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同じ日の日記

目が覚めてから床に寝転んで眠るまで/杉田協士

スーパーで、映画館で、コンビニで、出会った人々と声をかけあう

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2024年1月は、1月31日(水)の日記を集めました。『彼方のうた』や『春原さんのうた』で知られる、映画監督の杉田協士さんの日記です。

「7時だよ。起きて」としゃべる目覚まし時計の音で目が覚める。トーストを朝食にする習慣がない人が今日は食べたいと言うので最後の一枚を譲る。代わりにグラノーラに牛乳をかけて食べる。凍った車を温めるためにエンジンをかける。お隣さんが不燃ごみを出してるのが見えて、2週間ごとの回収日なことを思い出し、家に戻って準備する。ごみ収集カレンダーを念のために確認したら、「収集お休み」と31日の欄に書いてある。忘れたら困りそうな大きな荷物が玄関に置かれたままになってるのに気づく。まだ温まってない車に乗り込み、朝一番に家を出た人に届けに行った。

庭の白樫の木の下に動物の小さなフンがたくさん落ちてる。鳥かと思ったけれどきっとちがう。ポケットからスマートフォンを取り出して、ハクビシン、タヌキ、ネズミのフンをインターネットで画像検索する。どれも似ててどこかちがう。ここに越してきたのはこの季節で、8歳のときで、ある朝起きると雪が積もってて、見たこともない動物の足跡を見つけて跡を辿ったら、この白樫の下で途切れてた。見上げたら枝に何かがぶら下がってて目が合った。今日は何もいなかった。

近所の造園会社の人たちが銀杏の木を伐採してて、それを見て悲しくて泣いてしまった人を慰める。開店時間のスーパーに寄る。どの店員の人たちも、おはようございますと丁寧に挨拶してくれるから、おはようございますと返す。レジの人から、インフルエンザは大丈夫ですか? と聞かれる。大丈夫です、大丈夫ですか? 大丈夫です。

まだ10時すぎなのにお腹が空いたから、早炊き機能で米を炊く。昨日焼いたまま忘れてた鮭をグリルから取り出してレンジで温める。冷蔵庫からミニトマトを出して洗い、一昨日の余りものの野菜炒めときのこの味噌汁も温める。早めの昼食をとって食器を片付ける。そのままノートブックを出して、大学の授業で提出された最終課題レポートの採点と成績付けを始める。70人分くらいあるから1日では終わらない。課題はリバイバル公開中の『ゴーストワールド』を1000文字の言葉にすること。学生の人たちにとっては生まれる前に作られた映画。私にとっては学生のころに公開された映画。たまに届く、授業へのコメントが友だちに話しかけてるみたいな文章になってる人の書いたレポートは、友だちに話しかけてるみたいな文章だった。友だちに話しかけてるみたいな文章ですねとコメントを返したら、「褒められてるのか分からないですけどありがとうございます(?)」と丁寧語で返事が届く。今年度で最後になるかもしれないと最終日に伝えてたこともあってか、「もう学校で見れなくなるの残念です」とついでに書かれてる。動物園の檻の向こう側にいる自分をイメージする。このやりとりを公の場所での日記に書いてもいいですかと確認する。全15回の授業のうち、何回欠席すると単位を渡せないかの判断に自信が持てず、研究室に電話をする。同じく今年度でその大学を離れる予定の助手の方がすぐに出て、5回ですと教えてくれる。お話しするのもきっとそれが最後だった。

夜に家を出る予定があるから、早めに夕飯を作りはじめる。今日はシチューにする。野菜を炒めたあとに小麦粉とバターを足して馴染ませて、牛乳を少しずつ入れながら温めていく。頼りにしてるレシピがあって、いつもそこに書かれた手順で作ってる。牛乳を一気に投入して作った時に、どれくらいよくないことになるのかを知らない。米を研いで炊飯器のスイッチを入れてから近所の総合体育館に向かう。

K-POPダンススクールの見学をする。一面のガラス窓から夕日が差し込んでる。人生で一番くらいに感動したダンス公演は、ニューヨークのアルビン・エイリー・アメリカン・ダンス・センターでのこどもたちの発表会。レンガ造りの古い建物の、やっぱり一面のガラス窓から差し込む夕日を浴びながら、アジア系のこどもたちが忌野清志郎の曲に合わせて思う存分に踊ってた。それは2001年の2月で、私は毎日寒さに凍えながら、振付家の伊藤郁女さんと二人でマンハッタン中の小劇場にコンテンポラリーダンスカンパニーの売り込みをして回ってた。そのとき唯一声をかけてくれたのがジョナス・メカスさんだった。11月にアンソロジー・フィルム・アーカイヴスで予定してた公演は中止になった。ワールドトレードセンターに次兄は通勤してた。居間のこたつを囲みながら、テレビ画面にビルが写し出されるたびに、私は指をモニターに当てて、兄が勤めてるはずの89階の回数を数えた。数えきれないままにカットは変わっていった。2つあるうちのどちらのビルに兄がいるのかもわからないまま、順番に崩れていく様子を見つめてた。深夜の2時半を過ぎたころに電話が鳴り、母が受話器を取った。後ろにたくさんの人が並んでるからと、階段を1時間かけて降りて無事なことだけを伝えて兄は電話を切った。受話器を置いた後、ご飯を作ってあげなきゃとつぶやいた母は、アメリカへの渡航が再開されるとすぐにニューヨークへ向かった。目の前のK-POPダンススクールの先生は、あの年にニューヨークで見たこどもたちと同い年くらいかもしれない。誰よりも楽しそうに踊ってて、自分もそうありたいと思う。

