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同じ日の日記

「歌のあるところに希望がうまれる」/寺尾紗穂

2022年3月11日(金)の日記

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2022年3月は、2022年3日11日(金)の日記を集めました。音楽家・文筆家で、音楽・本・寄せ植えを扱う「花とこほろぎ」を運営する寺尾紗穂さんの日記です。

寄せ植え屋「花とこほろぎ」の注文が入っていたので発送の準備。注文者の名前を見ると、長女を生んだ産院で同じ病室だった人だった。初めてのママ友ともいえるかもしれない。最後にあったのはでももう9年くらい前だ。台湾にルーツのある彼女とは大雑把なところが似ていて、話していて気が楽だった。彼女は男の子、こちらは女の子、同じ誕生日だ。もうあれから14年が経ったのだなと思う。学校生活に大きな影響を受けている世代だが、高校生や大学生になるころにはもう少し、日常がとりもどされていてほしい。

11時から不動前ココマンテュ(キッサ)で髪を切るので出かける。目黒で乗り換え不動前で降りなければいけないのだけど、ぼーっとしていて武蔵小山まで行ってしまう。両駅の中間くらいにあるので、武蔵小山から歩くことにする。ふりかえってみると、デビュー当時からずっと駅前のペット・サウンズ・レコードにはお世話になっているし、「青い夜のさよなら」以降長い付き合いになるデザイン事務所「高い山」の山野さんの事務所もここにある。ココマンテュの美容師で写真家の成重さんを紹介してくれたのも山野さんだ。山野さんの事務所がもう少し不動前に近かったころに同じアパートの一階に入っていたのが小林エリカさんの事務所で、遊びに行った縁で親しくしてもらうようになって現在に至る。3年前に参加した「モンゴル武者修行」の企画者の伊藤洋志さんも武蔵小山が拠点だったし、自宅からは離れているけれど、なかなか縁の濃い土地になった。

成重さんの美容院は完全予約制で一対一の時間が過ごせるので、年に二回近況報告を兼ねる感じで髪を切りに行っている。この日は成重さんが言った「グーグルマップで目的地までの道が出るじゃないですか。それをちょっと行き過ぎると間違えた、となる。でもそれって間違えじゃないですよね。だけどそういう感覚になってきてしまっている」という言葉になるほど、と考えさせられる。目的地を定めること自体、もしかして正解ではないかもしれないし、迷った末の回り道に思いがけない出会いがあるのかもしれないけれど、目的地を定めそこに最短時間で至ることに疑いを持たない世の中になっている、というわけだ。

散見されるようになった白髪に近い将来どのように対応するのか、ということがこの一年くらいの私の関心事の一つであるが、まだ少ないので抜いている段階だ。抜くと次に生えてくる白髪が弱い毛になるよ、とあるメイクさんに脅されたが、もうしばらくは抜いてしまうと思う。だって白髪をみつけて抜くのってとっても面白い(ですよね?)。成重さんに、少ないうちはマスカラ型のもので塗るのがいいですよとお勧めされる。

髪を切りおえて毎度の東印度カレー商会へ。ここの店長も成重さんのところのお客さんらしい。前は色んな総菜を自由にトッピングできたが、コロナでなくなり、この日はそれぞれのお皿に水菜のおひたしが添えられていた。

不動前のドトールで「クーヨン」の原稿書き。ここの店舗はWi-Fiがないようだ。不動前のドトールユーザーはWi-Fiを持参している人が多く、Wi-Fi設置の要望もあまりないのだろうか。ところ変われば、多数派も変わるのだろう。先日清澄白川のTOKYOBIKEでライブをしたときも物販で、「電子マネーは使えますか」と聞かれることが多く驚いた。おしゃれなところに集う人々は時代をスマートに先取りしているのだな。15年さびたママチャリをこぎ続けている私は場違いな感じを抱かざるを得なかった。しかし、こほろぎ舎も作ったことだし、未来への投資もしようかな、ともちらりと思う(ピッてやる機械の名前さえわからないが)。

