映画『走れない人の走り方』の主演と監督。信頼関係のなかで等身大の言葉で話す二人
2024/4/22
上手くいくことばかりではない日々のなかで、せめて自分のペースを大切にしたいと思っても周囲のスピードに急かされるように感じるとき、わたしたちは一体どうしたらよいのでしょうか。
2024年4月26日公開の映画『走れない人の走り方』では、ロードムービーを撮りたい新人映画監督・小島桐子のままならなさと、彼女が彼女の走り方で走る姿が描かれています。さらに、一見すると物語には関わらないようなこの世界の人々の生き生きとした姿が映し出され、さまざまな思いを抱えながら生きているのは自分だけではないのだという、当たり前だけれど忘れてしまいがちなことを思い出させてくれるような一面もあります。
今回、監督の蘇鈺淳(スー・ユチュン)さんと、主人公の桐子役を演じた山本奈衣瑠さんに話を伺いました。台湾出身で、東京藝術大学の映像研究科で学び、修了作品として今作を撮った蘇さんと、モデルとしてキャリアをスタートし、近年は映画俳優としても活躍している山本さん。映画の監督と主演という関係において、人と人として向き合い、それぞれの実感のこもった等身大の言葉で対話する二人の重なり合う部分と補い合うような部分が感じられる対談となりました。またそんな二人と作中の主人公・桐子のつながり、そして、劇映画でありながらメタ的表現が多く散りばめられている今作のおもしろさも浮かび上がってくるようです。
ーまず、蘇さんが今作の主演に山本奈衣瑠さんを迎えようと思った理由や主人公の小島桐子という人物がどのように生まれたのかを教えてください。
蘇鈺淳(以下、蘇):もともと奈衣瑠さんには私が監督した前作の短編映画『鏡』に出演してもらったんです。その作品にはほとんどセリフがなかったのですが、本読みで奈衣瑠さんにセリフを読んでもらったときにすごくよかったので、次こそ奈衣瑠さんにセリフがある作品に出てもらいたいと思いました。それで、今作では企画の段階から主演は奈衣瑠さんで、と決めていたので、桐子という役はほとんど当て書きです。
山本奈衣瑠(以下、山本):さっき別の取材で「当て書きですか」って聞かれて「違うと思います」って言っちゃった(笑)。でも、自分と桐子がよく似てるとは思いましたね。蘇監督とは前に短編で一緒にやってるから私のことをよく知ってくれているんだろうとは思ってたけど、当て書きだったんだ!
蘇:脚本は上原哲也さんと石井夏実さんが書いてくれたので、二人としては私をもとにして書いた部分もあると思います。
山本:脚本を読ませてくれたときから、蘇監督と私でセリフについて話し合った部分もあったよね。撮影中も蘇監督が「このシーンどう思う?」とかって聞いてくれて、私もよく意見を話しました。
ー桐子という役には、奈衣瑠さんと蘇さんそれぞれの要素と、お二人のやりとりのなかでつくり上げられた部分があるんですね。蘇さんは台湾出身で日本映画に影響を受けて来日されたと伺いました。また作中で桐子のルームメイトであるメイちゃん役を演じたBEBEさんも台湾出身です。さまざまなルーツの人たちで一緒に制作をする現場の様子はいかがでしたか?
蘇:ルーツの違いについて特別意識したことはなかったのですが、撮影前に奈衣瑠さんとメイちゃん役のBEBEさんと私の3人で話したことはありましたね。映画でもワンシーンだけロケ地として使われている私のアパートに来てもらって、桐子とメイちゃんがどう出会ったかとか、共通認識みたいなものを話し合いました。
山本:3人でお茶しながら話したね。今回は東京藝大の皆さんとつくる現場だったので、映画が好きで映画に携わりたいという目的で集まったいろんな年代のいろんな出身の人がいる座組でした。私は今までそれほど多くの作品には参加していないのですが、これだけいろんなルーツを持った人たちが同じ現場に集まってるってことは初めてでしたね。でも特別なことはなく、ただ、皆さんものをつくることをすごく楽しんでいて、そのピュアさみたいなものは感じたかも。それがみんなの共通言語だったんじゃないかと思います。
ー今のお話から、豊かな現場だったのだろうと想像します。今作は映画をつくる人たちを描く映画で、作品の隅々から映画へのあたたかで真っ直ぐな眼差しを感じました。蘇さんが「映画をつくる映画」を撮ろうと思ったきっかけはどのようなものだったのでしょう。
蘇:最初はメタフィクションとロードムービーをやりたいという2つだけ決めていました。でも大学で企画プレゼンをしたら「修了制作の制限があるからロードムービーは難しい」と言われて。それから脚本担当の二人と話し合いをして、どうするかなかなか決められなかったのですが、次のプレゼンの前日に「ロードムービーを撮りたいけど撮れない話にしよう」と決めました。それもメタフィクションとして成立させられるからいいんじゃないかと考えたんです。あとは、私は映画そのもの以上に映画の制作現場が好きなので、今作でも本当に自分が好きなことを描きたいという思いがありました。
ー作中では、映画をつくろうとする桐子たちのみならず、映画館で働く人や映画を観る人、映画に出演したい人やレンタルビデオ店を訪れる人など、さまざまな角度で映画に関係する人々が描かれていました。
蘇:そのつくり方は伊丹十三の『タンポポ』に影響を受けました。『タンポポ』でもいろいろなサブストーリーが出てくるのですが、それが全部食に関係があるストーリーになっています。今回はサブストーリーを全て映画に関係するストーリーにしました。
山本:カメラがさ、一見ストーリーに関係なさそうな登場人物に、急に当たり前みたいについていくじゃん? ああいうシーンも元々あったイメージなの?
