💐このページをシェア

ダルデンヌ兄弟×草野なつか。「映画を撮る以前に市民として生活を営んでいる」

母子支援施設が舞台の映画『そして彼女たちは』。福祉に関心のある映画監督と鼎談

これまで若者や子ども、貧困や格差を描き、映画制作を通じて社会に変化をもたらしてきた、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の最新作『そして彼女たちは』。2026年3月27日(金)公開のこの作品は、若くして妊娠した女性を支援する施設で共に暮らす、5人の少女が主人公です。

作品の公開にあわせ、『王国(あるいはその家について)』などで知られる映画監督で、福祉に関心を寄せているという草野なつかさんと、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の鼎談が実現。

ダルデンヌ兄弟が取材に訪れ、撮影場所にもなった母子支援施設のこと、一人ひとりの人物を徹底して真摯に描くことについて、聞きました。

「施設にいる若い母親たちは、自立して、自分と赤ん坊に責任を持とうとしていた」(リュック・ダルデンヌ)

─まず、草野さんから自己紹介をしていただけたらと思います。草野さんは『そして彼女たちは』で描かれている母子支援施設に関心があるそうですね。

草野なつか:日本で、主にインディペンデントで映画を撮っています。これまでに2本長編作品を撮って、今は3本目の長編の準備中です。私は映画を制作する傍ら、福祉に関心があり、特に妊産婦の方々が抱える問題にも注目しています。

リュック・ダルデンヌ:母子支援施設にいる母親たちは、日本においても若い人が多いですか?

草野:そうですね。『そして彼女たちは』で描かれているような母子支援施設は日本にもあって、未成年の母親がいる場合もあれば、幅広い年齢層の人がいる場合もあると思います。家庭内暴力に遭った人を保護するためにシェルターとしての役割が強い施設や、妊産婦向けの施設などもあると聞きます。なにに困っているか、なにから逃れてきているかは、この作品で描かれていることと共通していることもあると思います。

左から、ジャン=ピエール・ダルデンヌさん、リュック・ダルデンヌさん

草野なつかさん

─ダルデンヌ兄弟監督は、本作の撮影前にベルギー・リエージュ近郊の母子支援施設を訪れたそうですが、そこでお二人が感じたことを伺いたいです。特に、本作に影響を与えたのはどのような実感だったのでしょうか。

リュック:もともと、こうしたシェルターがあるということは自分たちの子どもの友達から聞くことなどもあり、すでに知っていました。私たちは映画を撮る以前に普段から市民として生活を営んでいるわけですからね。

また、母子支援施設に集まる女性は、貧困によって路上生活を経験していたり、家庭内暴力を受けていたり、アルコールや薬物中毒だったり、さまざまな問題を抱えているということも知っていました。

本作では5人の若い母親を描いていますが、実は、もともと私たちは、一人の若い女性を主人公にしたシナリオを書いていたんです。彼女は母子支援施設にいて、子どもと上手く関係性が築けないことに悩んでいました。それで、具体的に母子支援施設というところはどう機能しているのかを取材するため、リエージュ近郊の施設を訪れました。

私たちの事務所から非常に近い、数km先にある母子支援施設に何度か通ううちに、私たちはそこでの生活に興味を持ちました。そこには若い母親たちと、赤ん坊と、教育係の大人たち、施設スタッフやケースワーカー、心理カウンセラーがいました。

私たちが何よりも引き込まれたのは、彼女たちの動作でした。赤ん坊を抱き抱えたり、哺乳瓶でミルクをあげたり、入浴させたり、そういうすべての動作に興味を持ったんです。そこで暮らすのは、みんな貧困や暴力、依存に苦しんできた女性たちです。そこに来て、人生で初めてそうした人間的な行為を学び、助け合うことを知った人も多かったと思います。

