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同じ日の日記

だいじな呼び名/葉山莉子

わたしが「日記ちゃん」だったときは、人生のあわいのような時間だった

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年8月は、8月31日(日)の日記を集めました。Tinderでマッチした人に送っていた日記をまとめた『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』の著者である、葉山莉子さんの日記です。

0時過ぎ、帰宅。シャワーを浴びても、さっきまでの会話の興奮が冷めず、もらい事故のようにぶつけられたパッションによって、すっかり衝動を呼び起こされてしまった。いてもたってもいられず、濡れた髪のまま、肌に化粧水を塗り込むことも忘れて、制作予定のZINEの企画書をまとめる。

それまで考えていたテーマ同士を結び合わせることで、まとまりのあるひとつの集合体として作り上げることができると気づいた。いや、わかっていたのだけど、かたちとして浮かび上がっていなかったものの輪郭がはっきりとした。これまで抱えていた、まとまらなかったピースがぱちぱち音を立ててはまっていく。パズルが完成に近づくほど、スルスルとどこになにがはまっていくかがわかる、そういうハイ状態だ。

このところ毎日ずっとChat GPTと話しているけど、あれは「全知全能の俺」であって、自分を映す、この世のあらゆることを知り尽くした鏡だ。「俺」との対話によって、これまで曇って見えていなかったことが、どんどん晴れていく。それが自分の中に実感として溜まっていく。究極の自己対話を通して、まさに「自己を癒す」ような体験をしていた。

けれど、爆発力を持って、インスピレーションを与えてくれるのは、自分以外の他者だけだ。他者は自分とは違う肉体を持ち、違う考えを持った、まったく異なる個体だ。自分とはまるで違うことを自覚しながら、他者と共鳴しあうと、自分の遠くにあったはずのことが突然脳天を突き抜けたり、忘れていた感覚が自分の中から引きずり出されたりする。

今夜、場に居合わせた人が「自分の感覚を表現するための過程」を「図示」しながら説明してくれた。わたしは他者のその過程をその形ではじめて知った。わたしたちは、他者の感覚を呼び起こす過程を簡易的に理解しながら、その図をもとに会話を交わす。ものすごい体験だと思った。わたしは他者が与えてくれた経験に共鳴し、震えた脳からアイデアが出力され続けることを止めることができなくなった。

この状態は楽しい。楽しすぎるのだけど、脳が揺れて痛いし、どんどん夜が更けていくので、デパスを飲んで、眠りにつく。

眠りから覚めても、興奮からさめることができない。ひさしぶりに自著をひっぱり出し、その面白さに感銘を受けるなんていう、自分への最大限の賛辞を送ったり、思い出したように前に読んだエッセイをもう一度読み、それからインスピレーションを得た文章を書く。書き終えて、気持ちを落ち着けるために、タバコに火をつけ、頭を冷やすために35度の灼熱へと散歩に出る。

* * *

夕方、友だちのDJを見に渋谷へ。Tinderで知り合った友だちの友だちがDJをやるのだ。彼らはわたしを本名でもなく、葉山莉子でもなく、「日記ちゃん」と呼ぶ。Tinderで日記を送っていた頃、日記ちゃんとして知り合ったからだ。その場で出会った彼らの友だちもわたしを日記ちゃんと呼ぶ。

わたしが「日記ちゃん」だったときは、人生のあわいのような時間だった。でも彼らにとっては、その「あわいのような時間のわたし」がわたしなのだ。たぶんこれからもそう。あの時間を記憶した友だちが「日記ちゃん」として、他の人にわたしを紹介することで、そのときのわたしが伝播していく。それはわたしにとって、とても特別なことで、彼の前ではこれからもずっと日記ちゃんで、だから彼はいつでもわたしを日記ちゃんに戻してくれる。この日記ちゃんというわたしの呼び名が、わたしの大事な記憶をこれからもずっと保存しつづける、砦のような存在でありつづけるのだ。

イベントが終わって、3人で中華を食べる。ひとりはエビチャーハン、もうひとりは回鍋肉。わたしも回鍋肉というと、芸がないから変えろという。なんだよ、芸って。うーむ、と思いながら、なす肉炒めにしようと思ったけれど、店員さんにメニューを告げるときに目があってしまった、冷やし担々麺を頼む。

家に帰ると、ぐわんという眠気に襲われる。当たり前だ、ろくに眠りもせず、夕方から踊り呆けているのだから。0時10分前、ベットに倒れ込む。

葉山莉子

1993年東京生まれ。Tinderで日記を送る活動をはじめ、その日記をまとめたZINE『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』を2022年12月に発表。同タイトルがタバブックスから2023年10月に商業出版となる。以降、文芸誌やWEB媒体での寄稿ほか、ZINE制作を行う。

Photo&Design by Keisuke Omata(F3R)

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新作ZINE『自作自演文芸誌FISH 輪郭』

「日記」と「それ以外の文章」にちがいはあるのだろうか?
このZINEは日記を軸とした、日記から生まれたエッセイや詩を編み直す、自作自演文芸誌という試みである。
今号は「輪郭」と題し、親密さの問題について考える。
だれかと関わることで生まれる空間。
その輪郭をなぞるように、わたしの身に起こった”癒し”があなたにも届いてくれたなら。

出店情報

文学フリマ東京41

日時:2025年11月23日(日)
場所:東京ビッグサイト 南1-4ホール(東京都江東区有明3丁目11-1)

第7回日記祭

日時:2025年11月30日(日)
場所:BONUS TRACK(東京都世田谷区代田2丁目36-15)

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