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同じ日の日記

いつだってグラデーションのなかで/小林七海

銭湯で、友人の結婚式で。「互いが交差した瞬間に手をつなごう」

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年7月は7月4日(木)の日記を集めました。編集者として働きながら、「Let’s Talk About Environment」をモットーに活動するコミュニティSpiral Clubのメンバーとしてシェアハウスをしている小林七海さんの日記です。

7月に入ったばかりなのに息の詰まる暑さ。家の裏には川が流れ緑が生い茂っていて、そこからヌメった湿気と鳥や虫の声が届く。とりあえず扇風機をつけて、汗をかきながら身支度。急いで家を出ようとすると、同居人2人が玄関まで「いってらっしゃ〜い」と大きく見送ってくれた。こんな瞬間に、ここで暮らせていてよかったな、と誰かとの生活のかがやきを知る。最近通勤電車で読んでいるのは、多和田葉子さんの『星に仄めかされて』。数カ月前に読んだ『地球にちりばめられて』の続編らしく、京都市内の恵文社で偶然出合った。
今日は早めに退勤をして、17:45に三軒茶屋駅近くの銭湯で待ち合わせ。少し遅れた私を待たずに(そういうところが好き)、先に気持ちよさそうに湯に浸かっている友人を見つけて、更衣室越しに笑いかける。夏至をすぎたばかり、まだ外の光が窓から射し込んでいて得した気分。平日の夕方なのに風呂場には10人以上が集い、異なる時間軸で暮らしている人たちの存在に安心する。
友人とともに熱湯と水風呂を往復。駅前で別々に遭遇していた、東京都知事選挙の街宣について意見を交わし風呂を出た。近所の餃子屋に入って同じ皿からつまみつつ、いつものように瓶ビール1本をシェア。汗をかく互いを笑い合いながら、近所に銭湯がほしい、隣の席の子どもの切り揃えられた前髪が可愛い、7月上旬でこの暑さは気候危機だ、今週末の都知事選に向けて1人街宣しよう、そんな普段通りの会話。私たちの暮らしは交差し、今重なっている。

「関係性に名前をつけないで、互いが交差した瞬間に手をつなごう」そんな話を誰かとしたことがある。そうしたいと思うと同時に、今は交差しない人たちのことも想っている。重ならなくとも手を伸ばしてつながり続ける関係も存在する。そうやって関心を持ち続け対話を繰り返すことで、互いの変化に耐えうるような関係性を築ける気がするから。

7月4日の2日後、私は14歳で出会った友人の結婚式に出席するため、思春期を過ごした米国へ向かった。10時間以上かけて降り立つと、空港の売店の位置や床の模様、窓から見える森の景色まで、まるでタイムスリップしたかのような変わらない様子。再開発で変化の激しい東京との差にくらっとしつつ、当時の薄れていた記憶が断片的に蘇ってきた。
式当日、数年ぶりに友人らと出会い直す。あの頃を振り返る一方で、互いの変化を確かめ合う時間。
「七海は結婚したい?」
「うーん、まぁいいかな」
「結婚に反対なの?」
「どうだろう、そっちは?」
「人のウェディング・パーティーに行くのは好き」
「なるほどね」
40℃を超える異常な暑さのなか(いつもだったら気候変動の話をしているだろうが今日はしない)日陰に入って気の抜けた会話。細かい近況を報告したり実際に感じている違和感を説明したりはしなかった。それでもゆっくりとした夕暮れと心地よく過ぎる時間をともにする。

私たちは10代から今もまだ変わらず“友だち”でいた。重なることはもう少なくても、手を伸ばしてつながり合い互いの幸せを切に願う。グラデーションのなかで近づいてまた離れて、“正しさ”を少し手放しながら愛おしく思う。

言葉を発するとき、それぞれのグラデーションのなかにいるひとりひとりに寄り添うように届くことを願う。だがそれはときに難しく、「どうしてパレスチナの話をしてくれないの?」とある人に、責めるように問いかけたことがあって、私はそれを少しだけ後悔している。
内側で巡る時間、政治や社会への憤りに震える日々、言葉ひとつひとつと向き合う夜、愛や笑いに満たされる瞬間。1人でいるとき、話せるだれかといるとき、わかり合えないと感じるとき、新たな世界に自分を連れていくとき。私たちは常にグラデーションのなかにいる。

もちろんとらなければいけないスタンスがあるし、発すべき言葉があると思っている。だけどそういう体で握るべき手を振り払っていないだろうかと最近は自分自身に問いかける。今日もまたそれぞれ異なる距離から話せる人がいる、そしてそれは流れるように変化するもの。せっかく届く距離にいるのだから、まずは手を取り合おう。1年後の2025年7月4日、変化の末にどこにいるかはまたそのときに。

小林 七海

2000年生まれ、東京在住で編集者として働く。最近はSpiral Clubでの活動に注力中。ノンバイナリーとしてLGBTQ+の権利、フェミニズムに関する発信も行う。自然、生き物、人が大切にされる社会を楽しみながら作っていきたい。(They/Them)
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