リュック:なかには中断していた学業に戻る人もいれば、手に職をつける人もいました。そうしてなんとか自立して、自分と赤ん坊に責任を持とうとしていました。自立し責任を持つというのは、イコールその子の面倒を見続けることではありません。 養子縁組で子どもを他の人に預けるということも、一つの選択肢としてありました。

実際に母子支援施設に何度も通うに従って、数人の若い母親たちを主人公にして映画を組み立ててみたらどうだろうかと思うようになりました。数人の主人公を描くというのは、私たちがこれまで試したことがないことでしたが、挑戦してみようと思いました。

『そして彼女たちは』場面写真

「彼女たちは決して社会課題の事例の一つとしてではなく、一人の人間としてそこにいる」(リュック・ダルデンヌ)

─本作で映し出されている5人それぞれの姿を見つめていると、背景にある貧困や暴力、依存といった社会的な課題が浮かび上がってくるように感じました。個人を見つめるなかで背景にある社会も見えてくるような描き方について、伺いたいです。

リュック:私たちは、この5人の主人公たちを一人ひとりの個人と見なしています。彼女たちは決して社会課題の事例の一つとしてではなく、一人の人間として、そこにいる。もちろん、人間として描くことによって社会の問題を明らかにするという面はあるかもしれません。

ただ、私たちがこだわっているのはあくまで一人の人間としてそこに存在している彼女たちの話、本当に彼女たちだけの話を描くということです。私たちは彼女たち一人ひとりを、唯一無二の存在として存在させています。

そう描くことにより、観客たちもその映画のなかの彼女たちを見て、とても親密な、強い結びつきを感じることができると思います。観客たち一人ひとりが、「彼女たちの話は私たちと関係のある話だ」というふうに感じることができるということですね。すべての人が、彼女たちと関係しているはずです。

─おっしゃる通り、本当に一人ひとりにそれぞれの人生があり、それぞれの向き合い方で赤ちゃんや自分自身、そして自分を取り巻く環境に向き合っていく姿が印象的でした。

そのうえで母親が感じるプレッシャーというのは、どんな時代のどんな場所のどんな母親にとっても多かれ少なかれ共通しているのかもしれないとも思いました。そんな社会で生きる若い母親を描くにあたって、お二人がどのように考えていらっしゃったのか伺いたいです。

ジャン=ピエール・ダルデンヌ:確かに母親たちというのはプレッシャーを抱えていると思います。特に、この作品で描いた若い母親たちは、たった一人ですべてを決めなければならない状況にあるんです。その決断は、自分の母親や赤ん坊の父親、そしてその家族の意見に反していることもあります。

彼女たちも、まだ未成年で子どもですから、決断するのは難しいことです。私たちが読んだり聞いたりした話だと、彼女たちは貧困や暴力、依存のなかに閉じ込められたり閉じこもってしまったりすることも多く、その母親や祖母くらいからずっと続く負のサイクルを繰り返していることもあります。抜け出したいけれど抜け出せない、その繰り返しです。

ジャン=ピエール:たとえば、アリアンヌが子どもを養子に出そうと決断したことはとても勇気が必要なことだったと思います。 それは、自分の手で育てるべきだという彼女の母親の意見にも反していますから。さらに彼女は自分も母親のもとを離れる決断をします。それも、とても難しい決断だったと思います。

アリアンヌの母親も、もともとは優しかったのだと思います。ただパートナーが暴力的で彼女自身も家庭内暴力の被害者で、アルコール中毒だったという問題がありました。アリアンヌは15歳半から16歳くらいなんですけれども、とても賢く、自分で子どもを育てるとなると、貧困や、貧困と関連する問題がまた繰り返されてしまうのだとわかっていたんだと思います。それがわかるのは彼女が成熟しているからです。一般的には、30歳くらいになってようやく決断できるような内容のことだと感じます。

欧米や日本は先進国と呼ばれますが、若くして、たった一人で、そういう決断をしなければいけない女性が存在している。彼女たちのような立場に置かれた女性が世界中にいるということは、私自身もとても驚きます。

