゃなくて、自分たちの潜在的なニーズが形になっているということで。押しが強くて断定的な物言いをする人たちがそれを具現化した存在のように見えますし、僕も苦手ではあるのですが、裏を返すと「このコツさえ掴めば成功する」という振る舞いをしなければ多くの人が話を聞かない、という空気は自分たちがつくっている。それを求める欲望が彼らをメディア上に出現させているんだと感じます。

「『自分はわかっている、知っている』ということを前提にした振る舞いに対する不信感みたいなものがある」

─穂村さんはよく「驚異(ワンダー)」と「共感(シンパシー)」という言葉を使われていて、短歌というのは「驚異」を重視する表現であるとお話しされています。「共感」が優位になる今の時代に、穂村さんは共感をどのように見つめていますか?

穂村:さきほど、今の共感の質には「方舟感」がベースにあるんじゃないかという話をしましたが、世代によってズレも感じます。例えば、会社を一つの世界としてとらえると、未来を考えたときに、なんらかの変化をしないと生き延びられない業界や企業がある。でも、そこに50歳の人と20歳の新入社員がいた場合、50歳の人には「あと10年保てば」みたいな気持ちが多かれ少なかれ存在していて、変化できない状況があると思うんですよね。でも、20歳の人にとってその態度はありえないですよね。会社や国なら、だめになったとしてもよそに行けるかもしれないけれど、地球より外には行けないわけで。それが公共性や倫理観に対する眼差しのすごくコンシャスな印象に繋がっているのかなと想像していて。

─一方で「驚異」についてはいかがですか。

穂村:逆風ですね。例えば、荻原裕幸さん(1962年生まれの歌人)が80年代につくった<どこの子か知らぬ少女を肩に乗せ雪のはじめのひとひらを待つ>という歌は、当時は孤独な青年と少女の交流を描いたリリカルな歌とみなされていたけれど、今だと「やばい人」っていう見え方の変化が生まれてしまう。

─事件性があるのではないか……と。

穂村:でも、「お隣の少女の親に許可をもらって肩に乗せる」だと、この短歌は成立しないんですよね。どこの子か知らない少女と2人で、降るか降らないかわからない雪を待っているところにワンダーの根源がある。<盗んだバイクで走り出す>という尾崎豊の“15の夜”の歌詞も、もともとは盗んだ側に共感する歌として、ルール違反がワンダーの扉になる、表現の特権性の次元で歌われていたけれど、あるときから「盗まれた方はどうなるんですか?」という眼差しの方が強くなってきました。歌のなかで盗んだバイクで走り出したからって実際に盗むわけじゃないし、それでいくとミステリーはどうなっちゃうんだ、という合意が、表現の特権性が失われた状況では、困難なんです。

そして今まで話したようなケースであれば僕も一応説明可能なのですが、例えば同性愛が文学のなかで神話的に描かれていた時代があって。僕たちはかつてはそれに憧れて読んでいたけれど、今は神話的に描くことで、現実の世界での性的マイノリティの人たちへの眼差しが固定化してしまうのではないかという意見が強くあります。当時は、現実的な言葉では世界を動かすことが困難だという空気感があったから、文学のなかではその困難を逆転させて神話的に描くことでぎりぎりの表現を成立させていたけれど、今は現実の世界が動こうとしてる時代だから、そこに超越的なワンダーを求めてはいけないだろうと言われれば、確かに、と思う。一方でその神話的な世界像に憧れていたリアルタイムの気持ちは、今も自分のなかに残っているというきびしさがあるんです。

─そこには葛藤があるのではないかと思うのですが、そうした状況に対して穂村さんは表現を行ううえで、どのように向き合われていますか?

穂村:恐怖ですね。自分の過去の作品でも、これは大丈夫なのか? 大丈夫じゃないだろう? と思ったり。たぶん、私はもともと他者に対して非常に鈍感なんです。自分にとっては、他者が未知性の塊であり、ワンダーの大きな根源であることは確かです。だから、本当は他者が無限に怖い。今もそういう感じはかなり強いし、ワンダーはコントロールできないものというイメージが僕にはあって、それなのに他者の足を踏んではいけないということを考えると、どうすればいいのかわからなくて、一歩も動けなくなってしまう。例えば恋愛や結婚のようなパートナーシップは、どちらか一方ではなく当事者同士さえOKであれば、どんなに異様な合意だって成立し得えてしまいますよね。

me and you野村:ワンダーにもいろいろな位相があるのかなと、お話を伺っていて思ったのですが、驚きって、知らなかったことや、新しい世界を見ようとするときに発生するものという側面もあると思うんです。例えば変化を恐れ、誰かにとっては都合のよい現状維持を行うことは、誰かにとっては絶望的な停滞につながるかもしれません。そのとき、新しい世界を開くようなワンダーを手放してしまわず、誰かの足を踏まないような形で、こわごわとワンダーを探し求めていくこともできるのではないかというのは、わたしたちがme and youをやるうえで仮説として思っていることで。穂村さんは「わからない」という言葉をすごく使われるじゃないですか。穂村さんの作品や発言を見ていて、その「わからない」は手放しに理解を放棄する「わからない」ではないのではないかと想像するのですが、「わからない」と言うときに、穂村さんはどのような思いがありますか。

