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豊かな生活/脇田あすか

「生活なんてわりとどうでもいいからデザインに熱中したい」と思っていた頃から

書籍やパッケージ、広告などのデザインを手掛け、me and youの本『わたしとあなた 小さな光のための対話集』の装丁も担当してくださったグラフィックデザイナー・アートディレクターの脇田あすかさんは、ご自身のプロフィールに「あらゆる文化に対してのデザインに携わりながら、豊かな生活をおくることにつとめる」という言葉を載せられています。脇田さんにとっての、豊かな生活とは。特集「愛も生活も、たよりないから」に寄せて、エッセイを書いていただきました。

豊かな生活とは、なんだろう。大学を卒業して、コズフィッシュというデザイン事務所に入った後、デザインの仕事を少しずつもらえるようになってきて、伴って取材や寄稿の依頼もいただく機会が増えた。取材先から、プロフィール文章を送ってください、と言われることをきっかけに、わたしは自分のプロフィールを考えて、その末尾に「豊かな生活を送ることにつとめる」と入れた。今も、その一文を入れ続けている。

豊かな生活が何を指しているかもわからないまま、一度掲げたその看板を外すことができない。
きっかけは、コズフィッシュでの“生活係”だったと思う。祖父江慎さん(コズフィッシュの代表であり、わたしの恩師である)に、入社してしばらくした後、「脇田さんは生活係ね! よろしく!」と振り分けられた。他の人は、整頓係(名の通り整理整頓)、電気係(PC関係のこと)など、実用的だったのに比べて、自分に与えられた役職はかなり漠然としたものだった。とりあえずデスクに花を買って飾ってみたり、会議机にある筆記用具を使いやすいよう整えてみたり……。働く場所が快適になるようにつとめてみたものの本当に些細なことしかできず、みんなの係に比べてあまり役には立っていなかった気がする。でも、花を買っていったとき、さすが生活係! と祖父江さんは嬉しそうにしていたっけ。

わたしが大学生だったころ、先をいくデザイナー達はみな、時間を問わず働き、不健康な暮らしを強いられ、私生活なんてあってなさそうで、そしてわたしにはそれが格好良く見えていた。そのため当時は、生活なんてわりとどうでもいいから、自分もあんなふうにデザインに熱中していきたいと本気で思っていた。特に卒業したてのころはそれを覚悟の上で、デザインが上手になるために生活を切り崩すことは不可欠だと考えて就職活動していた。大学で作品をつくっているとき、朝までかかりきりになることもよくあったけど、それが辛いと思ったことはなかったから、好きなことをやっている限り平気だと思っていた。
しかし、自ら望んでした徹夜と、社会人になってからの徹夜は、同じデザインをつくっている夜だとしても、全く別の意味だった。当たり前だけど、それは好きなデザインに取り組んでいる時間だけではなかった。クライアントワークに削られる睡眠、納得のいかない指示、食い違う価値観は、簡単にわたしの心と身体を蝕んだ。ある日、シャワーを浴びながら涙が止まらなくなり、水の中で、もう、やだ!! と叫んだ。会社を独立するわりと直前だったと思う。
一日のうちほとんどの時間は仕事をしている時間になるので、仕事がうまくいかないとその他の時間もそれに引っ張られる。布団の中で寝る前まで悩み、朝起きてもそのことを考えている。花瓶の中でいつのまにか花も枯れている。豊かな生活が何かはわからないけど、とりあえず絶対これは豊かな生活じゃないな、と思った。祖父江さんは自分のことを褒めて伸ばして育て上げてくれたボスで、愛のある楽しい仕事にたくさん恵まれて、会社員生活は最高だったと自信をもって言えるけれど、もちろん仕事によってはうまく運ばないことも沢山あった。仕事というものが仕事である以上、苦しいことが避けられないということであれば、せめて自分で選び取った結果でありたい。そうして独立して、フリーランスになった。

会社を辞めて今年で4年になり、現在はデザイナーを何名か雇っている。フリーランスだから決まった時間も何も本来はないし、周りのフリーの友達は時間をきっかり決めていない派の方が多いのだけど、わたしは定時を決めて、アシスタントの子と時間を合わせて働いている。もしかしたら頑張れば一人でも回せる量かもしれないけれど、そうすると仕事以外の時間がなくなるから、人の手を借りる。いろんな働き方をやってみた結果、今のところこれが一番合っている気がする。
自主制作は時間を決めずに好きにやっているけれど、クライアントワークは基本的に一定の時間内でなるべくおさめるようにつとめている。つとめてはいるが、まだ全然うまくできていない。うっかり仕事を同じ時期に引き受けすぎて毎晩遅くまでやることになったり、相手方との方向性の違いに気づかずに引き受けた仕事で話し合いが平行線を辿ったり、きちんと条件を擦り合わせずに後から著作権的なところで揉めたり……。あぁ、また間違えた! と頭をかかえることばかり。ひとつひとつ間違えるたびに、次はこうしよう、と固い決意になる。内容がどんなに魅力的でもスケジュールが無理なら引き受けない。こういう依頼文の場合はデザインを大事にしてくれない可能性が高いから引き受けない。土日は稼働しないことをはじめに伝える。お金のこともはじめに擦り合わせる。不安なことは電話で相談する。敬意のないやり方には異を唱える。こう書き出すと、本当に事務的なことばかりだし、小やかましくて格好悪く思えるけれど、それが自分の働きやすさに繋がる、つまり生活のためであるので、避けられない。

もちろん、苦しさを取り払うことだけでなく、喜びを増やせるようにもしていきたいといつも考えている。嬉しいとき、メールでも電話でも、心から伝える。挨拶やお礼をきちんと言う。嘘をつかない。一緒にものづくりをする仲間として、きちんと相手に敬意を表すること。社会は自分ひとりでは成り立っていないから、自分だけが躍起になっていてもしょうがないと、少しずつわかってきた。

今日も夜までひとり事務所にのこって、作業をしている。遅くまでかかっちゃってやだなぁと思いながら、でも今つくってるものは最高になりそう! と楽しんでいて、どちらの感情も自分の中に共存している。美味しい朝ごはんをゆっくり食べて良い気分だなぁと思いながら、頭の片隅では午後の打ち合わせのことを気がかりにしている。休みの日に素敵な展覧会を見て、次はこんなデザインをつくってみたいな、とふと思いつく。仕事と生活の豊かさについての答えは出ないけれど、わからないからこそ少しでも自分が感じたことを無視しないように、自分の声をしっかり聞いて答えることにつとめたい。今のところ、そう思っています。

脇田あすか

グラフィックデザイナー・アートディレクター。1993年生まれ。東京藝術大学デザイン科大学院を修了後、コズフィッシュを経て独立。あらゆる文化に対してのデザインに携わりながら、豊かな生活をおくることにつとめる。

and you

ジュエリーブランド「NS by nousaku」から、脇田あすかがデザインしたジュエリーコレクションが発売されました。東京ミッドタウン ガレリア 3階の直営店「NOUSAKU/NS by nousaku」にてお手に取って見ていただけます。お近くにお立ち寄りの際は、是非ご覧いただければ嬉しいです!

NS by nousaku

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