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同じ日の日記

朝日がのぼりきらないうちに家を出て/福富優樹

2022年2月22日(火)の日記

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2022年2月は、2022年2日22日(火)の日記を集めました。Homecomingsでギターと作詞を担当する福富優樹さんの日記です。

まだ朝日がのぼりきらないうちに起きて、昨日寝る前に準備しておいた荷物と一緒に家を出た。早起きして一息ついてから出かけよう、とコーヒーメーカーに豆をセットしておいた寝る前の自分のためにも無理やりコーヒーを一杯飲む。上着を着て、リュックを背負い時計をにらみながらキッチンでコーヒーを飲む。そんなことしてる時間がギリギリあるようにそのときは思う。階段を降りているときに一度、バス停に向かって歩いている途中にもう一度わすれものをとりに家に戻る。一度目はちゃんと靴を脱いで財布を、二度目はかかとと膝を使ってリビングのテーブルに置きっぱなしになっていた文庫本を手にとり、あんなに床に靴がつかないようにと気をつけて来た道を今度はいくぶん雑なステップで玄関に戻る。早起きしたとき特有のずん、とした鼻の奥のだるさと朝の匂いがなんだかまぶしい。バスを乗り過ごす。月に何度かしか乗らないから、いつまでもバスの捕まえ方がうまくならない。速歩きで家に戻って自転車に乗る。肩にかけたばかみたいに大きなトートバッグの揺れるリズムとタイミングが、ペダルを漕ぐそれと合わなくてうっとおしい。大きな川にかかる橋を渡る。ひんやりとした風は寒さよりも心地よさを感じる。駅の近くに自転車を停め、バスのりばまで走る。空港までのバスのドアの前には不安そうな表情をした彩加さんとほなちゃんが立っている。腕時計を見ると出発時間の3分前だった。

Homecomingsは2月から4月まで、久しぶりにツアーを回る。この日はその初日、福岡公演の日。飛行機に乗って九州に向かうためにバスに乗って空港に向かう。平日朝の中央道はひどい混みようで、のろのろとバスは進む。そのうちに朝の光はどんどん角度を変える。窓の外の看板をぼうっと眺める。PCR検査の結果が届く。少し離れた席のふたりはうとうとしている。陽の光がちょうど顔に当たる角度でバスがうんともすんともいわなくなる。後ろの席の人に声をかけてカーテンを閉めさせてもらおうかと思うけど、なかなか声がかけられないでいるうちに(変なところで人見知りの癖が出てしまう)、バスがまた進みだして少しほっとする。リュックから本を出して少し読みすすめる。

空港に着いたころにはすっかり搭乗時間がせまっていて、先に空港についていたなるちゃん(Homecomingsは僕と彩加さんとほなちゃんが同じ町に住んでいてなるちゃんは少し遠くの町に住んでいる)やスタッフの方と合流して、大急ぎで色々な手続きをする。バンドで全国や海外を回るようになるまでほとんど飛行機というものに乗ったことがなかったから、未だに空港のシステムがよくわかっていない気がする。スタジオから運んでもらっていた機材を預けて、手荷物検査を済ませると、本当に出発ギリギリの時間になる。搭乗ロビーでだらだらするあの時間がとても好きだからちょっとさみしい。席に着くとすぐに飛行機が動きだす。飛行機のなかでは会場BGMのプレイリストを作る。風が強くて飛行機がかなり揺れる。画面をみつめているうちにだんだんと具合が悪くなってきそうな気配がしてくる。Macを閉じて少し眠ってみる。着陸のアナウンスで目が覚める。窓の下にはもう街がくっきりと見えるくらいに近づいていて、車が動いているのも見える。何回飛行機に乗っても、はじめて観たときと同じくらい胸がキュンとする風景だ。

福岡空港からはレンタカーで移動する。大きなバンに機材と荷物を詰め込む。福岡空港は街なかのかなり近くにある空港で、あっというまに会場に着く。メンバー4人ともお腹がぺこぺこで、挨拶もそこそこに天神駅の方に向かう。前に福岡に来たときはキャナルシティというショッピングモールに入り、店員さんが歌いながらアイスクリームを作ってくれるコールド・ストーンというお店に行ったのを覚えている。そのお店はもうとっくに閉店してしまっていた。天神駅の近くのビルの地下にある「ひらお」という天ぷら屋さんに行く。はじめてバンドで福岡に来たときに4人でいった天ぷら屋さん。そのとき以来だから8年ぶりとかそれくらいになる。コの字のカウンターに座ると、自動的に天ぷらが次々と出てくる。天ぷらを揚げている人、天ぷらを配る人のリズム感がみていてとても楽しい。透明の幕で仕切られた席ごしに、懐かしさと美味しさを表情だけで共有する変な4人組にみえてしまったかもしれない。