穂村:「自分はわかっている、知っている」ということを前提にした振る舞いに対する不信感みたいなものがあって。そういう気持ちがあるからかもしれないけれど、「わかってる人」とか「良い人」とか「正しい人」と思われるのって怖くありませんか? 僕はどんなひどい失敗をして失望されても、あの人なら有り得ると思われるマイナスの期待値をもっていたいと思っています(笑)。物理法則のような根本的な摂理にかんしては神様の初期設定というか、どうしてそうなのか、我々にはほぼわからないわけですよね。ワンダーの源って、「自分は知らされていないのに、前提としてそういうことになっている」という摂理みたいなことなんです。短歌の短さや、断片性、暗示性、象徴性もそうですが、ライフハックや断定的なものとは逆の、全貌が見えないものへぎりぎりのアプローチだと思う。未知性への強い憧れが僕にはあって。そもそも世界と自分の関係性ってそうでしょう。神様に相談して合意したわけじゃないのに、気が付いたらここに存在していて、一方的に時間の流れのなかに叩きこまれている。僕は、そこで時間の流れに抗おうとするときに、例えばアンチエイジングみたいな現実のルールを了解したうえでの対処法をとることでいいのかという疑問があって。神様を説得できれば、そもそもの時間の約束事が変わるんじゃないかと、いまだに思っているところがあるんです。

─対処法ではなく、根底から覆せるかもしれない?

穂村:もちろん現実的には困難だろうけど、気持ちのベクトルとしてはそう思います。短歌自体は非常に小さなものなんだけど、ずーっと触っていると、なんとなく遠くの何かが感じられる気がする。砂場でこっちからわけもわからずずっと砂を掘っていると、向こうから砂を掘っていた誰かと出会うことがあるんじゃないか。そんな風に、短歌を通じて考えていることと、実は向こうの誰かが自然科学の領域で考えていることとが、つながるかもしれない。目の前の小さなものにずっと触っていると、その背後の隠された大きなものに触れるような感じが僕はしていて。いつか遠い遠い未来で、科学者と詩人の手が砂の中で触れる。アンチエイジングについて考え続けている人の手とも触れる。そういうことに、すべての人たちが関わっているというイメージがあるんです。

抽象的なことや、わからなさってものすごく重要だと思っている

─言葉によって現実に働きかけるというと、メッセージやスローガンのようなものを思い浮かべる人も多いかもしれないと思います。一方で、短歌や詩の言葉はまた異なるベクトルで言葉を使いながらも、現実を揺り動かすことができると思っていて。

穂村:言葉というのは、主体が発するメッセージを乗せるツールであるという狭いイメージってわりと共有されているんだけど、詩や歌を読めばわかるように、明らかにその範疇にない言語が存在していて。人間はそこまで言語に対して主体的ではないし、言語自体が生き物のように多義的なんですよね。僕は、世界を直に認知することは誰もできなくて、自分のなかの世界像みたいなものが一人ひとりのなかにあるだけだと思っているんです。例えば、親が子どもに「実はお前は私が産んだ子じゃない」と言って、子どもがショックを受けるシーンがドラマなどにあるけれど、その言葉の前後で、物理的な次元では、何も変わっていない。ただ、これまで生きてきた世界像が、未知の言葉によって組み換えを要求されるということなんですよね。

よく想像するのは、「蜘蛛」と「蜘蛛の巣」の関係です。蜘蛛の巣が世界像で、世界像を構成している蜘蛛の糸が言語だとすると、蜘蛛は蜘蛛の巣の上に乗っているじゃないですか。ということは、言語によって世界像が組み変われば、その人は別の次元を生きることができるんじゃないかと思うんです。変わった性格と思える人も、実は見えている世界像が違っているだけで、それに対する反応としては、その人の行動パターンは正しいのかもしれない。

