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同じ日の日記

自分の記憶の持ち主になるために/uhi [鄭優希]

追悼式に行く前日。102年前のことをいやでも思い出さなければならない時期に

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年8月は、8月31日(日)の日記を集めました。入管運動や関東大震災朝鮮人虐殺の記憶を継承する活動にも取り組んでいるuhi [鄭優希]さんの日記です。

正直に申し上げると、この一日が終わった頃には友だちんちにきゅうきょ泊まることになって、ぺちゃくちゃおしゃべりダラダラしたり。日記なんて書くひまなかったから、日付が変わってから書いたんだけど。

私、日記は、よく書く期間と全く書くことすら忘れている期間が何ヵ月単位で交互に訪れるから。最近はどちらかというと後者で、久しぶりに日記アプリをひらいた。

そして久しぶりにいつものように“昨日”やったこと、思ったこと、つらつら書き出してみたんだけど、困ったことに、疲れた気持ちとかなげやりな気持ちとか、ちょっとした愚痴しか表れなくって。これが1人で勝手に感じたことだったらいいんだけど、なんせ、名指す程ではないにせよ、不特定であるにせよ、相手のいる話だから。こうやって人様に見られることを堂々と意識して書く日記というのはなかなかないもんだから、どうしてもスマホにタイプする親指がこれ以上すすまなくなってしまって、数日間放置していた。

だから紙に書いてみることにした。
まっしろい紙ひっぱりだしてきて、鉛筆で書いている。
けっこう良いもんだ。

で、全く8月31日じゃない日にこれを書いているんだけど、
「日記」ってどこからどこまでが日記……? って考えることはこれまでも度々あった。

私は日記は二種類あると思っている。
その日あったことしたことを淡々と記録するのか、それともその日思ったこと感じたこと自分の奥底の感情中心につづっていくのか。
後者の方があとから読み返したときにおもしろくて、私は圧倒的に後者推しだから、そんなノリで8月31日の日記も書こうとしてしまったのでだめだったんだと思う。

あと、なんで私の普段の日記が後者よりだったのかというと
日記を書くことは、自分にとってはカルテをつくるようなことでもあったから。自分の中の感情の波をまったくコントロールできずに涙が溢れだしてきてしまう、動悸がとまらなくなってしまう毎日を過ごしていた今よりも若い頃。そういう気持ちや、思い出す記憶とかを文字に書いて、認知して、納得して、心を落ちつけていた。その瞬間瞬間、自分がどう感じていたかなんて自分の記憶の持ち主なのに忘れてしまう。だから自分の記憶の持ち主になるために、そうしていたのだと思う。後から、あの時の自分はまちがってなかったと、自分を責めないために。もしくはあの時の自分は、他人に対してまちがっていたかも、と、責任をもつために。いや、正直果たせていない責任? だってあるから、自分を呪うためでもあるのかもしれない。
どちらにせよ、「忘れたくない」という思いがどこか心の根底にあるのだと思う。

とは言いつつ、私は日記を毎日毎日つづけられるほど、マメな性格では決してない。
だから、何日分かの「日記」を後でまとめて書いたりするなんてこともしばしばあった。そういう時に決まって私は謎の罪悪感をおぼえたりしていた。だって「その日」はもう終わってしまっているから、「その日」のことを書いていたとしてもそれは結局「今日」の日記を書いていることになるのではないか。「その日」の自分に心をタイムスリップさせて 今日は〇〇で、さっき〇〇したから……〜 と書くのか、もういさぎよく「今日」の自分であることを認めて 昨日は〇〇で、〇〇の前に〇〇したから……〜 という風に書くのか。(時制の問題)

日記にルールなんてないから、そんなことどっちでもいいんだけど、「その日」にも「今日」にも誠実でないような、嘘をついているような気がして、だってもう「その日」が終わった時点から「今日」に至るまでの間にすでに「その日」に考えたことではない気持ちとか思いとかが時間の境界線をこえてにじみ混じりはじめたりもして、考えが無意識の中で無限ループ。それで日記を書くことがめんどくさくなって諦めてしまうことすらある。自分にとってはけっこう重大なことなんだと思う。

そういう訳で、この8月31日の日記は、そんな前置きが必要だったのである。だからもう8月31日に対しては少し申し訳なさ(?)を感じつつも、結局「今日」の自分として書くのが、自分の中でもスッキリ落ちつくのかもしれない。ということで、8月31日のことを改めて考えると、102年前のことをいやでも思い出さなければならない時期であるから。別にこの時期だから思い出すというわけではないけど。でもここ数年、特に、関東大震災朝鮮人虐殺の記憶の活動をしている人だと周りにも認知されるくらいには頑張って活動してはきたので、そのせわしなさに「追悼」とは何なのかと時間をとって考える暇もなかった。8月31日もそのことについて考え、学ぶ場に足を運んだものの、人の多さ、これまで先人たちがちくせきしてきた研究によって圧縮された濃みつな歴史(じかん)、そして現代につづくヘイトの凄まじさ圧倒されてしまい、ものすごく疲れてしまって。運動ってつくづくむずかしいものだと、でもだからこその運動でもあるよなって思いながらトボトボ帰り道を歩いていたら、さっきストーリーにあげた写真に運動仲間である友だちからリプが来て、返信したらすぐにまた返信が返ってきたから、「今何してる?」ってきいてみた。だれかとわざわざ約束をしてキャッキャする元気も全然ないけど、このズーンとした気持ちのまま帰宅して一人で家にいる自分をあまり想像もしたくなくて、その瞬間その場の流れで「一緒にごはん食べたい」って言えたのがとても気楽だった。そうやって流れるままに私は東京の西の方へ向かった。

明日は午前中から両国の横網町公園の追悼式に行く予定だから、ごはんだけ食べて、すぐに帰ろーっと思ってたけど、最初は。運動のいろんなこと。話すと止まるわけもなく。まぁいっか。朝、西から東に行けばいいだけのはなしだから。ね。

って、あれだけ「日記」の前置きも書いたのに、8月31日の夜を生きているような自分でいた。いつのまにか。まぁいっか!
入ったドン・キホーテのチカチカうるさい光が、きこえる。

uhi [鄭優希]

1994年、東京生まれ。朝鮮学校と韓国学校に通う。かつて母が“帰国”を望んだ朝鮮民主主義人民共和国と父の憧れたアメリカの大きな存在を影に感じながら、日本・韓国社会の中で自分が在日朝鮮人三世として抱かざるを得なかった違和感を頼りに活動するクィア。ノンバイナリー。入管運動や関東大震災朝鮮人虐殺の記憶継承に取り組む。

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山口スタディツアー【沿岸からのぞむ「在日の海」〜下関・宇部・仙崎を巡る2泊3日の旅〜】

2026年3月13日(金)〜15日(日)

山口県内の3つの沿岸部を訪れ、数多くの在日朝鮮人が渡り犠牲となった「海」の物語に想いを馳せる旅。実際に、地域で活動する在日コリアンや日本の市民にもお話を聞き、山口、ひいては日本の現在にまで繋がる盛りだくさんなスタディツアー。旅のお供には、在日朝鮮人作家・尹紫遠(ユン・ジャウォン)の2冊の本を。uhiが企画に携わっています。
申込締切:2月13日(金) ※定員に達し次第受付終了

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