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連載

前田エマ、韓国の服にあう。個人的な物語を大切にする韓国のブランドとの出会いを経て

連載:前田エマ、韓国の服にあう

変化のスピードが速く、SNSやインターネットを活用してK-POPやファッションなどのカルチャーを世界中に発信する韓国。しかし2023年3〜12月の間にソウルに留学したモデルの前田エマさんは、トレンドやスピード感のものさしでは測れないところで、独自のストーリーを紡ぎながら丁寧につくられたファッションブランドがあることを知り、それに惹かれたと言います。

この連載では、アイドルや文学を入り口に、韓国の社会的な背景にも関心を抱くことになった前田エマさんが、韓国で暮らすうちにできた友人に紹介してもらったり、自分自身が気になったりした韓国のファッションブランドのつくり手に会いに行った様子を言葉と写真で記録してきました。

最終回は編集者の問いかけをもとに連載を振り返り、個人的な物語や手仕事を取り入れたブランドに惹かれる理由や、日本と韓国のファッションにおける文化の混ざり合いから感じたこと、自分とは異なるものに出会うことを続けていく意思について応答形式で綴ります。

韓国滞在中、「流行に流されていない」ブランドに心を動かされた

─「韓国の服にあう」で取材したブランドのデザイナーさんたちに共通していたこと、印象的だったことはありますか?

今回の連載で取材させていただいたブランドは、「流行に流されていない」ことをひとつの基準として、意図的に選びました。それは私が韓国に滞在する中で、心動かされたことのひとつだったからです。

日本にいた頃に雑誌やSNSなどで目に入ってきた韓国のブランドは、とてもトレンドに敏感な印象でした。もちろん私自身も、そういったファッションに惹かれることもあります。今の気分に合うなと感じたり、インパクトのあるデザインに憧れることもあります。

しかし韓国で生活して、もっと多様なファッションブランドがあることを知りました。今回、デザイナーさんたちとお会いしてお話を聞く中で印象的だったのは、ご自身の幼い頃の記憶や思い出、日常での感動や違和感をひとつのきっかけとして、ブランドを始めた方ばかりだったことです。そういった個人的な物語をブランドの背景に持ち続けているからこそ、トレンドをそこまで意識せずとも、服作りを続けられるのかなと思いました。ブレない芯があるように感じました。

ヤン・スヒョンさんは、「飽きずに長く表現していくことができるものは何だろうか?」と考え、「長いこと悩んで思い浮かんだのが(5歳から続けている)“水泳”」だったことから、水着ブランドを立ち上げた(前田エマ、韓国の服にあう。スイムウェアブランド「READY TO KICK」ヤン・スヒョンさん

日本のカルチャーとの関係、時代による変化、街やエリアごとのファッションの違い

─K-POPのアイドルが歴史や社会の問題に関する発信を行うことや、韓国文学などに関心を持ったことが、エマさんの韓国留学のきっかけの一つでもあったと思います。ファッションにおいて、そういった歴史との結びつきを感じる場面はありましたか。

日本では今でこそ韓国のファッションやメイク、カルチャーが取り上げられ、ひとつのブームとなっていますが、長らくは「アメカジ」「UKパンク」「オリーブ少女」など、ヨーロッパやアメリカからの影響を強く受けていた時期がありましたよね。

韓国では、長きに渡る植民地時代、南北分断での混乱、軍事独裁政権などにより、文化の享受が制限されていた時代がありました。

1950年に始まった南北戦争ではアメリカ軍や国連軍など、様々な国の兵士がこの土地へやってきます。それがきっかけで外国の文化、特にアメリカの文化が入ってきます。日本でも戦後、米軍基地の周辺から、アメリカの文化が入ってきましたよね。

その後、ずいぶん経ってから「日本大衆文化の流入制限」が段階を追って解かれていきます。象徴的によく語られるのは、1998年の韓国で初めて正式に日本の映画が上映された時のことです(北野武監督『HANA-BI』)。韓国では日本の植民地だった歴史などによる国民の反日的な感情に配慮するため、そして自国の文化産業を守るために、日本文化の大衆文化をしばらくの間、規制していたんです。

しかし、韓国で生活する中でよく耳にしたのは「それ以前から、日本の様々なコンテンツの海賊版が出回っていた」という話でした。テープやビデオ(音楽、映画やライブ映像)などを、若者たちは楽しんでいたそうで、韓国の一部の若者たちにとって、日本のカルチャーは憧れだったようです。日本と韓国とは複雑な関係の中にありますが、若者というのは、どんな時代でも他の国のカルチャーに貪欲なんですね。

