創作・論考
ミランダについてZINEで掘り下げた、『KAZAK』編集・発行人のコラム
2024/9/13
アメリカの片隅でフリーペーパーに売買広告を出す人々を訪ね、話を聞き、ひとりひとりの忘れがたい輝きを記録したインタビュー集『あなたを選んでくれるもの』(訳:岸本佐知子、発行:新潮社/2015年)。自分では言えないメッセージを、自分の代わりに口頭で伝えてくれる誰かに送信するメッセージアプリ「Somebody」。さまざまなテクノロジーを取り入れながら、他者とのコラボレーションやコネクションの可能性を探求するミランダ・ジュライが、2024年5月9日〜8月26日にプラダ青山店で、東京初個展となる『F.A.M.I.L.Y. (Falling Apart Meanwhile I Love You)』を開催しました。
映画監督・アーティスト・作家というさまざまな肩書きで活動するミランダ・ジュライが、今回のプロジェクトで選んだ手法は、Instagramを介して出会った7人の見知らぬ人たちとのコラボレーション。無料編集ツールで切り抜かれたミランダ・ジュライと相手が画面のなかでコラージュされ、交わっていく様子は、見ているこちらの身体感覚や、固定化されていた「境界」の捉え方に揺さぶりをかけます。本展に2度足を運び、編集・発行人を務めるZINE『KAZAK』ではフェミニズムやライオットガールの文脈でミランダ・ジュライについて掘り下げたこともあるaggiiiiiiiさんが、文章を寄せてくれました。
この夏にプラダ 青山店で行われていたミランダ・ジュライの展示には、2回行った。正直に言うと、初回の滞在時間は5分にも満たなかったと思う。せっかちなのでギャラリーのような空間で映像作品をじっと見るのは苦手だし、その時はほかのお客さんがいなくて、暗いスペースにスタッフの方とふたりきりという気まずさもあった。いや、単純に戸惑っていたのかもしれない、作品が想像していたよりも性的だったことに。Beautiful works! Love theeem! インターネットだったら、そんなコメントがたくさんついていることだろう。でも、わたしはまだそこまで開放的なタイプではないみたいだった。
Falling Apart Meanwhile I Love You(離れていくけど愛している)、略して「F.A.M.I.L.Y.」。このタイトルに彼女と元パートナーである映画監督のマイク・ミルズとの関係を思い浮かべたとしても、それほどおかしなことではないはずだ。2009年に結婚したふたりだけれど、ロマンティックな関係を解消したというポストがとつぜんジュライのインスタグラムに投稿されたのは2年前のことである。子どもの親同士、親友同士として同居は続けているとも書いてあった。FAMILYの中にI LOVE YOUの頭文字が隠れていたなんて、なんて運命的な皮肉だろう。
自分たちのこうした家族のかたちは何なのだろう? このひとたちはこうでなければならないのか? それとも離れてもいいのか? 離れても愛は続くのか? ジュライはある時期、このような問いを自分に投げかけ続けたそうだ。そして、それらを検証するためにインスタグラムで募集をかけ、指示した動画をフォロワーに送ってもらい、簡易な編集ソフトを使って自分の姿とあえて雑に融合させていった。
出した指示は、こんな感じだ。
※参考:ミランダ・ジュライのWebサイト内「F.A.M.I.L.Y. FALLING APART MEANWHILE I LOVE YOU」のInstructionsより。訳はすべて筆者によるもの。
そこで思い出したのが、アーティストのハレル・フレッチャーとジュライが2002年から2007年まで取り組んでいたプロジェクト、『Learning to Love You More』だ。さまざまな課題(「#39 両親がキスしている写真を撮りなさい」「#53 昔の自分にアドバイスを送りなさい」)をウェブサイトで発表し、だれでも写真やテキストやビデオを送って作品を掲載してもらうことができた。この「◯◯しなさい」という呼びかけは、今考えればちょっとオノ・ヨーコを思わせないでもなかった。そういえば同時代を生きるこのふたりの有名なアーティストに、つながりはあるのだろうか? するとどうでしょう。当時このプロジェクトに関わっていたアシスタントの方がオノ・ユリさんといって、そのお父さまとヨーコとがいとこ同士であるということが、本を読んでいたらあっさり判明した。想定外のルートだった。2004年のホイットニー・ビエンナーレの際にはユリさんの厚意で、おばあさまがヨーコからゆずり受けたくるぶし丈の白いラビットファーのコートが、ジュライの元に届けられたという。
