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同じ日の日記

高層階からの明星/横澤琴葉

ホテルの客室の中で背徳感と興奮で胸がいっぱいになった一平ちゃん

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2022年7月は、2022年7月18日(月・祝)の日記を集めました。即興的なデザインアプローチと、日常に最初からあったかのように溶け込んでいくデザインが混在するアイテムを展開するブランド「kotohayokozawa」を手がける横澤琴葉さんの日記です。

7月18日は祝日らしい。なんの日かは知らん。家族での連休の過ごし方がいつもわからない。ずっと家にいると損してる気持ちになるし、連日出かけると何度も家を行ったり来たり、暑いし疲れる。娘はベビーカーに乗りたい時と自分で歩きたい時があるし、予定を組む場合は一人で移動するときの三倍くらいの時間を見ておいた方がいい。そんなこともあり、今回の連休は都内のホテルに泊まってみることにした。ちょっと思い切って竹橋にあるラグめな(ラグジュアリーめな)ホテルを予約した。

ホテルの入り口に着くと早々に5人くらいのスタッフが迎えてくれた。チェックインの手続きを済ませる間も、カフェでアフタヌーンティーをしている人たちの幸福に浸っている表情やエレベーターのボタンを押してくれるためだけに立っているスタッフの笑顔がよそよそしいくらい眩しかった。大きな窓からオフィスビル群を見下ろせるくらいの高さの客室に見たことも聞いたこともないフランスのブランドのアメニティボトルが並べられていた。蓋を開けると嫌味のない甘さの中にウッディーな香りがする。冷蔵庫の中にはさっきまで駅の自販機で150円だったコーラが500円になっていた。ああ、これでは心と体のバランスが取れない。思い立った私は一人で部屋を出て一番近くにあるセブンイレブンに行った。Googleマップ上では目と鼻の先の距離のはずなのに、オフィスビルの1Fの奥の奥にあり、完全に大手町の景観に飲まれ、ひっそりとセブンは佇んでいた。

私はここがホームと言わんばかりに張り切って、缶チューハイやポテトチップス、カップラーメンなど、いつものコンビニの買い物より2割増くらいのジャンクなセレクションをカゴにどんどん入れていった。もちろん客室で500円だったコーラと同じものも買った。パンパンに詰め込んでもらったレジ袋をぶら下げてホテルへ戻る。入り口でまた4、5人のスタッフに迎え入れられ、エレベーターでロビー階に到着し、「おかえりなさいませ」とまた声をかけられる。悔しさと恥ずかしさで胸いっぱいになってしまうところだが、ここは強い心を持ち、私も負けずと笑顔で会釈し「ここでの連泊も終盤かー」てなくらいの余裕を出した顔でビニール袋から一平ちゃん(大盛り)のパッケージが透けている側をあえて外に向けて堂々と客室へ戻った。

部屋に戻ると娘が「まま、きたよー!」と私を指差しながら、巨大なベッドのど真ん中に寝転んでカートゥーン ネットワークを見ていた。私は買ってきたオレンジジュースを娘に渡してから、ピカピカの銀色をした注ぎ口が驚くほど細くて長くてうねった備え付けの湯沸かしポットでお湯を沸かし、さっそく一平ちゃんを作った。正直カップ焼きそばって普段は家でも食べるのも少し躊躇うくらいだけど、高層ビルを見下ろしながら食べる一平ちゃんも、からしマヨネーズも信じられないくらい美味しかった。容器の隅に逃げた最後の一口を食べてしまうのがこんなに惜しい気持ちになるなんて! 夫と取り合いになりながらあっという間に全部食べ切り、カップ焼きそば特有のソースの匂いが充満した客室の中で背徳感と興奮で胸がいっぱいになった。

その1時間後にはホテルから少し歩いたところにあったスペイン料理屋でイカスミのパエリアを食べ、その店の裏にあったパンダと中国語のネオンが目立つ中華料理屋でだいぶ本格的な麻婆豆腐を食べた。相当食べ過ぎたけれど、その日食べたものはそれぞれに良さがあり、全部が全部しっかりと美味しかった。

私の7月18日は決してお行儀が良かったとは言えないが、場所が変われど自分の生活の軸はいつまでも変わらないんだなと気付かされた楽しい1日だった。

横澤琴葉

1991年愛知県生まれ
名古屋市内のファッション専攻の高校を卒業後エスモード東京校に通う。
その後アパレル企業にてデザイナーとして勤務しつつ、ここのがっこうに通う。
退職後、再びエスモードAMIに通い2015年よりkotohayokozawaをスタート。
2018年度Tokyo新人デザイナーファッション大賞に選出。
同年10月にAMAZON FASHION WEEK TOKYOにて初のショーを開催。
2020年に毎日ファッション大賞「新人賞・資生堂奨励賞」を受賞。

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