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同じ日の日記

夜行バス/中橋健一

2022年2月22日(火)の日記

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2022年2月は、2022年2日22日(火)の日記を集めました。ギャラリー「KEN NAKAHASHI」を運営するギャラリストの中橋健一さんの日記です。

2週間ほど前、2月8日の日記を振り返ってみる。こんなことを書いていた。

佐藤雅晴がいなくなってからの3年間。任航(レン・ハン)がいなくなってからの5年間。長かったのか、短かったのか。今は、彼らの不在よりも、作品の広がりの中に、彼らの存在の実感がある。昨日、佐藤の《now》が手元に戻ったのがきっかけなのか、そう思うようになってきている。人間の記憶というのは強靭なものだ。
海外に行けるようになったら、任航が撮影したこの写真の舞台であるNYへ。
2015年、寒い2月のNYで、任航がこの写真を撮った。一度は書けそうになかった任航への、あの文章をまた読み返している。
悩んでいたあの時、エッセイにも登場する行きつけの暗いバーのカウンターで、マスターに相談した。
「任航に手紙を書くつもりでやりなさい」
そう言われて、原稿をおくることができた。
2月になると思い出す。今も任航との再見は続いている。マスターは、今日もすこぶる元気。

今日の日記として——この中には、いつかの記憶、これから訪れる或る日の「兆し」が潜んでいる。僕は、ただただ、いつも心をフルオープンにして、今を過ごしている。いつか、また日記を書く時も、今を過ごしている。そうなのだろう。

2日前、新宿バスタから夜行バスで京都へ出発した。長時間の長距離移動。座席が狭すぎる。横の人がずっと僕の肩に頭を乗っけて爆睡。僕は一睡もできず、トイレにもタバコ休憩にも行けなかった。横の誰か、よく分からぬ人。安らかな寝息と寝顔。なんだか申し訳なくて、一度も席から動くことができなかった。意識が朦朧としたまま京都に到着。身体的・精神的負荷を負い、京都に着いたのは21日の朝7時5分だった。
京都芸術センターで開催中の原田裕規個展『Unreal Ecology』を見るために来たのだ。CGアニメーション作品《Waiting for》の展示室で、作品からの心地よい音に浸っていたら、ベンチに座ったまま暫く居眠りしてしまった。
僕は、何を? 待ちわびている?

22日、京都の朝。起床8時40分——京都市京セラ美術館へ挨拶に行き展覧会を見る。京阪本線で大阪に向かう。淀屋橋駅にて下車。リニューアルオープンしてからずっと行きたかった大阪中之島美術館まで歩いて行く。学芸員の方に挨拶をした。人が行き交う夕方の大阪の街を歩く。街を、遠くを見つめながら一人歩くのが好きだ。

2011年から2013年、白血病の抗がん治療中——よく街をずっと遠くの終結点に向かって、延々と歩いた。それは長いリハビリ期間だった。無心で。当たり前だが、終結点と思っていた場所にはずっと辿り着くことはない。ただひたすら歩き続ける。歩き続けた。体力の限界。没入状態からの脱落……来週、3月頭には、寛解後9年目の検診がある。なんとかなる。生きられるだけ生きようと思う。

今の不穏な時代——潜在意識的にその終わりのなさと、何げない日常を過ごしながら、何か希望を捨てきれずに、僕は今日もまだ生きている。敢えて限界に自分を追い込むことで、変化が訪れるのではないかという期待……。

ここ数日、思っていたこと——手に掴めるような実感がなくても、流れを起こす波動を自分の中に持っていられる意識。そんなものが芽生えてきた気がする(!)。
木や草や小さな生き物。人間がもし滅んでしまっても、続いていく生態系が抱く大きな渦のような流れ。そんな波動—シグナル—を吐き出していく。だから、僕はきっと大丈夫。

夜8時10分——ヨドバシ梅田タワー前バスターミナルから夜行バスで東京へ向けて出発。ごとごとと揺れる夜行バス。カーテンが全て閉め切られた暗い車内。東京、京都、大阪の間。今夜も、暗いトンネルの中を突き進んでいくように、沢山の人を乗せた夜行バスは唸りながら走っている。

中橋健一
KEN NAKAHASHIオーナー。石川県出身、1982年生まれ。青山学院大学文学部フランス文学科卒業。金融機関勤務を経て、2014年3月にギャラリストとして東京・新宿に「matchbaco(マッチバコ)」を開廊。16年、現在のKEN NAKAHASHIに改称。(撮影:任航)
Website

原田裕規個展『Waiting for』
日時:3月11日(金)〜4月10日(日)
会場:KEN NAKAHASHI
原田裕規「Waiting for」│KEN NAKAHASHI

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