不動前を出て、目黒でJRに乗り換える。今日は「福島ソングスケイプ」の発売日だ。3・11の被害を受け、下神白団地に避難した住民たちが自身の大切な一曲を歌い、語っているアサダワタルさんによる好企画の盤だ。解説を頼まれて書いたので、SNSで宣伝をした。帯にはいとうせいこうさんのコメントと共に、私の解説文の抜粋が一行抜かれている「歌のあるところに希望がうまれる」。私はこの文章を見て、あることを思いついた。最初から順番に話せば、日ごろからFBで目に触れるのは貧困支援に携わる知人たち(りんりんふぇすを一緒に作る仲間でもある)のつぶやきや報告だった。コロナによって若者の困窮者も激増するなか、疲弊しながらも活動を続ける彼らの一人が、“私に困窮者を繋いでくれた人たち、電話くらいたまには本人にしてあげてほしい”と訴えていたのだ。それだけ、孤独の問題があるということだ。「福島ソングスケイプ」のおじちゃんおばちゃんたちが、災害を乗り越えたサバイバーだとしたら、貧困支援につながり、困窮状態から何とか脱した人々もまた災難を乗り越えた人々である。もし本当に「歌のあるところに希望がうまれる」のだとしたら、アサダさんが実現させたように、私が音楽家として彼らとコミュニケーションをとりながら、彼らと一緒に「私の一曲」の記録を作り上げることも可能かもしれない。そしてそれが結果として、一人の孤独を少しでも癒し、つながりを広げるきっかけになるのだとしたら、みんなが笑顔になれるのかもしれない。「歌のあるところに希望がうまれる」。西武線に乗り換えるころには、まだ幻のようなイメージが、それでもたしかな熱をもって私の中に広がっていた。

寺尾紗穂

1981年東京生まれ。2007年ピアノ弾き語りアルバム「御身」でデビュー。大林宣彦監督の「転校生 さよならあなた」、安藤桃子監督の「0.5ミリ」など主題歌の提供やCMの仕事(三井のリハウス、JA共済など)、新聞やウェブでの連載も多い。あだち麗三郎、伊賀航と共にバンド「冬にわかれて」でも活動を続ける。2021年は空気公団のアルバムへの参加、イイダ傘店×spoken words projectのPV音楽「傘の向こう」を原田郁子と共作、蓮沼執太フィルの浜離宮庭園無観客公演へのゲスト参加、小林エリカ、青葉市子と共に戦前の女工をテーマにした音楽劇「spinning 女の子たち 紡ぐと織る」を「隅田川怒涛」にて発表するなど、他アーティストとのコラボレーションも広がりを見せた。土地に埋れたわらべうたの発掘、リアレンジしての音楽発信をライフワークとする。2022年4月よりNHK「Dearにっぽん」テーマ曲に「魔法みたいに」が選ばれ、教科書『高校生の音楽Ⅰ』(教育芸術社)にも同曲が掲載された。最新刊は『天使日記』(スタンドブックス) 、アルバム近作は「わたしの好きなわらべうた2」「北へ向かう」。

Webサイト

『天使日記』

発行:スタンド・ブックス
発売日:2021年12月23日(木)
価格:2,420円(税込)
寺尾紗穂『天使日記』│スタンド・ブックス

【箱舟旅行 第5回】寺尾紗穂×浮と港

日時:6月17日(金)
場所:東京都 晴れたら空に豆まいて
開場:19:00/開演:19:30
料金:前売 3,500円/当日 4,000円(ともに別途1ドリンク代600円) 配信 2,000円
【箱舟旅行 第5回】寺尾紗穂×浮と港│SAHO TERAO WEB

『余白のメロディ』発売記念ライブ in 金沢

日時:6月24日(金)
場所:石川県 金沢21世紀美術館シアター21
開場:18:00 /開演:19:00
料金:4,000円
『余白のメロディ』発売記念ライブ in 金沢

寺尾紗穂『余白のメロディ』

発売日:2022年6月22日(水)
価格:3,300円(税込)
『余白のメロディ』│SAHO TERAO WEB

アサダワタルと下神白団地のみなさん『福島ソングスケイプ』

発売日:2022年3月11日(金)
価格:2,530円(税込)
プロジェクトの集大成CD『福島ソングスケイプ』2022年3月11日リリース。│ラジオ下神白

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