入院生活ももうすぐ3ヶ月になる。朝のリハビリ前に、脚をほぐしながら同室の70代の先輩たちと談笑。団地の井戸端会議みたいだと看護師さんに笑われる。わたしはこの時間が大好き。煎餅とおかきのちがいは? 東京23区の数字はどこを中心に割り振られているか知ってる? 元寿司屋の女将さんは物知りで、いつも話のネタが尽きない。さまざまな病気を経験し、怪我以外にも闘病中で大変な状況にも関わらずユーモアで人を笑わせ、気遣いを忘れずやさしい。わたしも他の入院患者も、日々彼女の存在に励まされている。
同じ日の日記
入院生活で知ったケアによる力のすさまじさ、出会いと別れ
2026/9/30
毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2026年4月は、4月30日(木)の日記を集めました。文藝誌「園」を主宰し詩や文章を書くほか、「居間」として古道具や古本を販売している河村実月さんの日記です。
入院生活ももうすぐ3ヶ月になる。朝のリハビリ前に、脚をほぐしながら同室の70代の先輩たちと談笑。団地の井戸端会議みたいだと看護師さんに笑われる。わたしはこの時間が大好き。煎餅とおかきのちがいは? 東京23区の数字はどこを中心に割り振られているか知ってる? 元寿司屋の女将さんは物知りで、いつも話のネタが尽きない。さまざまな病気を経験し、怪我以外にも闘病中で大変な状況にも関わらずユーモアで人を笑わせ、気遣いを忘れずやさしい。わたしも他の入院患者も、日々彼女の存在に励まされている。
ほとんどの患者が高齢者で入院当初は馴染めず引きこもっていたものの、入院生活にも慣れてきた。毎週かわるがわるお見舞いに来てくれるともだちの存在にも救われ、我ながら結構陽気な患者として暮らしていると思う。
2月2日、交通事故に遭い左脚を開放骨折、靭帯も損傷し救急搬送され、そのまま緊急手術をして入院。ICUでの日々と2度の手術を経て回復に向かい、リハビリを行う病院に転院して1ヶ月半が経った。
平日休日に関わらず午前と午後に1時間ずつリハビリがある。理学療法士さんが固まった筋肉や関節を動かしてくれる。脚はまだ伸び切らず、うまく曲がらない。自重でアキレス腱を伸ばす。手持ち無沙汰になるので、療法士さんが都道府県を埋めるパズルを持ってきてくれた。パズルを埋めながら各地にいるともだちの顔やお店のことが浮かぶ。はやく会いにいきたい。踵が地面から浮いてしまうので補高を入れ、片杖で歩行練習。骨盤から体重が乗るようになってきたね、と言ってもらえた。リハビリの時間はあっという間に終わり、自主トレをして病室に戻った。
リハビリを受けて、人に触れるという身ひとつで行うケアによる力のすさまじさを感じている。手と手をあわせること、強張った脚に手をあてて筋肉が緩んでいくこと、よろけたからだを支えてもらうこと、そうしたひとつひとつの積み重ねによって、からだと心に刻まれた恐怖や痛みが安心や安全へと書き換わっていく。
リハビリでは療法士さんとの信頼関係がとても重要だ。信頼している療法士さんが手を引くと、安心して一歩踏み出すことが出来る。関係性がまだ出来ていない相手とはまるでだめで、不安で足が縮こまって驚いた(相手のせいでは決してない)。触れられることも同様。からだと心は繋がっている。
自分自身が頼りなくぐらついているから人の支えを頼りにした。30代も半ばになると人を頼りにすることはとてもむずかしい。勇気がいる。時間はかかったが、人を頼ったり助けてもらうことは必要なことだと知ってから、からだも心も楽になった。わからなくなった自分の重心を教えてもらい、補助してもらいながら体重をかけていく。そうして力を引き出してもらっているうちに自分の輪郭を取り戻し、支えがなくても少しずつ自分の脚で立てるようになっていった。
リハビリ室に行くたびにあの手この手で励ましてくれ、時間をめいっぱい使って根気よくリハビリをしてくれる療法士さんとのリハビリの時間はいつもたのしく、気持ちも元気になっていった。担当の療法士さんをはじめ、信頼し尊敬できる療法士さんに出会えたことはほんとうに幸運だったと思う。
そんな療法士さんのうちの1人が別の施設に移ることになった。4月中旬に働き納めていて、4月30日の今日は在籍最終日。再会と別れが同時にやってくるから、早くこの日が来てほしいような来てほしくないような気持ちで数日過ごし、少しでも歩けるようになった姿を見せたくて毎日自主トレに励んだ。
午後、リハビリ室へ行くと療法士さんが来ていて結局リハビリと自主トレに付き合ってもらった。本当にありがたい。教えてもらった歩き方も、リハビリの時間も忘れたくない。みんなで写真を撮って笑顔で見送った。
医療の場は出会いと別れの繰り返しだ。治療が終わってしまえば毎日のように顔をあわせて「おはよう」と挨拶をしていた人たちとももう会わなくなってしまう。前向きでもやっぱり別れはかなしい。これからの人生、もう交わらないという事実がとてつもなくさみしい。けれど、わたしの脚やからだにはさまざまな人たちの知恵や技術、人の力が宿っている。怪我によって最強の脚を手に入れたと思う。これからの人生交わることがなかったとしても、わたしはこのからだで、教えてもらった歩き方で生きていく。いつかはまた自分の歩き方で。退院して外に出れば困難に遭遇することも多いかもしれない。しかし一歩踏み出すたびに、たくさんの顔が浮かび、わたしを支えてくれるだろう。
痛みは大きかったが、失ったものは大してなかった。怪我をして、知らなかったであろう世界をいくつも知り、出会うはずではなかったかもしれない人たちと出会った。医療現場で働く人々の姿には、ほんとうに毎日感動している。人にしか出来ない仕事。医療現場で働く人たちの尊厳が守られる社会であってほしい。
自分のからだや心と向き合い、さまざまな助けやケアに触れた日々は、きっとこれから先お守りのように寄り添い続けてくれると思う。ままならなさを抱えながらも、どうにか勇敢に生きていきたい。
河村実月
1991年仙台出身、都内在住。文藝誌「園」主宰。詩の発表やZINEの制作、エッセイ・コラムなどの寄稿を行う。王子神谷に展示スペース「居間」をひらき、展示やイベントを開催。現在はスペースを閉じ、同名義で居間にあったらうれしいもの(古道具や古本)を販売している。
プロフィール
10/23・24の2日間、仙台市・アトリエOEKの「メメメメルーム」にて「居間」の出店があります。
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