音楽を介し社会性・政治性を新たに見出す『Candlelight』の第一回を終えて
2024/1/19
生活に密接に寄り添う「音楽」を介し「社会性・政治性」を新たに見出すイベントプロジェクト『Candlelight』。その第一回のイベントが、2023年11月21日(火)に東京・渋谷WWW Xにて開催されました。出演はさらさ(band set)とHomecomingsの2組。さらに「雑貨と本 gururi」「twililight」「vegan cafe PQ’s」の出店もあり、あたたかで賑やかなイベントとなりました。
この記事では、出演者の皆さんや主催者のアリサさん、廣松直人さんの声を紹介しながら、イベントレポートをお届けします。その日、その場所で灯った火が、これからも人々を照らす光になるとたしかに感じられるような余韻のなかで。
ライブに出演したのは、さらさ(band set)とHomecomingsの2組。NPO法人TA-net(シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)の協力を得て、手話パフォーマーの中嶋元美さんとKuniyさんを迎えたステージです。
さらささんはライブ前の取材でこう話してくれました。
「主催のアリサさんとはもともと知り合いだったのですが、ワンマンライブでサイン会を開いたときに『こういうイベントを作りたくて、こういう理由でさらささんにお願いしたいんです』とお手紙と企画書をいただいて、アリサさんの温度を感じましたし、そこまで思ってくれたのが嬉しくて、ぜひ、とお返事をしました」
そんなさらささんは手話パフォーマーの方とライブをするのははじめてだといいます。
「手話パフォーマーの中嶋元美さんとは事前に打ち合わせをして、歌詞の意味のみならず楽曲を制作した背景にある自分の気持ちもお話しさせていただきました。そのやりとりも含めて楽しい時間でしたね。手話を覚えてきたバンドメンバーもいて、チームのみんなでイベント当日を楽しみにしていました。
このイベントが目指す『どんな人も自分の居場所がないと感じない場所』というのは、私自身もライブをするなかで考えることがあります。私はライブをエネルギーを交換するような場だと捉えていて、パフォーマンス中になるべく一人ひとりのお客さんを見つめたいと思っているんです。どんな人がどんな風に聞いてくれているのか感じたいという思いがあります」
ライブMCでもそうしたイベントへの思いや披露した楽曲を制作した時期のご自身の体験について丁寧に語り、「お客さんを見つめたい」という言葉通り、「泣いているお客さんがいるのを見て泣いてしまった」と話す場面もありました。この日演奏された楽曲“Virgo”でも〈やめないで/望むことを/立ち止まることも前進で〉〈とめないで/揺れる心/酷く悲しいことすべて〉と歌われているように、その在り方や表現を通して伝わる「揺らぎやネガティブな感情もなかったことにしない」というメッセージにも、力をもらえるステージでした。
さらささんとともにパフォーマンスをした中嶋元美さんも、バンドとの共演は初めてだと言います。
「私は耳が聞こえないのですがもともと音楽が好きで、特にバンドの演奏を見ることが好きでした。ドラムやベースの振動が伝わってきますし、リズムに合わせて動くお客さんを見ていると私も参加しやすいんです。リハーサルではどの振動がどの音なのかを掴む難しさも感じましたが、これだけ振動が感じられるのはバンドの生音ならではなので、すごく楽しいです」
「今、社会では多様性という言葉がどんどん浸透しているように感じます。一方で、多様性の本当の意味を実感できる機会は少ないんじゃないかとも思っているので、今回のように誰でも参加できるイベントが開かれることはとても大切だと思います。テレビなどのメディアで手話を使う人を見たことがあっても、実際にろう者に会ったことがないという人はたくさんいますよね。イベントを通じて、本当のろう者の生き方や手話の表現に触れてもらえたらいいなと思います」
また、歌詞を手話に翻訳する際に大切にしたことも教えてくださいました。
「さらささんの歌詞には独特の世界観があると感じます。あえて曖昧な表現がされている箇所もあるので、手話に翻訳する際にも意訳しすぎないようにしながら、曖昧さを大切にしました」
ライブ中には中嶋さんの手話パフォーマンスとさらささんの動きがリンクするような場面も。楽曲で表現されていることの意味がいっそう強まるような印象のステージでした。
Homecomingsからは、Vo.&Gt.の畳野彩加さんとGt.の福富優樹さんにお話を伺いました。お二人とも、今回のオファーがとても嬉しかったと言います。
