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同じ日の日記

深夜の栗、ラーメン屋、赤いタイツ、どんぐり、スプラッターロマンスムービーとスプラッターマフラー /大道寺梨乃

北イタリアのチェゼーナで暮らす。ラーメン屋の仕事が休みの日

毎月更新される、同じ日の日記。離れていても、出会ったことがなくても、さまざまな場所で暮らしているわたしやあなた。その一人ひとりの個人的な記録をここにのこしていきます。2022年11月は、2022年11月29日(火)の日記を集めました。劇団FAIFAIで俳優として活動し、現在は北イタリアのチェゼーナで暮らしている大道寺梨乃さんの日記です。

天気:曇り、日付が変わった11月29日の0時過ぎラーメン屋さんの仕事から帰ってくるとキッチンにオーブンで焼かれた栗が置いてあった、イタリアではこの時期八百屋さんに栗が出回るのでそれを少し水につけてからナイフで切り込みを入れてオーブンで焼く、すると茶色い殻の切れ目から黄金色の栗がこちらを見つめてきてぱかっと殻を割るとうまいことつるりと殻がむけて美味しい栗が食べられる。仕事から帰ってきてこうやって栗が食べられる状態になっているのは、1週間に及ぶ外国での舞台のツアーの仕事から夫が帰ってきた証である。真夜中のおやつとして栗を何個も平らげて眠った。朝起きても夫がいるので5歳の娘の幼稚園の支度や幼稚園までのお見送りはすべて彼に任せてダラダラする、ほぼ1週間ワンオペだったのだから当然だし娘もできるだけ夫と過ごしたいはずだ。今日は日記を書く日だと思って一体どう過ごそう? ラーメン屋さんの仕事もお休みだし? と思っていたらラーメン屋さんの同僚のアリゼアから書類にサインしに来て? よろしく、とボイスメッセージが入ってた、イタリアの人はよくボイスメッセージを使って、道端でも電車の中でも大きな声で自分の近況を世界に向けて発信している。今日はかなり外が寒そうで日中でも10度以下まで気温が下がる冬の始まり、この冬初めて、持っているコートの中で一番厚手の、表はケミカルウォッシュのデニム、裏地は鴨柄という、ボローニャのモンタニューラという古着市で買った、正真正銘90年代からどこかの倉庫で眠っていたであろうお気に入りのデッドストックのダッフルコートを着込んで赤いタイツを履いて出かけた。この北イタリアの小さな小さな街で、赤いタイツを履いてるのなんてりのか小さな子供しかいない、とラーメン屋さんの同僚たちによく言われる。ラーメン屋さんに着くと15歳年下のアリが「あら今日はずいぶんかわいいのね!」なんて褒めてくれた。給料の安い人に政府からボーナスが出るよ、だって貧乏でしょ? はいここにサインしといて! といわれるがままにサインして今から写真屋さんに行ってくる、あと今夜は映画に行くんだというと、え! あれ観るの?! 絶対何にもネタバレしないで頼むから! とアリに言われて写真屋さんにフィルムカメラを現像に出しに行くけど写真屋さんは閉まってる、写真屋さんのおじいさんは働きたいときにしか働かないからいつ行っても開いているというわけではない、エウジー(夫)に電話して一緒にコーヒー飲もうと言って彼の働く劇場の近くのバールまで行くと、中で夫の同僚のカテリーナとカミッラがお茶してるからふたりとおしゃべりしながら夫を待った、りの元気だった? 調子どう? まぁまぁだよ、エウジー帰ってきたね! うん、でもまた2週間後にはナポリに行くって、ナポリってどんなとこ? めっちゃ混沌だよ、わたしナポリで車の運転して、10分だけだったけど死ぬかと思った、目の前に1台のスクーターに5人で乗ってる家族が現れてさ、、でもねものすごく美しい街だよ、死ぬ前に必ず行くべき! エウジーもやってきて一緒にお茶を飲んだけどやはりイタリアのバールで飲むお茶は全く美味しくない。カミッラに今夜また映画館で、21時にね! と言って別れて、帰り道に娘がもっと小さい頃よく一緒にどんぐりを拾ったどんぐりスポットを通りかかる。雨が降ったあとで濡れていたからどんぐりを拾うことは自分に禁止して、しかし先っぽが緑・真ん中は茶色・下の方は黒というグラデーションのどんぐりを見つけてしまいそれだけは娘に見せようと思って拾って帰る。3週間前4ヶ月ぶりに日本からイタリアに帰ってきた直後に落ち込みやすくなってしまって、初めてオンラインでのカウンセリングを受けて、その時の先生に、娘さんがあなたを必要とするのもあと10年、そして10年はあっという間に過ぎてしまって、15歳になればもう彼女は彼女の人生を見つける、その後でもあなたはいくらでも好きなことができますよ、だから大丈夫、と言われてさみしさと自由が胸に一気にこみ上げた、どんぐりを拾って家に帰ってお土産だよと渡して、ママありがとう! と言われるのなんてあと数年だけなんだと思いながらどんぐりを2つ拾って帰った。お昼を作って食べてなぜか突然編み物を始める。一体何を作るのか全く考えずにとにかくガーター編みがしたくて編み棒を動かし続ける、冬になるといつも突然編み物を始めてしまうのだけど毎年初心者のまま特にちゃんと形にもならないものを編み続けてしまう。幼稚園に娘をお迎えに行って家に帰りどんぐりのお土産を見せてそして彼女が遊ぶ横でも、夫が帰ってきても編み棒を動かし続け夕飯を食べて夜の21時の映画館での待ち合わせギリギリまで編み棒を動かし続けた。21時ギリギリに映画館に着くとカミッラとジュリアが列に並んでいてくれた、チェゼーナにこんなに人いたっけ? てくらい珍しく混んでいる。上映時間ギリギリに中に入っても映画はまだ始まってなくてシモとマリとオリビアに無事合流して映画が始まる、映画は予想以上に超スプラッターロマンスでわたしと隣に座っていたジュリアは終始怖くて観られないシーン続出、文字通り手で顔を覆ってキャー! やめてー! 助けてー! とつぶやきながらなんとか2時間耐えて、終わったあとはみんなぐったりしていた、お腹が痛い、今夜眠れるかな、怖くて一人で帰れないから一緒に帰って! とお願いして、大丈夫、誰もりののこと取って食ったりしないからとなだめられながら一緒に帰ってもらい、帰ってからもすぐは眠れずまたも編み棒を動かし始めたけども、嘘、、、この自分で選んだ赤が基調の毛糸の色合い、、どう見ても血にしか見えない、怖い、、! と編み物にまでスプラッターの要素を見出してしまう。全くよく眠れずもちろん悪夢を見て、後日出来上がったスプラッターマフラーは5歳の娘のものになり、それはそれはたいそう喜んでもらえたのだった。

大道寺梨乃

1982年東京生まれ。劇団FAIFAIの創立メンバーとして国内外での作品に俳優として参加。2014年よりソロでのパフォーマンスを開始、2015年より北イタリアのチェゼーナに移住し以降は日本とイタリアを拠点に活動。
自分や身の回りの人々の日常からつながる物語を現代のファンタジーとしてパフォーマンスに起こし上演する。主な作品に『ソーシャルストリップ』『これはすごいすごい秋』『朝と小さな夜たち』など。2021年小野寺里穂、サリー★と共に大道寺超実験倶楽部を結成、初の映像作品である日記映画『La mia quarantena/わたしの隔離期間』『Quando d’estate mi dimentico dell’inverno/夏には冬のことをすっかり忘れてしまう』を東京・京都・チェゼーナ・香港にて上映。

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