─言語による世界像の組み変えという一見抽象的な行為は、実は現実に作用し得る可能性をはらんでいる、と。

穂村:僕は抽象的なことや、わからなさってものすごく重要だと思っていて。抽象度の低さって現状の肯定と相性がいいと感じます。現状とは現時点で多くの合意を得ている世界像のことですよね。普通のエンタメの小説は基本的に、内容がどんなに波乱万丈に見えても、現状の肯定がベースにあるから、言葉そのものは1行目から抽象度が低い。多くの人が思い描く世界像の似姿に乗っかっていかないと、成立しにくいという特性があるんです。詩歌の尺がエンタメ作品と比べて短いのは、内容以前に言葉の位相が「反現実」という特性があるから、未知の世界像の器にずっと触れていることが、たぶん困難なんだと思う。今は「現実の改善案を出せ」という方向にいきがちで、それも重要だけど、僕は必ずしも現実的なものの方が現実的だとは思わなくて、抽象的なものの現実性もあると思う。抽象度の低い言語の使い方をしていると、どこまでいっても現実を強化してしまうという感覚があるんです。でもこれは我々がよくやりがちなことです。ちょっと話がズレるけど、生きてきたなかで、自分を傷つけたものを内面化してしまうこととかもありませんか?

─穂村さんがよくおっしゃる「生きる」と「生き延びる」ということとも関係があるかもしれません。穂村さんは、生命を維持するための社会化された価値に即した物事や行動を「生き延びる」に属するもの、社会的な規範や要請を飛び越えた生の有り様を「生きる」と言われていますが、今「現実の改善案を出せ」という方向性の声が強く聞こえてくるのは、「生き延びる」ことがかなり差し迫っていると感じている人が多いからのように思うんです。そうしたときに、「生きる」の側を見つめ続けることの難しさがあると感じていて。

穂村:これは言い方が難しいのですが、僕はときどき、そもそも生き延びなきゃいけないのか? と思ってしまうことがあります。ある一定の年齢を超えた人の大事なものって、ほとんど一緒になってきてしまうところがあって、上位3つが健康・愛情・お金なんじゃないかなと思います。でも子どもの頃は全然違っていて、僕の上位3つはカブトムシ・クワガタムシ・プラモデルだった(笑)。その頃はめちゃくちゃ「生きる」だったなあって思います。本当のことを言えば、愛情はともかくとして、健康とお金はないと困るけれど、大事ではない。神様の決めた初期設定によって意識を縛られているだけですよね。「ないと困る」を「大事」と同一視させるほどの圧をかけられて。

─確かに「ないと困る」と「大事であるか」は別のことではあるかもしれません。とはいえ「健康・愛情・お金」的なものの引力の強さってすごいな、と思うんですよね。

穂村:それを必然にされちゃうと逆らうのが難しいですよね。

me and you野村:本当は、個人の「生き延びる」ことを保障するのは社会であり政治の役目であって、誰もが安心して生き延びられるという前提に立ったうえで、それぞれのごくごく私的な「生きる」やりかたをのびのび希求したいはずですよね。今はそれが機能していない状況なのだとも改めて思いました。

穂村:そういった状況のなかで、どこかに健康にもお金にも愛情にも興味のない人がいたら、どんな行動をとるのか見てみたいと思ってしまいます。自分だけの生を「生きる」ことを優先する気配が気になります。このあいだ夜中に大きな水槽を運んでる人を見ました。夜中に水槽を運んでいるのって、雰囲気的にちょっと犯罪めいているんだけど、でも、あの人にはなんだかすごく大事なことがあるんだなあって思ったんですよね。何かわからないけど、たぶん生き物が入ってるのかな。その生き物に興味はないんだけど、夜中に何だかわからないものを水槽でどこかへ運ばなきゃいけない非常事態というものには、ちょっと憧れを持ちました。

─生活におけるささやかな非常事態のようなものは誰しもあるはずなのに、ないことにして生活を送らなければならない状況ってありますよね。

穂村:そう、毎日が非常事態でしょ。だから本当は毎日毎日そういうことを優先して生きる選択肢があるべきなんだけど、難しいんですよね。未知へのボタンを押す心の余力がなくて。

穂村弘

歌人。1990年、歌集『シンジケート』でデビュー。短歌のほかに評論、エッセイ、絵本、翻訳なども手掛ける。著書に『短歌の友人』(伊藤整文学賞)、『鳥肌が』(講談社エッセイ賞)、『水中翼船炎上中』(若山牧水賞)、『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』、『世界音痴』、『本当はちがうんだ日記』、『にょっ記』、『君がいない夜のごはん』、『はじめての短歌』など。石井陽子とのコラボレーション「『火よ、さわれるの』」でアルスエレクトロニカ・インタラクティブ部門栄誉賞を受賞。近刊に『シンジケート 新装版』がある。

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