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同じ日の日記

オールナイト上映を見終えた後、5:54頃からの日記/川上さわ

『ハッピーアワー』のオールナイト上映を見て自他の境界について考える

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年3月は、3月24日(日)の日記を集めました。映画監督として劇映画や日記映画の制作・上映などの活動をしている、大学生の川上さわさんの日記です。

05:54
濱口竜介さんの『ハッピーアワー』を友達と見に行った、オールナイトです。5時間もある映画を初めて見たのですが、普段見ている映画の文法と違っていてからだがおかしくなってしまった、それはそのまま5時間拘束されているから体が痛いとかではなく、むしろそこでは短いくらいに感じられ(ぴんぴんしている)、それよりも心的な時間、たくさんの別の時間を送り込まれ、自分の身体のなかでそれが伸び縮み(永遠にまで)してそれにより身体が拡張される思いでした。やっぱりわたしにはカイロス時間の方が実感を持って身体と繋がっているように思えます。
映画の最後はダダ泣きでした……。友達とも話したのですがそれは感動や悲しみとはあまり関係なく押し寄せてくるもので、月並みですが泣いた理由を説明してしまうとそれはすべて間違っているみたいな状態でした。空虚な言葉をわたしはもう吐きたくない。逆を言えば、わたしはずっと本当のことを言いたい。これ、伝えたいことが本当になにも伝わらない言い方だなと思いながら話すのはつらい。とりあえずで話した言葉は実はすべてばれている。『ハッピーアワー』について話す想像を何度か反復すると、もう迂闊に浮ついた言葉を世に放たないようにしようというそういう気持ちになる。自分の気持ちに納得したい。それができないなら喋らない方がましなのかも、あたりさわりのないことを大事なときにも言い続けることは、とても不吉だ!(最近、ぼんやりこれは体調などを崩す可能性がある、自律神経など……という予感でやめておこうと思うことがたくさんある、自分がぼろぼろと崩れてしまう想像をよくする、これはいわゆるASDのこだわりなのかも……)
このことを考えていると『口の立つやつが勝つってことでいいのか』という本が読みたいことを思い出したので、いまのいま通販で購入しました。わたしは本当に口が立たない。口が立たないことを知っているからへんに工夫を凝らしてしまいそれが不器用だからわけのわからないことになり、たぶんずっとみんなを困らせている。そんな中みんないろいろありがとう(ごめんなさい)。だけど対話の中で意味があるのって言葉だけじゃなくて、すべてを言葉にしないままでもコミュニケーションってできるんですね……。横にいてくれたり、いてくれなかったり、目を合わせてくれたりそらしてくれたり、そういうことをもっと感知しなくては。そういうことを感知し始めたのが去年くらいで、そのあたりから日記映画を撮り始めた。口の立つやつが勝ちというわけではないぞということで、続けています。
まだ読んでいない本のことを話すのは変だけど、口が立つやつが勝ちではないというより口が立たないやつが負けってわけではないということなのかも! 読んでからまた考えます。こういうことをまあ知ってはいたけど、今日やっと実感を持って知ることができた。ようやく気付いたの、ちょっと遅すぎるなとも思うよ。でも人には人の発達だしな、わたしはわたしの発達のしかたとうまく生きていきます。
映画の後LINEを見たら、徹夜で東京タワーを散歩していた友達たちからモーニングに誘われていた、本当に行っていいかどうかの確認の返事が来る前に電車に乗り込む。

06:10
わたしは21年間生きてきて、生きる上の真理のようなものをいくつか獲得してきたつもりでした。だけどたぶんすべてのタイミングで都合よく使える真理なんてものはなくて、とくにコミュニケーションや生活なんてものは都度考えてそのたびに選択をし続けるもので、同じ事態だからといってカードゲームのように真理を振りかざしてしまうと本当にズルいことになって、それは個人と向き合ってないことになる……。それがたとえ本当に真理だとしても(ハッピーアワーの純と公平の話をしています)。

