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同じ日の日記

積もる言葉が心の中に/前田エマ

韓国留学中の日々。「器用だったら、私は文章だって書いていないはずだ」

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2023年1月は、2023年6月19日(月)の日記を集めました。モデル、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティ、キュレーションや勉強会の企画など多岐にわたり活動し、現在は韓国留学中の前田エマさんの日記です。

東京から遊びに来た友人が、いくつか本を置いて行った。
その中に須賀敦子の『霧のむこうに住みたい』があった。
「留学中の話だから、参考になるかもよ」
この友人は、私がウィーンに留学していたときも、いくつか本をくれて、その中に石井好子の『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』と、向田邦子の『夜中の薔薇』があった。

思えばあの頃、言葉の通じない世界で、自分の中へ中へと潜っていた時間。
初めてエッセイを書いた。
いや、エッセイとは呼べないような、言葉の断片だったかもしれないが。
それこそ、遅れて慌てて書く、日記のようなものだったかもしれないが。

文字にする。
そのことを信じていないくせに、積もる言葉が心の中にある。
つくづく人というのは、多面的で、複雑で、割り切れない、面倒臭くて、愉快な生き物だなと思う。
自分ひとりを見ているだけでも、そう思うのだから。

日記もエッセイも嘘だ。
本当の出来事を書くというのと、本当のことを書くというのは、全く違う。

最近、世界は、言葉というのが、どんどん難しい。
好きなものを好きと言えない、おかしいことをおかしいと言えない、そんな世界が、ある。
いつの時代も、その時代なりにそうだったのかもしれないが、今は今なりに、変だし、私は怒っていると思う。
そもそも“世界”という言葉が、私にはわかっていないように思うけれど、それ以外の言葉が今のところ見つからない。
世界が私の外側にあると感じることもあるし、内側にあると思うこともあるし、重なっているなと気づくこともある。

そういえば、小説を出してから、1年が経った。
よかったね、小説という場所を見つけられて、と思う。
 
日記というのは、出来事を書き留めておくものなのか、心の風景を書き留めておくものなのか、いつもわからなくなって、続かない。
どちらも同じことなのかもしれないが、そう器用にできない。

他の人にとっては誰かに伝えるために書くものかもしれなくても、エッセイも小説も日記も、私にとってはどれも自分のためなのだから、そりゃ仕方ないようなあと思う。
 
そういえば、語学学校でも、器用にできないことが多い。
今度のスピーチテストでも、習っていない単語がたくさん出てくるテキストを書いてしまい、それを覚えるのに苦労している。
もっと簡単にすればいいのに。
先生や友達も、呆れている。
でも、自分のための勉強なので、これでうまくいかなかったとしても、知っていることや、言えることは増えるので、いいや。
文法や活用形を覚えるのも、みんなは“慣れ”だというけれど、私はいちいちいろんなことが気になってしまって、調べてしまうので、一向に勉強が進まない。
そのおかげでテストが上手くいかないけれど、まあそれも、自分のための勉強なので、いいや。
器用にできたら、すらすらと進級できたのかもしれないが、器用だったら、私は文章だって書いていないはずだ。
疑問や不思議がたくさんあるから、文章を書くのだと思う。

前田エマ

1992年神奈川県生まれ。東京造形大学卒業。モデル、写真、ペインティング、ラジオパーソナリティ、キュレーションや勉強会の企画など、活動は多岐にわたり、エッセイやコラムの執筆も行っている。連載中のものに、オズマガジン「とりとめのない、日々のこと。」、みんなのミシマガジン「過去の学生」、ARToVILLA「前田エマの“アンニョン”韓国アート」、Hanako WEB「前田エマの秘密の韓国」がある。声のブログ〈Voicy〉にて「エマらじお」を配信中。著書に小説集『動物になる日』(ちいさいミシマ社)がある。

『動物になる日』

著者:前田エマ
発行:ミシマ社
発売日:2022年6月10日
価格:2,420円(税込)

動物になる日 | 書籍 | ミシマ社

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