昔のインターネットや古い日本映画から得たインスピレーション
2024/4/3
キッチュでかわいいのに、ちょっぴりシュール。唯一無二の世界観を表現しているアートディレクター・映像作家の吉岡美樹さんがme and you little magazineのメインビジュアルを手がけてくださいました。
今にも秘密の囁き声が聞こえてきそうな糸電話のgifアニメーションからは、どこか“昔のインターネット感”が漂っています。制作のバックグラウンドを伺うために行った今回のインタビュー。吉岡さんが表現したかったmeとyou、それを繋ぐandとは何なのでしょうか? インターネットにまつわる個人的な思い出話を出発点として、吉岡さんの創作の源泉、独特な感性の秘密、増村保造やジョナス・メカスなど愛する映画、活動を支えた「もぐらちゃん」の話など、話題が広がりました。
―吉岡さんが手がけられたme and you little magazineのビジュアルを目にしたとき、個人的な幼少期の記憶が呼び起こされて、懐かしさとあたたかさが込み上げてきました。なぜ糸電話というモチーフを選ばれたんでしょうか?
吉岡:me and you、直訳するとわたしとあなたですよね。一対一でコミュニケーションをとるツールは会話、メール、ビデオ通話とかいっぱいありますけど、糸電話はすごくアナログで子供が使うファニーなアイテム。そこが魅力的だなって思います。
それと、昔のネットで流行っていた、文字の組み合わせで絵をかくアスキーアートを取り入れたかったんです。me and youのサイトを見たときに、なぜだか昔のネットの懐かしい雰囲気を感じて。現代ではあまり見かけなくなったアナログな糸電話のモチーフと、アスキーアートという昔のネットのムードを融合することで生まれたのが今回のビジュアルです。昔の思い出という自分自身の体験がインスピレーション源になりました。
―me and youの文字で繋がれたそれぞれの紙コップは惑星のイメージになっていて、まるで惑星同士がお話しているようにも見えますね。
吉岡:話すことで広がっていくということを表現したかったんです。誰かと話していると、話題の規模が大きくなったり小さくなったりスケールが変わるし、脱線して巡り巡ってまったく違うところに辿り着いたりしますよね。誰かの話をしてもいいし、宇宙の話をしてもいい。話すことって無限大だなと思います。
―吉岡さんはこれまで、ミュージックビデオ(MV)の制作をはじめ、ブランドビジュアルのディレクションやアーティストのグッズデザインなど、さまざまなクリエイションをされていますね。それぞれまったく違う作品のはずなのに、どれもに吉岡さんならではの空気感が漂っているように感じます。
吉岡:“違和感とかわいさのバランス”みたいなものは意識していると思います。日常的に映画を観たり、展示に行ったり、人といいものを共有したりすることが制作に繋がっていますが、制作のためだけに意識してやっているわけではなくて、あくまで好きだからやっていることなんです。
―日々の蓄積が創作活動へと繋がっているんですね。これまで数々の作品を観てこられたと思いますが、特に吉岡さんに影響を与えた作品はありますか。
吉岡:昔の日本映画が好きです。特に増村保造監督はすごく好きで、一番お気に入りの『巨人と玩具』という作品はDVDも持っています。作品のテーマはお堅くて、社会派っぽい。なのに、画面上に映る美術や衣装はキッチュでかわいい。そのアンマッチ感とバランス感覚がどの作品もよくってツボなんです。
―なかなかマニアックな映画のセレクションかと思うのですが、この独特の世界観にハマったきっかけはあったのでしょうか。
吉岡:家族が変なものが好きで(笑)。小学生の頃から伊豆にある「怪しい少年少女博物館」とかB級スポットに連れていってもらってました。レンタルビデオショップでオカルト映画を借りて、家族みんなで観たりすることも。小さい子供にとってはショッキングですよね。その影響はあるんじゃないかと思います。
―独特な世界観に幼少期から触れていて、映画が身近にある環境で育ってこられて。吉岡さんがものづくりをされるようになったのは、自然な流れだったのかもしれないなという印象を抱きます。
吉岡:3歳から中学校3年生くらいまで、お絵かき教室に通わせてもらっていたこともあって、ものづくりに対するポジティブな意識は小さい頃からありました。そこから流れるように工業高校のデザイン学科に進学して。レタリングとかデッサンとか、デザインの基礎を勉強していたんですが、高校3年生のときに映像をやろうって決めたんです。それからずっと映像をつくり続けて、もう10年くらいになりますね。
―数ある表現方法を学んだ上で映像制作を選ばれたわけですが、その決め手は何だったのでしょう。
吉岡:もともと音楽が好きなこともあって、高校生の頃にYouTubeでいろんな曲のMVを見ていました。そのとき、あるMVに出会ったんです。もう雷が落ちたみたいに衝撃的で、その瞬間からずっと「MVをつくりたい」という思いに囚われていて、今の作品づくりにつながってます。
―大の映画好きでもいらっしゃいますし、映画のつくり手になることも考えられたのではないでしょうか。
吉岡:グラフィックと映画の間の表現が好きなんだと思います。一つの大きな作品を時間をかけてつくるというよりかは、いろんな小さな要素を寄せ集めて、ぎゅっとさせたものが好き。だから映画をつくろうと思ったことはないですね。映画に関しては、あくまでも受け手でありたいんです。
アマイワナさんの“上海惑星”と“上海逢引”のMVは、これまでつくったものの中でもかなり気に入っています。カット数が多く、いろんなモチーフを入れ込んでいて、それこそぎゅぎゅっと詰め込んだ作品です。
―吉岡さんはgifの作品も印象的ですよね。静止画の作品も動きがある感じがします。
吉岡:そうですね。カラスが光るものに反応するみたいに、動いてれば何でも楽しくて。工事現場で手を回して案内するのとか、蕎麦屋の店先にある蕎麦型の立体物の箸が動いてるのとか、あと、理髪店のくるくる回る赤と青のサインとか。なので、私がつくる作品もちょっとでもいいから動いていてほしいという願望があります(笑)。
―吉岡さんはme and youという言葉に何を連想し、どんなことを想いますか?
