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創作・論考

スウィミングスクール

連載:プラトニックな光で満ちた窓が見えるよ/水沢なお

中原中也賞を受賞した第一詩集『美しいからだよ』に続き、『シー』『うみみたい』を発表している詩人の水沢なおさん。自分と他者の名づけようのない関係性や、人や人ではないものを等しく愛しいと思う気持ち、「産む」という行為へのアンビバレンスなどをテーマに言葉を磨く、水沢なおさんのエッセイ連載が始まりました。

子どもの頃の、スウィミングスクールの記憶。セブンティーンアイスの自動販売機、プールに入れない日、自然の家でのキャンプでの恋愛の話と、そのときおそろしいと感じたこと……。

水泳は、習っていたけれどターンはできなかった。
だから、テレビで水泳選手がくるりとターンを決める時、羨ましいなといつも思っている。

母に手を引かれて、わたしは二階にある観覧席からプールを眺めていた。目の前はガラス張りになっていて、サイダーゼリーの素をばら撒いたように青くゆらめく、長方形のプールが眼下に見える、その中を姉が泳いでいる。隣接する焼却炉の余熱が、銀色の配管を通じてこちらにまで届いて、その水はかすかにあたたかい。

小学校に進学すると、わたしもスウィミングスクールに通うことになった。土曜日になると、その温水プールにはたくさんの子どもが集まった。競技者を目指すような本格的なスクールではなく、楽しく泳ぐことを目的としていた。そこで、平日は郵便局に勤めている男の人にクロールからバタフライまで教わっていた。

途中で足をつかないようにしよう、と励まされながら、なんとか25mを泳ぎ切ると、隣のレーンを浮かんでいた、おじいちゃん先生が褒めてくれた。塩素とバターが溶けたような不思議なかおりがした。

床暖房の熱で冷えた身体を温めなおしてから、噴水に似た洗眼器で目を洗う。帽子の中で硬くなっていた髪をほぐすように、シャワーを頭髪に当てる。学校の更衣室とは異なり、区画ごとに扉がついているので、まきまきタオルに包まれなくとも、ゆっくり着替えることができて良かった。ロビーにはテレビがあって、更衣室から戻るとちょうどポケットモンスターが放送している。陸に上がった子どもたちは、それぞれあぐらやお山座りをしながら、テレビの前に集まってみんなでそれを見ている。

ぽたぽたと雫がつたう髪の毛を、プールのにおいの染みついたパウダーブルーのキャップの中にしまって、セブンティーンアイスの自動販売機の前に立つ。カラフルなアイスが描かれたパネルが並び、それぞれが冷却音を立てながら発光している。丸い灰色のボタンを押すと、ガコン、とかすかに霜をまとったアイスが落ちてくる。ご褒美に買ってもらったアイスはひときわ甘くて冷たくて、かすかにしゃっきりとした食感が、わずかに浮遊する身体に染み込んでくる。そう、コーンが好きで、裏にホワイトチョコレートが薄く塗ってあるから、カスタードプリンのアイスばかり食べていた。スティックタイプのソーダフロートの気分の日もあった。食べ終わると、スティックに三個開いた穴に薄い舌が張り付く、楽しくてわざと押し付けると、たこの吸盤みたいに丸い跡が赤い粘膜に浮かぶ。

大好きなポケモンを見ながら、セブンティーンアイスを食べる。その幸福な余韻を気だるい頬で受け止めながら、車の後部座席で揺られている。母が道中に立ち寄るクリーニング店でもらえる、ちいさなお菓子も好きだった。薄茶色で、真四角に香ばしい、個包装された「サクサクアーモンド」。噛むと一瞬で溶けて無くなる。カーブを曲がるたびに、後部座席に吊られたスーツが身を寄せてきて窮屈になる。ショッピングモールに寄って、夕飯の食材を買った後、目が覚めると車のエンジンがちょうど止まる。