そのような下地があったからなのでしょう。今回取材させていただいた「MPQ」ジョ・ケイジュさんがおっしゃるように、90年代〜2000年代初頭に盛り上がっていた日本の雑誌『FRUiTS』や『TUNE』が韓国でも流行ったり、この時期のカルチャーは今でも韓国で伝説的な人気を誇っています。そしてその流れを数年前からK-POPの世界でも感じるようになりました。日本でもNewJeansを新しいアイコンとするようなY2Kファッションが流行りましたよね。私たちのカルチャーは常に絡み合っていて、影響し合い続けてきたのだと感じる出来事でした。

ジョ・ケイジュさんは、自身の高校時代や、『FRUiTS』『TUNE』が買えた頃の日本のファッションに憧れていたこと、そこからの変化について語った(前田エマ、韓国の服にあう。ストリートブランド「MPQ」ジョ・ケイジュさん/撮影:Guno Lee

また韓国には「韓服」と言う伝統的な民族衣装があります。近年は様々なファッションブランドが韓服をモチーフにしたアイテムを発表したり、韓国アイドルの衣装に韓服のデザインが取り入れられたりしているのをよく目にします。また、今年から韓国では毎月最終水曜日を、公務員が韓服を着て出勤することを奨励する「韓服を着る日」に指定したそうです(一部では不評との声を耳にしますが……)。韓服の文化には、歴史や誇りを表すように感じます。この韓服の文化が、これからどのような道を辿るのか、とても気になっています。

韓国は時代の移ろいが速いです。新しいことにどんどん挑戦していくことへの身軽さが、とてもいいなと思う瞬間もたくさんありましたし、その逆に、速すぎて何かを置いてきてしまっているようなもどかしさを感じることもありました。

韓国の人の中にも、そのように感じている人は少なくないような気がします。今回出会ったデザイナーさんたちに共感できたのは、そのような感覚を共有できたからなのかなと思いました。

ソウルの若者のファッションは、トレンドを大切にしていて、なんだかみんな似たようなファッションだなという印象を持つ人もいるかもしれませんが、街やエリアによって、個性的なファッションを楽しむ人々もいました。私がそこまで詳しくないので、具体的に話すことはできないのですが、日本で例えるなら……原宿には“ロリータファッション”に身を包む少女たちがいれば、トー横界隈には“地雷系ファッション”の若者が多くいますよね。高円寺とか下北沢には“古着系”と呼ばれる人々がいます。今の日本では、街ごとの特色が以前ほど顕著に現れなくなったように思いますが、やはりファッションとカルチャーは切っても切り離せません。ソウルも「ライブハウスが多い街」「クラブが多い街」「移民が多い街」など、街ごとのカルチャーがあり、それぞれのファッション文化があります。中には、日本の若者ファッションを真似したような人々が集まるエリアもあり、なんだかとても新鮮でした。

子ども時代の喜びや90年代のノスタルジックな精神性からインスピレーションを受けているCOSMOSS

ニッティングをきっかけとしてコミュニティが生まれている

─連載では、手仕事のプロセスを含むものづくりや、アートピースのようなアイテムを発表するブランドも積極的に紹介していました。たとえば編み物は世界的にも流行していますが、韓国では手芸用品の販売スペースとニットカフェが併設されたスタイリッシュなショップ「Banul Story/바늘이야기)が賑わいを見せるなど、手仕事への関心を持つ人が多いように思います。韓国と手仕事の関係について、どのようなことを感じましたか?

韓国に来るまで、ここまで手仕事が今も人々に愛されている国だとは知りませんでした。ニッティングに関しては、この連載でも書きましたが、男女国籍関係なく若者がニッティングをしに集まるカフェや、お年寄りがニッティングをきっかけとしてコミュニティを作っている市場などは、とても衝撃を受けました。

ニットアイテムをつくるワークショップもおこなっているブランド「MISU A BARBE」(前田エマ、韓国の服にあう。ニットブランド「MISU A BARBE」キム・ミスさん

