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同じ日の日記

わたしは光合成/小川あん

失いたくない<石>と<人>と<生活>について

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年9月は、9月29日(日)の日記を集めました。9月に公開された映画『石がある』で主演を務めた俳優の小川あんさんの日記です。

わたし、日記を書くことってほとんどない。

これまで、英語で日記を書いてみるという練習や、
先生が提案してくれた、混乱した心を整理してみるという療法で書いてみただけ。
その日を振り返って、記憶を手繰りしようとすると結局、感情と言葉を見失ってしまう。
日記を書いたときには、その時のわたしはもういないから。

そんな残酷な乖離を繰り返してしまってるわたしに、日記は向いてないんだと思う。

でも、人の言った言葉は心に残っているんだよな。
場所、時間、空間も。その時の相手の顔や話し方や、手の動きや、呼吸の仕方ですらも。それを記していこうかな。
だから、今回の日記は ここ数日の、失いたくない<石>と<人>と<生活>について。

<無数の石のなか、たった一つの石を拾う>

ある夜のこと。
太田さんは鴨川沿いの緑の芝生の斜面に寝転んで、空を見上げながら言った。
わたしもその時、となりで同じような格好で空を見上げていた。
視界のほとんどをうめつくすほどの雲と、その隙間から濃紺の宇宙が見えた。

太田さんは、
「雲が動いてるね。」

わたし「地球が動いてるからだー。」

「地球ってちょっとずつ時間が遅れてるんだって。1日が長くなってるんだって。波がどんどん時間をのばしてるみたい。」

わたし「へぇ〜。」
「もうちょっと時間がのびたらいいな。週8日にして、うち1日はずっと寝ころんでる日。」

「いいね〜。」

「うん」

「地球ってすごいよね」

「なんでも、地球を中心に考えると、壮大なことになるね。(思えるね)」

壮大なスケールの中で私たちは生きてる。人間はとっても小さい。だから、自然から、人から、生活からあらゆるものを拾って、ちいさな生命を確かめる。そして、その生命を大切にする。しなきゃ。大切にしたい。

あ! 石があるって、そういう映画だ。
生命と出会う。生命を感じる。
それを、手放してしまう。だから、探す。そして、また生命を拾う日々。
地球の たった一つの石という「生命」を わたしは拾うことができたんだ。

<愛すべき人たち>

これも、またある夜のこと。

大阪のシネ・ヌーヴォでの舞台挨拶のあと、大人数でお疲れさま会で、居酒屋に行った。
ひょんなことから、こんな話になった。
ちょうどその日が、きみちゃんの誕生日で、太田さんと土くんとわたしで、宿でサプライズをすることにした。その秘密の計画の段取りで、土くんと太田さんが、しょうもないことで(いい意味でね、)お互いにムッとしてた。

その一連の話をしてたら、聞いてた小田香さんが
「みんな一緒にいすぎなんじゃない?」
「たしかに(笑)。」

確かにたくさんの時間をわたしたちは過ごしてる。いつも一緒。でもみんな、違う。

わたし「わたしたちは マル サンカク シカク だね。」
「きみちゃん、誰が、どれか決めてよ。」
きみちゃんは恥ずかしくて言うのをためらってたけど、わたしは思う。

 わたしは、サンカク。 土くんは、シカク。 太田さんは、マル。  
 そして、きみちゃんは、ホシ だよ。

誰かが欠けてたら、寂しい。そういうチームってとっても素敵だ。
みんなに出会えてよかった。いつも、ありがとう。

<生活のすべて>

ある昼のこと。

幡ヶ谷の壁と卵という大好きな喫茶店で、大好きな写真家の熊谷直子さんのイベントに参加した。
「写真集を読む会」
素敵なイベント名。見る、じゃなくて、読む。
書き物は、他者の言葉を読む。→ 自分の感覚が生まれる。
見る物は、自分の感覚が生まれる。→ 自分の言葉を読む。