一度帰宅して、夕飯のセッティングをしてから駅に向かう。カフェのキノコヤの灯りは点いてたけれど、電車の時間までぎりぎりだったから、挨拶はせずにそのまま向かう。駅前通りにある鍼灸院の前を通るとき、窓越しに小学校の時の同級生が受付に立っているのが見える。鍼灸院を始めたことは知ってたけれど、姿を見たのは初めてだった。藤子・F・不二雄の漫画しか知らなかった私に、藤子不二雄Aの漫画を教えてくれたのは彼だった。やっぱり急いでたから、心の中だけでひさしぶりと挨拶する。

電車に乗ってる間、山階基さんの第二歌集『夜を着こなせたなら』を開こうと鞄に入れてたけれど、『彼方のうた』の各地での舞台挨拶の日程について、配給の髭野純さんとのスマートフォン上の確認のやり取りがつづいて叶わなかった。

都営新宿線の菊川駅で降りて、映画館のStrangerに向かう。入り口の扉を開けるとロビーが賑わってる。プロデューサーの松田広子さんの姿に気づく。私を最初に商業映画の現場のアシスタントとして呼んでくれた人。声をかけるとうれしそうに笑ってくれてうれしい。Strangerの代表の岡村忠征さんがこちらに気づいて声をかけてくれた。私が今ここにこうしてるのは松田さんのせいですと岡村さんが言う。私も松田さんのせいですと伝える。松田さんは笑ってる。髭野さんがやってくる。ポレポレ東中野の小原治さんもやってくる。劇団かもめんたるの、もりももこさんもやってくる。『にわのすなば』の監督の黒川幸則さんがいる。ラテンアメリカ映画研究者の新谷和輝さんもいる。それぞれの人と、こんばんはと声をかけあう。今日は岡村さんの代表としての最後の日。これまでのお礼をお伝えして、新しい門出をお祝いしたかった。最後の上映作品は古澤健さんが監督した『STALKERS』。意味のなさそうなことを真剣な顔でやりつづける人の姿は見てるだけで怖い。ずっと見てるとかっこよくも見えてきたりする。それはそのまま古澤さんの姿でもある。主人公を演じてるのが古澤さんだからなお一層そう思う。古澤さんが映画美学校の修了作品として監督した『怯える』のことを思い出してた。あのときから変わらない。上映が終わり、場内が明るくなる。岡村さんが出てきて挨拶をする。映画の中と同じ衣装を着た古澤さんがサプライズで出てくる。岡村さんと古澤さんの歴史が語られていく。岡村さんは古澤さんと同期で、『怯える』の助監督を務めたのだと初めて知った。5回くらい終わりそうになりながら終わらないトークが終わるまで、持っていたスマートフォンを構えて無断で動画を撮影した。誰かが残した方がいい気がした。

映画館を出るタイミングが、もりももこさんと同時だった。そのまま話しながら駅に向かい、電車に乗った。劇団のナカゴー主宰の鎌田順也さんと私は知り合えるタイミングがあった。それをセッティングしてくれようとしたのがもりさんだった。鎌田さんは私に、舞台の映像記録を依頼しようとしてくれてたらしい。私の鈍感さと鎌田さんへの畏敬の気持ち、もりさんのうっかり説明不足、鎌田さんの思いちがいなど、きっと誰もわるくない要因が重なって叶わなかった。私は鎌田さんの作る舞台がどこまでも怖くて好きだった。一杯だけ飲みましょうかと言って、お互いの乗り換え駅の新宿三丁目で降りる。鎌田さんは亡くなる前、また一人芝居をするといいともりさんに伝えてたらしい。私はもりさんの一人芝居を記録するためにビデオカメラを抱えて撮影に行ったことがある。タイトルは『ちょいとお嬢さん』。いまもインターネット上に残ってる。また公演をすることがあったら撮影しますと約束する。終電の時間が近づいて店を出て、二人で走る。

最寄り駅の改札を出る。アイスが食べたくなって帰り道の途中でコンビニに寄ると、黒川幸則さんがレジでカップラーメンを買うところだった。挨拶して、一緒に出て歩く。幸則さんはキノコヤの鍵を開け、灯りを点けて招いてくれた。サーバーで生ビールを注いで出してくれる。幸則さんと二人きりで話すのは初めてだった。『彼方のうた』の感想をずっと真剣に伝えてくれる。新谷和輝さんが入ってきて、私がいるのに気づいてびっくりして飛び上がる。幸則さんがうれしそうに笑ってる。カップラーメンを2つ買ってたのは新谷さんのためだった。今日は妹さんが遠くの街から東京に来てるため、宿泊用に部屋を貸してて、新谷さんはキノコヤの2階で寝るとのこと。なんで2つあるんですか? いや、一緒に食べようかなと思って、そうなんですね、いや食べなくてもいいんだけど。幸則さん、新谷さんと3人で『枯れ葉』についてなど、たくさん映画の話をする。ずっと話してたかった。お別れの挨拶をして店を出る。

帰宅すると、台所だけ暖房がつけられてて暖かい。ありがとうと思いながら床に寝転んでそのまま眠った。

『彼方のうた』

2024年1月5日(金)より全国順次公開
脚本・監督:杉田協士
出演:小川あん、中村優子、眞島秀和、他
配給:イハフィルムズ

公式サイト

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