『そして彼女たちは』場面写真

「カメラが回っているときにそこに実際に人物が存在していて、カメラを止めた後でも、その人物たちが生きている」(ジャン=ピエール・ダルデンヌ)

草野:個人的にどうしても聞きたかったことがあります。病室で、ジュリーがパートナーのディランに「確かに私が産んだ」と話すシーンについてです。ジュリーにとって、「『本当の出来事も全部が嘘みたいに思える』人生でも、子どもは確かに自分が産んだことを踏まえ、『あの子だけは絶対に真実』『私たちを真実にする』」と話していました。

あのシーンにすごく心打たれたので、セリフが生まれた経緯をお聞きしてみたいなと思いました。すぐに出てきたセリフだったのか、なにか出会いや実感から生まれたセリフだったのか、など。

ジャン=ピエール:私たちはお互いによく話をしてシナリオを組み立てていくんですけれども、最終的にシナリオを書くのはリュックのほうなんです。ですから、後でリュックが今回のセリフについても話しますが、その前に私が言っておきたいのは、そのセリフはジュリー自身の立場で書かれた言葉であるということ。

彼女は養父から性暴力を受け、そのことを打ち明けた母親に殴られ、「嘘だった」と言ってしまった。そんな経験から本当の出来事も嘘みたいに感じてしまう人生を受け入れてきたけれど、子どもを産んだことで、自身の存在や感情も本当だと感じられるようになったんだと思います。つまり、あのセリフはあくまでジュリー個人があの場面で感じたことを表していると思います。

リュック:あのセリフは私自身が彼女の立場になって考え、書いたものでした。映画作家も、作家だとか画家も、いわゆる芸術家は、人の立場になって苦しみや喜びを描けないと、アーティストだとは言えないのではないかと思います。

ジュリー役の俳優に「ちょっとこれは言えないな」と言われた場合はセリフを調整する準備ができていました。でも、彼女も自分がジュリーの立場で感じることだと肯定してくれ、そのセリフを喋ってくれました。

草野:素晴らしいシーンでした。最後にもう一つお聞きしたいことがあります。私はフィクションとドキュメンタリーの間とも言える手法で作品を作りながら、物語を、フィクションを信じています。フィクションじゃないと絶対に描けないことがあると思っているんです。もちろん、ちゃんと世の中を見て、いろいろな人のことを見て、自分が持った実感をもとに物語を作っているんですけれども。

ダルデンヌ兄弟監督は、スタートはドキュメンタリーだったものの、そこから劇映画にシフトされて、ずっと撮り続けられていると思うんですけれども、そのシフトされた理由やきっかけをお聞かせいただければ嬉しいです。

ジャン=ピエール:特にきっかけというのがあったわけではありません。ドキュメンタリーもそこまでたくさん撮っていたわけではないんです。ただドキュメンタリーを撮るなかで、自分たちでその構成を考えて、出てくださる方と一緒に作っていくと、自分たちのオリジナルの物語も作っていけるんじゃないかというふうに感じるようになりました。自分たちで1から作り上げた登場人物たちを撮っていくということですね。

ただ、私たちのフィクション映画のなかにも、ドキュメンタリー的要素はあります。それは、カメラが回っているときにそこに実際に人物が存在していて、観る人が、その人物がきちんと存在していると感じられ、カメラを止めた後でも、その人物たちが生きているからです。

リュック:イギリス人の批評家が、今ジャン=ピエールが言ったことを物語るような話をしてくれました。その批評家が言うには、「君たちの映画を映画館で観るとき、いつも僕は最初から座っているのに、まるでもう先に映画が始まっていたかのような、そういう気持ちになる」と。 イギリス人のユーモアでそういう言い方をしたわけなんですけど。