「オファーの際、ジェンダーを特定しない歌詞のつくり方について言及してもらったのも嬉しかったです。自分たちが大切にしている価値観が真っ直ぐ伝わってイベントに誘ってもらえるというのは初めてかもしれません」。そう話すのは楽曲の作詞も担当されている福富さんです。
「手話パフォーマーの方とのライブも含め特別な取り組みがたくさんあると思うのですが、今後それらが特別でなくなっていく、当たり前になっていくきっかけになったらいいなと思います」
畳野さんも、「今回のようなライブイベントは今まであまりなかったように思います。オファー段階でいろいろな資料をいただいて、大切にしていることやその熱量を感じて感動しましたね」と頷きます。
「同じレーベルの思い出野郎Aチームが手話パフォーマーの方とライブをしていることもあり、自分たちもいつかやってみたいという思いがありました。音楽をやっている人たちのなかにも今回のコンセプトと同じようなことを考えている人は実は多いんじゃないかと思うので、『Candlelight』に興味を持つ人、参加したいと思う人は増えていくだろうと想像しています」
さらに福富さんは、「今回できたつながりが広がっていったり、観に来た人が『自分もこういうイベントをやってみたい』と感じたり、Homecomingsのライブを目当てに来た人が新たな気づきを得るきっかけになったり、いろいろな可能性を感じます」と話してくれました。
Homecomingsのステージで手話パフォーマンスを担当したKuniyさんにもお話を伺いました。事前準備では、決定したセットリストを基に歌詞の背景について細かなやりとりをしたそう。
「歌詞を手話に置き換えるとき、主語のジェンダーを決めつけないようにしながら、歌詞の裏側にあるメッセージをどのように表現するのかも確認したうえで翻訳をしました。手話を知らない人たちが見ても伝わるような表現をしたいと考えています」
「今回のようなイベントを通して、マイノリティを含むさまざまな人同士の交流が生まれるといいなと思います。たとえばろう者であるというマイノリティのなかにもLGBTQ当事者の人がいますし、マイノリティと言ってもさまざまな人がいます。そしてそのなかにはライブに行きたくても行けない人がたくさんいるんですよね。なので、こういったイベントをきっかけに、ライブに参加できる人が増えたり、ライブのアクセシビリティについて考える人が増えたりするといいなと思います」とイベントに対する思いも伝えてくれました。
あたたかい空気感でありながら、バンドサウンドの強度とグルーブも存分に感じられる演奏を繰り広げたHomecomings。そのパフォーマンスにぐっと体温が上がった観客も多かったのではないかと思います。Kuniyさんの手話パフォーマンスも相まってより歌詞が引き立ち、最後に演奏された楽曲“US / アス”にある〈これはわたしたちのうた/ひとりでもふたりでもないよ〉〈ああ ぼくらはたまたまうつくしい/ああ あなたはたまたまうつくしい〉というフレーズは『Candlelight』のコンセプトとも共鳴しているようでした。
MCでも『Candlelight』のこれからの可能性について言及され、強さと優しさを兼ね備えたようなHomecomingsの姿勢と音楽に、より魅了されるような時間でした。
『Candlelight』では、誰もが心地よく参加できる空間づくりのためいくつもの工夫がなされ、さらにSNSで事前に細かなアナウンスがされていました。
ライブ中には演奏に合わせた手話パフォーマンスとMCの手話通訳を取り入れ、DJによる場内BGMに関しては楽曲リストを公開。受付や物販では筆談の用意がされていました。手話付きの音楽ライブは、まだまだ多くは見られない取り組みです。日本ではソウルバンド・思い出野郎Aチームが手話パフォーマーを迎えたライブを積極的に行っており、『Candlelight』でもその取り組みを参考にしたそう。これまで音楽イベントに足を運びにくかった人たちに対しても開かれた場づくりが行われていました。
また、フロアには車いすで入れるスペースも確保されており、立場による格差が生まれないようゲスト席も解放してすべて一般エリアとするアナウンスも。加えて、トイレに生理用品が設置されていたり、会場内にイスが点在していたり、バーカウンターで販売されるドリンクがどのメーカーのものか公開されていたり、といった部分からも、『Candlelight』があらゆる人にとってセーファーなスペースを目指していることが伝わります。
1階には、「本や雑貨、飲食などの提供を通して社会的な背景を踏まえたメッセージを発信している」という観点から集められた「雑貨と本 gururi」「twililight」「vegan cafe PQ’s」の出店がありました。
また、今回の開催にあたってヒントとなったという本や記事、Podcastなどについて紹介する掲示や、『Candlelight』とme and youがコラボレーションした声のポストの企画「なぜ社会に音楽はあり続けるのだと思う? 28人の声」の一部を紹介する展示も。
