寝苦しい暑さの中目覚めた7月20日。
足先にある扇風機に目をやると、夜中に寝ぼけてタイマーを設定してしまったらしく、プロペラは沈黙を守っている。
今日は3連休の真ん中、そして参議院選挙の日だ。
同じ日の日記
参議院の日。日本とルーマニアのミックスルーツとして日本で生まれ育って
2025/10/30
毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年7月は、7月20日(日)の日記を集めました。日本とルーマニアの2つの母国に根を下ろし、時間や距離、土地や民族を越えて物事が触れ合い、地続きになる瞬間を紡ぐ、アーティストのスクリプカリウ落合安奈さんの日記です。
寝苦しい暑さの中目覚めた7月20日。
足先にある扇風機に目をやると、夜中に寝ぼけてタイマーを設定してしまったらしく、プロペラは沈黙を守っている。
今日は3連休の真ん中、そして参議院選挙の日だ。
世の中的にはついに夏休みに突入し、昨夜も夕飯の買い物に行く途中、浴衣姿の楽しそうな子供を見かけた。展覧会のタスクを調整するために確保した3日間だったはずなのに、気がつけば私の頭の中は選挙のことでいっぱいになっている。
最近はあまりに暑い日が続いているので、なかなかカメラを持って出かけることもできずにいた。真昼の熱気が僅かに和らぎはじめる16時半頃、久しぶりにカメラを引っ張り出して、投票所へ続く川沿いの道を歩く。少し前までは、桜の時期が終わって一斉に茂り出した植物を観察しながら、爽やかな気持ちでこの道を散歩していたが、今や夏本番。少しでも緑の側に立ち止まろうものなら、あっという間に蚊に刺されてしまう。
街頭で、オレンジ色に「日本人ファースト」と書かれたポスターを初めて見た時、真っ先に頭に浮かんだのは“America First(アメリカ・ファースト)”をスローガンに掲げたドナルド・トランプと、極端な民族至上主義を掲げたナチス・ドイツのヒトラーだった。
日本とルーマニアのミックスルーツとして日本で生まれ育った私にとっては、絵本の『スイミー』も『みにくいアヒルの子』も、幼少期から他人事ではなかった。小学校に入る頃には、子どもたちの中にも自我が芽生えはじめ、外見の違いから無邪気に差別的な言葉を投げかけられ、今で言う「マイクロアグレッション」にも晒されるようになっていった。そんな環境の中で、私は幼いながらも、周りの子どもや大人と自分は何かが違うのだと感じとりはじめた。母にはよく、「母と父の国が戦争したら自分はどうなるの?」と聞いていたようだ。
次第に、ナチスによるホロコースト関連の書籍を図書館で借りるようになっていった。現在に至るまで、戦争やホロコースト関連映画が公開されるたびに癖でチェックしてしまう。それは、歴史から何かを学び取ろうとする、身を守るための無意識の防衛本能の一つだったのだと思う。幼い子供にそうさせてしまう状況が、その当時の日本の社会にはあった。
そして今、生まれ育った日本の空気が、あの本や映画の中で見たものと急速に重なっていくように感じている。
ここまで身の危険を感じる選挙は、今回が初めてだった。今日まで、街中のあちこちに貼られているあの選挙ポスターの前を通るたびに、心が削られる日々を過ごした。
小学生の頃、「外国人!」とすれ違いざまに言ってきた男の子に、「もし私が外国人なら、外国人から見たあなたも外国人だよ」と言い返した。彼は何を言っているか全く理解できないという顔できょとんとしていた。知識や他者に対する想像力を身につける努力を惜しまなければ、全てとは言わなくとも差別の加害者として誰かを傷つけることを、少しは避けることができるのではないかと思う。
夕飯に作った鮭の香草焼きと作り置きのピーマンの肉詰めを食べながら、家族と選挙関連のテレビ番組を見つめる。
ソファーに横になり、眠気が押し寄せてきても、まだまだ最終的な開票結果は出ない。
1週間前、病院で看護師さんから血を抜かれながら「どこの国との“ハーフ”ですか?」と尋ねられたことを思い出す。その日私は、癖毛を縮毛矯正して眉下に一直線に切り揃えたばかりの前髪に、マスクをしていたので、他者から見える顔のパーツは目元だけだった。
それでも、“バレる”のだ。
人は、見た目で簡単に、そして勝手に「“日本人”ではない」と判断する。
私の知る限りでも、多様なルーツの人々に対する日本の状況を、様々な人が人生の時間を注いで、一歩一歩前進させる変化を起こしてきた。しかし今回の選挙では、その時計の針をひどく後退させられる痛みを感じた。選挙がどのような結果であれ、これだけ排外主義、人種差別を煽った責任は重い。
微力と分かりながらも、私も美術家という立場から、様々なマイノリティーの人々も生きやすい世の中になるような発信ができたらと思い、活動してきた。だからこそ、これまで何年も積み上げてきたものが一気に崩れ去るような感覚を覚えた。
しかし、立ち止まっている時間はない。あらゆる差別や戦争に強く反対しながら、また明日からも一つずつできることを積み上げていく。
数ヶ月後、数年後、「とんだ杞憂だったな!」とこの日記を読み返しながら、笑い飛ばせる未来を願う。
スクリプカリウ落合 安奈
美術家
1992年埼玉県生まれ。
東京藝術大学油画専攻を首席、美術学部総代で卒業。同大学大学院彫刻専攻博士課程修了。日本とルーマニアの2つの母国に根を下ろす方法の模索をきっかけに、「土地と人の結びつき」というテーマを持つ。国内外各地で土着の祭や民間信仰などの文化人類学的なフィールドワークを重ね、近年はその延長線として霊長類学の分野にも取り組みながら、インスタレーション、写真、映像、絵画などマルチメディアな作品を制作。「時間や距離、土地や民族を越えて物事が触れ合い、地続きになる瞬間」を紡ぐ。
ルーマニア国立現代美術館、埼玉県立近代美術館、東京都美術館、世界遺産のフランスのシャンボール城やベトナムのホイアン、オーストラリアなど世界各地で作品を発表。令和4年度公益財団法人ポーラ美術振興財団在外研修員(ルーマニア)。
2025年秋、東京都写真美術館で展覧会開催。
©️Kotetsu Nakazato
プロフィール
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