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創作・論考

「光に続く気配」〜いちむらみさこが観た『重力の光』〜

教会の外の小屋で開催した、仲間たちとのホームレスアートフェスティバル

9月からシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開している映画『重力の光:祈りの記録篇』。これまで愛、ジェンダー、個人史と社会を主なテーマにしながらさまざまなヴィデオ作品をつくってきた石原海監督が北九州に移り住み、困窮者支援をするキリスト教会に集う人々との出会いと交流から始まったこの映画は、人間の「生」の姿に迫り、「祈り」とは何かを問う、フィクションとドキュメンタリーを交えた実験的な作品です。

me and you little magazineでは、3名の方に『重力の光:祈りの記録篇』を観ていただいて自由に綴っていただいたコラムをお届けします。一人目は、東京の公園のブルーテント村の住人と一緒に物々交換カフェ・エノアールを開き、ホームレスの女性たちのグループ「ノラ」を発足して、発表や展示、路上キッチンを行ういちむらみさこさん。石原海監督もいちむらみさこさんが責任編集を務めた『エトセトラ VOL.7 特集:くぐりぬけて見つけた場所』がとても印象深い一冊だったそうです。映画を観て思い出されたという、「エノアールカフェ・ロンドン」と教会の記憶。

絵本を1ページずつめくるように美しい画面が展開するこの映画をみて、思い出したことがある。ロンドンの教会で開催されたホームレスアートフェスティバルに参加した時のこと。

東京の公園のブルーテント村に住んでる私は、他の住人と一緒に絵を描く会と物々交換カフェ・エノアールを開いている。「絵のある」カフェなので「エノアール」カフェ。このエノアールカフェをロンドンにも作るために、このフェスティバルに参加することになった。フェスティバル会場となっている教会の門の前には、たくさんのホームレスの人たちが座ったり寝たりしていた。私はカタコトの英語で交流し、街のどこで何が拾えるか教えてもらった。街にあるゴミや廃材を使って小屋を建て、フェスティバル開催中、ホームレスの人たちが憩えるカフェとするためだ。教えてもらったゴミ置き場へ1日何度も通っていると、大きな犬と一緒に路上生活する人やスクウォッター(空き家や空きビルを占拠して居住している人)たちにも会うことができ、その度に私は翌日から始まるフェスティバルに誘っていた。

そうして出会った人たちも手伝ってくれて教会の裏庭に「エノアールカフェ・ロンドン」が完成。開催初日、教会の中では炊き出しやライブなど様々なイベントが行われる。路上で出会った人たちも続々とやってきた。ところが、教会の入り口で警備員がホームレスに対して荷物検査をして、お酒を持っていたり飲んでいる人たちは入れなかった。ショックだった。ほぼ全員のホームレスが外に追い出され教会に向かって怒っていて、私も外に出て「これはホームレスなしのホームレスアートフェスティバルだ」と一緒に抗議した。

大騒ぎしていると、教会のスタッフがやってきて、山盛りの食事のお皿をみんなに配り始めた。するとみんなは大人しくご飯を食べはじめ、中に入ることを諦めてしまった。私は出展者として教会に入ることがとても切なく、それとは裏腹に中のイベントはとても華やかだった。主催者が私の前に座り込んで何か話していたが、この人の英語はまったく耳に入らなくて、私はただ大きな声で泣いた。豪華な炊き出しも、美しい歌声も、心暖かい言葉のアピールも、実際にはホームレスに向けられていないことが悲しくてたまらなかったからだ。

その夜は作った小屋で眠ろうと、鍵がかかっている教会の門の下の隙間から中に入って裏庭に行ってみた。するとすでにホームレスの人たちが小屋の中でぐっすり眠っていた。私が横になれるスペースはなかったが、寝場所としても使ってもらえてほんとうに嬉しかった。

翌日、この小屋でみんなと歌ったり絵を描いたりして過ごしたことは最高に楽しかった。また、ホームレスの方は移民も多く、女性たちやトランスの人もいて、私は教会の中よりも居心地がよかった。私なりにホームレスの仲間たちとホームレスアートフェスティバルを開催できた。

想起したのは、教会にまつわる、そのような思い出だ。今となっては、アルコールの問題について、イベント参加の権利と制限、そしてケアについての議論が重要だったと思っている。教会の中で号泣したことを思い出すと赤面してしまうが、あの時の私はジーザスの前でやるせなさを全身全霊で訴えることになった。

この映画に出てくる福岡の教会にも、様々なひとたちが集まっているのだろうと思う。都市にある教会は、食事を分けるだけでなくホームレスの人たちに開かれてあってほしい。

それぞれの場面には光と共に神秘的に施されているテクスチャーがあって、とても暖かい印象があった。私はさらに、そのスポットライトの当たらないところで、個人的な思い出を背景に、誰かが号泣し舞台を台無しにしている姿を見た気がした。この映画にはそんな自由な想像を誘う気配がある。

いちむらみさこ

2003年から東京の公園のブルーテント村に住み始め、同じテント村住人と一緒に物々交換カフェ・エノアールを開いている。2007年にホームレスの女性たちのグループ「ノラ」を発足。路上キッチンや路上パフォーマンス、また、フェミニズムやアクティビズムについての作品展示や発表を国内外で行っている。著書に『Dear キクチさん、ブルーテント村とチョコレート』(キョートット出版)、責任編集に『エトセトラ VOL.7 特集:くぐりぬけて見つけた場所』(エトセトラブックス)などがある。

『重力の光 : 祈りの記録篇』
(2022年/日本/72分/カラー/16:9/ステレオ)

監督:石原海/撮影監督:八木咲/撮影補助:杉野晃一/美術:中村哲太郎、前田巴那子/音楽:荒井優作/録音・整音:川上拓也/照明:島村佳孝、伊地知輝/メイク:宇良あやの、竹中優蘭/衣装:塚野達大/翻訳:Daniel Gonzalez/題字:石原邦子/コーディネート:谷瀬未紀(pikaluck) /制作:柿本絹、木村瑞生/プロデューサー:AKIRA OKUDA/出演:菊川清志、森伸二、⻄原宣幸、村上かんな、下別府為治、奥田伴子、川内雅代、藤田信子、石橋福音、奥田知志/撮影協力:枝光本町商店街アイアンシアター、東八幡キリスト教会、NPO法人抱樸、株式会社FRAGEN、桑島寿彦、つかのみき

配給:「重力の光」制作運営委員会 ©2022 Gravity and Radiance

9月3日(土)〜【東京】シアター・イメージフォーラム
10月1日(土)~【大阪】 シネ・ヌーヴォ
10月22日(土)~【愛知】名古屋シネマテーク
10月28日(金)〜【福岡】 KBCシネマ
11月18日(金)~【京都】 京都みなみ会館
12月17日(土)〜12月31日(土)【神奈川】横浜シネマリン

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『Dear キクチさん、ブルーテント村とチョコレート』

絵・文:いちむらみさこ
発行:キョートット出版
価格:1200円(税別)

いちむらみさこ『Dear キクチさん、ブルーテント村とチョコレート』 | キョートット出版

『エトセトラ VOL.7 特集:くぐりぬけて見つけた場所 いちむらみさこ 責任編集』

発行:エトセトラブックス
価格:1400円(税別)

エトセトラ VOL.7 | book | エトセトラブックス / フェミニズムにかかわる様々な本を届ける出版社

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