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同じ日の日記

『WANDA』、夏の夕方の表参道/シギトム

常に泣きそうなワンダの顔と、旅の終わりの顔、ちょっと忘れられないと思う

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2022年7月は、2022年7日18日(月・祝)の日記を集めました。公募で送ってくださったシギトムさんの日記です。

3連休の最終日、どれだけ寝ても眠く、さすがに昼過ぎまでベッドにいたという実績を残すのはまずいからと、午前中のうちにベッドからゾンビのような体を引きはがす。
寝ている間に結構汗をかいていたので、枕カバーを洗濯機に放り込んでおいた。

休みの間、がん検診や婦人科の検診を受けたり、初対面の人たちとの食事会や、久しぶりに美容室に行く用事があって、全て必要なことだし刺激はあったものの、自分としてはいつになく他人の視線を浴びたなという気がしていて、昨日の時点で、今日は自分だけの時間にして映画を見ようと楽しみにしていた。
やりたいことはいつものようにたくさんあったのだけれど、昼まで寝た時点で既にできないことがある。植え替えが必要なベランダの植物や、片付けをしたかった台所は、心の中の見ないコーナーへ押しやる。

ごろごろとコーヒーを飲み、服を身につけて、マスカラを塗って、指輪をつけて、ブレスレットをつけて、バッグを選ぶ。
表参道でちょっとバッグを見たかったので、昨日持っていたブックトートで入るのはまずいかと一瞬思ったけれど、結局かごバッグを持ったので大して変わらない。

表参道へ向かう銀座線の車内で、ルシア・ベルリンの本の広告を見る。この後見ようと思っていた映画を、ルシア・ベルリンと重ねている人がいたので、あっと思うし売れているのがうれしい。丸の内線では見たことがあった。でも銀座線にも広告が出ているなんて、すごい。表参道駅の地上へむかうエレベーターをあがって、原宿の方に少し歩く。裏路地にはいって、考えなしに歩いて、行列ができている店を見るたびに、みんなどうやってこの場所を知ったのか聞いてみたくなる。青山通りに出て、青山ブックセンターに行く。ここにはいつもほしい本がたくさんあって困る。絵の展示をちょっと見て、青山通りを渋谷の方に向かう。こどもの城はあんなに大騒ぎをして、この城が好きだったみんなの反対を押し切って閉館したのに、いつまでも白い壁に覆われていて、壁の外にポツンと残る岡本太郎のこどもの樹の前で人が写真をとっているくらい。こどもの城の閉館も、忘れそうになるけれど、500億円以上のお金をかけてこの城をオリンピックの時にボランティアの拠点にすると言って買ったのは東京都だ。表参道も、神宮も再開発が予定されているし、白い壁を見るたびに何ができるのだろうとわくわくするのではなく、またかと気持ちが暗くなる。そしてその理由の説明に明るい未来の約束のようにオリンピックが使われていたことを忘れてはいけない。

イメージフォーラムで見た映画は『WANDA/ワンダ』。

『WANDA/ワンダ』は主演のバーバラ・ローデンが脚本を書いて自ら撮って、1970年に公開された映画。公開された時ローデンは38歳だったそう。金髪の厚めのバングスに青い目のワンダみたいな女の子が、男性主導の映画の中で、マッチョな男たちの刹那的な生き方を表現するための行きずりの恋の相手や、本命に行く前の振りとして捨てられる女として、これまできっとたくさん映画に出てきた。今作はこれまでの映画で一瞬で消費されてきた彼女が主人公だ。ワンダはわたしからみてもイライラするほど、主体性がなく、無教養で、行儀が悪くて、弱い。常に今にも泣きそうな顔で、目の前の男が、今度は自分に優しくしてくれるのか、それとも暴力をふるうのか、どっちだろうかと探るような不安そうな顔をしている。間違った選択肢でもそれ以外に選べない。なぜなら他の選択肢なんてないから。この映画の数年前に公開された『俺たちに明日はない』と犯罪を繰り返しながらのロードムービーという形は同じでも、彼女の旅に一体感やカタルシスはない。どういう風に終わる映画ですということが難しい映画で、映画が終わったというよりか、わたしたちがワンダをその場所に置いたままスイッチを切ってしまったというような終わり方をするのだけれど、常に泣きそうなワンダの顔と、旅の終わりの顔、ちょっと忘れられないと思う。男性側のマッチョイズムがはりぼてであることもきちんと描かれる。それがすごい。どこにもご都合主義がない。全ての過程で、監督である彼女が彼女なりの本物を追求した結果、類まれな強度を持った本物の映画になったという感じがする。

お金がないということは、こんなに普遍的なことなのに、映画の中ではほとんど描かれてこなかったな。映画を見れば、若くて自分のやりたいことを模索している人たちが、おしゃれでいい家に住んでいる。移民であるとか、あるいは犯罪をするような特殊な環境にいる場合だけでなく、普通の女の人もお金がない。お金がないとこうなるというそれだけで、1本の映画になるんだということが、弱い女やセクシーな女や聖母のような女を起承転結のコマとして消費してきた映画へのアンチテーゼのようだった。

映画を見終わったあと、きらきらとした青山通りを歩きながら、目がワンダの目になっているので寄る辺なさを感じた。世の中にはこんなにものがあるのに、何一つ自分の手には届かない。自分のお金がない。どこかに行こうとすれば歩くしかない。時間を埋めるために歩くしかない。今日は屋根の下で眠れるのか、夜が更けるまでタイムリミットまであと何時間あるだろうか。そういう気持ち。

表参道から帰る時、交差点のリンツチョコレートだったところに新しく東京都のPCR検査所ができていて、とても健康そうな若い男女がきちんと白いシャツを着て検査を呼び掛けていて、受検してみる。登録したメールに連絡が来ているか確認して綿棒を口に突っ込むのだけれど、新しい受信履歴がDMしかないメールを見られたのが恥ずかしかった。2022年の日常。

天気がよかったので、夏の夕方のにおいが濃かった。

シギトム

九州生まれ、アメリカ、ブラジル経由、東京在住です。職場の自分と生活者としての自分のバランスをとりつつ、好きなものを失わず、世界への問題意識を持ち続けたいと思っています。

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