吉岡:言葉自体には“一対一”という印象を抱くんですけど、わたしとあなたの間の「and」にはいろんなものがあるし、わたしとあなたが何を指すかもさまざまだと感じます。meとyouの間には作品が存在するかもしれないし、youは人ではなくて作品かもしれない。例えば誰かと映画を一緒に観たときに、その作品を通して誰かと対話しているイメージが浮かびました。
今パッと、ジョナス・メカスの作品を思い出したんですけど、それはほぼホームビデオみたいな日記映画なんです。私は映画館で観たことがあるんですが、知らない人のホームビデオをチケットを買って観るという行為って、ちょっとおもしろいですよね。そして、観終わった後には、一緒に映画を観た人と感想を言い合って、お互いに「覚えてるシーン、そこなんだ〜」って思ったりする。その構造がme and youだなと感じます。
―一緒に観た人との会話を通じて、その人が普段どんなことを考えているのか初めて知るということもありますよね。
吉岡:直接的な対話というよりかは、その間に何かが挟まったときにわたしとあなたを感じることが多いです。それは、人対人だけではないですよね。
―吉岡さんのSNSにも度々登場していた、ハムスターのもぐらさんとの関係性もmeとyouという特別なものだったのだと思います。
吉岡:もぐらちゃんとわたし。壮大ですよ。わたしの作品づくりのエンジンがかかるのがいつも深夜0時くらいなんですよね。集中してお仕事していてふと疲れたなと思ったとき、夜行性のもぐらちゃんも活発になって、回し車で回ってるんです。休憩がてらに部屋を散歩して、コミュニケーションをとって、また仕事に戻る。このルーティーンをずっと続けてました。ハムスターと遊ぶことや観察することを原動力に仕事をしていましたね。
―ペットというよりも、あくまでもぐらさんと吉岡さんって感じですよね。
吉岡:完全にそうでしたね。もぐらちゃんと初めてペットショップで出会ったときも、「ああもう絶対この子だ」っていうのをビビッと感じました。もぐらちゃんとの生活で、いい意味で自分自身が変わったかもしれません。2年8か月生きました。このme and youは永遠です。まだそこにいてくれている感じがします。
―me and youでは、この場所を通して大切にしたいこととして「6つの灯火」をかかげています。吉岡さんの心にとまったものはありますか。
吉岡:「問い直し、結び直していく」ことです。例えば、平成8年生まれのわたしは昭和の日本的な家族制度をあまり感じてこなかった方なんですが、小津安二郎の映画に描かれる昭和の家族を観ることで、自ずとそれを認識することができる。同じ日本の映画でも、今は全然違う家族の描き方をしていますよね。実際に体験した当事者でしかわからないことがあると思うんです。
日活ロマンポルノが好きで観ていた時期があったんですが、そこでの女性の描かれ方は今では考えられないものだったりします。問いを投げかけることを狙った作品でなくても、映画を通してその時代から溢れ出るムードを認識して、現代と比較して、確認作業ができるのがいいですよね。
―自分が持っている考えや価値観、固定観念の問い直しにもなりますよね。いろんな時代の作品を観ているからこそ、吉岡さんの作品にはいつの時代かわからない魅力があるような気がします。
吉岡:全部映画の話になっちゃいましたね(笑)。映画を観ることで、いろんな世界を見られるんです。やっぱりいいものだなって思います、映画って。
(取材:2023年6月13日)
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