連載
連載:バカでか感情のゆくえ/510373
2025/10/10
見る者を夢中にさせる、アイドルやさまざまな物語の存在。「推す」ことが社会現象にもなるなかで、その行為におけるポジティブな面も、ネガティブな面も語られるようになってきました。
K-POPを入り口に、現在は二次元、日本のアイドルにも幅を広げながら、長年誰かの表現や表現者そのものに思い入れる状態が続いているという510373さんも、アイドルと向き合う自分の人生にさまざまな葛藤があると言います。他人を応援すればするほど、元気をもらったり楽しさを受け取ったりするのに、同時に現実を突きつけられる。けれど「思い入れた」状態からなぜか離れられない。そんな自分は、この感情は、これからどこへ向かっていくのか。
アイドルや物語を受け取る一人ひとりにもまた、個別の人生がある。「推し活」ブームでくくれない、一人のオタクのカオティックな揺らぎを記録する連載です。
物心ついたときから赤やピンクは自分の色ではなかった。色は光の反射で、「赤」も「ピンク」も「青」もただそう見えるものをそう呼んでいるにすぎないはずだけど、なぜかいくつかの色は象徴性を持っている。女の子はピンク、男の子は青というステレオタイプは、ここ1世紀くらいのあいだに生まれたものらしいけど、たとえばトイレの看板が男女で青と赤に分かれていたり、“多様性”が推進されているこの社会でもまだまだ根強い。
子どもの頃、学校で必要な持ち物は決まって男の子は青か黒、女の子は赤かピンクだった。小学校の習字道具は赤か黒、鍵盤ハーモニカはピンクか水色の2択で、ランドセルの色は指定されてないはずなのに、ほとんどの男子が黒、女子は赤だった。わたしは全部男子と同じ色にしてもらっていたので、たぶんちょっと悪目立ちしていた。いろんなものが男女で分かれていて、体操着は女子がブルマで男子は短パンという決まりだった。でも、死んでもブルマを履きたくなくて、親が担任に掛け合って短パンを買ってくれた(途中でブルマは廃止され全員短パンになった)。そういえばそのとき親が担任に「女子でひとりだけ短パン穿いてたらいじめられますよ」って言われたらしいけど、教師の仕事はひとり短パンを穿いてる女子生徒がいてもいじめられないようにすることじゃないんかよ。学校に侵入した変質者に何人かの女子がブルマを盗まれたこともあった。ブルマは本当にクソ。性犯罪者はもっとクソ。
話が逸れたが赤やピンクが嫌なのもブルマを穿きたくないのも、ぜんぶ「女の子っぽいからなんか嫌」というだけで、なんで女の子っぽいものが嫌なのかと聞かれても嫌だからとしか答えられない。好きで人と違うことをして悪目立ちしてるわけじゃなく、できることならいちいち抵抗せず周りに溶け込みたかったよ。ファッションに興味を持つようになってからは赤やピンクの服もかわいいなと思うようになったけど、やっぱり自分から買おうという気持ちにはあまりならない。
ところでアイドルには、メンバーカラー(メンカラ)という文化がある。ファンは自分の好きなアイドルのメンカラの服やアクセサリーを身につけたり、ライブ中にペンライトの色で誰のファンかをアピールしたりする。すべてのグループにあるわけではないが、わたしがいま好きなボーイズグループのひとつにもメンカラがある。
今年に入り、初めてそのグループのライブに行けることになって、チケットがとれた日から楽しみにしていた。グッズも買ったしペンラも買った。ところがひとつの問題にぶち当たった。自分の好きなメンバーのメンカラが赤だということだ。べつにメンカラコーデでライブに行くのがルールというわけではなく、メンカラよりもむしろ自分の勝負服で来ている人が多そうではある。わたしの友達もかつて「好きなメンバーとのデート」というコンセプトのコーディネートでライブに来ていた。でもわたしはいままでメンカラがあるグループのファンになったことがなかったから、どうせなら最初くらいそこのファンカルチャーに思いっきり浸ってみたい。郷に入っては郷に従いたい。メンカラで可視化されるファンの頭数になりたい気持ちもちょっとある。それにメンカラ着て行くの楽しそう。というわけで不覚にも生まれて初めて赤い服を買う動機が芽生えてしまった。
赤は着たくない。でも着たい。かもしれない。赤はピンクよりも「女らしい」色ではない気もする。赤やピンクを着こなしてる男性はたくさんいる。でも赤い服を着てる自分がまったくイメージできない。どうすればいいんだ。とりあえず好きなブランドのオンラインストアで赤い服を探してみたけどピンとくるものはない。そういえばそのアイドルが真っ赤なSupremeのパーカーを私服で着てた。それならいけるかも? でもわたしは本当にこのパーカーが欲しいのか? ていうかアイドルのライブに何を着て行くかを意識したことなんてそんなになかったのに、なんで今回はこんなに服にこだわってるんだろう。これが新規ハイってやつか?
