一月一日・晴
育児日記を終えて以来、日記を書いた覚えがない。それは五十八年近く昔のことだったと気付いて茫然とした。
今日は元日。大晦日からエイッと元日になった日本の此処で、忙しかった昨日が噓のようにのんびりしている。快晴、でも寒い。扨(さ)て、自分用にお茶と甘いモノの用意はしたし、落ち着くぞ、と座り込んだ。テレビを点けてみたけれど観たいものは特にない。
頂いた年賀状のお返事を書こうかと思ったけれど、暮の延長の気分になるのもツマラナイ。読みたい、読むべき句集も、身ほとりに積んである、が、本気にならなければならないから、ちょっとシンドイ。早い夕方には息子家族がお泊りに来るので、それまで、ぼーっと自分の時間を過ごしたい。
ならば、十二月に出来たエッセーの拙著を読もうか。よし今日はコレを読む。半月前に少し読み始めてみたけれど、読むべき句集も積んであるし、書く仕事も終わらせなければならないし、大掃除優先だし、自分の本はそのままにしていた。名久井直子さんの装幀は気に入って、そのことに安心して表紙を撫でているだけだった。
いえ実は、三分の一くらいは読んだのだ。でも、なんか気が進まない。さ、次を読むぞ、という意欲が湧かないのだ。何故、本気で最後まで読めなかったのか。
何故って、何処を読んでも知ってることばかりなんだもの。珈琲を淹れてきてくれた娘にそう言ったら、そりゃそうネ、って笑われた。このところ記憶力の低下を嘆き怖れていたけれど、ちゃんと覚えているよ、私。
買い物終わったから、もうすぐ行くよ、とラインが入った。夕食は毎年手巻き寿司。来る途中にとても品の揃った鮮魚店があるそうで、どっさり買ってきてくれる。チビチャンもすっかり少女になって、今年逢わない間に背が伸びたとか。また、ナマイキに「蟹味噌おいしいよね。イクラ頂戴」なんて言う筈。私は所謂お節料理の係。柿膾とか栗きんとんとか煮物とか、実は自分が好きな物の係。
やっぱり自著は読み終わらなかった。