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同じ日の日記

100年打ち続けた心臓が、時々サボるのなんて自然なこと/尾山直子

写真展のDM配布、40歳と首の筋肉、100歳の女性の言葉

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年3月は、3月1日(土)の日記を集めました。桜新町アーバンクリニックで訪問看護師として働きつつ、大学院で学び、作家としても活動もしている尾山直子さんの日記です。

朝9時半起床。晴れ。南東向きのリビングは、気持ちのいい光が差している。
少し冷たい風がまざるが、暖かい。部屋の窓を開けて換気。花粉がきつい。
毎年のことだけど、花粉症じゃなかったらもっと春が楽しいのに、と思う。

ぺぺさんの日めくりカレンダーをめくる。3月1日は「声に出したら解決する日」。
脱力したイラストとともに、絶妙な温度感のゆるいコメントが書いてある。
同じカレンダーを愛用している友人が手術のために入院しているので、入院中は毎朝カレンダーの写真を撮影して送ろうと決めている。入院当日からだいぶヒマを持てあましているようだったので、ちょっとしたお楽しみになればいいし、今日は何かを声に出して解決してほしいと思う。

お湯を沸かしながら、簡単に部屋を掃除する。昨夜は、写真展の準備で3時半まで起きていた。写真展は4月からはじまるのだが、訪問看護師として働きつつ作家としての活動もしているので、開催直前などはプライベートな時間というものは限定される。プライベートな時間って一体なんだっけ? 展示準備のために消えているはずの時間の内訳を想像してみたが、うまく思いつかない。とにかく走るしかないのだ。

今回写真展をする《耳をすます》という作品は、20〜100代、60名の人々に「最期に聞きたい音はなにか」と問いかけながら、耳の写真を撮影したものだ。言葉と写真を合わせて展示をするのだが、その準備として、大きくプリントした写真をどのように展示するかの実験をしており、わが寝室の壁には2〜3週間前からでかい耳が貼りついている。60センチ。

毎日耳を見ながら眠り、目覚めてすぐに耳を見ている。最初は異様だと思っていた光景が、だんだんと見慣れたものに変わっていくのだから、慣れというのは不思議なものだ。

コーヒーを飲みつつ、昨夜の作業の続きをすすめる。写真展までに写真文集なる本を制作予定なのだが、その作業が大詰め。今まで仕事で冊子や本をつくったことはあったが、毎回デザイナーさんにお世話になっていたので、今回のように全部ひとりでやるのははじめてだ。藤原印刷の久保田さんという担当の女性が非常に親切で、製本業界のことを知らないわたしに的確な助言をくださる。相当年下だとお見受けするが、もはや先生のような存在である。実際の写真文集と同じ用紙で束ねられた「束見本」なるものが送られてきたので、レイアウト位置の調整。計測しながら、本って立体物なんだなと感じる。

それにしても、40歳をむかえ集中力に衰えはないものの、ゾーンに入ると首の筋肉を痛めるようになってきた。身体をいたわりつつやらねば。昔、訪問看護師として担当していた100歳の女性が、どこかを痛めたり不整脈を起こすたびに「100年使ってきた身体だから」と言っていたことを思い出す。〈100年打ち続けた心臓が、時々サボるのなんて自然なこと〉と言い切る彼女の強さがとても印象的だった。

昼前から、車を出してもらって写真展のDM配布のドライブへ。1件目は綱島にあるカレー屋・POINT WEATHERさん。レモンのキーマカレーを食べつつ、店長かつ写真家の寺本さんと話す。写真もすばらしいのに、カレーも絶品である。寺本さんが話してくれた写真展への見解は、とても正直かつ率直で、共感度が高かった。妻の柚希さんも声をかけてくれ、以前開催したほっちのロッヂでの写真展について話してくださる。だれかの記憶に残っていることが、とてもうれしい。いいお店で、お客さんがひっきりなし。

2件目は中目黒にある写真ギャラリー、POETIC SCAPEさんへ。オーナーの柿島さんは京都造形芸術大学・写真コースで学んでいたとき、額装の授業をしてくれたのだ。それが縁で卒業制作の相談に乗っていただいたのだが、あのときの指導のことはよく覚えている。たくさんお世話になった先生方はいるけれど、柿島さんが真正面から向き合ってくれたことはずっと忘れないだろうなと思う。あれ以来、作品がかたちになると見ていただいている。「いいね」と背中を押してもらいにいくわけだけど、一番はじめの指導があったからこそ、「よくないときは真っ直ぐ伝えてくれる」という信頼がある。
この日、DMを渡したときに「おめでとうございます」と言ってもらえたことに、じーんとする。そして毎回いただく助言。今回は、作家活動をつづけていくための賢さを与えてくれる助言だった。とにかく夢中でここまできたけれど、そろそろ「継続」という視点で考える時期なのだな。

3件目は蔵前のiwao galleryさんへ。オーナーの磯辺さんは、今大学院でお世話になっている伊藤俊治先生のかつての教え子さんというご縁もあり、時々お邪魔している。展示している作品への説明がいつも清々しく、とても気持ちのいい方で、わたしは一方的にファンなのだ。直接報告をしたかったのだけど、あいにく不在でお会いできず。「アポなしでうかがってごめんなさい!」と、書き置きとDMをギャラリースタッフさんに託ける。帰りの車のなかで、「お会いしたかったな」というメッセージを受け取り、じーんとする。本日2度目のじーん。

家に帰って、前日の筑前煮の残りと赤魚の煮付け。あおさの味噌汁。
レイアウト済みの原稿を印刷し、文章チェック。1時間経たずに眠気が襲い、ちょっと闘ってみたけれどすぐに負けてしまった。就寝。

尾山直子

訪問看護師/写真家
高校で農業を学んだのち看護師の道に進み、複数の病院勤務を経て2012年より桜新町アーバンクリニック在宅医療部に勤務。
訪問看護師の勤務の傍ら、2020年京都造形芸術大学美術科写真コースを卒業し、現在同大学大学院に在籍。
かつて暮らしのなかにあった看取りの文化を現代に再構築するための取り組みや、老いた人との対話や死生観・看取りの意味を模索し、写真を通じた作品制作を行っている。

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『耳をすます』

写真・編集:尾山直子
発行:尾山直子
価格:3,800円(税込)

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