ひとり逡巡を繰り返しすうち、結局赤い服を買えないまま迎えた最初の公演日(わたしはそのツアーに3日間行くことになっていた)、せめてものという気持ちで、もともと持ってたおそらく唯一の赤いファッションアイテムであるUNDERCOVERの赤いビーズのブレスレットをつけて行った。パティ・スミスとのコラボのやつでアイドルにはぜんぜん関係ないし、こんな細いブレスレット、赤だろうが青だろうが誰の視界にも入らないだろうけど。
ライブのオープニング、彼らは白い衣装で登場した。初めて生でパフォーマンスを見た感動で、色とか一瞬でどうでもよくなった。はずだった。数曲歌ったあと、全員がステージ裏に消えたと思った次の瞬間、彼らはアイドル名物・早着替えでふたたび現れた。わたしの好きなメンバーが着ていたのは、めちゃくちゃ鮮やかな全身ピンクのスーツだった。パンツにスカートみたいなヒラヒラがついていて、ターンをするたびにふわふわと揺れる。ピンクすぎるスーツを着てニコニコで踊る姿に、なぜか「はー負けた〜」と思った。そして「この人は自由だ」とも思った。
そのメンバーはとてもキュートだけどちょっとオラついた雰囲気もある人で、私服もヤカラっぽいときがあるし、ある種の「男らしさ」にこだわりがあるような発言も少なくない。でもいま目の前にいるその人は、わたしが勝手に「女っぽくてなんか嫌」と避けていたピンクをめちゃくちゃ自分の色にしてる。ピンク超似合ってる。ピンク着てるのめっちゃかわいい。たぶん自分でもかわいいってわかってる。インタビューなどから推察するにおそらく自分でピンクを選んでる。「男らしさ」にこだわりがありそうとか勝手に思ってたその人のほうが、どうでもいい「らしさ」からすごく自由で、「赤やピンクは女の色」なんて考えにとらわれているのは、ジェンダーステレオタイプに抵抗してきたはずの自分のほうじゃん。「これは女性っぽい、これは男性っぽい」という二元論が嫌だったはずなのに、「女性らしさ」をいちばん決めつけてたのは自分じゃん。もちろん彼の服は衣装だし、アイドルは「かわいい」も「かっこいい」も求められる職業だから、私服の趣味がどうであれ、「かわいい」に抵抗がないんだろう。これまでだってピンクや赤のかわいい衣装も何度も見てる。でも、私服はゴツいシルバーアクセジャラジャラ男なのに、てらいなくフェミニンなピンクを着こなせる自由さを目の前にして、その軽やかさが羨ましかった。
結局そのあともわたしは赤い服を買えないまま、でもなぜだかメンカラを諦めきれず、最後の3公演目は自分の手持ちの服でいちばん赤に近い、バーガンディーっぽい色のAriesのパーカーで行った。その人は今日もピンクのスーツをヒラヒラさせて、ぴょんぴょん踊っていた。もう敗北感を覚えることすらなく、天才的なアイドル様ありがとう〜これからもステージで輝いていて〜の気持ちだけで会場を後にした。もはや何と戦っていたのかわからない。
そもそもメンカラにおける赤のイメージは、「女性らしさ」の象徴ではなく、おそらく戦隊モノの赤レンジャーに近い。メンカラ赤の人がセンターになることが多いのもそのためだろう。結局のところ、わたしは赤やピンクを着たら、自分の強調したくない女性性が強調される気がして嫌だったのだと思う。男友達がピンクを着てても「女っぽい」なんてまったく思わないのに、なんで自分にだけその偏見が向いてしまうんだろう。別に男に見られたいわけではないが、女扱いされるのもあまり好きじゃないからだろうか。メイ・マーティンの自伝的ドラマ『フィール・グッド』で、「最近は自分を女性だと認識してないんだ」「じゃあ、何だと認識してるの?」「アダム・ドライバーとかライアン・ゴズリングとか?」というシーンがあるけど、感覚としてはそんな感じ。だから赤とかピンクとか、あとはハートモチーフとか、そういう「女性的」なイメージと結び付けられてきたものを身につけることを想像すると、どうしても違和感がある。