私は韓国に滞在していた時、骨董街で「ポジャギ」と呼ばれる朝鮮半島式のパッチワークの布を買いました。聞けば、その店で買ったポジャギは北朝鮮で作られたものだと言います。手仕事を通して、人が国境を超えて繋がるような、不思議な気分になりました。その後、ポジャギ作りの教室に1ヶ月ほど通いました。さまざまな生徒さんが好きなタイミングでやってきては、お菓子を食べたりおしゃべりをしながら手を動かし、帰っていくような豊かな空間でした。手仕事には、人を繋ぐ役割があるのだと、韓国へ来て強く感じました。そういった文化が、自然と若者にも伝わっているのかなと思いました。

ゴンウォンさんは「人間だけができるような技術の仕事。始まりから最後の仕上げまでを自分でできる仕事」をしたいと考えていて、ブランドOwbはその延長にあるそう(前田エマ、韓国の服にあう。“外出用パジャマ”ブランド「Owb」ゴンウォンさん

韓国の人たちがよく使う「日本の感じ、日本の雰囲気、日本の感性」という言葉

─エマさんはもともと服に関心が高かったと思いますが、韓国文化におけるファッションに触れることで、自身のファッションとの関わり方に変化したことはありますか。

日本にいたとき(韓国留学の2023年3〜12月以前)は、韓国ファッションが大流行していたので(今も継続していますが)、韓国が時代の最先端! みたいなイメージを勝手に抱いていたのですが(笑)、韓国には日本のファッションの影響を受けている人も多く、日本のファッション文化を愛している人もいて(日本の雑誌もリアルタイムでたくさん輸入されていて本屋さんに並んでいますし)、個人的にはとても驚きました。そういう人たちと話をする中で、日本が他国に影響されながら独自のファッション文化を生み出してきたことを、新鮮な感覚で再確認し、文化が混ざり合いながら今ここにあることに感動しました。

韓国の人たちは「日本の感じ、日本の雰囲気、日本の感性」のような言葉をよく使うんですね(일본 감성)。その雰囲気って私が高校時代に観ていた邦画のような感じだと個人的に解釈しています。『ハルフウェイ』(2009年)『ハチミツとクローバー』(2006年)『花とアリス』(2004年)など、白っぽい光の中の白昼夢の青春みたいな……。私もその頃の感覚がとても好きなので、そういう感じを共有して話ができるのは、面白かったです。ここ数年、韓国のアイドルの写真にそういった雰囲気を感じることがよくあります。

“人”に出会うことが、私の楽しみ

─服を通して隣の国、韓国を見てみることから、文化比較を試みた連載でもあったのではないかと思います。その経験を踏まえ、今後、どんなことをやっていきたいですか。

日本の面白いブランドや手仕事をどんどん知りたい、伝えていきたいという気持ちが膨らんでいきました。様々な国の文化に触れるからこそ、今まで気にも留めなかったような自分の生まれ育ってきた国の作り手に惹かれるのかなと思います。私の言葉で、繊細な部分も伝えていけるような、そんな書き手にならなくてはと思いました。

韓国では手仕事が持つ力を、とても強く感じる機会が多かったので、今後はファッションだけに限らず、手仕事が生み出すコミュニケーションなどについても、知っていきたいなと思います。

花や植物などの素材を用いた染めの手法を使うなど、自然からインスピレーションを受けた色や素材でアイテムを発表するTAKE

そして韓国でより感じたのは、やはり私は、作り手ひとりひとりがどのような背景を持って制作活動をしているのかに惹かれるということでした。つまりは“人”に出会うことが、私の楽しみなのだなあと。出会うことをこれからも続けていきたいと思いました。

前田エマ

1992年神奈川県生まれ。東京造形大学卒業。モデル、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティ、キュレーションや勉強会の企画など、活動は多岐にわたり、エッセイやコラムの執筆も行っている。連載中のものに、オズマガジン「とりとめのない、日々のこと。」、みんなのミシマガジン「過去の学生」、ARToVILLA「前田エマの“アンニョン”韓国アート」、Hanako WEB「前田エマの秘密の韓国」「前田エマの、日々のモノ選び。」がある。著書に小説集『動物になる日』(ちいさいミシマ社)がある。

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『過去の学生』

著者:前田エマ
発行:ミシマ社
発売日:2025年6月17日
価格:1,980円(税込)

過去の学生 │ 書籍 │ミシマ社

『アニョハセヨ韓国 お隣の国のカルチャー散歩』

著者:前田エマ
発行: 三栄書房
発売日:2024年6月20日
価格:1,980円(税込)

『動物になる日』

著者:前田エマ
発行:ミシマ社
発売日:2022年6月10日
価格:2,420円(税込)

動物になる日 | 書籍 | ミシマ社

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