だから、参加者の皆さんと写真集を読んで、それぞれの自分の言葉を共有する会。
しばらくの間、各々が読む時間を過ごして、ある写真について一人の方が話し始めた。
その写真は、葬儀が終わって、エスカレーターに親族の方が並び、彼らの背中を熊谷さんが斜め下から撮ったもの。
その方は、親御さんに抱かれたまだ小さな女の子の顔が一人だけこちらを振り向いてることに気づいた。そして、熊谷さんに、
「これは、この女の子に焦点を当てて撮ったんですか?」  

その時わたしは、全く別のことを考えていて、
写真に映る人たちは、亡くなった方と共に過ごした時間、思いを下方に置いてきた。そして、エスカレーターを上り、日常へと戻っていく。そんな彼らの背中を、熊谷さんは見守る。思いを背負う。わたしは、写真を眺めながらこの瞬間、熊谷さんは何を感じてたんだろう?と思っていた。

熊谷さんは、照れていて、少し顔を赤らめて話した。
「わ。ほんとだ。自分でも気づかなかったー。たぶん女の子の姿を感じてはいたんだけど、無意識に撮ってた。わたしは、シャッターを押すときはあんまり何も考えてないとき。考えることを手放した瞬時なんだと思う。」

それからこんなことも。
「もともとカメラの、写真のファンでもあるから、人の撮ったものを見るのも好きだし、
生活の中にカメラがあるっていう感じで。だから、自分も生活を大切にしてる。」

わたしは熊谷さんの人柄を知ってるから、彼女の生活がわたしなりに垣間見える。
温もりがあって、生活が躍動してる。だから、熊谷さんの写真を見てると、
生活の中に急に現れる光と影に、わたしたちが響き合ってることを気づかされて、ハッとする。
人の動きの中に、生きるという運動が爆発した歓喜がある。
シャッター音が聞こえてくる。
そこには熊谷さんだけの、感情が流れてる。

私もそう。生活からあらゆる感情が溢れ出てくる。それは仕事じゃなくて、日々過ごす中で。朝起きて家事をして、ご飯を作って、誰とどう過ごして、どんな会話をするか。生活の中に仕事があることを忘れちゃいけないな。

ほんとはもっとあるんだけど、今日はここまで。あんまり書きすぎるとよくない気がする。

**** 

この3つがわたしの、失いたくないもの。

人と出会うことで、心が反応して、日々、自分の生命を確かめてる。
出会いがないと、たぶん自己発電では何も生まれない。

わたしは光合成。人から言葉 (が光になる) をもらって、反応してる。
これからもたくさんの人と出会えますように。

小川あん

1998年生まれ、東京都出身。2014年に『パズル』(内藤瑛亮監督)で映画初出演。以降、『天国はまだ遠い』(濱口竜介監督)、『あいが、そいで、こい』(柴田啓佑監督)、『スウィートビターキャンディ』(中村祐太郎監督)などに出演。2023年は『PLASTIC』(宮崎大祐監督)、『4つの出鱈目と幽霊について』(山科圭太監督)、『犬』(中川奈月監督)、『彼方のうた』(杉田協士監督)と主演作が立て続けに公開。「DVD&動画配信でーた」「キネマ旬報」にて連載、「週刊文春CINEMA」への寄稿など執筆活動も行なっている。

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『石がある』

2024年9月6日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
2022年/日本/スタンダード/104分
監督・脚本:太田達成
出演:小川あん、加納土 ほか
撮影:深谷祐次 録音:坂元就 整音:⻩永昌 編集:大川景子 助監督:清原惟 音楽:王舟
製作・配給:inasato
制作協力:Ippo
配給協力:NOBO、肌蹴る光線
宣伝:井戸沼紀美 宣伝協力:プンクテ
特別協賛:株式会社コンパス 協賛:NiEW
©inasato

映画『石がある』公式サイト

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