7:00 起床。ホテルの部屋の窓から見える福山城。空いていたからかツインに格上げされた部屋は明らかに広すぎて、1人分の身体じゃ、半分も使えていない。朝ごはんを食べて出かける準備。JR山陽本線に乗って移動。
4月16日の予定メモ
午前:おのみち林芙美子記念館、Bank 展示会場打ち合わせ。
午後:土堂小学校、尾道市立図書館で資料集め。
同じ日の日記
100年前の芙美子や、100年先のだれかと会えるように
2025/9/8
毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年4月は、4月16日(水)の日記を集めました。土地や歴史、建築や空間、個人の物語のリサーチから着想し、「大文字の歴史:history : his-story」に応答する「her-story」、歴史に残ってこなかった無名の人々への想像をテーマに作品を制作している写真家の高野ユリカさんの日記です。
7:00 起床。ホテルの部屋の窓から見える福山城。空いていたからかツインに格上げされた部屋は明らかに広すぎて、1人分の身体じゃ、半分も使えていない。朝ごはんを食べて出かける準備。JR山陽本線に乗って移動。
4月16日の予定メモ
午前:おのみち林芙美子記念館、Bank 展示会場打ち合わせ。
午後:土堂小学校、尾道市立図書館で資料集め。
尾道には、ずっと訪れてみたい部屋があった。
これまで3回訪れているけれど、部屋への入り口の鍵はいつも閉じていて、開館時間内に行っても開いていたためしがない。あまりにも開いている様子がなかったので、さすがに次に尾道に来るときは管理されている団体に連絡をとってから行こうと決めていた。そうして、今日が、その日だった。
かつて/彼女の/住んでいた部屋/向かっていた机/身長143cmの視線/階段の上り下りの反復/窓からの風景/入り込んでくる音/鏡に反射して見える窓/柱の傷/窓枠に腰掛けて触れそうな庇/向かいの建物のトタンの色/梅ともみじの柄の座布団/入ってくる海風/読んでいた本/食べたかったもの/使っていた眼鏡/馬頭のペーパーナイフ
誰かの生活が、いまある・かつてあった場所を訪れるとき、わたしはいつも緊張して身構えするけれど、それが何に対しての緊張なのかと考えると、多分その人を構成している半径5mに侵入して、無意識に何かを脅かしたり、奪ったりしてしまわないだろうかという緊張だと思う。家族と住む家や、自分ひとりの部屋、机、個人を包んだり守ったりしている空間は、シェルターのようなもので、だから、訪れるときは、生きている友人でも、もういない故人でも、とても慎重になる。
(たまに知り合って間もない人たちで、ふらっと半径5mになんの抵抗もなく入れてくれたり、逆にこちらの半径に自然体で入ってくるような、人懐こくてチャーミングで無遠慮な可愛らしい人たちがいたりして、ビビりな自分と違いすぎる距離感で、彼/彼女たちには少しだけ嫉妬する。みんな、だれかの部屋に招き入れたり、入ることが、怖かったりすることは、ないんだろうか……)
自分ひとりの部屋、自分だけの机、机の上からする遠い場所への想像、抵抗に必要な面積、大きさ。それらを家の中で、みんなどんなふうに獲得してきているのだろう。生まれ育って難なく得た人もいるだろうし、それらを必要と思わなかった人もいるかもしれないし、想像もできない抵抗の末に得た人もいるかもしれない。
100年前の時代を生きた芙美子のことを考える時、自分ひとりの部屋や、机のことを考える。どんな環境や状況に置かれても、彼女は自分自身の自分ひとり部屋を、抵抗しながら獲得して、奪われないように、自分の中に強く頑丈に作ってきたひとだと思う。芙美子が生きた戦争の時代は、いまの私たちの現代とは比べ物にならないくらい女性にとっては大変な労力と抵抗の連続だった。
遠くの戦地や、パレスチナのことを考えるとき。一日中ずっとそのことを考えているわけにはいかないし、けれども先日お店で飲んだ、アペロールに沈んだオリーブの実みたいに、自分の生活の頭の端っこに、一定の重さをもってずっと存在しているような感じがする。仕事を終えてその日のニュースを夜に見て、なんとなくもやもやしたりして、ゴダールの短編「ヒア & ゼア こことよそ」をフォルダから引っ張り出して見返し始める。そうやって机の上で、わたしの部屋と戦場はぬるっとつながりはじめる。
午後、芙美子も通った土堂小学校へ。急な角度の坂と70段の石段を登ってたどり着く。学校はほんの3週間前に廃校したらしい。鍵を開けてもらって中に入ると、静まり返っている廊下にまだ子供たちの明るさの気配があった。図書室の窓から尾道の地形と向島の造船場が見える。クレーンの動く音が鳴き声みたいに聴こえる。入り込んでくる海風が気持ちいい。100年前も、100年先もここから見える風景や地形や音や匂いは、よっぽどのことがなければきっとそんなに変わらないだろう。この先、人為的に大きく山が削られたり、爆弾が落とされて破壊されたりすることがないといい。
ガシャン____
窓に向かって、マキナで写真を撮った。100年前の芙美子や、100年先のだれかと会えるように、私もここにこっそりとアンカーを打っておく。
高野ユリカ
写真家。新潟生まれ。土地や歴史、建築や空間、個人の物語のリサーチから着想し、大文字の歴史:history: his-story に応答するher-storyや、史実に残ってこなかった無名の人々への想像をテーマに作品を制作している。主な個展に「REGARDING THE ECHO OF OTHERS」(横浜市民ギャラリー、2023)、「秋の日記」(日比谷図書文化館、2024)など。
プロフィール
10月4日から開催される「ひろしま国際建築祭」に出展作家として参加します。
「うつすからだと、うつしの建築」
会期:2025年10月4日(土)〜11月3日(月祝)
会場:まちなか文化交流館「Bank」(広島県尾道市土堂1丁目8-3)
展示情報
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