中学生になった姉はスイミングスクールを卒業した。その頃から、土曜日にお昼ご飯を食べた後、布団の内側でうつ伏せになって身を隠すようになっていた。プールへ行く時間が近づくたびに、行きたくない、という気持ちが渦巻いて胸がきゅうと痛むのだ。行きたくない、行きたくない、といいながら、母に説得されて、プールへと向かっていた。ご褒美は、セブンティーンアイスではなく、漫画の単行本一冊になった。

車は走る、焼却炉は住宅地を抜けた先にあって、さらに走る、そびえたつ山肌、そこにかかる大きなさみどり色の橋があった。それを渡ると、あともう少しでプールについてしまう。ただ、水に身体を浸すと、いままであんなに億劫だったことが嘘のように、指先からほどけていって心地がよい。イルカのように水を蹴って前の仲間のうしろを泳ぐ。耳の穴が温水で塞がれて、さらさらと音がする。あれは、水が流れる音なのか、血の音なのか、心臓の音なのか。

とある土曜日の朝、花が咲いたから見ておいで、と家族に言われてベランダに花を見に行った。その後、目が赤く腫れてしまったことがあった。その日はプールを休むことになった。翌週、わたしはまた同じようにして、休みたいと思った。プランターに生え揃った花の花粉を指で掬い、両目にこすりつけた。ただ、しばらくしても目が腫れることはなかった。目に花粉をこすりつけなくとも、プールに入れない日もあった。いつからか、脇の平たい部分に毛穴があって、硬い毛が生えてくるようになった。背泳ぎをする時、天井のライトにむけてそれはひらいている。葉緑体、とか、太陽光パネル、みたいな、光を受けとめるための場所として。

夏になると、自然の家でキャンプが開催された。スウィミングスクールに通っている小学生と保護者、そしてスクールを卒業した中学生以上の人々がOG・OBとして集まった。三十人くらいいた。もっといたかもしれない。川で遊んだり、料理をしたり、レクリエーションを交えながら、二日間を過ごした。いつも、プールで会う時は、髪の毛はすべて帽子の中に収まっていて、目元にはゴーグルをしていたから、服を着て一緒に歩いていると、陸でも生きられることを知られたようで、なんだか気恥ずかしかった。

川遊びで濡れた身体をタオルで拭き、ワックスの匂いのする木の床に座っておしゃべりをしていると、あっという間に夜になった。

キャンドルファイヤーをするために、宿泊棟からレクリエーションルームへ向かう途中、おそらく大学生くらいのお兄さんと、中学生くらいのお姉さんが、話していた。明るくてやさしいお兄さんは大人気で、いつも男女問わず、たくさんの子どもたちが甲虫のようにひっついていた。光よりも、蜜だと思った。わたしは、その五人くらいでなんとなく集まって歩いている群れの端のほうになぜかいた。湿った風が、日焼け止めで粉っぽくなった肌の上をすり抜けていった。

お姉さんはお兄さんに、恋人がいるのか、尋ねた。ふたりはとても大人びて見えた。お兄さんにとっては自分ひとりだけが大人という状況で、渋々、恋愛の話をはじめた。長い階段をくだりながら、

「おれは、一度恋人になった人とは、友達に戻ることはできないから」

と、言った。

「すごい」

と、わたしは言った。なにがすごいのか、よくわからなかった。わかったふりをするためだけに言った。好きな人とはずっといっしょにいたいと思うのがふつうだから、その選択をする潔さや覚悟のようなものを讃えようと思ったのかもしれない。

「すごくなんかないよ。子どもなんだよ、そういうの」

お兄さんは苦笑いしながら、そう答えた。

おれ小学生になに話してるんだろう、とお兄さんはつぶやいた。首元から髪の毛のあたりに、夜の暗さがすべて集まって、白眼のきらめきすら見えなかった、いつも、だれよりも明るくて優しいのに、ちょっとだけこわかった。