文字通り似合わない服を着ているような気分になる。でも、歴史を遡ればかつてピンクが紳士の色とされていたように、色に付随するジェンダーコードも時代によって移り変わるし、本質的に「男の色」「女の色」なんてものはないわけで、これを書いている途中に発表された新曲でその人が「選んだ色をまとえ」と歌っていたけど、本当にそれ。わたしはまだ赤やピンクを選べてないだけ。そう考えると、たぶん本当は、赤やピンクもスタイリング次第で抵抗なく着られるんだろう。
とはいえ、自分の好きなアイドルのように、男性がフェミニンな色やデザインのものを身につけることによって引き出される魅力というのは確実にあって、それは男の身体が「男っぽくない」とされるものを身につけることで生まれるギャップの魅力でもあり、自分にはぜったいに獲得できないものだから羨ましい。だけどそれもやっぱり「女性らしさ/男性らしさ」の凝り固まったフィルターで見ているから感じる魅力なんだろうか。もう何もわからねえー。
そのアイドルはかつてインタビューで、「自分はゴツゴツした男らしいものが好きだけど、自分に求められてる魅力はそっち系じゃないのもわかってる」という趣旨の発言をしていたから、その人はその人で自分の身体や周囲からのイメージと見せたい自分とのギャップに思うところもあるのだろう。それでもアイドルとして、たぶんファンが喜ぶのもわかってて、いろんな姿を見せてくれるのは感謝でしかない。そして自分の内面化されていたジェンダーバイアスに気づかせてくれたのも感謝。アイドルというのは、どんな色も自分の色にできる人たちなのかもしれない。わたしもいつか赤やピンクを自分の色にできるだろうか。
プロフィール
『ハイパーファン倶楽部』
心の動きのアップもダウンも話し続けたいアイドルファン3人で始めたZINE。「好き」の上で交差する、誰かのまなざしと声の記録集。
11月23日に東京ビッグサイトで開催される「文学フリマ東京41」で新刊を販売予定です。
書籍情報
me and you little magazineは、今後も継続してコンテンツをお届けしていくために、読者のみなさまからサポートをいただきながら運営していきます。いただいたお金は、新しい記事をつくるために大切に使ってまいります。雑誌を購入するような感覚で、サポートしていただけたらうれしいです。詳しくはこちら
*「任意の金額」でサポートしていただける方は、遷移先で金額を指定していただくことができます。
あわせて読みたい
連載
連載:バカでか感情のゆくえ/510373
2024/12/11
2024/12/11
羽生有希×中村香住×深海菊絵×松浦優 性に関する研究者たちが語らう
2024/01/12
2024/01/12
同じ日の日記
ロンドンから帰国し再就職。「ひらりさ」として書き続けることをめぐって
2023/03/31
2023/03/31
同じ日の日記
2022年2月22日(火)の日記
2022/03/29
2022/03/29
SPONSORED
韓国出身でレズビアンとして生きてきた洪先恵が当事者として描く女性同士の恋愛
2025/09/25
2025/09/25
newsletter
me and youの竹中万季と野村由芽が、日々の対話や記録と記憶、課題に思っていること、新しい場所の構想などをみなさまと共有していくお便り「me and youからのmessage in a bottle」を隔週金曜日に配信しています。
me and you shop
me and youが発行している小さな本や、トートバッグやステッカーなどの小物を販売しています。
売上の一部は、パレスチナと能登半島地震の被災地に寄付します。
※寄付先は予告なく変更になる可能性がございますので、ご了承ください。