トランスジェンダーの姪を捜すため、ジョージアからトルコへ旅する物語
2026/1/23
2026年1月9日(金)から公開中の映画『CROSSING 心の交差点』。ジョージアで暮らす元教師のリアは、行方不明になったトランスジェンダーの姪・テクラを捜すため、彼女を知るという青年・アチとともにトルコ・イスタンブールへ旅に出る。やがて二人は、トランスジェンダーの権利を中心に活動するNGOで働くトランス女性の弁護士・エヴリムと出会い、助けを借りることに。「不在」のテクラを捜す旅を通して、世代も言葉も文化も違うリア、アチ、エヴリムの心の距離は少しずつ近づいていき……。
この作品の監督・脚本を手がけたのは、映画『ダンサー そして私たちは踊った』で知られる、スウェーデン生まれのジョージア人で、トルコとのつながりもあるレヴァン・アキン。舞台は、LGBTQ+の人々が大きな圧力に晒されているジョージアとトルコ。監督は、リサーチ中に出会ったというトランスジェンダーの孫娘を捜した祖父の実話から着想を得て、綿密なリサーチを重ねてイスタンブールのトランスコミュニティを描き出し、当事者をキャスティング・スタッフィングして、この作品を作り上げました。
この記事では、以前ジョージア旅行を計画していたという能町みね子さんをゲストにお迎えして、1月17日に開催したトークショーの様子をレポートします。MCは、me and youの野村由芽が担当しました。
能町さんは、以前からジョージアに興味を持っていたそう。トークショーは、『CROSSING 心の交差点』の舞台となった国々の話題から始まりました。
能町:もともとジョージアという国が気になっていて、首都・トビリシ行きの2020年6月のチケットを取っていました。コロナ禍になってしまって今もまだ行けずにいるんですけど、憧れています。
昔、『旅行人』という旅行雑誌があって、たまたま本屋さんで表紙に「コーカサス特集」と書いてある号を見て初めて、ジョージア、アゼルバイジャン、アルメニアの三国を「コーカサス三国」と呼ぶと知りました。アジアとヨーロッパの境目のあの辺りが自分にとっては一番謎めいて感じていて、旅行するならまずはジョージアかな、と思ってチケットを取っていたんです。
この『CROSSING 心の交差点』はジョージアからトルコ・イスタンブールへと旅をする映画ですが、ジョージアやトルコを舞台にした映画を観たのは初めてかもしれません。
野村:作中で、ジョージアのバトゥミからイスタンブールを訪れたアチに対してホテルの従業員が「私はチェルケス民族、コーカサスでもある」と自己紹介するシーンもありましたね。
能町:ジョージアとトルコは隣り合っていて地続きですが、言語は違うんですよね。日本で暮らしているとあまり馴染みのない国々なので、言葉が通じないんだ、といったことも作品を通じて実感できます。
バトゥミはジョージア第二の都市で、地図で調べると、沿岸に位置していてトルコとの国境にもほど近いということがわかりました。
野村:作中には風景や街並みを映し出すカットも多くありましたね。リアとアチがイスタンブールに向かうフェリーに乗っているシーンがとてもよかったです。国によって街並みは違っても、海は海だなと思いました。
能町:でもあれも黒海なので、内海なんですよね。
野村:ああ確かに! 能町さんは海の解像度が高いですね。
次に能町さんは、印象に残った点として、トランスジェンダーの人物たちの描き方に言及しました。
能町:トランスジェンダーを主人公にした作品はどうしても一面的な、型にはまったような描き方になることが多い印象があって。トランスジェンダーは悩み苦しむ「かわいそうな人」ばかりという見え方になりかねない。
対してこの作品は、トランスジェンダーの姪っ子・テクラを捜すことが主題になっているけれど、その姪っ子は行方不明で出てこないわけですよね。それから、リアとアチを手助けしてくれるトランスジェンダーの人たちが出てきますけど、なにしろ何人も出てくるので、いろんなタイプがいて一面的になりようがない。
たとえば、エヴリムというトランス女性の登場人物は弁護士で、NGOで勤務している。こういう言い方はあんまりよくないかもしれないけど、社会的な地位のあるトランスジェンダーのキャラクターですよね。やっぱり、そういうトランスのキャラクターも描いていくべきだと私は思っています。その一方で、苦しい立場にあるトランスジェンダーも出てきて、両方が描かれているのが現実に即しているというか、すごくいいなと思いました。