会場までの帰り道、川沿いを散歩する。いつもなら夜になると屋台がずらっとならぶ川沿いの道。今はほとんど休業しているらしい。サーティワンに寄ってバーガンディチェリーを食べたかったけれど(春先にしか食べられないチェリーのフレーバーで去年はラインナップされていなかったから2年ぶりに食べられるようになった)、あっちこっちに寄り道しているうちにリハーサルの時間ぎりぎりになってしまったので諦める。どうしてもアイスクリームが食べたくなってしまい、会場の向かいにあるコンビニでブラックサンダーのアイスを買う。これが一番美味しいやんな、とブラックサンダーのアイスを買うたびに周りの人に言ってまわっているような気がする。 

リハーサルが終わるとあっというまに開場時間になる。飛行機のなかで作ったプレイリストを聴きながら、楽屋で衣装に着替えたり喋ったりMCでなにを話すかをミニ会議で決めたりする。ほとんどの時間はライブと全然関係のないおしゃべりをする。とにかく僕らはよく喋る。ごはんの話が多い。夜ご飯は多分お弁当とかになっちゃうやろうなーとかそんなことを話す。あっというまに開演時間が近づく。笑いすぎると喉に影響するから、と急に言いだした彩加さんをみんなであの手この手で笑わせる。

ライブはあっというまに終わる。お客さんがとても温かくてうれしかった。MCで喋りすぎてアンコールの曲を削ることになってしまった。でもちゃんと伝えたいこととか話しておきたいことを喋れた気がする。「地方」ということばをなるべく使わないようにしたいなと思っている話、「僕」も「私」も「彼」も「彼女」も使わずにラブソングを書く話、名前のない一日を過ごすこと、隣の人に優しくすることの話。歌詞に込めた想いはちゃんとことばにしないと伝わらないことも多い。今年はちゃんとそれをことばにすること、ライブでもラジオでもインタビューでもちゃんと発信することを忘れずにいたいと思う。

ホテルの浴槽にお湯を張り、お風呂に入りながら少しだけ本を読む。遠くにでかけるときには本を何冊か持っていく。メンバーといるときはずっと喋りどおしだし、読む時間なんてないかもしれないけれど、どこにいくにしても、それが日帰りでも泊まりでも絶対に本だけはリュックに入れるようにしている。本を持ってくるのを忘れるとそわそわして落ち着かなくなって、空港や駅の本屋さんで文庫本を買ったりもする。たいていそういう本屋さんには海外文学の本があまり置いていなくて、棚一段分くらいの小さなスペースのなかから、どれやったらちゃんと最後まで読むかな、とあまりよくない悩み方をすることになってしまう。結局そんなふうに買った小説とはあまり仲良くなれないような気がする。ひとりの部屋で文字を追っているとライブのあとの興奮がすっと落ち着いていくのを感じる。この感覚がとても大事なんだと思う。いつもお守りがわりに持ち歩いているスチュアート・ダイベックの『シカゴ育ち』(ライブの前に緊張してどうしようもないときに読むと少し楽になる)の他には、永井玲衣さんの『水中の哲学者たち』と中村桃子さんの『「自分らしさ」と日本語』を持ってきた。どちらも去年の夏に買った本で、ゆっくりと少しずつ、大事に読み進めている。

髪を乾かしたり荷物を整理したりして、ベッドに横になったのが深夜の2時半を少し過ぎたころ。戦争が起きるかもしれない、というニュースを眺めながらいつのまにか眠ってしまう。

福富優樹

1991年5月生まれ石川県出身。Homecomingsのギターと作詞を担当。

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Homecomings TOUR 2022
『Somewhere In Your Kitchen Table』

2022年3月24日(木):仙台 enn2nd
2022年3月27日(日):札幌 BESSIE HALL
2022年4月2日(土):LIQUIDROOM

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