『Candlelight』は音楽イベントでありながら、お客さんたちの居方がさまざまだったのがとても印象的です。フロアで「雑貨と本 gururi」や「twililight」で買った本を読みながら開演を待つ人、「vegan cafe PQ’s」の焼き菓子を頬張る人、ロビーや1階の展示にじっくりと目を通す人、お客さん同士で話す人、イスに座って休憩する人……。ロビーの展示の前では、用意された紙に自分の言葉を書こうと考えている様子の人も見られました。
そんなイベントを終えて、主催者のアリサさん、廣松直人さんはどのように感じているのでしょうか。
当日、廣松さんは手話パフォーマンスのサポート役を担っていたためその緊張感もあったそうですが、会場を訪れた人々の様子や後日DMで届いたメッセージを見て、自分たちがやりたいことが伝わっているのだと感じ、安心したと言います。
「出演してくれた2組のライブは音楽もとても素晴らしかったですし、イベントのコンセプトに対してもそれぞれがしっかり応えてくれたと感じられて嬉しかったです」
一方でアリサさんは全体を見渡すような立場だったこともあり、第一回のイベントが終わったいま、どう今後につなげていけるのか考えているそう。背景には、「イベントを非日常的な空間に留めたくない」という強い思いがあります。「もちろん、『いいイベントだった』と思い出に残すことも大切なのですが、イベントで感動したり発散したりして地獄のような日常に戻っていく、という形ではなく、じわじわとでも、日常の営みにまで影響が及ぼせるような場をつくりたいとあらためて思いました」
廣松さんは普段、バンドでギタリストとしても活動されています。
「音楽活動をするなかで出会った友人の一人が、当日は来られなかったのですがイベントについて話をしてくれました。『バンド活動をしているなかで、たとえば喫煙所の会話でマイノリティを揶揄する冗談が飛び交うようなこともある。違和感がありながらもそういう価値観を内面化して、そんな音楽界にいるしかないと思っていた。でも廣松さんがやっていることを見て、そういうハードルを飛び越えていけるんだと感じた』と。イベントに来てくれたバンドをやっている友人も、ライブへの感想と一緒にイベントのコンセプトに触れる感想をくれました。『メッセージが伝わるイベントになっていてすごいよね』とか、『自分が出演者であってもライブハウスで居心地がよくないと感じることがあるけど、今回はそういうことがまったくなかったよ』とか。そうやって伝わってよかったと思います」
そのお話を受けて、アリサさんはこう続けます。「それぞれの業界や界隈で固定化してしまっている価値観ってありますよね。私は普段、社会課題について考えるようなコミュニティにいることが多いのですが、そうではないコミュニティでももっと考えられるようになるためにも、音楽と社会課題とのつながりを提示したイベントが渋谷の大きなライブハウスで開けることを証明したいという思いもありました。もちろんマイノリティのための小規模な場だからこそ安心を得られる場合もあるし、アンダーグラウンドな場でマイノリティ同士がつながってきた歴史もあるので、そういう場を否定する意図はまったくないのですが、大きく開けた場やメジャーなアーティストが出演するイベントでも社会性や政治性を見出せるのだというのは今回実現したかったことの一つです」
お二人それぞれが自身の課題感を持ち寄り、イベントの構想を始めたのは今年の春頃だそう。コンセプトについて時間をかけて何度も話し合い、準備を進めたといいます。
「最初にto doリストをつくってそれを消化していったというより、会場のスタッフさんや出店者の方々、出演者の方々と実際にお会いしてお話をするなかで、『これも必要だね』『あれもやりたいね』と進めていきました。ライブハウスで販売されるドリンクのメーカーを公開することにしたのも10月以降で、パレスチナで起こっていることについて詳しく知っていくなかで取り組もうと考えたことです。すべてが理想通りとはいかなかったのですが、友人が助言してくれたり関わってくださる方が協力してくれたりしたことで実現できたことがたくさんあります。たとえば、もともと会場内に座れる場所があったらいいなと考えていたのですが、当日の準備中にWWW Xのスタッフさんが『イスを出した方がよさそうですよね』と言ってくれて、つくりたい空間のイメージが共有できていて嬉しかったです。音響や照明、舞台監督のスタッフさんたちもイベントの趣旨を大切にしてくださいました」とアリサさん。
廣松さんは「アリサはどんどんアイデアを思いつくので、時間や予算を鑑みて『それをやるのは厳しくない?』などと返すこともあったのですが、よくよく考えて『やっぱりやったほうがいいね、やろう』と伝えることが多かったですね」と笑います。