調べてみたところ、ジョージアの主要な宗教はキリスト教(ジョージア正教)らしく、トルコはイスラム圏ですよね。イメージとしてはイスラム圏のほうがLGBTQ+に厳しいんじゃないかと思ってしまいますが、実際にはジョージアでもトルコでもLGBTQ+の人々は大きな圧力に晒されているそうです。ただ、イスタンブールはまた特殊で、都会なのでいろんな人がいるから寛容ということもあるらしく、監督によると作中で描かれているようなトランスコミュニティも実際にあるようです。だから、テクラのように「イスタンブールに行きさえすれば生きていける」と考える人々がいる。
野村:テクラは、ジョージアで所属していたコミュニティでは自分のままで生きていくことが難しかったのではないかと想像します。リアはそんなテクラへの接し方に対する後悔があって、それがリアをテクラのことを探す旅へと駆り立てている。叔母のリアと姪のテクラの間に存在する世代差や、さまざまな文化によって受ける影響が異なることも、二人の価値観の違いにつながる部分があるのではないかと感じました。
能町:リアの背景もあまり詳細には描かれていないですけど、彼女は独り身なんですよね。テクラを捜しに出た理由は、年を取って肉親を求めたくなったのか、だとしたら自分勝手な部分もあるのかもしれないとは思ったんですけど、テクラに対して「もっとこうしてあげたかった」という気持ちもあったんじゃないかと思いました。
野村:エヴリムがリアとアチに「本人の意思は?」と聞くシーンがありました。テクラはリアに会いたいのか、あえて隠れている可能性もあるんじゃないか、という。一方で、トランスコミュニティの人たちはテクラに会おうとするリアを見てちょっと羨ましそうにしていましたね。
能町:ああ、そうでしたね。「優しいよね、わざわざその人を捜しに来た」「私たちの家族は?」「捜してるわけないでしょ」と。
全部が全部、綺麗ごとじゃないっていうか、捜す側も捜される側も自分勝手な部分はあって。血縁関係のなかで特によくあることなのかもしれないですけど。綺麗ごとじゃない部分を描いているのもよかったなと思いました。
能町:リアも、100%共感できるような人物じゃないのがまたよくて。お酒を飲んで、急に口紅を塗って踊り始めるんですよね。最初のイメージからすると、気難しくて愛想のない、まああえて言えばおばさん。一緒に旅するアチにもなかなか心を開かない。それでも、お酒を煽れば踊っちゃういい気質です。仏頂面でなにもかもどうでもいいみたいな顔をしてるのに、「こんなところあったんだこの人!」みたいな。
野村:お酒がとても好きで。好きという以外の理由もあるのかもしれないけど。自分で「若い頃はダンスも村で一番だった」と言っていましたね。
能町:リアは、なんていうのかな、等身大のおばさんって感じがして好きだったんですよね。
野村:たしかに、特別「いい人」とか、「共感できる」とかでなくとも、ああいった初老にさしかかるぐらいの中年女性が主人公というのはいいですよね。
能町:いいですよね。私はあえて「おばさん」と言いましたけど、おばさんの映画が増えていくのはいい傾向だなと思ってます。おばさんって主人公になりにくいと私は思ってて。若者は主人公になるし、おじさんも主人公になりやすい気がするんですけど、おばさん、特におばさん然としたおばさんであればあるほど主人公になりづらい気がしていて。
野村:顔のしわとかもくっきり映っていて、よかったですよね。
話は広がり、この作品で描かれている、家族的なつながりの話題に。
野村:この作品では血縁関係のある家族も間接的に描かれていますが、血縁がなくとも親密な関係性やコミュニティ、自分自身で選んだ家族的な存在との関わりあいも描かれていました。
能町:ああ、確かにそうですね。
野村:テクラがイスタンブールでしばらく身を寄せていたであろう、「ママ」と呼ばれる人がいるコミュニティがあったり、リアとアチも旅を通じて家族のようになっていったり。
