自分でコントロールできないことは苦手。それでも他者の存在に心を掴まれる
2025/8/7
どんな家で、誰と、どうやって暮らしていますか? 一日のなかで最も長い時間を過ごすことの多い家が、自分を繕わずに存在できる場所であったなら、きっとたよりない日々を支えるものになるはずです。今回は、家での暮らしを大切にしながら、それぞれ工夫を凝らしながら日々を営んでいる方々に、いくつかの質問に答えていただきました。
この記事では、言葉を使った作品制作や展示、ZINEの制作なども行う翻訳・文筆家のきくちゆみこさんに、家での暮らしについて教えていただきました。きくちさんは、夫の松樹さん、8年前に生まれたお子さんのオンちゃんとの三人暮らし。昨年、子供の進学に合わせて引っ越しをし、横浜の団地で暮らし始めたばかりです。もともと自分でコントロールできないことは苦手なタイプだというきくちさんが、他者の存在が生活のなかにあることでもたらされたものとは?
1. 暮らしている家の好きなところ、好きになるために工夫しているところについて教えてください。
2. 誰かと暮らすことや、ひとりで暮らすことの選択をどのように行いましたか? そのうえで、「生きることのさまざまなたよりなさ」に日頃どのように向き合っていますか?
3. 暮らしている地域の好きなところは?
4. 家にある、たよりない日々を支えてくれるものとは?
5. 部屋の間取りを教えてください。
1. 暮らしている家の好きなところ、好きになるために工夫しているところについて教えてください。
子どもの進学に合わせて東京を離れ、「山側」の横浜に引っ越して1年が経った。いまは、わたしが生まれたのとほとんど同じ時期にできた巨大な団地の一室に暮らしている。それなりにくたびれた築古物件、それでもなかはリフォームされていて、とにかく広々として心地いい。白く塗り直されたレトロなクローゼットや、ドアの上部に開いた風通し用の小窓など、当時のおもむきが残っているところもなんだか好き、かわいい。和室の押し入れは四次元ポケットみたいで、これまでの人生でいつのまにか溜め込んできた愛すべきガラクタたちをすべて受け止めてくれる。いまもまだ、この部屋になじんでいる途中、だからまずはありのままのこの空間を愛していきたい。
2. 誰かと暮らすことや、ひとりで暮らすことの選択をどのように行いましたか? そのうえで、「生きることのさまざまなたよりなさ」に日頃どのように向き合っていますか?
ひとりっ子ゆえの心許なさなのか、それとも蠍がつよめの星回りが影響しているのか、だれかと出会うとすぐに「あなたとわたしでわたしたち」化してしまいたくなる。つまり、二人きりでいたくなる。そんな気質がわざわいして、これまで何度も関係性の危機をくぐりぬけることになった。「あなたはわたしだし、わたしはわたし」、心をゆるしたら最後、ほとんどジャイアンみたいに自分勝手なルールに溺れそうになりながら。そんな関係に風穴を開けてくれたのが、8年前に生まれたオンだった。松樹とわたし、二人で長いあいだ築き上げてしまった閉じられた世界の扉を、がらり、と無遠慮に開けてくる第三の存在。
リビングとそれにつづく和室のあいだにある、この「ふすま」はまるでその象徴みたいだ。いちばん近くで生きている人たちとは、ときに距離を見失い、境界をやすやすと超えてしまえる。だからこそ、開けては閉め、閉めては開け、日々すきまを微調整しながら、あなたとわたしのたよりない境界を保っている。
だれかと一緒に暮らすこと:料理とか掃除とか手仕事とか、得意じゃないし好きでもない、めんどうくさくてたまらない、それでも生活をいろどるはずのそうしたささやかな行為を、うん、わかった、やってみるか、と思いなおすための魔法をもらえる(たとえば味噌汁を毎日つくる動機が生まれる)。
わたしたちの足並みは揃わない、影もぜんぜん重ならない、それでもいまは、ひとまず3人でこの道を歩いている。
3. 暮らしている地域の好きなところは?