キャンドルファイヤーがはじまった。薄暗いレクリエーションルーム、持ち手にアルミホイルが巻かれたちいさなろうそくを手に持って、みんなで輪になって座る。すると、白い衣装に身を包んだ、火の神様がやってきて、ひとりひとりに火を分け与えてくれる。赤い光が、かたちを変えながらろうそくの黒い糸にむすびつく。目の前で炎がゆれて、かすかにあたたかい。いつも恐ろしい火が、今日は親密に感じる。

「今日一日のことを思い返してみましょう」

先生が言う。

「ゆっくりと炎を見つめてください」

暗闇のなか、炎をじっと見ていると、さっきのお兄さんの言葉がよみがえってきた。

一度、恋人になった人とは、友達に戻ることができない。

そんなおそろしいことが、あるのだろうか。友達は、ずっと、友達でいてほしい。好きなひととは、ずっと、一緒にいたい。それは、大人になると、できないことなのだろうか。そもそも、戻るとか、戻らないとか、そういう選択肢は、ほんとうにあるのだろうか。恋人は、出会った瞬間から恋人で、友達は、永遠に友達で、そういうこともあるんじゃないだろうか。

ぽたぽたと透き通った蝋が溢れる。銀紙に触れた瞬間に白く濁る。

「では、目の前の炎を吹き消してください」

ふうっ、と誕生日ケーキのうえに灯る、年齢の数だけ揺れる炎にするように、わたしは息を吐いた。

「今日の日のことを、ずっと忘れないでいましょう」

宿泊棟に戻って、大浴場で身体を洗い、パジャマに着替えた。大人と子どもは、別々の部屋で寝る。小学一年生くらいの子は、寂しがって大人の部屋で親と一緒に寝たりもする。廊下で別れる前、母が虫除けスプレーを全身に吹きかけてくれた。気にかけてくれることがうれしかった。薄い清潔な布団で眠った。翌朝、姉のうなじから血が出ていた。ブヨに刺されたのだ。太い針に皮膚を裂かれて、赤く腫れていた。毎年、姉は必ず刺されて、わたしはなぜか無事だった。

中学生になって、わたしはOGとしてキャンプに参加した。二年目の夏、再びキャンプに参加すると、仲の良かった一歳下の友達が、中学校のルールに従ってなのか、敬語を使うようになっていた。友達を失ったようで悲しくて、それきり行くのをやめた。

いまでもたまに、市民プールへ一時間ほど泳ぎに行く。そこではターンが禁止されていて、水着の人々は壁に手で触れた後、壁を蹴って、また帰ってゆく。わたしもそうする。あの頃、一度だけ、ターンの練習をした。まわりに誰もいなくなったレーンの片隅、息を深く吸い込み、水の中で身体をちいさく丸めた瞬間、鼻に水が入り、激痛が走った。水がわたしの回転を拒んで、そのことがはっきりとよくわかった。ウォームアップ中に先生がターンするときに舞う水しぶきの眩しさが、目に焼きついていた。

ウォーキング専用のレーンで水中を歩いてから、更衣室へ向かった。市民プールのロビーにもセブンティーンアイスが売っていて、ピンクやオレンジ色のチョコスプレーが混ざったミルクアイスを冷えた歯でかじりながら、行きとは違う道で家に帰った。

水沢なお

詩人。1995年静岡県生まれ。2016年に現代詩手帖賞を受賞し、デビュー。2019年刊行の詩集『美しいからだよ』(思潮社)で中原中也賞受賞。第二詩集『シー』(思潮社)。近著に初の小説集『うみみたい』(河出書房新社)がある。

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『うみみたい』

著者:水沢なお
発行:河出書房新社
発売日:2023年3月25日(土)
価格:1,760円(税込)

『うみみたい』│河出書房新社

『シー』

著者:水沢なお
発行:思潮社
発売日:2022年11月1日(火)
価格:2,200円(税込)

『シー』│思潮社

『美しいからだよ』

著者:水沢なお
発行:思潮社
発売日:2019年12月19日(木)
価格:2,200円(税込)

『美しいからだよ』│思潮社

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