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同じ日の日記

隣を繋ぎとめるものは/小萩海

2022年2月22日(火)の日記

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2022年2月は、2022年2日22日(火)の日記を集めました。公募で送ってくださった小萩海さんの日記です。

退勤したらスマホの充電が10%を切っていた。

交通ICカードの役割を担っているので、おどおどと怯えながら改札口を通った。財布を持っているか不安になったので鞄を覗いた。最近は支払いにも電子決済を使うようになったので財布が必要になる場面がとんとなくなり、たとえ財布を忘れたとしてもスマホさえあればどうにかなるのだけれども、電子決済が普及する前から忘れ物は多い人間だ(小学二年生のとき、無意識にランドセルごと忘れて身一つで登校したのはあまりに衝撃的でいまだに覚えている)。特に財布は両手で数えても足りないくらい、忘れている。大抵は、通学・通勤の鞄から、休日で鞄をかえる際に財布を移動させて、そのままにしてしまうせいだった。あるいは、レシートを捨てるだとかそうした中身の整理のために鞄から出して、そのまま机の上に置きっぱなしにしていたということもある。いい加減そうした自分の特性を踏まえて予備の財布でも用意した方がいいと忘れるたびに考えるのだけれど、忘れてばかりの人間なのでそうした反省もまた怒濤の日々の中で忘れてしまい、同じ失敗を繰り返す。スマホは暇になるとつい手に取る機会も多く、仮に忘れても引き返せる段階で気付ける。財布の存在感が薄い人間には、電子決済中心の世の方がありがたいかもしれない。とはいえ、スマホも完璧ではなくて、なんらかの電波障害が起これば決済できないし、充電が切れればただの箱。そうしてただの箱になりかけていた。財布はあった。安堵した。けれどもできれば充電は切れてほしくないし、できるだけスマホには触らず、茨木のり子の『ハングルへの旅』を手に取った。

踏切を横切る人の姿が見えた。深緑の、ワンピース、というよりもドレスという言葉が似合いそうな上品な服装の女性で、目的の電車に間に合おうとするように、走っていた。黒のピンヒールだった。高さ10センチはありそうだった。こんこんこん、忙しない音が、車の止まる道路に響いた。ヒール、とりわけピンヒールで走る女性を見ると、頑張って、でも怪我しないで、と応援したり心配したり、はらはらと見守ってしまう。こちらの勝手な不安なんて知ったことではない女性は、転ぶことなく、改札口へと吸いこまれていった。美しいまま。彗星みたい。

乗り込んだ車内で、小さなりんごがいくつもちりばめられた可愛らしいブックカバーで文庫本を読んでいる女性がいた。電車は混んでいたのだけれど、途中の駅で随分の人が降りて、その女性の隣が空いたから、私も座って、こっそりと読書好き同士の無言の繋がりを想像しながら、『ハングルへの旅』を読みだした。私はハングルを読めない。ハングルで書かれる言葉、そこにふられたカタカナのルビを読んで、ちょっとだけ理解する。不思議と英語や欧州の言葉よりもはっきりとした発音で自分の中を弾けるのは、明らかに韓国ドラマや韓国映画の影響だろう。特に、私の中には十代の頃に家族で没頭した『宮廷女官チャングムの誓い』が根深く存在している。チャングムを筆頭に、美しい韓国語の発音が流れていくんだけれども、自分の口から発音したとしても、まったくの別物になる。

韓国と北朝鮮、そして日本の、隣り合わせの三国間の、現代まで続く歴史的に根深い因縁。茨木のり子が当時単行本で『ハングルへの旅』を出したのは1986年。太平洋戦争前後の記憶も、朝鮮戦争の記憶も、それぞれの国の全体にまだ実感として残っていただろう。日本人が韓国語とよぶのも朝鮮語とよぶのも憤慨の種になり、国の名ひとつとっても複雑にからんでしまった。そんな中、彼女はハングルを習っていた。習い始めて以降、その動機について何度も尋ねられてきたが、いりくんでいるがゆえに、問われても困っていたそう。すべてくるめるように、詩のタイトルにもなった言葉を記している。

 
「隣の国のことばですもの」
(茨木のり子『ハングルへの旅』p.24「動機」)

 

歴史的背景、それに伴う心情の複雑さを慮りつつ、普段の生活において隣で働いたり学んだりおしゃべりする人のことを知ろうとする感覚にも近いような、歴史的に生じがちな罅(ひび)をとりはらうような、良い言葉だな、と思う。素直な、敬意を感じる言葉。

また、もうひとつ、ハングルにふられたカタカナを、音を意識しながら追っていてふと浮かんだのが、アイヌ語だった。すこしばかり近しい気がする。あくまでも、表面からの個人的な連想に過ぎないのだけれど。

アイヌは、かつて北海道地域を中心として広く住んでいた先住民族だが、日本ロシア間で結ばれた国際条約をきっかけに国境線が定められ、日本人とロシア人に分断された。さらに明治時代、蝦夷地が北海道と改称されて以降、日本語での教育が進んだことによってアイヌ語の話者は減っていった。また、日本の法律によってアイヌの生活は制限されていき、開拓が急速に進んだことで各地にちらばっていくと、集団で営まれていた独自の文化は衰退の一途を辿った。現在は保存活動を行い、歴史教育や各種史料によって繋ぎとめられているものの、アイヌ語は消滅の危機に瀕している。かつて朝鮮半島を植民地支配し、日本語教育を強いた歴史とも重なるところがあると感じる。そうした隣の文化を侵食していった歴史が、現在の日本国内にもある。

あらゆる隣に影響を及ぼしあいながら、すれ違いながら、生きている。個人レベルでいえば、たとえば職場の同僚、家族や友人、学校の先生たちはもちろんのこと、今日見かけたピンヒールの女性や、りんごのブックカバーをつけて読書をしていた女性は、今後きっと出会わないけれど、一瞬だけ隣り合った。それでもなんとなく目に留まって、不思議な親近感を覚えたりする。地域を広げれば、海を隔てた国々とも隣同士。ネットを通じて、遠くの人たちとも離れたままで対話できるようにもなった。一方で、今もなお、隣が遠のき、いがみあっていているようにも感じる。ここでの隣とは、隣国に限らない、さまざまな隣、として。国内でも国外でも、抑圧や差別の問題は絶えない。新型コロナウイルス感染症の流行によって余計にさらけだされた印象もある。私自身も、過激な論調を目にしやすくなった影響がゼロとはいえないし、分断を進めてしまう可能性は十分にある。しかし、違いを理解しあえないことはあろうと、人を侵害する権利は、本来誰にもない。

そうした中で、『ハングルへの旅』は、人に対する、素朴な敬意を思い出させてくれる。

精神も歴史も繋ぎとめる役割を担っている一つが本であり、そして人、と改めて思う。朝鮮半島も中国も越えたユーラシア大陸の西側で、破壊の気配が続いていて、どうしても大国の理屈ばかりが視界に入りがちなのだが、職場のテレビでウクライナに住む人たちのインタビューを観たのを思い出した。人を蔑ろにするほど、繋ぎとめられていたものがちぎれていく。

電車を降りた。スマホのバッテリーは残り7%と出ていた。ぎりぎりセーフ、と安堵した。あのピンヒールの女性も、ぎりぎりセーフ、で間に合っていたらいい、ともう見えない遠くに思う。ぎりぎりセーフ、でいいから、留まってほしい、と更に遠くに祈る。

小萩海

個人的文筆。小説と日記を主体に活動。
優しさと孤独のまじる、静かにそれぞれの夜明けへ向かっていくような作品を好む。

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