ひしめくように立ち並ぶ建物は笑っちゃうくらいに無機質で、ひとつひとつの部屋の間取りもどれも同じで個性がない。でも団地には、ここで出会った家族がたくさん暮らしていて、それだけで日々が有機的に流れていく。
この前、となりの棟に住んでいる学校の先輩家族が、実家の畑で採ったという「ネギ坊主」の天ぷらを届けてくれた。オンより少し年上のお姉ちゃんが階段を一気に駆け上がり、「あつあつのうちに食べてね!」と、揚げたてを。また別の日、夕飯のおさそいを受けたわたしは、「ちょっと家に戻ってくるね」と言ってトマトとさやえんどうのスパニッシュオムレツを作った。フライパンからお皿に移し、そのまま徒歩でオムレツを運ぶ。みんなで「いただきます!」と手を合わせたときも、オムレツからはまだ湯気が出ていた。
徒歩圏内にはざっと数えて5つほど公園があって、夏を前に木々は緑の葉を一斉に茂らせている。暑くなりすぎる前に、他の家族も誘って公園で「アペロ」でもしようよね、なんてわたしたちは話している。
4. 家にある、たよりない日々を支えてくれるものとは?
たとえばオンが子どもコーナーにしつらえた祭壇や、永遠に捨てられそうもない何枚もの落書きやメモの束。ぽっかり空いた午後に松樹が鳴らすレコードの古い曲、ごりごりと大げさな音をたてて挽く深夜のコーヒー。
自分が好きな場所に、自分が好きなものだけを。自分が好きなときに、自分の好きなことだけを。ほんとうはそんなことばかりを望んでいて、自分でコントロールできないことはめちゃくちゃ苦手、だから人との暮らしはわたしにとって、ノイズだらけでストレスだらけ。それでもふとしたときに目に入る、耳に触れる他者の存在にぎゅっと心を掴まれることがある。
新鮮な切り花をかざって、きちんと水を変える余裕なんてない、すぐに茶色くなって花粉をあたりにまき散らす雑草ばかりが増えていく。整えられたうつくしさとは無縁な我が家ではあるけれど、でも、そこにはわたし以外のだれかが、たしかに何かを愛して生きている、という痕跡がある。そんなカオティックな愛に、毎日いらいらさせられながら、それでもけっこう救われている。
どんな家で、誰と、どうやって暮らしていますか? 一日のなかで最も長い時間を過ごすことの多い家が、自分を繕わずに存在できる場所であったなら、きっとたよりない日々を支えるものになるはず。
賑やかな場所で暮らしたい。自然に囲まれて静かに過ごしたい。パートナーと、家族と、仲間と、一人で暮らしたい。たくさんのものに囲まれて暮らしたい人もいれば、ほんの少しの好きなもので満たされる人もいます。暮らしの選択肢は、数え切れないほどあるはずで、誰かにあり方を決められるのではなく、自分自身が本当はどんなふうに暮らしたいのかに耳を澄ませ、望むかたちを見つけていけたなら。
今回は、家での暮らしを大切にしながら、それぞれ工夫を凝らしながら日々を営んでいる方々に、いくつかの質問に答えていただきました。年齢もジェンダーも、住む場所も暮らし方も異なる人たちの生活を覗いてみると、暮らしのあり方は人の数だけ存在していることをあらためて実感します。生活の中で一人ひとりが実践している小さな工夫や、身近なものの愛し方を知ることで、たよりない日々のなかで大きなものに飲み込まれずに生きていく支えとなる、自分なりの暮らしを考えるきっかけになったらうれしいです。
きくちゆみこ
文章と翻訳。2020年よりパーソナルな語りとフィクションによる救いをテーマにしたzineを定期的に発行。zineをもとにした空間の展示や言葉の作品制作も行う。主な著書に『だめをだいじょぶにしていく日々だよ』(twililight)、訳書に『人種差別をしない・させないための20のレッスン』(DU BOOKS)などがある。現在はtwililight web magazineにて、新しく引っ越してきた郊外の団地での生活を綴った「人といることの、すさまじさとすばらしさ」を連載中。
プロフィール
twililight web magazineで連載中の日記エッセイ「人といることの、すさまじさとすばらしさ」。このたび最終回がアップされ、秋には本として出版予定です。お楽しみに♡
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