連載
どんな人も来たいと思える映画館を目指して。音声ガイド・日本語字幕対応も
2026/4/10
映画館でスクリーンを見つめるとき、わたしたちは、他者の背景にある日々やその連なりを、社会の一面を、複雑さや曖昧さを、ひいては自分自身を見つめているのかもしれません。
この連載では、me and youがおすすめしたい映画館をご紹介。独立系のミニシアターを中心に、me and you little magazineで記事を制作した作品やカルチャートピックスページでおすすめした作品を上映している映画館から、つくる人をバックアップする映画館、地域に根ざした場づくりをおこなっている映画館、その場ならではの鑑賞体験ができる映画館まで、さまざまな映画館で働く人たちの声を集めます。
今回ご紹介するのは、2025年にオープンしたばかりのOttO。大宮の住宅街にある、シェアハウスとカフェを併設した39席のミニシアターです。そんなOttOの映画館では、日本映画や海外映画、ドキュメンタリー映画やアート映画など、新旧やジャンルを問わずさまざまな作品を上映。さらに、可能な限り週に1回以上は音声ガイドや日本語字幕に対応した上映もおこなっているそう。映画館担当の柴田笙さんに言葉を寄せていただきました。
記事の最後には、「あの映画館へ行こう」のGoogle Mapも埋め込んでいるので、お散歩や旅のおともにぜひご活用くださいね。
1.どんなことを大切にしている映画館ですか?
当館は、埼玉大宮にて昨年2025年4月末にオープンしました。シェアハウスとカフェと映画館を併設し、自分たちで運営している、住宅街にある5階建ての建物です。
はじまりは、区画整理のために建て替えが必要となった土地を、代表の今井が義父から譲り受けたことでした。「次の世代へつながっていく、地域の人たちが集まれる」場所を作って欲しいという義父の思いを受け、大宮の歴史や、再開発でビルとマンションだらけになった今の土地の様子と向き合うなか、ふと「映画館がこのまちにあると良いんじゃないか」と思い付いたそうです。
今井は映画業界の経験がなくずっと設備工事の仕事をしてきた人物なのですが、だからこそか、色々なプロが面白がってこの場所づくりに携わってくださいました。館名の「OttO(オット)」には、「おっ父」という意味もありまして、今井の息子が名付けてくれました。家族の存在が背景にあることも当館の特徴だと感じています。
カフェにもシェアハウスにもお話ししたいことがたくさんあるのですが、映画館に関して言えば、まず音響についてお伝えしたいです。
スピーカーなどの音響システムには、XEBEXさんとEASTERN SOUND FACTORYさんの2社のご協力のもと、坂本龍一さん音響監修の109シネマズプレミアム新宿さんに続いて「BWV Cinema」を導入しました。もちろん音が放たれる際のパワーもあるのですが、この音響の真骨頂は、音が消えていく際の機微をも感じられることです。
音とぶつかるような大劇場の音響ではなく、この39席の席数だからこそ実現できた、在るべき空間で立ち上がる一音一音を「掴みにいく」、贅沢な音像体験をお楽しみいただきたいです。
また、スクリーンは塗布型(ペイントタイプ)を使用しています。音を通すための小さな穴(サウンドホール)がスクリーンにないため、細部まで鮮明な映写が可能です。そして、この座席数に対して220インチのスクリーンは、これまた贅沢な構造です。
そんな大きなスクリーンに対してシートはどうかと言いますと、どの列に座っても目線が前の方の頭と被らないように、段差を深く設計しました。シート自体は、鶴岡まちなかキネマさんから譲り受けた特注品でして、木のぬくもりを感じながらゆったりお座りいただけます。
また、シネマ・チュプキ・タバタさんにアドバイスをいただいて、ベビーカーも入れてお子様と一緒に観賞できる「親子観賞室(防音室)」も設けており、最前列にはペアでご利用いただける「ふたり掛けソファクッション席」もございます。
開館直後にお客様が、当館を「おうち映画館」と表してくださいました。落ち着ける場所であるとともに、高いクオリティで映画を観賞できる場所という、目指すべき映画館像として大切にしている言葉です。また、常連さんから「温泉であり学校」という言葉をいただけたことも嬉しかったです。
「人が集まれる地域の場所を」という思いからはじまった場所として、より多くの方にお越しいただき、それぞれの過ごし方で居てもらえる、集う一人ひとりによって拡張していく、そのような空間でありたいです。
先日はアルバイトスタッフがライブを企画してくれたのですが、運営側としても、映画に限らずどんどん面白いことをやっていきます! カフェやお手洗いのご利用だけでも、いつでもお越しくださいませ。
2.上映作品を選ぶとき、プログラムをつくるときのこだわりは?
