オリーブの葉の影が、ベランダに落ちた日差しを揺らしている。家の隣にある、大好きだった廃墟の取り壊しが決まり、そこに生息していた美しい鳥たちの声は重機と崩れ落ちるコンクリートの破壊音に変わった。
澄み渡っているはずの1月の空は、この辺りだけ、春の大気のように霞んでいる。私の肺には、いま小さなアスベストの部屋が生まれているのだろうか。
底の平べったい硝子のポットに、八ヶ岳に住むcamino natural labの寿香さんに調合してもらったハーブティーを淹れた。
彼女に会ったその日は八ヶ岳颪と呼ばれる、今の季節にしか現れない冷たい風が山のてっぺんから吹きわたる寒い日だった。たくさんのハーブを少しずつ試飲して、美味しいと感じるものを二種選ぶ。そこから更にブレンドしてもらったもの。私はローズマリーとミントを選んだ。ローズマリーは海の近くを好み、たくさんのミネラルを蓄えていることから、「市子さんは、海を求めているのかしら」と見事に心の内を当てられた。
ポットの底を覗き込む様にして、部屋の中を歩き回った。ゆらめくフローリングや冷蔵庫、絨毯に、回る椅子。エバーフレッシュ(「眠ったり起きたり草」と呼んでいる)やガジュマルは水草に変わり、部屋全体が水槽と化した。魚になった気持ちでいると、いつしかの記憶までもが溶けて泳ぎ出した。
ビールの泡が弾けて夜を迎えている。
下北沢の雑居ビルを階段で5階まで上がった、スパイスの香る店内に私たち3人は腰掛け ていた。
グラスの汗を指でなぞる。
私たちはひたすら、歌に溢れ、咽せ、いつまで経ってものぼせていた。永遠の尻尾とツノが齧り合って、ぐるぐる回っているような墓場。孤児たちは眼を光らせて、街の隅で見つけた仲間と触手を伸ばし合い、接続する度に閃光が弾けた。
「今夜どうするん」
「何が」
「知らん」
「死ぬで」
「歩こうや」
「ギター出せや」
「うたってるもんね」
「ほんまやめろ、はやいねん」
「はやなってんねん」
「新しいうた」
炸裂する。
メロディが、洪水のように溢れては私たちを切り裂いてゆく。
甘く苦い、たばこ、涙、青い火。
誰が最初にいなくなるか、とふざけて笑いながら、お前だけは死ぬな、と強くメッセージを込めて伝える、伝え合う。
わたしたちはこうして寄り添う時間をおばけと名付けた。
もう10年も前のことなのに、まるで今ここのことのように吐息している。もし、今よりもっと時間が経って、私たちがあの時のことを、あの時間を忘れてしまったとしても、土地や音楽は私たちのことをしっかりと覚えてくれているだろう。寧ろ、土地や音楽に私たちは食べられてゆくのだと思う。ひたひたと半分浮いている足音、綿飴のような髪の匂い、闇夜を仰いだ目玉たち。
ガラスのポットから顔を上げて部屋を見渡した。なんだか急に安心して、去ることへの恐怖が和らいだような気がした。うたの染みついたこの身体で、思う存分生き切ろう。