蘇:それも『タンポポ』ですれ違う人の後ろをついていくシーンがあったから、参考にしました。
山本:私はその撮り方の自由度が高いところがこの作品のおもしろさの一つだと思っています。一見関係がない人を、当たり前にちゃんと映しているんですよね。
ー奈衣瑠さんがおっしゃる通り、すれ違う人々にカメラがついていくのがおもしろく、そんなシーンの数々からはこの世界を生きる人たちへのやさしさのようなものも感じました。メインキャラクターやストーリーの主軸とは関与しないようなところで生きている人にもカメラを向けるという描き方をするにあたって、意識されたことはありますか?
蘇:私は普段から、電車で座っている人を観察しながら「この人はこれからどこへ行くのかな」と考えたり、大人数が集まるイベントのような場で、料理を運んでいる人はどんな表情をしているのか見ていたりします。その場の主人公じゃない人に興味があるんですよね。
山本:作中に、桐子がご飯屋さんで煙草を吸おうとして店員さんに止められるシーンがありますが、その店員さん役は実際に蘇監督がよく行くご飯屋さんの店員さんが演じています。蘇監督はお芝居が上手いかどうかや器用かどうかで人を見ていないんですよね。その人らしさがある人が、そこで生きてるだけでOKっていう感じがします。
ー奈衣瑠さんは、そんな世界観のなかで桐子を演じられていかがでしたか?
山本:桐子は「映画を撮りたい!」という気持ちの塊で、自分のことで精いっぱいだから、今回はそんな桐子が誰かにどういう影響を与えるかまで考えなくていい役だと思って演じました。引きで全体を見て、物語のなかで桐子の存在がどういう役割を果たすかということやお客さんにどう伝わるかということはあまり考えず、映画を撮りたいっていう願望と、でも撮れないっていう葛藤を持って、がむしゃらに桐子として生きましたね。自分がやりたいことに向かって走ること、それが桐子は上手く走れないんですけど……それだけでした。
ーそんな「ままならなさ」について、お二人の捉え方も伺いたいです。『走れない人の走り方』というタイトルの通り、作中では桐子が直面するままならなさが描かれていると思います。生きていると、皆それぞれままならないことがあると思いますが、蘇監督と山本さんそれぞれの「走り方」について教えてください。
山本:私は桐子とすごく似ていてできないことが多くて、電車の乗り換えとかも周りの人に教えてもらうことがあるくらい……。がんばって生きてはいるんですけど、自分に対して「なんでできないの!」って思うことが多くて、結局人に頼っている部分が多いです。本当は全部自分でやりたいから、人に頼る葛藤はあるんですよ! でも一人ではできないことがあるし、見ていて助けてくれる人たちがいるから、そういう人たちに感謝しながら、自分でがんばることもやめないで生きていきたいと思います。
蘇:私も、友達に助けを求めて話を聞いてもらうのが私の走り方だと思います。でも、別の現場に助監督として参加するときなど、自分と違ってはっきり決めたり、言ったりしている監督を見ると「ああ……自分はできていないな」って思いますね。
山本:わかるわかる。自分ができないことをできる人を見るとそうやって思うよね。でも、今、自分にしかないものでいかにやるか。それしかできることってないから。それに、その度に自分に足りてないことに気づくからがんばれるんですよね。
ー作中にも、「なにか言いたくて映画撮ってるわけじゃないし」「はっきりしてたらさ、映画で撮る必要なくない?」という桐子のセリフがありました。桐子が言う通り、映画をはじめとする芸術は、言葉にならないことや曖昧なことをも表現できるのがよさだと感じます。一方で、現実でははっきりした答えやすぐにわかりやすい説明をすることが求められるような場面も多いなかで、お二人は「はっきりしないこと」にどう向き合っていますか。
山本:実際に桐子みたいに周りから言われることってある?