07:35
家に着いた。『ハッピーアワー』のことを思い出してしばらく泣いた。
ケアはしながらされているなんてあたりまえに恥ずべきことじゃないし、自分のためにケアをしに行ったって良いし、思いやりの傲慢さなんてわかりきった上でやりにいくしかないし、そしてときには相手の境界に入らなくてはいけないときもあるのではないかと思います。そしてそれを拒否し拒否されることも、同時にとても大事です……(『ハッピーアワー』の桜子&芙美が「純の気持ちを代弁しすぎだ」と言われるシーンの話をしています)。
自他の境界があいまい、が悪口のように使われていることに対してずっともやもやしている。出産直後の母親は赤ちゃんとの自他が未分になってしまうと中村佑子さんの記事で読んだ。自閉症スペクトラム(ASD)の人は自分の持っている情報と他者が持っている情報がごっちゃになってしまうらしい。実際わたしはASD当事者だし、そのような特性を持っている。人を助けるときは人の気持ちを勝手に想像しなくてはいけないときも多いし、介護なんかをしていると他人の排泄が自分の排泄かのように思えてくる。
もしかしたら、自他未分の状態になるときなんて生きている間にたくさんあるんじゃないか。なんなら自他未分になることを徹底的に避けるより、なるものだと思って受け入れたほうがいいんじゃないか。そんなときは相手の境界の中に一旦入って、また出てくればいいんだと思う、そもそも「わたし」なんてものの境界がとってもはっきりしている人なんているのだろうか。「わたし」すらたくさんいるのに、いろんな状態があるのに、それが一つにまとまるわけないと思ってしまう。多孔的という言葉を知って、とてもしっくりきた。わたしたちには穴が空いていて、そこにだれかが入り込んだりぬけていったりする、影響を受ける。自他の境界があいまいなことは前提で、それは良くも悪くも転ぶんだと思う。でも、正直ぜんぶそうだ! ぜんぶ良くも悪くもどちらにも状況に応じて転びます。だから考え続けるしかない。
もうわたしたちはどうしてもなにかに身を投げ打ってしまうことがあるということを視野にいれていかなければと思う。ずっと理性的でいるなんて無理だ! 強制されずに「尽くす」状態になってしまう瞬間ってあるなと思う。わたし、あらゆる筋肉を使って祖父を助けに行ったことがある。そういう生と死の現場にあるブリコラージュ、見ないようにされてきたエリアだし、そこにあるものをもっと考えたい。
家族、というのは関係なくわたしとおじいちゃんには個人としての関係性が育っており、その中でお互いがお互いのことを生きていてほしいと願っている。『ハッピーアワー』 の四人組はわかりやすくグループだが、わたしとおじいちゃんもグループだ。グループで、生きていく。

13:10
映画館で友達は赤と銀のきらきらの服を着ていて、座席の間を走る様子が印象的だった。起きてまずそのことを思い出す。そのときは友達が彗星のように見えたので少しびっくりしたけれど、そのあとは座席の横に座ってくれて一緒に映画を見てくれた。
この人は一番星だなと思っても、わたしはその人の生活や毎日の暮らしを無かったことにはしたくないなと思う。人と向き合えなくなることがなにより怖いよー。
自分の時間以外にもたくさんの時間があることが嬉しい、自分が知っているときだけ他人の時間が流れるという妄想を小さいときはしていたけれど、自分の知らないところで他人の時間が流れ続けている方がよっぽど尊い、恐ろしくもあるけど。

14:12
アラビアータを作って食べた。うまくできた。
スーツケースとリュックを持って退寮手続きに向かう。寮にはまだたくさんの荷物が残っている。

15:30
リュックにPS3を差し込み、スーツケースにTVを入れる。ライターってどうやって捨てるんだっけか(涙)。わたしは思ったより常識がなく、生活ができないぽい。暮らしをきちんとするために時間をきっちり取るということをここ最近(一週間前くらい)にようやく気付いた。健康って生活からということ、いつみんな気付くんだ? みんなは知っていて、よくわたしに教えてくれるが、わたしはみんなになにかを教えられているかなあ。不安です……。

寮長さんにルームチェックをしてもらう。ルームチェックの間、寮長が自分は香川出身でということを教えてくれた。わたしは岡山出身なので、近いですねと言う。最後の最後に少しだけゆっくり話した。無事退寮。新生活がはじまります。新居に帰って卒制の戯曲と履修登録の準備を少し進めました。

川上さわ

2002年岡山生まれ。チワワとスパムと餃子が好き。⽴教⼤学現代⼼理学部映像⾝体学科に在籍。⼤学では映像と知覚について学ぶ。劇作家・演出家の松⽥正隆に師事。初監督作「散文、ただしルール」がカナザワ映画祭グランプリを受賞。初長編作「地獄のSE」が近日公開。現在は主に私的な目的で撮られたフィルムの制作や収集を行っています。日記映画の制作・上映や短編演劇の上演などの活動もしています。

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