「色のない映画館」であることをいつも意識しています。
「人が集まれる地域の場所」という思いからはじまっているため、大きく理想をいうと、どんな人も来たいと思える映画館、どんな映画とも出会える映画館であることです。館側が色を決めずに、お越しくださる一人ひとりがそれぞれの色を塗ってもらえるような映画館でありたいです。
当館にはカフェだけを利用されるお客様もいらっしゃるのですが、お子様が宿題をしていたり、家族で散歩がてらお茶を飲んでくださったり、映画館のみを運営しているだけでは出会えなかったであろう人々にもお越しいただけることがあります。住宅街にある映画館として、映画館に足が遠かった人も興味を惹かれる話題作や「家族」がテーマの映画、お子様にも自分から観たいと言ってもらえるような映画もプログラムに取り入れるようにしています。
また、かつては10館以上の映画館があった大宮ですが、今ではシネコンも隣駅にしかなく、県内のミニシアターも離れた場所にあります。開館前から楽しみにしてくださっていたご近所の方からは、立地上の理由で観づらくなっていた、いわゆる「ミニシアター系」や「アート系」の映画も観たいというお声もいただきました。
そういったことから、「このまちの映画館」としてどのように映画を上映しようかを考えると、「色のない映画館」であることに行き着きました。開館1年目の探り探りの試みでもありますが、この先も大切にしたい点です。
ここまで理想ばかり述べてしまいました。
いろんな映画を上映するなかで、つながりのあるプログラムを組むことも、こだわりの一つです。
例えば、1日の縦軸はバラバラに、ドキュメンタリーや邦画、海外映画、音響のよさが感じられる音楽映画を織り交ぜながら、1ヶ月の横軸でみると、それぞれにつながりのあるラインナップを組むことを心がけています。
4月から5月にかけては、手話やクルドに関する映画(『みんな、おしゃべり!』『夏休みの記録』『イマジナリーライン』『愛がきこえる』『ぼくの名前はラワン』『私たちの話し方』)、お客様からのご希望の多かったテレンス・ラウ(劉 俊謙)さん出演作(『長安のライチ』『鯨が消えた入り江』『幻愛 夢の向こうに』『スタントマン 武替道』)、音楽映画とも重なる坂本龍一さん関連作(『Tokyo Melody Ryuichi Sakamoto』4Kレストア版、『黒の牛』『Ryuichi Sakamoto | Opus』『Ryuichi Sakamoto | Trio Tour 2012』)を編成しました。
「また来たい」とお客様に通っていただけるようなプログラムを意識しています。
自分自身、映画を観ていると、過去にあったことや他の映画のシーンが、頭の中で重なったりするんです。
これは、小学校の時に国語の授業で習った水に関する漢字の成り立ちが、休み時間のサッカーで蹴ったボールの軌道と重なり、理科の川を作ってみる授業で反芻する、というような。そんな新鮮な出会いの重なりをいくつになっても楽しめるのが、自分が映画が好きな理由であるのです。
宣伝デザインを手掛けられた方は違うのに映画を表すテーマカラーが重なったり、お客様から興奮気味に「ここがつながってた!」と教えていただいたり、上映を通すことで自分も気付かなかったつながりに出会えることも、映画の奥深い魅力だと日々感じております。
同じテーマや場所を映した映画でも、つづけて観ると頭の中で補完しあったり、また別の視点に立てたりするのです。そして、記念日や季節、日々のニュースの内容などで、上映する時期によって映画の体験の仕方も変わってきます。
そんなつながりやひろがりを体験していただけるように、一つひとつの映画をお届けしていきたいです。
また、なるべく週に1本以上は音声ガイド(音声描写)や日本語字幕にも対応した映画を上映するように調整しています。1ヶ月先までの上映時間を出すようにしているのは、視覚障害をお持ちの方が同行援助をお願いする方と予定を調整する必要があるためです。
