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同じ日の日記

深夜の病院へ向かった夜/星野文月

魂だけの存在になる直前のおじいちゃんの目のあちら側には

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年5月は、5月27日(月)の日記を集めました。長野県松本市の書店「栞日」で働きながら、作家・文筆家として暮らしている星野文月さんの日記です。

夜中に病院から電話がかかってきて、「すぐに病院に来てください」と呼ばれたので、おばあちゃん、母、妹、私で車に乗って深夜の病院へ向かった。
インターホンを押すと夜勤の看護婦さんが案内してくれて、裏口から業務用のエレベーターに乗る。病室に入ると、おじいちゃんは酸素マスクを付けたまま苦しそうに息をしていて、目はもう開かない。「文月だよ、会いに来たよ!」と大きな声で呼びかけると、液晶に映し出された心拍数が急に上がって、赤色の線が画面の中で波を打った。

おじいちゃんの手を握ると、もう骨と皮だけのからだなのに、信じられないくらいぎゅって強く握り返されて、何かがたしかに伝わっているのだと思った。
その瞬間に、私は破水したみたいに膣から水が大量に出て、急にお腹が痛くなった。
トイレに行って、また病室に戻ると、おじいちゃんの周りをみんなが囲んでいて、私はこの繋がれてきた遺伝子の末端にいるのだと感じた。
これまで一度もそんなことを考えたことがなかったのに、「もしも妊娠したら、子どもを産もう」と自然に思った。

数日前に内臓が破裂したというおじいちゃんの呼気からは、僅かな腐臭がした。ずっと病魔に侵されながら生き続けるのは、どれだけ苦しかっただろう。
心の中で「もう大丈夫だよ、ありがとう」と言うと、血圧がみるみる急降下して、液晶の中で動いていた線はまばらな間隔になった。最後にゲートが開かれるみたいに目がゆっくりと開いて、数秒間おじいちゃんと目が合った。魂だけの存在になる直前のおじいちゃんの目のあちら側には、私がまだ行くことができない世界が広がっていた。
それから、またゆっくりと目を閉じて、ピーッという電子音が鳴るのと同時に息を引き取った。目の前にはさっきまで生きていたおじいちゃんの肉体があって、これまでの苦痛がやわらかく取り除かれたように安らかな表情でそこに横たわっていた。

私は悲しさよりも先に、目の前の大切な人が苦しさからやっと解放されたことに安堵する気持ちがあって、隣で泣いている母と妹と、まだ現実を受け止めきれていない祖母を交互に見ていた。

しばらくすると葬儀屋さんがやってきて、これからの段取りをてきぱきと進めていく。
祖母の家に戻ると深夜の2時を過ぎていて、ひどい空腹を感じたのでカップヌードルを食べた。胃のあたりが急にあたたかくなって、私は明日からもまだ生きるのだと思った。

星野文月

作家・文筆家。1993年生まれ、蟹座。長野県松本市在住。著書に『私の証明』、『プールの底から月を見る』、『取るに足らない大事なこと』(共著)がある。現在は、松本市の書店兼喫茶「栞日」にて、選書やイベントの企画を行う。

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『もう間もなく仲良し』

著:尾崎大輔・小原晩・星野文月
発行:BREWBOOKS
発売日:2024年12月1日
価格:1,320円(税込)

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