能町:その辺りは私もすごく印象的で。アチは地元で、実のお兄さんとその妻と暮らしていましたけど、「トルコで就職したい」と言って、その家族との縁はもう切れてもいいと思ってるわけじゃないですか。場合によっては、血縁を絶対視せずに、でも誰かと寄り添って生きることもできるんだよ、そのほうが生きやすいかもしれないよ、と提示している。リアとアチが擬似家族的になって、テクラの行方がわかったら彼女も一緒に暮らせたら、というのを理想としては描いてるんじゃないかと思いました。
野村:能町さんは旅行もお好きですし、二拠点生活も取り入れられていて。自分が暮らしている場所や当たり前と思っている環境と違うところに身を置くことをよくされている理由を伺いたいです。
能町:物理的に違う場所に行くと、本当に違う人になったぐらい感覚が変わるんですよ。それが私はすごく好きで。夏に3ヶ月ぐらい青森に住んで、他は東京にいるっていう生活をしてるんですけど、戻ってくると青森で過ごしてたのが本当に夢のようだった感覚になって。夢のようとしか、ちょっと表現のしようがないんですけど。本当にあそこに3ヵ月もいたんだっけ、って思うような。
こっちに戻ってきたらまたすぐ馴染んで、やっぱり自分は東京の人だと思うんですけど。それで次のシーズン、青森に行くのが面倒くさくなってきたりして。まあでも行くかって思って行くと、あ、私こっちの人だった、ってなる。それが本当に不思議な感覚で、理由は自分でもちょっとわからないんですよね。
基本的に旅行者って部外者じゃないですか、本来は。私はそう思われるのがあんまり好きではなくて、なるべく地元の人だと思われたいみたいな欲求があって。海外だと、それはなかなか難しいですけどね。でも旅行することによって、自分が一つの人生を生きているだけの存在ではないと思えて、少し気が楽になるというか。自分はいつでも自分じゃなくなれるんだみたいな。ちょっとそういう感覚に近いものを旅行のときも感じてますね。
野村:「自分はいつでも自分じゃなくなれる」という感覚で楽になれるんですね。
能町:常に自分が自分じゃなきゃいけないのは結構嫌で。いろいろな流れでテレビに出たりしていて、知らない人が私を知ってるってことがたまにあるわけですよ。でも本当は、何者でもない人だと思われていたいみたいな。私はあらゆる人が一般の人だと思おうとしていて、私も一般人です。自分もあらゆる人と等価でいて、なにも背負わず自由な感じでいたいと思っています。飽きっぽいのかもしれないですね。ずっと自分でいるのに飽きちゃう。
野村:それは前に出てお仕事をされるようになったタイミングと重なってるのか、例えば子どもの頃からなのか。
能町:ある程度大人になってからはそうですね。常に、どこか別の街で過ごしたいみたいなことをずっと思っていました。
野村:私もこの映画を観て、ひと言では言えないんですけど、イスタンブールの雑踏の風景などを見てるとすごく心が軽くなる感じがありました。それぞれの人生を持つ人がこんなにもいるということに視野が広がって、自分はその無数の人々のうちのちっぽけな一人なのだと思える感覚というか。リアが主人公ではありますけど、アチやエヴリムやテクラや旅の中で出会う人々の物語も少しずつ、けれど丁寧に描かれていてよかったですよね。
能町みね子
1979年北海道生まれ、茨城県育ち。現在、青森市と東京で二重生活を送る。文筆業・コラムニスト。『デッドエンドで宝探し』(1/30発売予定)『結婚の奴』『お家賃ですけど』など著書多数。
プロフィール
『CROSSING 心の交差点』
2026年1月9日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中
監督・脚本:レヴァン・アキン
出演:ムジア・アラブリ、ルーカス・カンカヴァ、デニズ・ドゥマンリ
2024年/スウェーデン・デンマーク・フランス・トルコ・ジョージア/ジョージア語・トルコ語・英語/106分/カラー/16:9/5.1ch
原題:Crossing
字幕:横井和子
後援:スウェーデン大使館、デンマーク大使館
配給:ミモザフィルムズ
© 2023 French Quarter Film AB, Adomeit Film ApS, Easy Riders Films, RMV Film AB, Sveriges Television AB
作品情報
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