今後についても、お二人のなかですでにさまざまなアイデアが出ているそう。まずはライブイベントを継続的に開催することを目標にしながら、ライブの他にアーティストと観客とが対話できるような時間をつくる、小さな規模で開催するアイデアもあるのだといいます。ゆくゆくは、イベントスペースのような拠点をつくることも考えているそう。音楽をはじめとする娯楽や文化を通して、社会的な視点や政治的な視点がある場をつくりたいという『Candlelight』の今後が楽しみです。
さらさ
湘南の“海風”を受け自由な発想とユニークな視点を持つシンガーソングライター。2022年12月に1st Album「Inner Ocean」をリリース。リード曲「太陽が昇るまで」が各ラジオ局から評判を呼び、J-WAVE「TOKIO HOT 100」では、3週連続1位を獲得。悲しみや落ち込みから生まれた音楽のジャンル“ブルース”に影響を受けた自身の造語『ブルージーに生きろ』をテーマに、ネガティブな感情や事象をクリエイティブへと転換し肯定するさらさ。
音楽活動だけに留まらず美術作家、アパレルブランドのバイヤー、フラダンサーなど、時に絵を描き、時にダンスを踊りながらマルチに、そして自由に活動の場を広げている。
中嶋元美
『私の声は手』。小さい頃から踊ることが大好き。高校生の時に聴力を失い、手話に出会う。現在は手話で歌い踊るアーティストとして活動の場を広げ、表舞台に立つだけでなく、テレビドラマや映画の手話指導にも携わっている。また耳の聞こえないアイドルとして数々のステージに挑戦中。
Homecomings
畳野彩加(Vo./Gt.)、福田穂那美(Ba./Cho)、石田成美(Dr./Cho) 、福富優樹(Gt.)からなる4ピースバンド。これまで3枚のアルバムをリリースし、台湾やイギリスなどでの海外ツアーや、5度に渡る「FUJI ROCK FESTIVAL」への出演など、2012年の結成から精力的に活動を展開。心地よいメロディに、日常のなかにある細やかな描写を紡ぐような歌詞が色を添え、耽美でどこか懐かしさを感じさせる歌声が聞く人の耳に寄り添う音楽で支持を広げている。
Kuniy
生まれつきの感音性難聴。出生時は高度難聴だったが、10歳で遅発性内リンパ水腫を発症。音楽が好きだったが、繰り返し起きた発作によって高音域の聴力がなくなり、音楽から遠ざかる。エンタメ通訳として活躍中の武井誠が、大学祭で結成した手話サークルと軽音部の混合バンドのステージを見て、音楽に対する気持ちが再熱。2001年に武井氏が結成した手話バンド『こころおと』にデフボーカルとして加入し、現在も活動中。ソロでも手話パフォーマーとしてアーティストのライブやMVに出演するなどキャリアを重ねている。2022年True Colors SPECIAL LIVE(NHKホール)、およびTrue Colors Festival THE CONCERT 2022(有明ガーデンシアター)に出演。
アリサ
『Candlelight』主催。YouTubeチャンネル<ありさきちゃんねる>で包括的性教育を妹と発信。その後、性やジェンダーに関するテーマを中心に表現活動を続ける。
廣松直人
『Candlelight』を主催。Seukolのギター、作曲を担当。
プロフィール
関連記事
声のポスト
生活に密接に寄り添う音楽を介し社会性・政治性を新たに見出す『Candlelight』とコラボ
2023/11/20
2023/11/20
連載
分けることでこぼれ落ちてしまうようなものをすくえるように
2023/08/23
2023/08/23
NHKドラマ『恋せぬふたり』/しんどいときほどなにかしてみる
2023/07/05
2023/07/05
同じ日の日記
2022年2月22日(火)の日記
2022/03/30
2022/03/30
Homecomingsのお二人と「クリスマス」についておしゃべり
2023/12/21
2023/12/21
みんなで哲学対話をしてからライブをきく。「つながり」ってなんだろう?
2024/07/22
2024/07/22
newsletter
me and youの竹中万季と野村由芽が、日々の対話や記録と記憶、課題に思っていること、新しい場所の構想などをみなさまと共有していくお便り「me and youからのmessage in a bottle」を隔週金曜日に配信しています。
me and you shop
me and youが発行している小さな本や、トートバッグやステッカーなどの小物を販売しています。
売上の一部は、パレスチナと能登半島地震の被災地に寄付します。
※寄付先は予告なく変更になる可能性がございますので、ご了承ください。