ジュライが新しいテクノロジーを取り入れるスピードには、いつも驚かされる。なにしろ彼女が個人名のドメインmirandajuly.comを取得してウェブサイトを立ち上げたのが、1998年のことだ。当時は、まわりのだれもそんなことはしていなかった。それがどれほど早いムーブだったかというと、Googleが正式に誕生したのもこの年なのだそうだ。紙や彫刻などのプリミティブなメディアを大事にしながらも、ジュライはパソコンチャット、ネットショップ、マッチングアプリなどのテクノロジーを次々と作品に取り込んできた。わたしがほんとうに感心したのは、二作目の小説『最初の悪い男』の発売時に立ち上げられたプロモーションサイト、<THE FIRST BAD MAN STORE>だ。小説に出てくるモチーフの数々が期間限定のネットショップに登場して、実際にそれらをオークション形式で購入することができた。落札総額の6,266.12ドルは、主人公の勤め先の設定に合わせて、レナ・ダナムのきょうだいのサイラス・グレース・ダナムが選んだ女性のための慈善団体(The National Partnership for Women & Families)に全額寄付された。アイデアもビジュアルもすてきだったし、なにより作品に合わせてきれいに回収されている。アーティストのみならず、プロモーターとしてもとても優れている。
ところで最近のジュライは、ミルズと正式に別れ、新しい生活を始めたらしい。引っ越し先は同じロサンゼルスのエコーパークにある、彼女がポートランドから越してきたときに見つけ、今も仕事場として借りている家の真裏だそうだ。その仕事場とは、インタビュー集『あなたを選んでくれるもの』で穴ぐらと呼ばれているたぶんあそこで、『F.A.M.I.L.Y.』の背景となっている部屋も、おそらくそこで撮影されていると思う。
2回目にプラダの展示を訪れたとき、おなじエレベーターで会場に上がってきた2人組は、中をちらりと一瞬見ただけですぐにいなくなってしまった。わたしはもうひとりの先客がそうしていたように、おもいきって床に腰を落ち着けた。じっくり見るぞという意思の表明だ。じつは、家で、試したのだった。数日前にジュライから追加で新しいアサインがでていたのを、やってみたのである。リモートワークの日で、その日はそんなにいそがしくなかった。それに、引っ越しをする人からもらったばかりのスマホスタンドもあって、自撮りをする準備は整っていた。
時間をはかるためにキッチンタイマーをセットして、わたしは倒れた。倒れに、倒れた。自然に平らになろうとしても両方のひざが邪魔をするし、とくに、基本ルールの
のところがすごくむずかしい。撮影したものを見てみたら、演技が全部嘘くさくてとても俳優にはなれそうになかった。わたしはきゅうに恥ずかしくなって、だれも見ているわけがないのに部屋のカーテンをいそいで閉めた。
相手が著名人か一般人か、ひとりか大勢か、一方的か双方向であるかにかかわらず、ジュライの作品にはつねに他者とのコミュニケーションが発生する。その多くはつかみどころがなく、ぎこちない。でもわたしは、そのぎこちなさを愛しているのだと思った。自分ではふれることのできない臓器がくすぐられるような、奇妙なこそばゆさ。宙に投げられたまま落ちてこないボールをずっと見上げているような感じ。家の冷蔵庫にずっと貼ってあるポスターには、あの特徴のあるぼってりした字でこう書かれている。「人生へ。今夜出かけない? すっぴんで行くし、髪もベタついてるって伝えておくけど、それでもよければ電話して。ミランダ・ジュライより」
aggiiiiiii
ZINE『KAZAK』編集・発行人。『GINZA』(マガジンハウス)でコラム『WORLD CULTURE PEOPLE』連載中。翻訳書に『プッシー・ライオットの革命』(DU BOOKS)。趣味は似顔絵を描くこと。
プロフィール
『MIRANDA JULY: F.A.M.I.L.Y. (Falling Apart Meanwhile I Love You)』
※展示は終了しています
日時:2024年5月9日〜8月26日
場所:プラダ 青山店 6階
住所:東京都港区南青山 5-2-6
料金:無料
展示情報
『KAZAK #7 OUR GENERATION』
価格:660円(税別)
タヴィちゃんやレナ・ダナムやミランダ・ジュライ。気になるひとはみんなフェミニストって言ってるんだけど、フェミニズムってなに? わたしたちの敬遠してきたおかたいやつとはなんだかちがってきている…? クールでポップでヒューモラスになったわたしたちの世代(アワ・ゼネレーション)のフェミニズムを考えてみる。2014年。
『KAZAK #9 GIRL FRIENDS』
価格:880円(税別)
2024年春に京都でおこなわれた限定企画上映をきっかけにつくった、クローディア・ウェイル監督『ガールフレンド』(1978)のファンジン。
大学時代からの親友であるルームメイトの片方が恋愛をして結婚を決意したとき、若いふたりの女性の間になにが起こりうるかーー。
レナ・ダナムの『GIRLS』やグレタ・ガーウィグが主演した『フランシス・ハ』にも大きな影響を与えたとされるこの作品について、日本公開当時の雑誌記事などを参考にしながら考察しています。2024年。
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