蘇:「はっきりしないと」って? そこまで直接的に言われたことはないんですけど、でもやっぱり作品をつくるときに絶対聞かれるのが、「テーマはなんですか」っていう質問です。その質問に対して私はいつも、本当にセリフみたいに「テーマを決めて映画をつくってるわけじゃないから」「自分が思ったこと、感じたことをただ描きたいと思ってつくってるから」と言います。あと私が思っているのは、映画は完成して観客に観てもらってからテーマが生まれるということ。先にあった私が描きたいテーマより、観客の皆さんがそれぞれ感じることのほうが大事だと思っています。
山本:「テーマは?」とか「どういう意味ですか?」とか、絶対言われるよね! 観る人によって違う部分があるはずなのに。でも自分が一緒に制作をする立場で「なにも決まってません」と言われたら、たしかに「なにそれ!」とは思いますよね(笑)。ただ、なにも決まってない監督についていくのは不安があるけど、決まってないことが決まってるんだったらついていける。決まってないのに決まっている雰囲気だけ出して、よくよく聞いているとなに言ってるかわからないのが一番怖いかも。「決まってないのにはこういう理由があって」と教えてもらえたら役者も一緒に考えられるからいいですよね。蘇監督もそういうタイプかもしれないけど、それだったら「脚本に書いてある事実を生きるなかで、テーマが見えてくるよね」という考え方でいいんだなって思えます。
ー桐子自身は、周りの人から問われることに葛藤する一方で、最終的には周りの人から力をもらって走り出すように見えました。そんな姿に込み上げてくるものがあったのですが、お二人自身は、普段どんなことに力をもらっていますか?
山本:映画にも出てくる「ラッキーアイテム」みたいなものですね! なんだろう!
蘇:私は桐子と一緒ですね。やっぱり周りの人々、友達、知り合い、家族が話を聞いてくれるのがすごく力になります。
山本:じゃあ結構人に相談とかするの?
蘇:結構相談します!
山本:意外かもしれない! それこそ監督としての相談は尽きないと思うけど、それ以外でもするんだね。
蘇:自分で結論を出す前に周りのみんなの意見を聞きますね。「こういうことがあったんですけどどう思いますか?」みたいに、みんなに聞いてから自分で考えて動き出します。
山本:そうなんだ。それで言ったら私はあんまり話さないタイプ。内に秘めているのとはまた違って、話す以前にもう決まってるんですよね。全部終わってから「こういうことがあったんだよね」ってことはよくあるけど。自分がどう思うかがまずあるから、外に出ていろいろなものを見たり、匂いをかいだりして、世界と接触する点がラッキーアイテムかな。
蘇:奈衣瑠さんの匂いの話、好きです。
山本:今回の長編と前作の短編は撮影した年が同じだったので、その年は1年間を通して会う時間が長くて、いっぱい話をしたね!
山本奈衣瑠
1993年生まれ、東京都出身。モデルとしてキャリアをスタート。2022年公開の映画『猫は逃げた』(監督:今泉力哉)で、オーディションにて主演に抜擢される。その他、『追い風』(監督:安楽涼)、『親密な他人』(監督:中村真夕)、『記憶の居所』(監督:常間地裕)など様々な作品に参加。蘇鈺淳監督とは東京藝大映画専攻17期 春期実習作品『鏡』で初めてタッグを組む。今後、映画『ココでのはなし』(監督:こささりょうま)、『夜のまにまに』(監督:磯部鉄平)、『冬物語』(監督:奥野俊作)、『オン・ア・ボート』(監督:Heso)などメインキャストを務めた長・短編映画の公開を多数控えている。その他、自ら編集長を務めるフリーマガジン「EA magazine」を創刊しクリエイターとしても精力的に活動している。
蘇鈺淳
1994年生まれ、台湾高雄出身、双子座。台湾藝術大学の修了制作『ダウン・ザ・ロード』が、2018年なら国際映画祭Nara-waveに入選。その後、東京藝術大学大学院映像研究科監督領域に進学し、映画監督の諏訪敦彦、黒沢清に師事する。入試のために制作した『豚とふたりのコインランドリー』が、PFFアワード2021で審査員特別賞を受賞。修了制作の『走れない人の走り方』第19回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門に出品される。
プロフィール
『走れない人の走り方』
2024年4月26日よりテアトル新宿にて2週間限定公開。
以降、横浜シネマリン、シネマート心斎橋ほか順次公開。
出演:山本奈衣瑠
早織、磯田龍生、 BEBE、服部竜三郎
五十嵐諒、荒木知佳、村上由規乃、谷仲恵輔
綾乃彩、福山香温、齊藤由衣、窪瀬環、平吹正名、諏訪敦彦
監督:蘇鈺淳
脚本:上原哲也、石井夏実
プロデューサー:黄申知、大槻美夢、小池悠補
撮影:齊藤夏寛
照明:織田知樹
美術:茅蘅
サウンドデザイン:城野直樹
録音:浪瀬駿太
編集:張馨予
音楽:スカンク/SKANK
配給:イハフィルムズ
『走れない人の走り方』
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