草野:作り続けていくうえで宝物になるようなお話を聞けたと思います。 ありがとうございます。

映画『そして彼女たちは』予告編

対談を終えての草野なつかさんのコメント
とにかく脚本が素晴らしく、主人公である5人の女性たち、彼女たちが口にする台詞の一つひとつに心を動かされ続けました。また、彼女たちを苦しませてきた周囲の人々の言動も、決して褒められるものではないけれど、どうしても乗り越えることのできない「弱さ」を表しており、一概に責めることはできないように感じました。もしかしたらこの弱さを私も持ち合わせているのかもしれない、と。

だからこそ彼らのことを諦めることも断ち切ることもなかなかできない、そのうえで、それでも「わたしは同じことを繰り返したくない」と前を向こうとする彼女たちの姿を見つめ続けると、自分自身も「明日からも生き続けよう」と鼓舞されました。また、この上なく希望のある「扉が閉まる瞬間」に思わず号泣をしてしまいました。音楽の在り方も、素晴らしかったです!

ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ

兄のジャン=ピエールは1951年生まれ、弟のリュックは1954年生まれ。ベルギー・リエージュ出身。ドキュメンタリー映画製作を経て、1986年に『ファルシュ』で長編劇映画デビュー。第3作『イゴールの約束』でカンヌ国際映画祭CICAE賞(国際芸術映画評論連盟賞)をはじめ多くの賞を受賞し、世界で絶賛された。第4作『ロゼッタ』はカンヌ国際映画祭コンペティション部門初出品にしてパルムドール大賞と主演女優賞を受賞。本国ベルギーではこの作品をきっかけに「ロゼッタ法」と呼ばれる青少年のための法律が成立するほどの影響を与え、大きな反響を呼んだ。第6作『ある子供』では2度目のカンヌ・パルムドール受賞、以降『少年と自転車』『サンドラの週末』『トリとロキタ』など、10作品連続でカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品し、また本作では第98回アカデミー賞®国際長編映画賞ベルギー代表にも選出され、その確かな手腕を改めて示した。

©Christine Plenus

草野なつか

1985年神奈川県出身。東海大学文学部文芸創作学科卒業。2014年、『螺旋銀河』(第10回CO2助成作品)で長編映画を初監督。同作は第11回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて、SKIPシティアワードと監督賞を受賞。長編2作目である本作『王国(あるいはその家について)』は、ロッテルダム国際映画祭2019、第11回恵比寿映像祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭などで上映される。2023年には最新作の短編『夢の涯てまで』が、マルセイユ国際映画祭2023でワールドプレミアとして上映されるなど、常に世界中の映画評論家から注目を集める監督である。

『そして彼女たちは』

全国大ヒット公開中

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:バベット・ヴェルベーク、エルザ・ウーベン、ジャナイナ・アロワ・フォカン、リュシー・ラリュエル、サミア・イルミ

2025/ベルギー=フランス/104分/原題:Jeunes mères/英題:Young Mothers
日本語字幕:横井和子  
配給:ビターズ・エンド

ⓒLes Films du Fleuve – Archipel 35 – The Reunion – France 2 Cinéma – Be Tv & Orange – Proximus – RTBF (Télévision belge) / PhotoⓒChristine Plenus

公式サイト
X(Twitter)
Instagram

Support us

me and you little magazineは、今後も継続してコンテンツをお届けしていくために、読者のみなさまからサポートをいただきながら運営していきます。いただいたお金は、新しい記事をつくるために大切に使ってまいります。雑誌を購入するような感覚で、サポートしていただけたらうれしいです。詳しくはこちら

*「任意の金額」でサポートしていただける方は、遷移先で金額を指定していただくことができます。

あわせて読みたい

newsletter

me and youの竹中万季と野村由芽が、日々の対話や記録と記憶、課題に思っていること、新しい場所の構想などをみなさまと共有していくお便り「me and youからのmessage in a bottle」を隔週金曜日に配信しています。

me and you shop

me and youが発行している小さな本や、トートバッグやステッカーなどの小物を販売しています。
売上の一部は、パレスチナと能登半島地震の被災地に寄付します。

※寄付先は予告なく変更になる可能性がございますので、ご了承ください。

shopを見る