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同じ日の日記

焚き火はもっと遠ざかっていくけれど/ヤスダ彩

冷やし中華の約束、クリエイティブでない仕事、物語めいた記憶、公営プール

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2025年5月は、5月21日(水)の日記を集めました。5月にtwililightで個展『Le Déclic Magique(ル・デクリック・マジック)』を開いた、写真家のヤスダ彩さんの日記です。

5月とは思えない暑さで、全く体が休まらないままなんとか人の形として起床した。
部屋で細々仕事をしていると、昼が近づくにつれてキッチンから冷やし中華が迫ってくる。わたしたちは昨晩から、昼飯はかならず冷やし中華にしようと約束を交わしていた。ふとアルバムを遡ると2年前の今日もちょうど、わたしたちは冷やし中華を食べていたと知る。毎年この日にいきなり暑くなっている可能性を感知。すみませんね、と言いながらわたしもキッチンに入り、雑な錦糸卵を作った。
暑さに急かされるようにして冷やし中華を食べ、家の人を見送り、日課の筋トレをする。

夕方までまた部屋で黙々と働き、その間は驚くほどに面白いことのひとつも起こらず、誰よりもクリエイティブからかけ離れた仕事をして時間だけが過ぎた。特にこのなんかシュッとした業界にいるとクリエイティブでない人間に対して「何も作ってないくせに」と見下した視線が向けられがち(を超えてもはや視界にすら入れてもらえないがち)だが、どう考えても社会の大半はクリエイティブでない仕事から成り立っているので、胸を張って己はクリエイティブでないと宣言し人々を安心させたい心、ここにあり。

暗くなり始めたので自転車に乗って公営プールへと向かう。このくらいの時間に自転車で移動していると、小学生時代の帰り道を思い出す。土手から自宅までの道はとにかく真っ暗で、畑に集まっているお婆さんたちの焚き火だけが煌々と光っていた。わたしはとにかくそこを目印にしてペダルをぐんぐんと漕ぎ、鼻いっぱいに冬の冷気と夕飯の匂いを吸い込みながら明るい家に帰ることだけを考えていた。あまりに物語めいた記憶なので思い出すたび嘘なのかもしれないと思う。当時の自分が見たらひっくり返るくらい眩しく騒がしい街を抜けて、自転車を停める。

水泳は6年間習っていたものの、大ブランクを経て先週からまた泳ぐようになったので恐ろしいほど体力が落ちている。初日は思うように前に進めないのに進むしかなくてtripleSの歌詞かいと思ったが、今日は思いの外長く泳げるようになってきた。

泳ぎ続けている間じゅうは脳内で今観ているドラマ『善意の競争』の水中シーンやtripleS「Are You Alive」のMVが延々とリフレインして、(とにかく手を取って走り出す描写が好きなんだわたしはヨォ……)だとか(大学で唯一掴み取れた美術っぽい授業が英語でMVを作るという内容で、1人だけ張り切りすぎて手を取って走り出す本気MVを制作しぶっちぎりの評価を取ったんだわたしはヨォ……)だとか(お腹空いたからこのあと絶対にワカメのサラダを食べたい)(ワカメって動物か植物か分かんなくなるタイミングがあるんだけど、そんなわけなくないですか?)みたいな考えが連想ゲームよりももっとランダムに脳にポップアップされる。わたしは全くまとまろうとしないこの思考をかき分けるように、手のひらで水を押し返しながらただ前へと強く進んだ。

日記にするからまとめたふうに書いているけれど、本当は毎日思考が上手くまとまらなくて、思い通りに動けないことのほうがずっと多い。この日はただ運動で疲れることができて気分がいいだけの日だった。ワカメのサラダが美味しいだけの日だった。大人になると目印になるような焚き火はもっと遠ざかっていく(더 뛰어도 꿈은 더 멀어져)けれど、時々こうして単純な喜びを目指しながらぐんぐん進めるような日が迎えられれば、それはとても美しくて贅沢なことだと思う。わたしは堂々と 泥臭いままでいたい。

ヤスダ彩

写真家。1999年、愛知県生まれ。
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