「あなたさ、本当に人を愛したことがないんじゃない?」
数年前、占い師に言われたことがある。正直、イラッとした。これだけつらく苦しい恋愛を経験してきた私に、「人を愛したことがない」だなんて、そんなことがあるはずないじゃないか、と。
だけど40歳を過ぎてなお一人でいる自分のことを、ふと冷静に見つめてしまう時、たびたびその言葉を思い出す。
――私は、本当に、人を、愛した、ことが、なかった?
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恋愛をするたび、私は絶望してきた。はじめは何もかもがきらきらしている。甘いきらめきにまみれて、そのうち二人は一緒に暮らし始める。しかし「結婚」という言葉がちらつき始めると、静かに、潮が引いていくように、彼は熱を失っていき、そうして終わりは突然やってくるのだ。
彼らは、去り際に決まって言った。ありがとう、愛してた、君は悪くない。それはまるで焦げついたケーキの上から真っ白な生クリームを塗りたくるみたいに、すべてをきれいに完結させてしまう。私は、残されたケーキをぐちゃぐちゃに破壊しながら泣き叫ぶ。私の愛を、よくも台無しにしたな! 私の愛を! 私の愛を……!
***
朝起きると、横殴りの雪が降っていた。私はあたたかいコーヒーを啜りつつ、窓の向こうの景色と孤独に浸り、今日は家の掃除でもしようかと考える。引っ越したまま手付かずだった「手紙箱」をずっと整理したいと思っていたのだ。
紙の重さで歪み、蓋が閉まらなくなっている「手紙箱」からは、懐かしい思い出が雪崩のように溢れ出してきた。度々手を止めては手紙を読んでしまうから、整理は一向に進まない。それでもやっと見えてきた箱の底から、小さく折り畳まれた白い便箋を見つけた。15年前に別れた夫からの手紙だった。
それは、こんなふうに始まる。
――今日はじめて人の為にカフェに行って手紙を書きました。すごく不思議な気分です。
小さく角張った字、控えめで優しい言葉、少しかすれた声が、きれいで悲しそうなあの顔が、ありありと思い出されて、息ができなくなった。彼が、私の夫だったことが確かにあって、いつの間にか、私はこんなにも遠くへ来てしまった。
元夫とは、いわゆる幼馴染で、同じ土地、同じ学校で、同じ友達と遊び、同じものを食べ、同じ音楽を聴き、同じように育った。15歳から付き合い初め、世界は、彼と私、“それがすべて”になった。そんな私のことを友人たちは、「イッツアスモールワールド」とよく茶化したものだ。
こんなことを覚えている。
中学の家庭科の授業で、「将来住みたい家」を発泡スチロール模型で作った。それはアメリカ西海岸風のカバードポーチ付きの家で、大きな窓やソファや、広大な庭もついていた。きっとそこには彼と私の子どもがいて、犬もいて、幸せな生活があるだろう。あの頃、疑うことなど何もなかった。
――俺たちは、いろんな事が絡み過ぎて解けなくなっちゃったんだよネ。そして二人が根気強くそれをほどく事ができなかった。お互いにネ。
離婚は悲惨だった。死ぬか殺すか、そんなケンカが毎日続いて、それまで“すべて”だった世界が、発泡スチロール模型の家が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。いくら泣き叫んでも、暴れても、もう何も取り戻すことはできなかった。だけど、15年越しに届いた彼の言葉には、そんな結婚生活への嘆きも怒りもない。一緒に暮らした二子玉川のこと。二人が共に成長してきたこと。労りと感謝。メチャクチャになった日々の後に残ったものは、ちゃんと愛だったじゃないか。と、涙を拭いながら思った。
ねぇ、焦げついたケーキの中には、こんなにもあたたかいものが入っていたんだ「ネ」。
***
「イッツアスモールワールド」で生きてきた私は、それから急激にこの広すぎる世界を知ることになった。違う土地、違う学校、違う友達の中で、違うものを食べ、違う音楽を聴いて育った人と、新しく恋愛関係を育み、共に生きることは、容易なことではなく、その過酷な旅は、私を、信じられないほど遠くへと連れ出してくれた。
そして今、私の目の前にはYさんが立っている。生のりと牡蠣でパスタをつくるといって、なぜだかフライパンまで持ってやって来た。こんな雪の日に。
Yさんは3年前に別れた恋人で、30代のほとんどを捧げたこの人との恋愛は、中でも過酷だったと思う。恋愛をするたびに、私は、次こそは、次こそは、と、失敗作のケーキを打ち消そうと必死だったのかもしれない。30代で出会ったYさんには、“最後の賭け”みたいな気持ちがあって、だけど彼は、それに応じなかった。
「あなたが見ているのは、俺じゃなくて、結婚でしょ」
と、言って。
二度と会わないと誓って連絡を断ったはずなのに、なぜ今、彼はここでパスタを作っているのか。
この年の初め、私は目の手術をすることになり、ものすごく弱気になっていた。このまま失明したら、仕事ができなくなる。一人で生きてゆけなくなる。心細さに耐えられなくなって、ついに連絡をとってしまったのだ。
「大変やな」
Yさんは拍子抜けするくらいあっさりしていて、片目しか使えない私の髪を洗ってくれたり、病院の送り迎えをしてくれたり、それが当たり前みたいに世話を焼いてくれた。そして眼帯がとれた今も、それはなんとなく続いている。
友達、なのか。この関係がそんないいものと言えるのかわからない。だけど、どこか救われているのは確かだった。
「私は本当に人を愛したことがないって、Yさんもそう思う?」
パスタを茹でようとしている彼に問いかける。
「いや、俺は、あなたに愛されていたと思うよ。だいたい……」
だいたい、占い師なんて世界で一番適当な奴らやろ。愛なんて、受け取る人によって変わるんだから、そいつの言う愛が正しいとは限らんやろ。
ああ、こういう人だった、とうんざりしながらも笑ってしまう。確かに、“愛なんて”定義のないものなんだ。
「じゃあさ、Yさんの愛ってどんなものなの」
「う〜ん」と唸ったあと、彼はふざけて歌い出す。
きっと奪うでも与えるでもなくて、気がつけばそこにあ〜るもの〜。なんてね。
ミスチルじゃん、と私は突っ込みながら一緒になって歌う。
――愛、自由、希望、夢、足元をごらんよ、きっと転がってるさ…
***
食後、ハイボール片手に上機嫌にしていると、Yさんがにこにこしながら「可愛いねえ」と言う。
元夫よ、私は、ずいぶん遠くまで来たけれど、なんだかきっと、幸せにやっています。全然知らなかった人と、全然よくわからない関係を築いています。だけど、ここにはなにかあたたかさがあります。生クリームのはげ落ちた、焦げついたケーキは、そんなに悪いものじゃないのかもしれません。たぶん、これも、私の愛のかたちなんだと思う。
皿洗いを始めたYさんが、「なに」という顔で振り向く。その顔は、相変わらずゴールデンレトリバーみたいで、新鮮でも、美しくもなく、だけど、なぜだか泣いてしまいそうに近くに感じるのだった。

