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同じ日の日記

学習机を手放して、新しい机を買う/苗

「実家に住んで何が悪い」と開き直りたい気持ちと劣等感の間で

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年3月は、3月24日(日)の日記を集めました。公募で送ってくださった、本と植物と食べ物が好きな、苗さんの日記です。

部屋の一角の模様替えをした。何年も、それこそ本当に長い間私の部屋にあり続けた学習机を撤去したのだ。なんとも言えず胸のすく思いがした。大きくて重たい学習机がなくなった部屋は、窓も開けていないのにまるで涼しい風が通り抜けているような、すっきりとした風通しの良さがあるみたいだった。

メンタルをやられて退職し実家に帰ってきて以来、ずっと学習机を使っていた。小学校に入学する際に親が買ってくれたもので、いかにも学習机らしいデザインをした、ごく普通の学習机だ。作業台としては広く使えるし、丈夫で便利ではある。しかし、どうにもコンプレックスを刺激される。「子ども部屋おばさん」や「パラサイトシングル」といった実家暮らしを揶揄する表現は、他人に対しても自分に対しても使いたくないのに、どうしてもそれらの単語が頭をよぎってしまう。別に、誰かから直接そう言われた訳でもないのに。「実家に住んで何が悪い」と開き直りたい気持ち(だって何も悪くなんかない)と、とうに成人してなお親から自立できずにいる劣等感とで板挟みになる。働ける状態にあろうがなかろうが、それは一人の人間の価値には何ら関係がない。「労働者としての生産性」だの「一人前の“社会人”かどうか」だのといった拝金主義の物差しを生きた人間に適用するのは、実に無意味でさもしいもののはずだ。そう頭では分かっていても、「働いて得た稼ぎで自分自身を養い、ここではないどこかに一人で暮らしたい」という、今は叶わぬ夢との距離に苦しんでいる。

学習机は私にとって、「親に庇護される子ども」の象徴のようなものだと気付いたのは、ごく最近のことだ。見る度に家の中での「子」としての自分や、実家を出たくても出ることができずにいる事実を突きつけてくる。そこで、思いきって手放してみることにした。まだ十分に使えるものだし、不便な点は特にないけれども、この机が私の部屋にあり、私が使っているということが私の心にある何かをすり減らしていくのだ。自覚してしまうと、もうこの机を使い続けることはできない。不用品として地域のごみ処理場に持ち込むつもりだったけど、「まだ使える物だから」と親に引き留められ、学習机はリビングでパソコンデスクとして第二の人生を歩むことになった。

ぽっかり空いたスペースに散らばった綿埃を掃除して、新しい机を組み立てる。届いたばかりの新しい机だ。私が私のために買った、私だけの机。なんとなく、自分一人だけで組み立てたかったので、誰にも手伝いは頼まない。親からは「大人になったら、普通そういう机はいらなくなるものだよ」と言われて心底驚いた。じゃあ、どこで絵を描いたり文章を書いたりするの? パソコンはどこに広げる? 作業スペースはどう確保するの? そう問いたい気持ちを飲み込んで、こうした机がいらなくなるような大人にはなりたくないものだと強く思った。この先どんな生き方をすることになったとしても、何かしらの創作活動は続けたいし、私だけの机を持っていたい。だけど、学習机はもう嫌だ。

案外、すんなり組み立てることができた。ちょっとした家具を一人で組み立てることができたという事実が、すっかり失われてしまった自信や自尊心を少し回復させてくれる気がする。以前の学習机と同じ幅のものを選んだので、空いた空間にぴったり収まった。学習机よりずっと軽くて、値段もうんと安いだけあってちゃちな造りではあると思うけど、こうして部屋に置いてみるととても良い。子どもの時に親から「ここで勉強しなさい」と買い与えられた机ではなく、私が趣味や学びに勤しむために好きなデザインのものを選んで買った机だ。気に入らないはずがない。よく使うノートや小物、ペン立てなどを置くと、机の上はあっという間に狭くなってしまった。いつかはもうひと回り、いやふた回り大きい物を使ってみたい。それでも、今はこれで十分満足だ。

新しい机自体は、以前から欲しかったものだった。ただ、それを購入するにあたっては「病気が治って、安定した仕事に就けたら」「一人暮らしをして、親から経済的に自立できたら」という条件を自分の中で課していた。それはひとつの目標ではあったけど、簡単に叶うものではないらしいと理解することは怖かった。いつになっても思うようには働けそうになく、机を買える未来など到底来るとは思えず、働くことも机を買うことも何もかも私には駄目だ、高望みなんだと思った。いつかの未来に向けての前向きなご褒美として掲げていたもののはずだったのに、古い学習机を使い続けるということが、現在の自分はまだその領域に達せていないのだと、「もっと努力しろ」「甘えている」と己に圧をかけてくるようにすら感じられるようになってしまった。

そうした中で、そこにあるだけで苦しくなるものは手放した方が良いのではないかと気付けたのは幸いだった。自分のメンタル面の安定や安心を、ひいては自分自身を優先した結果の「学習机を手放して、新しい机を買う」という選択肢を選べたのは、本当に良かったと思っている。無理だと思っていたこと(机を買うこと)を、正攻法ではないやり方とはいえひとつクリアしてしまうと、なんだか気分が上向いてくる。自分が「こうしなければならない」と思い込んでいる方法でなくても、他に道はいくらでもあるような気がしてくるのだ。親に買い与えられた学習机を手放して、新しい自分の机を手に入れたことも、「親の子ども」としての自分ではない「私という一人の人間」とでもいった自分にシフトしたような感覚がある。机ひとつでこれだけ気分が楽になるのだから、買ってみて良かった。私のための私だけの机が、私のための私だけの人生を送って良いのだと、背中を押してくれているような気がする。

趣味で自身の生きづらさをネタに四コマ漫画を描いたり、「週間日記」と題して毎週の日記を書いたりしています。本と植物と食べ物が好き。

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