こうした取り組みは、自分の前職である、シネマ・チュプキ・タバタさんで教えていただいたことです。
障害の有無にかかわらず映画を深く体験できるユニバーサルシアターの試みは、「色のない映画館」を目指す上でも引き継いでいきたいです。
3.「わたしとあなた」というテーマで、これまでに上映した作品やこれから上映予定の作品からおすすめしたい映画を1本教えてください。
「ネリーに気をつけろ! ネリー・カプラン レトロスペクティヴ」をおすすめしたいです。
2020年に死去したブエノスアイレス生まれの映画監督、ネリー・カプランの劇映画4本の特集上映です。
登場する人物たちは「孤高」であり、警察や神父の「助け」を拒み、自分の身一つで困難に立ち向かっていきます。わたしたちを縛っている法や常識よりも、彼女たちの「自分ルール」が道を決めるのです。
また、この特集上映のキャッチコピーにも使われているネリー監督自身の言葉「オトコ社会のみなさん、笑っていられるのも今のうち/Smile, but not for long, Ladies and Gentlemen of the Patriarchy.」には、「the Patriarchy(家父長制・オトコ社会)」という言葉が用いられています。レトロスペクティブの全4本とも主要人物は女性であり、イヤな男性が打ち負かされる映画なのですが、単に女性s男性という図式にのみに留まらない、社会構造に向けての視座であることも興味深いです。
従ったほうが丸く収まる構造のなかでも自分自身であること。まず一人、「わたし」であり、そして社会に蔓延る「線」に向かい「あなた」と対する。その清々しさと厳しさ。ポップな音楽や色とともに笑える映画であることも、ネリー監督作の強かさを感じます。
特集の中から1本を選ぶとすると、1979年制作の『シャルルとリュシー』はぜひ観ていただきたいです。
文字通り身一つとなる老夫婦が、愛し合い自由に生きていく南仏のロードムービー。本作でも、既存の価値観ではない「自分ルール」で生きる人の姿を映していることが、やはり変わらないネリー監督作のかっこよさです。
本作では、「与える/奪う」ではない「贈る/貰う」という形も表れているのではないかと。自分vs敵、自分vs構造という対立のみでなく、主人公たちを助けてくれる人や、彼ら、彼女らの話を聞いてくれる人の存在が描かれていることも、とりわけ本作が好きな理由の一つです。
絶対に離れない老夫婦の姿。旅の一期一会。既存の形から「外れた」存在であっても1人じゃなかったんだと、「わたしとあなた」が共に在ることを伝えてくれます。
📽️「ネリーに気をつけろ! ネリー・カプラン レトロスペクティヴ」
2026年4月10日より4月15日まで、1日2本日替わり上映
1本目:18時05分〜/2本目:20時05分~
上映作品:
『海賊のフィアンセ』
『パパ・プティ・バトー』
『シャルルとリュシー』
『愛の喜びは』
📍映画館情報
OttO(オット)
住所:埼玉県さいたま市大宮区桜木町1-345
電話番号:048-871-8286
営業時間・休館日:上映スケジュールに準ずる
URL:
Website
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Instagram
🚶♀️映画館を訪れてみよう
me and youがご紹介したい映画館を地図にまとめました。
OttOさんのほか、全国の映画館を都度更新していきますので、おでかけのお供にチェックしてみてくださいね。
柴田笙
2022年明治学院大学文学部芸術学科卒業。同年、合同会社Chupki 入社。ユニバーサルシアター「CINEMA Chupki TABATA」にて、Audio Description( 音声ガイド)制作や番組編成・映写などに携わる。
2025年4月より、埼玉県大宮「OttO(オット)」に映画館担当として勤務。
プロフィール
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