2週間ほど前、2月8日の日記を振り返ってみる。こんなことを書いていた。
佐藤雅晴がいなくなってからの3年間。任航(レン・ハン)がいなくなってからの5年間。長かったのか、短かったのか。今は、彼らの不在よりも、作品の広がりの中に、彼らの存在の実感がある。昨日、佐藤の《now》が手元に戻ったのがきっかけなのか、そう思うようになってきている。人間の記憶というのは強靭なものだ。
海外に行けるようになったら、任航が撮影したこの写真の舞台であるNYへ。
2015年、寒い2月のNYで、任航がこの写真を撮った。一度は書けそうになかった任航への、あの文章をまた読み返している。
悩んでいたあの時、エッセイにも登場する行きつけの暗いバーのカウンターで、マスターに相談した。
「任航に手紙を書くつもりでやりなさい」
そう言われて、原稿をおくることができた。
2月になると思い出す。今も任航との再見は続いている。マスターは、今日もすこぶる元気。
今日の日記として——この中には、いつかの記憶、これから訪れる或る日の「兆し」が潜んでいる。僕は、ただただ、いつも心をフルオープンにして、今を過ごしている。いつか、また日記を書く時も、今を過ごしている。そうなのだろう。
2日前、新宿バスタから夜行バスで京都へ出発した。長時間の長距離移動。座席が狭すぎる。横の人がずっと僕の肩に頭を乗っけて爆睡。僕は一睡もできず、トイレにもタバコ休憩にも行けなかった。横の誰か、よく分からぬ人。安らかな寝息と寝顔。なんだか申し訳なくて、一度も席から動くことができなかった。意識が朦朧としたまま京都に到着。身体的・精神的負荷を負い、京都に着いたのは21日の朝7時5分だった。
京都芸術センターで開催中の原田裕規個展『Unreal Ecology』を見るために来たのだ。CGアニメーション作品《Waiting for》の展示室で、作品からの心地よい音に浸っていたら、ベンチに座ったまま暫く居眠りしてしまった。
僕は、何を? 待ちわびている?
22日、京都の朝。起床8時40分——京都市京セラ美術館へ挨拶に行き展覧会を見る。京阪本線で大阪に向かう。淀屋橋駅にて下車。リニューアルオープンしてからずっと行きたかった大阪中之島美術館まで歩いて行く。学芸員の方に挨拶をした。人が行き交う夕方の大阪の街を歩く。街を、遠くを見つめながら一人歩くのが好きだ。