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同じ日の日記

今日ここに着くまで、全部の信号が青で/成定由香沙

不思議な幻聴を聞いた日、イスラエル・イランの紛争の六日目

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年6月は、6月18日(水)の日記を集めました。建築家/アーティストで、廃炉になった原子炉とその背景となる核のコロニアリズムを題材とした作品などを発表してきた成定由香沙さんの日記です。

大きなサイレンが鳴って、三度、目が覚めました。音に敏感なはずの同居人は珍しく寝たまま、閉めていたはずのカーテンがほんの少し風で開いて朝の白い光が部屋に入っていました。本当はそんなサイレンは鳴っていなかったそうで、頭内爆発音症候群と言われる症状のようです。「頭の中で大きな爆発音がする」、アピチャッポン・ウィーラセタクンの『MEMORIA』を思い出しながら、よろよろとベッドをでました。イスラエル・イランの紛争の六日目で、ガザへの攻撃もまだ続いていました。あの夢の中でのサイレンはなんだったか思い出せないまま、イランのベランダから撮影された爆撃の映像を見ました。

我が家の朝は、ベッドルームが北を向いているので部屋のらんまから光がふんわりと入ってきます。その朝日のおかげで6時とか7時にはもうスッキリと目覚めて、机に向かいます。窓際には那須佐和子さんの絵画が二つ、お互いを意識しながらも知らないふりをする街の人々のような関係性で、一つは白い壁に、もう一つは本棚の背中に飾ってあります。5月の末に引っ越してきて、ああでもないこうでもないと同居人とつくった部屋です。

6月18日はとても大事な打ち合わせのある日で、朝からおかしなリズムで過ごしていました。本来であれば勉強をしなければいけない時間のあいだ、自分に訪れた不思議な朝に夢中で、あっという間に時間が過ぎていました。朝ごはんを食べている間、本当にサイレンが鳴っていなかったのかを同居人に何度も聞いて、呆れられながら朝の準備をしていました。その数日前から急に暑い日々が続いていたので、夏用の半袖のジャケットを久しぶりにクローゼットから取り出しました。いちばんお気に入りのスカートが引っ越しでどこかへいってしまって、二番目にお気に入りのスカートを履いたのを覚えています。

大きな荷物とともにタクシーで現場に向かう途中、大事な模型を忘れてしまったことに気づき、一度引き返しました。「今日の日記はこんなふうに物語を書いたらどう。打ち合わせ先に到着するまで、全ての信号が青で、一度も止まらなかった、とか」とふざけて同居人が言っていたことを思い出しながら、自分の日常が全く真逆の展開をしていることを静かに感じていました。大事だった打ち合わせは、その内容よりも、クライアントが着ていたワンピースが(例えるとしたら、紫陽花のような)目が覚めるような鮮やかなものだったことを鮮明に覚えています。気づいたらあっという間に夜で、同じように大きな荷物を抱えながら、タクシーで家まで帰り、1日を終えました。

ひと月たって、日記をしめる前に、6月18日のことをまた思い出します。せっかく日記を書くんだから、何か特別なことをしよう、と思っていた一日はあっという間に終わってしまいました。頭の中の大きなサイレンはあれっきり、もう鳴ることはありませんでした。それに、夏になって体調を崩しがちになり、朝起きるのも難しくなって、あの頃の静かな朝は段々と忙しない朝へと変わってきました。不吉な予言があったかと思ったらあっという間に日々は続き、「すべてが青信号」にならなかったあの日のように、日々いろんなことに(いい意味で)裏切られながら過ごしています。今日もいい朝を迎えるぞ、お気に入りのスカートをはいて出かけるぞ、準備万端でいるぞ。あの日のいろんな期待と想像は絶妙に外れて、あっという間に過ぎ去った一日でしたが、それでも、忘れられない一日の一つとして覚えているでしょう。「今日ここに着くまで、全部の信号が青で」という日記の書き出しは、いつかの自分の一日へ取っておこうと思います。

成定由香沙

1998年生まれ。建築家/アーティスト。建築・映像・写真を主な領域として思考・表現する。2024年東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修了。主な作品に廃炉になった原子炉とその背景となる核のコロニアリズムを題材とした《行方不明者の家 (Radioactive Ghost House)》(2024)や、失われゆく歴史に対する記念的空間を構想する《香港逆移植》(2021)などがある。主なグループ展に「Ground Zero」(京都芸術センター、2023)、「できない(かもしれない)わたし|My Bodily Timidity」(The 5th Floor、東京、2022)など。

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下記の展覧会に出展します。

Under 35 Architects exhibition 2025
35歳以下の若手建築家による建築の展覧会(2025)

日時:2025年10月17日(金)~27日(月) 12:00~20:00
場所:大阪駅・中央北口前 うめきたシップホール
大阪市北区大深町4-1うめきた広場

出展者:石田雄琉+房川修英、上田満盛+大坪良樹、上野辰太朗、工藤希久枝+工藤浩平、下田直彦、田代夢々、成定由香沙

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