心と身体を尽くした過酷な遠方ロケから帰ってそのまま、映画の舞台挨拶に二日間立ち、名古屋の劇場から新幹線でとんぼ帰りしているうちに、気づけば日付が変わっていた。5月30日、午前1時。体力の限界を感じながら、家についてなお、私はノートパソコンを叩いていた。実現するかはわからないけれど、今書かなくてはならないプロットがあった。
その夜、私の胸は確信にきらめいていた。自分が何を書くべきか、芯からわかっているときというのが、最も幸福で、そしてそれを、誰の目線も振り払って駆け抜けたたったひとりぼっちの荒野にて歌うように綴ってゆくことが、わたしのはじめての、生きていることの意味だった。近頃は、幼い頃に植え付けられた呪いも、逃げ腰の優しさも、ていねいに振り落としてきたかいがあって、こんな夜が増えてきた。そこには、あまりにも誰にも話すことのできない、愛の物語がある。生み出した明朝体が重なり合って夜空を埋める黒になり、その隙間から、どうしても漏れ出る光たちが星々となった。その、手に入らなさに、胸が甘く軋む、夜は長い。
どんなに遅く眠っても最近は6時台に目が覚める。どうかしてしまったのだと思う。水道水を軽量カップになみなみ汲んで飲み干して、それから二杯目で持病の薬と、数種類の漢方を飲む。次にお湯を沸かして、プロテイン入りのコーンスープを飲む。先日終わった撮影までのあいだ、年始からずっとジムに通っていた。ここ1ヶ月くらいは食べ物にも気をつけて、とにかく自分自身の魂の表層として少しでも納得のいく姿形になろうとつとめた。ここまでストイックに自分の見た目と向き合った期間は初めてで、それはできなかったことがレッスンでできるようになっていくときのような面白さがあり、悪くなかった。それと同時に、自分がこつこつと頑張っている、そしてそれが結果にも出ている、という意識が強まりすぎるとたまに、継続的努力をしているタイミングではない人に対して、どうしてこの人は自分の現状に文句をいいながらも本気でがんばらないのだろう、と瞬間的に思ってしまいそうになるときがあった。この、努力による自己肯定の高まりによって、他者をも自分の基準で裁こうとしてしまう傲慢さというのが、これまで学校や仕事場で強者として存在できていたひとたちの見ていた世界の要素かもしれない、と思った。運動が得意なクラスメイトに、バレーボールを顔で跳ね返してぶっ倒れていたわたしが言われた言葉。お金儲けのシステムを考えるのが得意な上司に、お客さんのことを案じるあまりいちいち迷って動けなかった私が言われた言葉。そういう冷酷さの種子のようなものが、私の胸にもあるのだとあらためて思い、自分の加害性について考える。
他人を断罪しようとしないように生きていきたい。だけれど、自分のすべきことにストイックになればなるほど、同じ目線で話せる人がいなくなっていき、さみしい。他者は、自分ではないのだから仕方がないのに、「どうして、同じくらい切実に生きてくれないの?」と、ふとしたときに口に出しそうになる。そういうやるせなさとは、いつも静かに内部で闘争するしかなく、どうにもならないとき、たぶん、もうとっくにこの世にいない、神様にごく近い場所にいた人たちが残していった本や、映画や、美術を、みるのがいいのだ。星々のひとつひとつがうんと離れていて、きっとお互いに言葉を交わしたこともないように、本当に孤独な魂は、長い歴史の上、ばらばらと散らばっている。
月末に皺寄せになったタスクをどんどんやりながら、頭の一部分でずっと、今日あるはずだった出来事のことを、考えていた。5月30日は、ただの5月30日ではなく、なかなか会えない大切な友達に会う予定を入れていた日だったのだ。数日前に、仕事が忙しくてやっぱりまた今度にしよう、と連絡が来てから、わたしもこの日はばりばりと仕事をするつもりでいたし、実際にそういう日にしかなりようがなかったことも今のこの状況からしてわかるのだけれど、「あったかもしれない日」というのは、叶わなくても、なぜか簡単には立ち消えたりせず名残惜しくも光ってしまう。行けたかもしれなかったディズニーランドも、食べられたかもしれなかった限定のパフェも、見られたかもしれなかったベルーガの白いおなかも、子供の頃から、ずっとそうだ。待ち合わせたかもしれない時間に、待ち合わせたかもしれない駅前で、待っていたかもしれない君に、駆け寄って行ったかもしれないわたし。着ていたかもしれないワンピース。晴れていたかもしれない空。口ずさんだかもしれない歌、踏んだかもしれないステップ。木漏れ日が、颯爽と私たちの目に、映り込んだかもしれない、それは初夏の話で、わたしはそのまま、あったかもしれない1日を、頭の片隅に再生しながら、まるでほんとうにどこかの世界ではそれがそのまま行われているかのような、へんなご機嫌さで、仕事をした。
夕方が近づいてくる。急いで支度をして、外へ出る。頭の中がすっかり夏の香りになっていたので、黒いキャミソールにレース地の半袖を重ね、薄手で軽く、つやつやと光る黄色いロングスカートを履いて、いちばん楽なサンダルで、原宿へ向かう。平日でも人の多い通りでは、信号待ちの間、男の人とあきらかに目があった後、「今日半袖じゃなくてよかったわー、おもったより寒いわ」と、連れの友達に話しかける声が聞こえてくる。そのとおり、風が案外つめたく、わたしは用事が済んだらユニクロへ行ってカーディガンを買おうかと考えていた。そういうふうに買われたカーディガンやパーカーが、家にたくさんある。
原宿デザインフェスタギャラリーにて、いつも仕事を手伝ってくれている女の子たちの写真展に行く。一部のお洋服はスタイリングを依頼してくれたので、その子に似合いそうな、なるべくゆめみたいなコーディネートを組んだ。にこにこしながら迎え入れてくれたモデルさんとカメラマンさんはふたりとも、少し前に私がフリーマーケットで彼女らに売った服を着ていた。とても似合っていて、あかるく平和で、安らかな気持ちになった。
帰り道、大きなハンバーガーやマッシュポテトにグレイビーソースをかけて出しているお店を見かけたので、メニュー表の前でしばらく悩んだけれど、なんとか我慢し通り過ぎて駅の方へ向かう。結局ラフォーレ原宿の2階で、壁がピンクのヴィーガンヌードルのお店に入る。ここで置いている、星子水という台湾のジュースのようなものが、すこしだけ癖があって爽やかで、いい。星の子供のソーダ割り。MILKに寄ってギンガムチェックのワンピースを買おうかと思ったけれど、よく考えたらギンガムチェックのワンピースはすでにたくさん持っているので、やめる。その裏路地にあるランジェリーショップに入り、薄い水色のつやつやとしたものを試着して、買う。お店の方が、「アメリカの映画の、友達のお母さんが着てそうでセクシーよね」と言っていた。その風景を想像してすごく納得してしまう。ここ半年身体づくりをがんばっていることによって、自分の身体を見ることがとても好きになった。みょうに色っぽい、友達のお母さんに、いつかなってみたいな。と思いながら、紙袋をぶらさげて帰路に着く。これからの、あるかもしれない日を思う。夏の日の夢が見たいな、と思いながら、今日は早めに眠ることにする。